異能力研究部とストーカー令嬢 14
「ごめん、俺もまさか一服盛られてるとは思わなくて……」
申し訳ないと思いながら、俺の胸に顔を埋める白亜のことを見つめる。
目立った外傷はないが、目に見えて疲労していた。
白亜の体力は俺よりも遥かに上だ。更に死血武器を使っている状態ならば身体能力の向上というバフも掛かる。
にも関わらずこれだけ疲労しているというのはにわかには信じられなかった。
同時に、それだけの苦労を白亜に強いてしまった自分に心底腹が立つ。
ギリッと奥歯を噛み締める。
白亜を抱く手が自然と強くなった。
「……ん、大丈夫。別に責めてない。景が悪くないのはちゃんと知ってるから」
顔を埋めたまま白亜がそう言った。
だが、今回の件、悪いのは完全に俺だ。
俺がこの学校に白亜以外の能力者が居ることを前提として常に念頭に置いていれば、そもそもこんなことにはならなかっただろう。
すべては俺の油断が招いた事態で俺の落ち度だ。
おそらく白亜は本心から俺のことを悪いとは思っていないのだろう。
それでも、俺自身が俺のことを許せなかった。
「……今度絶対埋め合わせするから」
「……気にしなくていいのに。でも、楽しみにしてる」
そう約束した後、俺は白亜を抱えたまま立ち上がると、近くのソファーに向かって歩き出した。
これからの戦闘に白亜を巻き込まないようソファーを蹴飛ばして隅に押しやると、その上にそっと白亜を降ろす。
「……景、桔梗時雨の能力は情報操作。他人の記憶含む情報を取得することでその能力を使うこともできるし、その人そっくりの人形を作り出すこともできる。今のところ確認できているのは風を操作する《――暴風――》と私の《――死血――》、それから景の《――時廻――》、それから何千回斬っても即座に完治する驚異的な再生能力。他にも細かい能力はあるみたいだけど、そっちはそこまで気にしなくても大丈夫だと思う」
若干早口で紡がれた言葉を聞いて、俺は思わずマジかよと呟いてしまう。
他人の能力をコピーできる情報操作系の能力とか、もはや化け物としか言いようがない。
能力が一つという点においてまだ黒猫の方がマシなレベルだ。
先に聞けて良かったような、聞きたくなかったような、そんな微妙な気分になる。
残り時間はまだあるにはあるが……少し心もとないな。
最悪自分の寿命を犠牲にすればどうにかなるか?
どうやって戦うか。その方法を脳内で思い描いていると、心配そうな顔を向ける白亜が視界に入った。
「……景、私も一緒に――んむっ」
続く言葉を、口に人差し指を押し当てて止める。
「ストップ白亜。悪いけど、今回は俺一人に任せてくれ。白亜の頑張りを全部横取りするみたいで申し訳ないけど、桔梗さんは俺が一人で倒す」
「……でも」
「でもじゃない。いや、分かるよ? 一人より二人、白亜がいれば勝率も上がると思う。それに、そっちの方が俺も心強いし……でも、白亜はもう限界だよな?」
そう指摘すると、白亜は痛いところを突かれたとでも言いたげに顔を歪める。
それはそうだ。時計を見る限り俺が寝てから二時間近くが経過しているのだ。
その間戦い続けていたのだとしたら、体力だけじゃなく能力の限界もとうに超えているはず。
使用できる時間の限界という明確なラインがある俺とは違い、白亜の能力にはそれがない。
正確言えば身体の不調として現れるのだが、それでも無茶をしようとすれば限界以上の能力の使用は可能だ。
だが、そんな命を捨てるような行為を許すわけにはいけない。いや、許しちゃいけない。
悔しそうに唇を固く引き結ぶ白亜に、俺は大丈夫と言いながらそっと頭を撫でた。
「心配してくれてるんだよな。ありがとう。でも、俺もお前が心配なんだよ。だから、今回だけは俺に任せてゆっくり休んでくれ」
「…………負けたら許さない」
「ハッ負けねぇよ。俺は阪柳白亜の相棒だぞ?」
なんの説明にもなっていないその言葉に、白亜は満足そうに微笑んだ。
「……ん、分かってるなら良い」
「ま、のんびり寛ぎながら待っててくれ。――すぐに終わらせる」
俺がそう言うと、白亜は「……すぐに終わったらゆっくりできない」と言ってクスリと笑った。
そんな白亜に「確かに」と笑い返す。
最後にひと撫でした後、踵を返そうとするが白亜に袖をクイクイッと引っ張られて動きを止める。
どうした? と思って顔を向けると――突然、今度は腕を掴まれグイッと力強く引っ張られた。
「うお⁉︎」
突然のことに対応しきれず、俺は白亜の方に倒れ込むように体勢を崩した。
自分の体重と引っ張られる力が重なり、瞬間的に避けれないと悟る。
せめてぶつからないように手を伸ばそうとするが、それをさせないとでも言うように白亜の引っ張る手に更に力が入るのが分かる。
「はく――」
白亜の顔が眼前に迫り、ついに俺は衝撃に備えて目を閉じた。
だが、次の瞬間訪れると思った衝撃が来ることはなかった。
代わりに来たのは唇に何か柔らかいものが押し当てられる感触――
「んん⁉︎」
驚いて目を見開く。眼前にあったのは目を閉じた白亜の顔。
瞬間、俺は理解した。自分の唇に触れているのが白亜の唇であることを。
行き成りの事過ぎて思考が停止する中、背後で「は゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛⁉︎」という絶叫にも似た叫び声が轟いた。
その声に一瞬で意識が引き戻される。
慌てて唇を離した。
「は、白亜⁉︎ 何を――」
「……まだ」
まるで一度じゃ物足りないとでも言うように、再び引き寄せられキスをする。
そして、にゅるんと白亜の舌が俺の口内に侵入した。
もう訳が分からなかった。
『なぜこんな事を?』とか『あれ、よく考えたらキスって初めてじゃね?』とか『意外と柔らかいんだな』とか『いきなりディープか』とか『血の味がする』とか様々な思考(ほぼほぼキスに関すること)が頭の中でぐちゃぐちゃに絡まって混ざり合って、もう何が何だか分からなくなっていた。
白亜はしばらくの間俺の口内を蹂躙した後、ゆっくりと唇を離した。
俺と白亜の唇の間に引かれた糸が艶かしく光る。
「は、え? ……は?」
キスの衝撃が強すぎて放心状態の俺の口から情けない声が漏れ出る。
だがこれは仕方ないだろう。
誰だっていきなりこんなことされたら訳が分からすぎて変な声くらい出るさ。人間だもの。
≪条件を満たしました。【鋏】型ギフトのギフトスキル[死血喰い]を獲得しました≫
瞬間、俺の脳内に響いたのはポイント獲得時やギフトスキル獲得時に流れるアナウンスだった。
「これ、は……」
ギフトスキル、それも【鋏】型という事はこれは白亜のギフトスキルなのか?
