白銀の少女と真紅の鋏 2
速足で教室に駆け込んだ俺は、そのまま自分の席に座り机に突っ伏した。
疲れた。超疲れた。
と言うか、本当にどういうことなんだよ。
あいつが俺と同じギフト保有者だってのか?
他の保有者との接触って普通もうちょっと日が経ってから起こるイベントじゃないのか?
少なくとも能力のこととかギフトのこととか、”クエスト”や”行動”なんかのことがある程度分かってからじゃないのか?
それなのにギフトを手に入れた次の日に? この学校でトップクラスの人気を誇る美少女が? たまたまギフトの鋏を落として? それを偶然俺が拾う?
ちょっと出来過ぎてないか……?
……偶然って怖いな。
だがまあ、知ってしまったことは仕方がない。
逆に、早いうちに知ることができたと割り切ってしまおう。
それに、あの様子だとあっちは俺がギフト保有者だって気が付いていないみたいだったからな。
その点で言えば、相手よりも先に知ることができたのは本当に幸運だった。
能力にもよるだろうが、もしもそれが洗脳もしくは催眠系の能力だった場合、普通に詰むからな。
物騒な話に聞こえるかもしれないが、誰かを操ってポイントを稼がせるっていうギフト保有者もいる可能性がある。
時間操作なんて能力があるくらいだ。催眠を掛けることのできる能力くらいあるだろう。
と言うか、そういう前提で話を進めないといざという時対応できないかも知れないからな。
実際のところあの少女がどんな能力を持っているのかは分からないが、警戒しておくに越したことはないだろう。
さて、警戒するのは決定として、一応嬉しい誤算もあった。
そう思いながら、俺はゲーム画面のようなものを表示する。
―――――――――――――――――――――――――――――
名前:水無月景 性別:男
P:000,001,000/100,000,000
体力:10 筋力:10 魅力:10
能力
●《――時廻――》LV:1
┣《時間加速》/01:00
┣《時間減速》/01:00
┗《時間停止》/01:00
ギフト
●懐中時計型
┗[十二の神器]
―――――――――――――――――――――――――――――
ポイントゲット――――――――ッッ!! あとよくわからないスキルとやらもついでにゲット――――ッ!
ふっ、ふふふっ、ふはっ、はっはっはっ!
ギフトを手に入れて二日目(ほとんど一日目みたいなもの)で1000P!
なかなか幸先のいいスタートではないか?
他のギフト保有者との接触は完全に予想外だったが、ポイントが手に入ったのだから良しとしておこう。
もしかしてこれが”行動”なのだろうか?
ただ、『初回ボーナス』って事は同じ”行動”をとってもポイントは入らないってことだよな。
だが! この際ボーナスだろうが何だろうか関係ない! ポイントはポイントに変わりないのだから!
さてさて、このポイントどうしようか?
これからのことを考えると、ある程度はステータス(仮称)に振っておいたほうがいいのだろうか。
それとも早く一億ポイント集めるために貯めておくか?
う~む……。迷うところだな。
…………よし、少しだけ振っておこう。
効率とかを考えると、ある程度の消費はやむなし。必要経費ってやつだ。
で、振り終わった状態がこれ。
―――――――――――――――――――――――――――――
名前:水無月景 性別:男
P:000,000,530/100,000,000
体力:200 筋力:200 魅力:100
能力
●《――時廻――》LV:1
┣《時間加速》/01:00
┣《時間減速》/01:00
┗《時間停止》/01:00
ギフト
●懐中時計型
┗[十二の神器]
―――――――――――――――――――――――――――――
半分近く飛んだのは痛いが……自分のステータスが10倍以上になったと思えば、まあ、別に悪くはないと思う。いや、思いたい。
ただ、実際のところどのくらい違うのかは調べておいた方がいいだろう。
まさかとは思うが、そのまま10倍以上になったりはしてないよな?
