白銀の少女と真紅の鋏 4
昼休みに突入すると同時に俺は席を立った。
そして、一つ前の席に座っている天姫に声を掛ける。
「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「あ、本当に行くんだね……」
「もちろんだ。何か問題があるのか?」
「いや~、殺されないようにね?」
「怖いこと言うなよ……」
可能性として十分にあり得るんだからな?
まあ、その場合の相手は親衛隊じゃなくて阪柳白亜本人だろうけど。
とは言え、そんなことを天姫に言う訳にもいかないか。
「……ま、大丈夫だろ。なんとかなるって」
「気を付けてね。何かあったら呼んで! 急いで駆けつけるから!」
「おう。もしもの時は頼りにさせてもらうよ」
「うん!」
天姫はそう言って満面の笑みを浮かべた。
ヤバイ、なにこの可愛い生き物。と思いつつ、俺は教室を後にした。
◆◆◆
「ふむふむ……やっぱり居るな~」
俺は阪柳さんの下駄箱を遠目から眺めながらそう呟いた。
いつも一般人として見る時は何とも思わなかったが、よく見るといたるところに親衛隊の姿があった。
階段の踊り場で談笑している男女も、通りすがりの一般人Aみたいな顔をしている奴も、少し離れた場所でスマホを弄っている奴も、よく見るとみんなクロスした銀の双剣が彫られた紋章(親衛隊のシンボル)を付けている。
つまり、この場にいる生徒のほとんどが、親衛隊だということだ。
そんな敵軍の兵が跋扈する中に飛び込み、下駄箱に手紙を入れるというのは至難の業だろう。
と言うか無理だろ。
――――まぁそれは、普通なら、だけどな。
生憎と俺は普通じゃない。
俺の持つ能力《――時廻――》を使えばこの程度どうと言うこともない。
時間を止めてさっと手紙を入れる。それで終わりだ。
……完全に能力の無駄遣いな気がするが、まぁ、手にしたモノをどう使うかは人それぞれだしな。
一番初めにゲーム画面のようなものに表示されていたメッセージにも『貴方の思うがまま存分にお使いください』って書いてあったことだし。余所は余所、内は内だろう。
「ふぅ……」
俺は深く深呼吸をした。
そして、十分に息を整えた後、懐中時計型ギフトの蓋を開き、呟く。
「《時間停――」
「おう、あんたも阪柳狙いか?」
「ッ!?」
突然背後から掛けられた声に、俺は思わずビクッと跳ねた。
び、びっくりした――――――ッ!! 誰だよ一体!? タイミングが悪すぎるだろ少しは考えろよ!!
俺は睨むように振り返る。
「お、おう……わりぃ、まさかそこまで驚くとは思わなかったんだ。許してくれ」
そこには、明らかに運動部だとわかるスポーツ刈りの男子生徒が両手を合わせて謝罪のポーズをとりながら立っていた。
マジで誰だよこいつ――――と思いながら、とりあえず胸ポケットの辺りを見る。
が、そこには親衛隊のシンボルである銀の双剣の紋章は存在しなかった。
そのことに一先ずほっと息をつく。
……どおやら、親衛隊じゃないみたいだな。
危ない危ない。危うく何もしてないのに終わるところだった。
と、そんなことを思っていると、男子生徒は自分の胸元を立てた親指で指差しながら口を開いた。
「そう警戒しなさんなって。俺は親衛隊じゃない。つーか目的はお前と同じだと思うぜ?」
「目的……?」
「おうよ!」
俺は男子生徒の言葉に首を傾げる。
俺と同じって、つまりギフトや能力関連ってことか?
…………いや、いやいや、流石にそれは無いだろ。ない……とは思うが、念のため警戒はしておくか。
「おっとまだ警戒してんな。だったら特別に、ほれ。これでどうだ?」
「……それは」
「見ての通り手紙だ。」
俺は男子生徒が取り出したハート型のシールの付いた封筒――所謂ラブレターを見て、はぁと思わずため息をついた。
「? どうかしたか?」
「いや別に。……まぁそう思うのが普通だし、傍から見ればそう見えるよな」
今更ながら自分の状況が、好きな人の下駄箱にラブレターを入れに行く男子生徒とそっくりなことを自覚した。
仕方ないと言えば仕方ないか。
甚だ不本意ではあるが、ここは話を合わせておいた方がよさそうだな。
「なるほどな。お前も阪柳さんの下駄箱に手紙を入れに来たんだな」
「おっ、その言い方。やっぱお前も――」
「ああ、どうやら本当に目的は同じみたいだな」
そう言いながら、俺は中に手紙を入れた封筒(購買で買ってきた)を男子生徒に見せた。
これで一応、話は合わせられるだろう。
そう思っていると、男子生徒は息を潜めて聞いてきた。
「で、実際のところ勝算はどのくらいなんだ?」
「それは告白の話か? それとも手紙を入れるまでの話か?」
「両方……と言いたいところだが、まずは手紙だな」
「……さぁな。ただ、この警備を抜けるのが至難の業なのはわかる」
「と言いつつも、一番警備の薄いここを選ぶあたりなかなかやるな」
「ま、まあな……」
ニヤニヤと視線を向けてくる男子生徒に、俺はあいまいに答える。
この親衛隊の量で一番警備が薄いって……マジか。
それじゃあ他のところ一体はどうなっているのだろうか……? それもう攻略できなくね?