ん? あれ? ということは――
「……それは私からの選別。景が負けるなんて思ってないけど、桔梗時雨がまだ何か隠してるかもしれないから。良かったら使って欲しい」
そう言って白亜は自分のギフトを俺に渡してきた。
[死血喰い]というギフトスキルを知った俺には、その禍々しく脈打つ鋏の異常性がヒシヒシと伝わってきた。
一体どれだけの血を吸えばこうなるんだよ。
桔梗さんにそれだけ血を流させた白亜も凄いが、それだけの攻撃を受けておきながら平然としている桔梗さんも化け物だな。
「……景なら、私のギフトも使えるでしょ」
「……あぁ使える。やった事はないけど、今確信した」
他人のギフトと[十二の神器]で生成したギフトは基本的に同じだ。
使えるかどうかは持てば分かる。
それよりも、だ。
「どうしてキスだったんだ?」
その行為とスキル名から考えて取得条件は『血の経口摂取
』と言ったところだろう。
それはまぁ分かる。でも、キスである必要性はなんだ?
指とかに血をつけてそれを舐めるでも良かったと思うんだけど。
「……なんでって、そんなの決まってる」
そう言うと、白亜はぺろっと唇を舐め、妖しく微笑んだ。
「私がしたかったから」
ゾクっと身体が震える。その青緑色の瞳に見つめられるだけで、全身の血が沸き立つようなこの高揚感。
白亜の言葉に嘘はない、それが分かるからこそ心が幸福で満たされる。幸せだとすら感じる。
……分かってるよ。こんな感情を抱いておいて、目を背ける方が不可能だ。
俺は妹である花奏のことが好きだ。もちろん恋愛的な意味で。
でも、それと同じくらい、白亜のことを愛おしいと思ってしまっている。
「あぁ〜せっかく気付かないようにしてたのに。どうすんだよこれ……」
白亜のことが好きだろうがなんだろうが本命が花奏である以上付き合う事はできないのだ。
だからこそ見て見ぬふりしてきたというのに、最近の白亜の行動が大胆んすぎていよいよ認めざるを得なくなってしまった。
いや、問題はそれだけじゃない。
今までは白亜が色々察してくれていたおかげで何事もなく過ごしてこれたが、キスという想定外があった以上ラインを超えてこない保証もない。
もしそうなったら、俺には断る以外の選択肢がないのだ。
それはなんというか――
「怖ぇなぁ」
白亜が悲しむ顔を見たくない。
もしも白亜が花奏と同じ道を辿ったらと思うと、どうしようもなく怖くなってしまう。
多分だけど、万が一目の前で泣かれでもしたら俺はオッケーを出してしまうのではないだろうか。
そう思うくらいに、花奏の件は俺の中でトラウマになってしまっていた。
……いや、違うか。結局のところ俺は、今のこの素晴らしく居心地のいい関係を崩したくないのだ。
変わんねぇな俺。アレから一年散々後悔して、花奏が生き返るかもしれないという希望を得てからはもう二度と同じ失敗は犯さないって散々誓ったのに、結局俺は同じことを考えてしまっている。
トラウマを感じるのは仕方ない。
自分で自分を正当化しているようで情けないが、あれだけのことがあったんだ、怖がるなという方が無理な話だろう。
けれど、だからこそ、今ここで立ち向かわないといけないんじゃないのか?
例えその結果今の関係が崩れてしまうとしても、花奏の時みたいな過ちを犯さないために。何より、今まで俺に協力してくれた白亜のために。
覚悟は決まった。でも、話をするのは今ここでじゃない。
今はまだ他にやることがあるからな。
「ありがとう白亜。おかげでやる気出たよ」
「……ん、このくらいなら何時でもしてあげる。帰ってからもまたするから、絶対に死なないで。……約束」
「はははっ、あぁ約束だ。絶対負けられない理由ができちまったな」
「……ん、期待、してて」
「期待してるよ。だから……しばらくの間お休み、白亜」
俺がそう言うと、白亜は安心したように薄く微笑んでゆっくりと目を閉じた。
程なくして穏やかな寝息が聞こえてくる。
もう限界だったのだろう。
そんなボロボロの状態で自分も辛いはずなのに、最後まで俺のことを考え心配してくれた。
頑張る理由なんてそれだけで十分だ。




