12 目下九十九連敗中
そんなこんなで、俺は野球部の部室へとやって来た。
この学校の野球部の部室は、
運動部やのに校舎一階の隅っこの教室にあった。
普通運動部の部室というたら、
運動場の端っことかにあるプレハブみたいな建物の中にあるもんやけど、
これは野球部が弱過ぎる為に、ここに追いやられたという事やろうか?
まぁ、一応グランドには野球用のバックネットとピッチャーマウンドがあるから、
野球の練習はちゃんと出来そうや。
とにかく俺は部室に入る事にした。
これが甲子園への第一歩なんや。
少なからず緊張した手で、俺は部室の扉をがちゃっと開けた。
「失礼しま~す」
と言って中を覗くと、教室の半分程の広さのその部屋に、
縦長の会議用机が置かれていて、その奥に、長身で細身の、
白いユニフォームを着た男子が一人居た。
「ん?君は、誰や?」
部室に入った俺を見て、その人は言った。
それに対して俺はピシッと背筋を伸ばし、ペコリと頭を下げて言った。
「俺、一年六組の正野昌也っていいます。
今日はこちらの野球部に入部させてもらおうと思って来ました」
「何やて⁉新入部員か⁉」
俺の言葉にその部員さんは急にテンションが上がった。
まあここの部員数は、試合をするだけでもギリギリらしいから、
新入部員はかなり貴重なモンやろう。
そんな中彼は、被っていた野球帽を取り、
(刈り上げてるけど、坊主頭ではなかった)
ニカッと爽やかな笑顔を見せてこう言った。
「俺はこの張金高校野球部でキャプテンを務める、二年の東倉山男や。よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします、東倉先輩」
「東倉先輩やと呼び名が長いから、キャプテンでええで」
「分かりました、キャプテン」
「もしくは、キャプテンツ○サでもいい」
「いえ、それやと競技が変わってしまうんで」
「それは残念や」
「残念なんですか?
いや、それよりちょっと訊きたいんですけど、ここの野球部って、
練習試合もふくめて一勝もした事がないって聞いたんですけど、
ホンマなんですか?」
「残念ながら、ホンマの事や」
「それはホンマに残念ですね」
「張高野球部創設以来、目下九十九連敗中や」
「きゅ、九十九連敗⁉そこまでいくと逆に凄いですね!」
「そやけどな、その九十九連敗も今日の練習試合でとうとう止まるんや」
「あ、今日早速練習試合があるんですか。
ていうか九十九連敗中やというのにえらい自信ですね。
相手はそんなに弱い高校なんですか?」
「うむ、高校っていうか、小学生のチームや」
「しょ、小学生⁉マ、マジっスか⁉」
「大マジや!
俺達の代で創部以来百連敗なんて不名誉な記録を作るなんて、
絶対に阻止せなあかん!この張高野球部のプライドに賭けて!」
「もし万が一その小学生チームに負けたら、
そのプライドはどうなるんですか?」
「心配するな!相手は小学生チームというても、
低学年ばっかりの二軍チームや!!」
「二軍スか⁉そこまでして勝ちたいんですか⁉」
「勝ちたい!」
「言い切りましたね!」
「そらそうや!
だって俺らはこのチームに入ってから、負けた辛さしか知らんねん!
だから、百連敗阻止っていうのもあるけど、とにかく一勝したいねん!
このチームで勝つ喜びを味わいたいねん!
そうすれば他の部員達も、甲子園を目指す事にもっと真剣になれると思うから!」
「あ、キャプテンはちゃんと、甲子園を出場を目指してハるんですね」
「当たり前だのクラゲの刺身やないか」
「それを言うならクラッカーと違いますか?」
「そりゃあウチみたいな弱小校が甲子園出場なんて夢のまた夢かも知らんけど、
それを目指して頑張る事は出来るやろ?
だから俺は例え可能性がゼロに近くとも、
全力で甲子園出場に向けて努力したいんや」
「成程」
俺は心の底からそう言って頷いた。
どうやらこの人は本気で甲子園出場を目指してるみたいや。
正直ホッとした。
どんなスポーツでもそうやけど、何より一番大切なのは、
勝ちたいという『気持ち』やからな。
それがなかったら例え才能や実力があっても、甲子園には行かれへんのや。
この人が小学校低学年のチームを相手にしてでも勝ちたいというのも、
それだけ勝ちたいという気持ちが強いからやろう。
ちょっとなりふり構わなさ過ぎな気もするけど、まあそれは置いておこう。
「キャプテン、今日の練習試合、絶対勝って下さいね!」
俺がそう言って激励すると、キャプテンはニカッと笑って言った。
「おう任せとけ!今日の試合で必ずや百連敗を止めて見せるわ!
そしてこの張高野球部に、初めての勝利をもたらしたる!」
キャプテンの瞳は熱く燃えていた。




