白銀の少女と真紅の鋏 5
「来るのか来ないのか、それが問題だ」
俺が今いるのは手紙に書いた通り、旧校舎3Fの一番奥の空き教室だ。
普段全くと言っていいほど人が来ない場所ではあるが、今日に限っては人が来る。…………はず。
一応来てくれと手紙は出したがその辺りは運だな。
実際さ、考えても見てくれ。
あんな内容の手紙を貰って素直に行こうって思えるかって話だよ。
個人的には来てほしい、と言うか来て貰わないと困るのだが――。
「ま、焦ってもしょうがないし、気長に待つとしましょうか」
俺は教室の一番後ろに片付けられている椅子を引っ張り出し、座って待つことにした。
とは言え、ただ時間を浪費するというのもなんだか勿体ないよな。
「う~む……ヘルプでも見てようか。もしかしたら見落としがあるかもしれないし。読み込んでおいて損はないだろ」
俺はゲーム画面のようなものを表示させ、ヘルプを一から見直すことにした。
ヘルプはそれなりに量がある。
ある程度は時間も潰せるだろう。
しばらくして、それでも来る気配がなかったら帰るということで。
それから十数分の時が経過した。
残念ながら新たな情報は見つからなかった。が、
「……手紙を読んで来た。あなたが水無月景、であってる?」
目的の人物はやってきてくれたらしい。
長く伸ばされた銀髪に整った顔立ち、少し幼めの容姿、そして安定の無表情。
間違いなく阪柳白亜本人だ。
だが、万が一間違っていたらマズいし、一応確認はしておくか。
「あってるよ。そう言うあんたは阪柳さん、であってるのかな?」
「……ん、あってる。それで、私に聞きたいことってなに?」
「ああ、それは――」
言いかけて、このまま単刀直入に聞いてしまっていいのだろうか? と考えるが、他に聞きようがないのもまた事実。
実際はあるのかもしれないが、少なくとも俺の低レベルな話術じゃ情報を引き出せそうにないからな。
ここは直接聞いてしまおう。
「《God’s Gift》って知ってる?」
その単語を口にした瞬間、阪柳さんがピクリと反応する。
「あと、能力とか”クエスト”とか”行動”とか。俺が知りたいのはその辺りのことだ。よかったら教えてくれないか?」
関係のある単語を次々と並べていく。
言い終わる頃には、阪柳さんは目を見開き、驚きの表情を浮かべていた。
この反応……ビンゴか。
俺は思わずガッツポーズをとりそうになるのを、必死に抑える。
阪柳さんが何かを知っているのはこの反応から見ても明らか。
あとは、必要な情報を聞き出すだけ!
「……そう、なんだ。あなた、知ってるんだ。私が……能力者だって」
「ん?」
見ると、阪柳さんは顔を伏せ、何やら呟いていた。
声が小さくてよく聞き取れなかったが、どうしたんだ?
そう思っていると、今度は俺にも聞こえる声で問いかけてきた。
「……どこで知ったの。私のこと」
「今朝、昇降口で会っただろ。あの時俺、阪柳さんの鋏に触れたよな。その時に声が響いたんだ。アレがギフトだって」
「……そう、あの時に。油断してた、一生の不覚。まさかこんなことでバレるなんて……」
あれ、なんか様子が変じゃないか?
どうして阪柳さんはバッグから鋏を取り出してるんだ?
それも、ケースに入っている、とてもとても見覚えのある鋏――。
って、アレギフトなんじゃないのか!?
そんなものを取り出していったい何するつもりだ!?
「……あなたがどこまで知っているかは知らない。あなたが能力者かどうかも分からない。でも、そんなことはどうでもいい。あなたは私の秘密を知ってしまった。だから――」
阪柳さんは、鋏をケースから抜き放つ。
同時に、今まで分からなかった鋏の全体像が明らかになる。
それは、表面には何やら植物のような装飾が施された、赤い紅い、血と同じ紅色の鋏だった。
それを一言で表すなら“美しい”という言葉が一番しっくりくるだろう。
ただ一つ普通の鋏と違うところは、刃が内側と外側の両方についているというところだろうか。
恐らく、刃を閉じた状態でもナイフのように使用することが可能だろう。
その用途は……あまり考えたくないな。
だが、嫌でも考えさせられる。いや、考えなければならない。
何故なら、今その刃が俺に向けられているのだから……っ!