そうなると握力とか普通に100kgを超えていることになるわけだが…………さすがにそれはないだろう。
「……」
俺は鞄の中から筆箱を取り出し、ほとんど使っていない安物のシャーペンを取り出した。
それを握りこむように手に持つ。
小さく深呼吸をして、
「ふ……っ」
握り潰す気で握った。
バキッ
「……やべぇー」
掌を広げ、粉々に砕け散ったシャーペンだったものを見ながらそう呟く。
これは……俺が思っている以上に上がっているかもしれない。
筋力がこれと言うことは体力も相当なものなのではなかろうか。
それに魅力も――
「おはよう景。どうしたの? そんな考え込むような顔して」
「ん? 天姫か。おはよ。別に何もないよ」
「本当に?」
「ホントホント。と言うか、天姫がこんなギリギリに来るなんて珍しいな」
「ん~ちょっと用事があってね? 朝から大変だったんだよー」
「用事? ってどんな?」
「別に大したことないよ? ちょっと管理人さんが体調を崩しちゃっててね。朝の仕事の手伝いをしてたんだよ」
天姫はアパートに一人暮らしをしている。
俺と天姫は腐れ縁でそれなりに長いこと付き合いがあり、その関係で管理人さんとも面識があるのだが――
「おいおい大丈夫なのか? あの婆さんも大分歳だろ? 気を付けないといろいろと危ないぞ」
そう、あのアパートの管理人さんは結構な歳の婆さんなのだ。
ちょっと体調を崩したで済まなくなる可能性があるくらいの婆さんなのだ。
面識がある分、ポックリ逝かれると悲しいからな。
体調には気を付けてもらいたい。
「だよねー。そこは僕も注意してきたよ。『あんまり無理しちゃだめだよ? 身体に気を付けてね?』って」
「それでもいろいろやっちゃうのがあの婆さんだよな」
「やっぱりそう思うよね。これからも気を付けないと」
「それがいいよ」
「うん」
それから他愛もない話をしていると、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
そのすぐ後に担任の先生が教室の中に入ってくる。
「ほら、お前ら席に着けー。ホームルーム始めるぞー」
先生がそう口にすると同時に、生徒たちがぞろぞろと自分の席に戻っていく。
それは天姫も同じで、すぐに話を切り上げて前を向いた。
程無くしてホームルームが始まった。
適当に連絡事項を聞きつつ、ふと考える。
もしかしたら、”行動”っていうのは今日の天姫みたいなことなのかもしれないな。
一度は考えた『良い事』をするというものだ。
お手伝いという形でも『良い事』に含まれるだろう。
”行動”によるポイントの獲得。
その方法が『良い事』だったとすれば……?
……試してみる価値はある、か。
◆◆◆
一限目終了後、俺は『良い事』をするために行動を開始した。
学校の中で誰かの手伝いと言っても意外とないものだ。
そういう日に限って先生たちからの頼み事もないしな。
だが、俺は知っているのだ!
学校生活においてほぼ確実に毎日、ある日には毎時間発生するお手伝い可能イベントを!
それは――
「え~と、黒板消すの手伝おうか?」
そう! 黒板消しだ!
これならば教室で授業がありさえすれば、ほぼ間違いなく手伝いとして参加することができる。
試すには絶好のチャンスだろう。
ただ、問題があるとすれば、今日の日直は女子なのだ。
つまり黒板消しに参加するには女子の許可が必要となる。
許可を取らずに勝手に手伝うという手もあるが、もし「うわっ、何こいつ」みたいな反応をされると立ち直れないからな。
一応許可はとっておく。
まあ、ここでオーケーが貰えるかどうかは別問題だが――
「ホント!? 助かる! ありがと!」
「お、おう」
あっさりと許可が貰えて少し驚いてしまったが、まあいい。
とりあえず手伝うとしよう。
さてさてどうだ?
そして、すべて黒板に書かれたすべての文字を消し終えた。
瞬間、俺の頭の中に声が鳴り響いた。
≪”行動”によりPを獲得します。10P獲得しました≫
「ぃよっしっ」
思わず小さくガッツポーズをとってしまった。
だが、これは仕方がないだろう。
なんて言ったって”行動”でのポイント獲得方法が判明したんだからな!
もちろんこれ以外にもあるだろうが、一部だけとはいえ方法が分かったのは大きいぞっ!
と、そんなことを思っていると、今日の日直だった女の子が首を傾げていた。
「どうかしたの?」
「……いや、何でもない」
「そう? でも手伝ってくれてありがとね! いつかお礼するから!」
「別にお礼なんていいよ。俺がしたくてしただけだし」
「それでも! こういうのは借りたら返すのが私のモットーなの!」
随分と律儀な性格だな。
打算的な考えがあった分、これを借りと捉えられるのは少し罪悪感があるが、あっちがそれでいいならいいか。
ありがたく返してもらうとしよう。
「そうか。わかった。それじゃあいつか返してくれ」
「うん! じゃあね!」
そう言って、日直の女子は自分の席へと帰っていった。
俺はそれを見ながら、黒板に書いてある日直の欄を見た。
「愛川、菫?」
そんな名前のやつも居たような?気がする。
と言うのも、俺は人の名前を覚えるのが苦手なのだ。
ちゃんと関わったことのある人のことは覚えるが、ハッキリ言ってほとんど接点のないクラスの女子の名前なんて全く覚えていない。
男子の方も結構怪しいが、まあ、女子よりはマシだろう。
そんなことを思いながら、俺は自分の席に戻った。
さて、”行動”の一端はわかった。
しばらくはこの方法で模索していこう。
あとは”クエスト”だ。
こっちは全くの手付かずだし、どんなことが起きるのかわからない手前、下手に手を出すことができない。
どこかに詳しい奴がいたらいいんだが――――――…………居るな。一人だけ。それも身近に。
危険かもしれない。が、結局は遅かれ早かれ危険を冒さなければらないのだ。
多少危険でも、対話のできる人間の方がいいだろう。
それに、もし危険な状況になったら俺の能力で逃げればいいだけだし。
俺の《――時廻――》はそういうの得意だからな。
そう考えた俺はある程度の人となりを調べるため、天姫に声を掛けた。
「なあ天姫。あの銀髪の女子生徒について教えて欲しいんだけど」