5 クロスプレー
俺はキャッチャーマスクを取りながら思わず叫んだ。
「フォークを狙ってるって言いましたやん!」
しかしそんな事を叫んでも無意味なのは分かっている。
その間に三塁ランナーの有村が、ゆっくりとホームベースを踏んだ。
これで一対一の同点。
その頃レフトの向井先輩が佐吾の放った打球に追いついた。
その時二塁ランナーの吉山も、三塁を回ってホームに突っ込んできた。
足の速い吉山やから、
向井先輩からバックホームされても間に合わへんやろうな。
と、思ったその時、三塁を回ったところで吉山が、
足をもつれさせて大きく体勢を崩した!
向井先輩は中継に入ったショートのキャプテンに速い送球を返した!
このまま吉山がホームに突っ込んでくれば、
もしかするとホームでアウトに出来るかも⁉
その吉山は体勢を立て直してホームに突っ込んできた!
よし!これならアウトに出来る!
そう確信した俺は、ボールを持ったキャプテンに、
「バックホーム!」
と力一杯叫んだ!
向井先輩からボールを受けたキャプテンは、
素早く反転してそのボールをホームベースの上に立つ俺に返球した!
ランナーの吉山はスピードを落とさずにそのまま突っ込んでくる!
このまま体当たりするつもりやろう!
俺よりひとまわりも体の小さい奴にぶっ飛ばされてたまるか!
俺は両足に力を込めて踏ん張った!
吉山が右のバッターボックスまで来た!
その時俺のミットにキャプテンからのボールが飛び込んだ!
これで吉山の体当たりでボールを落とさんかったらアウトや!
そう思うと同時に、吉山がその小さな体を屈める様にして体当たりしてきた!
俺は左手のミットを吉山に差し出してタッチしようとした!
と、その時、吉山の右肘が俺の差し出したミットの下をくぐり、
俺のみぞおちにめりこんだ(・・・・・・・・・・・・)。
「ぐふぅっ⁉」
まだ痛みが残っていたみぞおちに更に助走のついた肘うちを喰らった俺は、
吉山ともつれるようにしてその場に倒れこんだ。
そして目の前に、白いボールが落ちた。
俺のミットから、ボールがこぼれたのや。
「セーフ!セェーッフ!」
球審の叫び声が聞こえた。
どうやら吉山のホームインが認められた様や。
これでスコアは一対二。
矢沙暮高校の一点リードに変わり、尚もノーアウトランナー二塁のピンチ。
ていうかみぞおち痛い。
苦しい、死にそう………………。
意識がもうろうとする中、仰向けのまま倒れていると、
一緒に倒れこんでいた吉山の方が先にスッと立ち上がった。
その顔には、うっすらとあくどい笑みが浮かんでいた。
その笑みは逆転に成功した喜びの笑みではなく、
明らかに悪意のこもった笑みやった。
それを見て俺は思った。
こいつまさか、ホームでクロスプレーをする為に、
三塁を回ったところでワザと体勢を崩した(・・・・・・・・・)んか?
もっと直接的に言うと、吉山は俺に肘うちをかます為に、
ワザとホームでクロスプレーになる様な走塁をした。
三塁を回ったところで吉山が体勢を崩すような要因は全くなかったし、
佐吾の奴が打席で俺に
『みぞおちに気をつけろ』
とか言うて笑ったのも考えると、
矢沙暮高の奴がプレー中のアクシデントを装って、
俺を潰しにきたとも考えられる。
流石は府内でも有名な不良校。
あくどいプレーをさせたら超一流って訳かい。
しかし今のプレーで守備妨害をアピールしてもきっと認められへんやろう。
何より今はそのアピールをする元気がない。
あ~、ボディーをどつかれてダウンしたボクサーって、
丁度こんな苦しさなんやろうか。
何というか、とにかく息苦しくて死にそう………。




