ラムズ国
まったく記憶がないんだけど、俺はラムズ国っていう、トラファルガー国との同盟国で生まれたってことで、ある日、その国王と王子が俺の様子を見に来た。
白い髭をモサモサ生やしたラムズ国王は俺を見るなり、
「これは立派な毛並みだ。大事に育ててくれている証拠」
目尻を下げて褒めてくれて、マルコは「そうだろう?」とドヤ顔。
「実はこの子に王位継承することに決めたんだ」
さすがにツッコまれるだろ、と思って見ていたら、
「そうか、それは素晴らしい! わたしもピエールがいなければ、同じことを考えたかもしれない」
ラムズ国王、マジなトーンで賛同したからね。この世界の君主たちって、頭のネジが外れてるのが多いのか? それとも、前世でも国を治める連中はこんなもんだったのか?
その会話を聞いてたラムズ国王のひとり息子ピエールは、おもしろくなさそうな顔をして俺を見つめていた。
そんでもって、
「ピエール王子はメアリーと同い年か。仲良くしてやってくれ」
マルコに紹介されたメアリーに対しては、ガキのくせに『異性』を意識したねちっこい視線を送るのを俺は見逃さなかった。
俺を交えてメアリーの部屋で三人きりになった途端、
「おい、メアリー。お前はまあまあかわいい。どうしてもと言うのなら、将来、俺の妃にしてやってもいいぞ」
いきなり上から目線の発言ときた。父親の前ではおとなしかったくせに、猫をかぶっていたらしい。
でも、この横暴な物言いもメアリーには通じない。
「キサキって何ですか?」
ポカンとした顔でピエールを見つめ返した。もちろん、とぼけてるわけじゃなくて、本当に知らないんだ。いつも一生懸命、勉強はしてるんだけどね。
少し前に、家庭教師がマルコにこっそり打ち明けるのを盗み聞きしたことがあるけど、メアリーはどうやら言語を記憶するのが苦手らしい。前世風に言うと学習障害ってやつだ。
「照れなくてもいいんだ」
ニッと自信満々の笑みを浮かべたピエールだけど、頭を傾げるメアリーを見て察したらしい。
「お前、バカなのか。妃は国王の妻のことだ」
眉間に皺を寄せた。
「にゃあ!」
俺は猛抗議。メアリーはバカなんかじゃない。ひとの気持ちがわからないお前の方がよっぽどバカなんだと言ってやりたかった。
「黙れ」
頭をペシッと叩かれた。おい、今の見た!? 猫類敬愛法を違反したぞ! いーけないんだ、いけないんだ!
「やめて!」
メアリーが俺を抱きしめて頭を撫でてくれた。
「わたしはルシウスの妃になるの」
それは法律とか倫理的にハードルが高そうだけど、そう言ってくれるだけでも俺はうれしいよ、うん。
「ダーハッハッハ! やっぱりバカだな、お前。猫と人間は結婚できないんだよ」
やっぱ法律的に無理なんだな。にしてもピエールの奴、腹立つ笑い方しやがるな。
「だが、それでいい。女は顔がよければバカでも構わないと父上が言っていた」
とんでもねえ教育してんだな、ラムズ国王。俺の前世だったら、その発言が公になた時点で一発アウト、世の女性から猛烈な抗議が殺到してるところだぞ。
「よし、結婚の契りを交わそう」
何やら企み顔でメアリーに歩み寄って来たかと思えば、ピエールは無理やりキスをした。
「嫌っ!」
思い切り顰め面したメアリーにピエールは激高して、
「無礼者めっ!」
どの口が言うんじゃい! ってツッコみたくなる言葉を吐いてから、メアリーにビンタをした。
ここでメアリーを守ってやらねば男が廃る。
「にゃあ!」
俺はピエールの手を引っ掻いてやった。本当は顔を狙いたかったけど、さすがにかわいそうだ。
「痛っ! こいつ、ふざけんなよ!」
ピエールに睨まれた。やべっ、逃げよ。
俺はメアリーの腕からジャンプして、ドアの隙間から廊下に出て逃走した。
「待て、このクソ猫!」
興奮で顔を真っ赤にしたピエールが追い駆けて来る。今の暴言を録音しておけば、猫類敬愛法違反で訴えられるのにな。この世界にレコーダーがないのが恨めしい。
ピエールは中々に足が速いけど、俊敏な俺の相手ではない。俺は楽々と王の間に逃げ込んだ。
勢いよく部屋に駆け込んだ俺とピエールを、
「おお、仲がいいな」
ラムズ国王は温かい微笑を浮かべて迎え入れた。
「未来の国王同士、我々と同じように固い友情で結ばれているようで何よりですな」
とマルコは満足した様子だ。やっぱりこの世界の君主たちはどこかズレてるらしい。
父親たちにはいい子に見られたいのか、ピエールは俺に引っ掻かれた手を隠して、
「ルシウスに城内を案内してもらい、帰りはここまで競争しました。僕も足には自信があるのですが、いやぁ、ルシウスにはかないません」
とマルコにおべっかを使いやがる。
「そうか」
俺を抱き上げてマルコは満足顔だ。単純というか何というか、親バカだなぁ。
「そういえば、メアリーは?」
マルコの質問にピエールは平然と、
「メアリー姫は疲れたようなので、お休みになられているようですよ」
なんて言ってのける。まいったね、こいつには。メアリーにあれだけ嫌がられたってのに反省の色はなしだ。メアリーにチクられる不安はないのか? まあ、そんなことになってもこいつの場合、転んだ勢いで偶然だとか何とか言いくるめてしまいそうだけど。
その後も、俺への復讐の機を窺ってるのがありありとわかったけど、俺はマルコから一歩も離れなかった。いつも以上に甘えたフリをすればワケはなかった。部屋でふたりきりの時に同じことをしたら、
「おお、かわいいでちゅね~」
赤ちゃん言葉で強烈な愛の返報を受けたに違いない。今夜は何が何でもメアリーの部屋に逃げ込まなきゃならないだろうな。
結局、俺への復讐が遂げられず、別れの時にピエールは悔しそうな一瞥を送ってきた。
「にゃあ」
あばよ、とばかりに俺は片手を振ってお見送り。勝ち誇った笑みも付け加えたつもりだけど、上手くできてたかはわからない。
そんなことより心配なのはメアリーだ。
隙を窺ってマルコから逃れて、メアリーの部屋へ向かった。
ベッドの上でシクシクと泣くメアリーに寄り添う。
「あの王子、大嫌い」
「にゃあ」
俺もだよ、と同意の鳴き声を上げて、頬を伝う涙を肉球で優しく拭ってあげた。