「――悪いけど、殺すね」
「冗談じゃねぇぞ!?」
殺す!? クソッこいつ正気かよ!?
俺は制服のポケットに手を入れ、【懐中時計】型ギフトを取り出し身構える。
すでに蓋は開いている。
今すぐ逃げるか?
……いや、ここまで来て何の成果もなく帰るなんてありえない。
それに、阪柳さんがそれを許してくれるとは思えないしな。
せめて能力ぐらいは暴いてやる。
ある程度やったら《時間停止》を使って逃げよう。
と、そんなことを考えていると、阪柳さんが口を開いた。
「……その時計、もしかしてギフト?」
「だとしたら、どうなんだ?」
「……ううん、何でもない。どちらにせよ、結果は同じだから」
そう言うと、阪柳さんはサッと自分の掌を鋏で切り裂いた。
ポタリ、ポタリと決して少なくない量の血が零れ落ちる。
それを見た瞬間、ドクンッと心臓が脈打ち、そのまま心拍数が跳ね上がる。
血は苦手だ。どうしても花奏のことを思い出してしまう。
夢の中で何十何百と見ても、多少マシになる程度で完全に慣れはしなかった。
だが、目を逸らすわけにはいかない。
あの鋏がギフトだということは、今の自傷行為にも何かしらの意味があるはずだ。
それが何なのかはまだ分からないが、なんだろうすごく嫌な予感がするっ!
そう感じ取った俺は、急いで能力を発動する。
「《時間加速》っ!」
「……《死血之弾丸》」
俺が加速するのと同時に、阪柳さんは切り裂いた右手を横薙ぎに振るう。
刹那、無数の真紅の弾丸が超高速で飛来した。
「ッ! ッぶねぇ!」
教室の壁に容易く穴を開ける弾丸を見て、ツーっと冷や汗が流れる。
加速が間に合ったおかげでどうにか避け切れたが、もしも能力発動があと一歩遅れていたら――。
「はは……っ。俺は何も、殺し合いをしに来たわけじゃないんだけどな……」
「……恨むなら、私の秘密を知ってしまった自分を恨んで」
「別に恨んじゃいねぇよ。こういう展開になることを全く考えなかったわけじゃないしな。……でもさ、話も聞かずいきなり殺しに来るのはあんまりじゃないか? 俺はただあんたに聞きたいことがあるだけなんだよ」
「……信用できるだけの根拠がない。でも、もしその話が本当なら、納得がいかないのもわかる」
「じゃあ――」
俺が口を開くと、阪柳さんは俺の言葉を遮るように自分の右の手首に鋏を押し付けた。
「……分かった。話を聞いてあげてもいい。でも一つ条件。それが満たせたら、何でも教えてあげる」
「条件? ってなんだよ?」
「……――私に勝って」
阪柳さんはそう言うと同時に、自分の手首を勢いよく切り裂いた。
「……じゃあ、行くね。――《死血之弾丸》」
「結局そうなるのかよ!?」
俺は再び《時間加速》を発動し、次々に撃ち出される血の弾丸を避ける。
だが、このままじゃダメだ。
避けるためには《時間加速》の発動は必須。
とは言え、このまま避けてばかりいても俺の持ち時間が無くなるだけ。
阪柳さんの能力に使用限界があるのかどうかは分からないが、恐らく俺の能力が打ち止めになる方が早いだろう。
こうなってくると、《時間停止》の残り時間があと半分しかないことが悔やまれるな。
約束の日時を明日にしておくべきだったか。
……まぁ、今更そんなことを考えても仕方がないか。
それよりも今は阪柳白亜をどうやって倒すかを考えなければならない。
幸いなことに《時間加速》中は思考速度も加速する。
あまり悠長にはできないが、ある程度の考える時間はあるんだ。
ぶっつけ本番で妙案が浮かぶとは思えないが……まぁ、何の比喩でも冗談でもなく命が掛かってるわけですし。
――――これも、願いを叶えるためか。
「……やってやるよ、絶対に勝ってやる。こんなところで死んでたまるかよ!」
俺がそう言った瞬間、一瞬だけ阪柳さんが笑った気がした。