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トラファルガー王国

どうやら俺は本当に異世界に転生してしまったらしい。

 ここは、マルコ・トラファルガー二世が統治するトラファルガー王国。

 そんでもって、王妃の名前はマリアで、予想通りこのひとは神々しいほどの美女だった。

 その血をしっかり受け継いだ長女はアーニャ、次女はタニア、三女はメアリーって名前なんだけど、どうやら末っ子は生まれて間もなく口を利かなくなったらしい。

 心配した王様が世界各地から名医を呼び寄せて治療にあたらせたけど、まったく効果なし。

 そこへきて、俺のたったのひと鳴きで笑い声を発したもんだから、王様たちからしたら「奇跡」とあいなったというわけなんだけど……。

「ルシウスが起こした奇跡を祝して、わたしは猫類敬愛法なる新たな法律を立案する」

 あまりの感激に王様がそんなことを言い出したもんだから、国中がザワついちゃってるみたい。

 この法律、要は猫科の動物を敬えって主旨で、暴力を与えたりしたら死刑っていう、かなり過激な内容。江戸時代に幕府の五代目将軍・徳川綱吉が定めた『生類憐みの令』の猫科に特化したバージョンってわけだ。

 江戸時代に『天下の悪法』なんて言われたトンデモな法律だけど、この国では立案の翌日にスピード施行された。何でかっていうと、マルコの独裁政治が敷かれてるから。

 しかもこの法律、マルコ自身も破ったら刑に処されると明言してるもんだから、この国では今や猫が王様をも凌ぐ地位を確立した、と言っても過言ではなかったりする。

 いや、マジで俺に関しては冗談じゃなく、王様よりも至れり尽くせりな境遇にあるかもしれない。

 だって、何もしなくても三食豪勢な食事が用意されるし、一日中ボケーッとのんびりしてても誰からも文句言われないし……ってあれ? 色々とグレードアップはしたけど、生活のリズム自体は転生する前と変わんないのか。俺って最高の親ガチャ運の持ち主なのかもしれない。

 しかも、城内にいるのは美女だらけで、俺のことをこぞってチヤホヤしてくれるもんだから、リアル・ギャルゲー状態を満喫だ。もう最高すぎる。

 まあ、ふたりきりになった時のマルコの赤ちゃんプレイだけは勘弁なんだけど。

 でも、マルコは王様としての威厳を保つため、他の人間がいる時には絶対にデレた顔を見せたりはしない。

 そんでもって、メアリーがすっかり俺のことを気に入ってくれてるもんだから、マルコから逃れる意味もあって、一緒にいる時間が自然と長くなった。

 メアリーを見てると、自分の子どもの頃を見てるようで胸が痛くなる。『できない末っ子』って共通点があるから放っておけない。

 それに、複数の家庭教師が付いてるメアリーの傍にいると、この国の知識を初歩段階から学べて役に立つ。

 どういうわけか、この国のひとたちの会話は聞き取れるけど、読み書きに関してはアラビア語でも見てるようでまったくダメってこともわかった。

 だから、メアリーと一緒に日本でいうところの小学生レベルの勉強を始めてる。

 どういう事情で今まで声が出せなかったのかは知らないけど、俺のお陰ですっかり口が利けるようになったメアリーは、徐々に会話もできるようになった。

「今日はお天気だから、一緒にボートに乗りましょ」

 海かと思うぐらいだだっ広い湖が敷地内にあって、ある日、メアリーにこっそり連れ出されてボートに乗った。

 ぽかぽか陽気で気持ちいいもんだ、なんて呑気に思っていたら、ボートを漕いで間もないうちに転覆。危うくふたりして溺れ死ぬところだった。

 助け出された俺たちを見てマルコは顔面蒼白。即刻クビにされたメアリーの世話係たちに対して俺は申し訳ない気持ちになった。メアリーが鈍臭いってことは十分にわかってたけど、まさかまったく漕げないのにボートに乗るほど無謀だとは思わなかったもん。暑い季節でよかった。冬だったら心臓麻痺を起こして死んでた可能性もある。

 俺の親と同じでダメな子ほど目をかけたくなるのか、マルコは三姉妹の中でも特にメアリーのことを溺愛している。

 それが姉ふたりには気にくわないらしく、

「あんたはかわいくないしバカだから、どう考えたって、わたしたちとは血が繋がってないのよ」

「城門の前に捨てられてたところを拾われたって知ってた?」

 近くに従者がいなくなった時の言葉の暴力がエゲつない。

 そういや、俺も子どもの頃に兄貴ふたりからよく言われたなぁ。『お前はウチの子ではない』口撃。実際、見た目も能力もすべての数値でレベルが低いから、本当にそうなんじゃないかって思って落ち込んだもんだ。

 まあ、そんな兄貴たちと同じく、親父譲りの若ハゲが進行するようになった最近では、血の繋がりを実感するようになってきたけど。

 客観的に見て、確かにメアリーは姉ふたりと比べて容姿は劣るかもしれないけど、それでも悪くはない。

 何つったって、このぐらいの年齢の子って、成長に伴って激変するからな。そんでもって、ハリウッド女優も顔負けの母親の遺伝子を継いでるわけだから、大化けする可能性はある。期待してるぜ。

 ただ、マルコの遺伝子が色濃く出ちゃったらご愁傷様って感じだけど。

 そんなメアリーも、姉たちより秀でたところがひとつある。剣術が優れてるところだ。

 転生といえば剣と魔法を使っためくるめく冒険物語だろ、と予想してた俺だけど、どうやらこの世界、少なくともこの王国に魔法は存在しないらしい。

 その代わり、剣術は男女の隔てなく盛んで、姫たちも例外なく毎日のように訓練してる。

 そんでもってたまに、姉妹同士で対戦することがあるんだけど、体格差も何のそので、メアリーは姉たちを圧倒。日頃、なじられてる姿を見てる俺としては、メアリーがふたりをボッコボコにする姿を見るのは痛快だった。

 もっとも、メアリーは試合になると闘争心に火がつくタイプみたいで、普段は優しい性格だから、勝負がついた後には痛めつけた罪悪感から泣きそうな顔になる。

「もう剣術はやりたくない」

 夜、寝る時にベッドの中でそんなことを呟くこともあった。

 そんな時、俺は「にゃあ」とひと鳴きして慰めてやる。

 ……十二歳の子に抱きしめられながら寝るって、元の世界だったら完全に逮捕案件。ゾッとするけど仕方ないだろ。メアリーにとっちゃ、俺はただの猫だ。

 そんでもって、メアリーの部屋に逃げなきゃ、俺はマルコに抱きしめられながら寝るハメになる。

 一度だけその地獄の一夜を経験したけど、当然のごとく悪夢にうなされた。あんな思いは二度としたくない。ごめんだよ、マジで。


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