5 伊予美のお祝い
「こうやって二人で学校に行くのも久し振りやねぇ 」
俺と並んで歩く伊予美が、のんびりした口調で話しかけてきた。
彼女は喋り方だけではなく、性格の方ものんびりしていて、
いつもほんわかしたオーラを醸し出している。
そういう所にも、俺は大いに惹かれているんや。
そんな事を改めて実感しながら俺は、
「そうやなあ 」
と相槌を打つ。
「高校でも、やっぱり野球部に入るの? 」と伊予美。
「勿論 」と俺。
しかし伊予美は首を傾げ、右人差し指を顎の所に当ててこう言った。
「でもウチらが通う高校って、野球部はそんなに強くないはずやよね?
昌也君は中学の時凄い選手やったのに、
何でもっと強い高校に入れへんかったの? 」
「うっ……… 」
その問いかけに、俺は言葉を詰まらせた。
ホンマやったらここで
『それはね、君をマネージャーとして、
甲子園に連れて行くためさ!キラリン(歯が光る音)』
と言ってビシッと決めたい所なんやけど、
今の俺にそんな決めゼリフを言う度胸はなかった。
なので代わりに、
「あ~、え~っと、弱いチームからはい上がって甲子園に出場する方が、
何かカッコええやん? 」
と言うのが精一杯やった。
くはぁ、情けねえなぁ……。
自己嫌悪に陥る俺に、しかし伊予美はニコッと微笑んでこう続けた。
「ナルホド~、それは確かにカッコええね~ 」
「カ、カッコええかな? 」
伊予美の言葉で自身を取り戻す俺。
俺って単純やろうか?
それはともかく、伊予美は更に続けた。
「やっぱり昌也君の目標は、甲子園出場? 」
「モチのロンや 」
「じゃあもし昌也君が甲子園に出場出来たら、
ウチも何かお祝いしてあげなあかんねえ 」
「え⁉そんな事してくれんの⁉ 」
伊予美の思わぬ言葉に耳を疑う俺。
しかし今の言葉はどうやら本当の様で、伊予美は笑顔で、
「うん、何がいい? 」
と訊いてきた。
うおお!
これは願ってもないチャンス!
一体どんなお祝いをしてもらうか⁉
俺は次の三つの願いから一つを選ぶ事にした!
一、甲子園に出場出来たら、伊予美に手作りお弁当を作ってもらう。
二、甲子園に出場出来たら、伊予美に恋人になってもらう。
三、甲子園に出場出来たら、伊予美のおチチを触らせてもらう。
迷うまでもなく、三!
―――――― あ、いやいや、ちゃうちゃう!
二!二!二ですね、ハイ。
二に決まってるやないですか。
そもそも俺が野球を始めたキッカケはそれなんやからね。
いやマジで。
しかしこんなことをここで言うてもええんやろうか?
いやいや、甲子園に出場するっっちゅーのは、
それくらい大変な事なんやから、
やっぱしこれくらいのお祝いはしてもらわんと。
という訳で俺は、思い切って二のお願いを言う事にした。
するとそれを言う前に伊予美に、
「あかん! 」
と言われてしまった。
「ええ⁉まだ俺何にも言うてないで⁉ 」
まさか、俺の考えが見抜かれてしもうたんか⁉
そしてそれを悟った伊予美はとっさにそう言うたんか⁉
もしそうやとしたら、伊予美にとって俺は全くの恋愛対象外って事⁉
うそーん⁉
あまりのショックに頭が真っ白になる俺。
そんな俺に、伊予美は笑いながら言った。
「あ、ちゃうねん、ウチ、
ちょっと忘れ物をしたのを思い出して、
それでつい『あかん! 』て言うてしもうてん。驚かしてごめんね? 」
「あ、あぁ、そ、そうやったんや。ああ、それはよかった…… 」
おれは心の底からそう言って胸を撫で下ろした。
そんな俺に伊予美はこう続けた。
「じゃあウチ、忘れ物を取りに家に戻るから、昌也君は先に学校行っといて? 」
「え?あ、あの……………… 」
お祝いの話しはどうなったの?
という問いかけをする間もなく、
伊予美は俺に手を振りながら元来た道を戻って行ってしまった。
まあ、彼女は昔からマイペースというか、
何かひとつ思いついたら、それまでの事は完全に忘れてしまう所があるからな。
さっきのお祝いの話も、
次に会う頃にはもう忘れてしもうとるやろうなあ ………。
ま、ええわ。
どっちみち甲子園に出場せなあかん訳やし、まずはそっちが最優先や。
気を持ち直した俺は、再び張金高校に向かって歩き出した。