少し気になるが、今はどうでもいいか。
そこでふとあることに気が付いた。
「これって親衛隊に見つかった時点で例え入れることに成功したとしても後で没収されるんじゃないか?」
「ああそのことか。どうやら、下駄箱の中は不可侵らしいぜ? 成功した時点で奴らは手を出せなくなるって話だ」
「へぇ~」
どうやら親衛隊の中にもルールのようなものが存在するらしい。
と、そこで男子生徒が「そう言えば」と口を開く。
「お前、まだ行かないのか?」
「ん? ああ、もう少し様子を見てからにしようと思う」
「そうなのか?」
だって、こいつがここにいると能力を使えないからな。
いくら一番警備が薄いとはいえ、無策のまま突撃するのはバカのやることだ。
幸い今は昼休み。天姫を待たせてしまっているかもしれないが、一応時間はある。
あとは、こいつが無謀にも突っ込んで親衛隊に連れていかれるか、諦めて立ち去るのを待つだけだ。
「先に行きたいなら先に行っていいぞ?」
冗談めかして言ってみる。すると、
「おっ、いいのか? じゃあ遠慮なく、っと!」
男子生徒は猛ダッシュで駆け出した。
「ちょっ、おい!?」
とっさに呼び止めるが、男子生徒は俺の制止を聞かずにそのまま行ってしまった。
あいつ大丈夫か? と思いつつ、せっかくなのでどうなるか観察させてもらうことにする。
さてさて、どうなるかな?
しかし、そんな俺の考えとは裏腹に、やけにあっさりと下駄箱の前に辿り着いていた。
……これ、成功するんじゃないか?
何というか、拍子抜けだな。《時間停止》を使うまでもなかったか。
そうこうしているうちに男子生徒は阪柳さんの下駄箱に手を掛けていた。
俺は成功を確信する。
が、次の瞬間、
「うおッ!??」
どこからともなく捕縛用のネットのようなものが男子生徒に殺到し、あっという間に身動きが取れないようにされてしまった。
それから少しして、今までただ談笑やらなんやらをしていた親衛隊がまるでゴミでも見るかのような視線を男子生徒に向けながら歩いてきた。
そのうちの一人が男子生徒――と言うかもうただの白い塊にしか見えない――を引きずりながらどこかへ立ち去った。
俺はその光景を見て絶句する。
おいおいマジかよ……? 一瞬過ぎていろいろと追いついていないんだが……。
と言うか、あの手に持ってるのってまさかネットランチャーとかいうやつか? しかも全員もってやがる……。
いや、それ以前になんで何事もなかったかのように定位置に戻れるんだ?
さっきまでの寒気がするほどの冷徹な雰囲気はどこに行ったんだよ?
俺はもしも自分が先に出ていたらと思い、ごくりと喉を鳴らす。
……これは、正攻法での攻略は無理だな。うん。
諦めてさっさと時間を止めてしまいましょう。そうしましょう。
あたりを見渡し、誰もいないことを確認して、ぽつりと呟く。
「《時間停止》」
瞬間、すべてが止まった。
親衛隊の男女が会話する声も、スマホを弄る手も、通りすがった親衛隊の生徒も、何もかもが制止した。
そんな中、俺は駆け足で阪柳さんの下駄箱に近づき、手紙を入れた。
これにてミッションコンプリート。
実にあっけない最後だが、まあそんなもんか。
時間を止めたんだから失敗のしようがないしな。
これで失敗したらそっちの方が驚きだよ。
――っと、時間もないし、帰るとしますか。
天姫も待たせてるだろうしな。
そう思いながら、親衛隊の目が届かないところまで移動し《時間停止》を解除した俺は、教室へと戻った。
「……手紙?」
私は自分の下駄箱に入っていた手紙を手に取った。
同時に、辺りに群がっていた生徒たちがざわつき始める。
そのざわつきに耳を傾けると、「どうやって……」「いつの間に……」「ここの担当の奴らは何をしていた」などという言葉が聞こえてくる。
私は自分の親衛隊が勝手に近づく生徒を処理していることを知っている。
だからこそ、まさか自分の下駄箱に手紙が入っているなんて驚きだ。
いったい誰なのだろうか?
そう思いながら、私は封筒の封を開き、中から手紙を取り出した。
そして、中身に目を通す。
そこにはこう書かれていた。
『突然の手紙ですみません。
阪柳白亜さん。あなたに少し聞きたいことがあってこの手紙を入れさせていただきました。
もしよければ今日の放課後、時間を貰えませんか?
旧校舎3F、一番奥の空き教室で待っています。
――――水無月景より』
私は思わず首を傾げる。
……ラブレターにしては少し言い回しが変。
それなら普通『聞きたいこと』じゃなくて『話したいこと』と書くはず。
だとしたら、文字通りの意味?
私に聞きたいこと。なんだろう。
「……水無月、景、か」
そう呟きながら、私はそっと手紙を鞄にしまった。