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異能力研究部とストーカー令嬢 12

 それから、一体どのくらいの時間が過ぎただろうか。

 桔梗時雨の断末魔が消えてから大体十数分切り刻んだあたりで、攻撃の手を止めた。

 はぁはぁと短い呼吸を繰り返す自分に気が付き、息切れなんて珍しいと驚いてしまう。

 それほどまでに厄介で面倒な相手だった。

 戦闘能力云々は別として、どこまで行っても直ちに服も肉体も元通りになっていくというのは、ある意味恐怖であり、それもまた強さの形なのだと思い知った。


「……景に手を出したのは許せない。でも、その回復能力だけは称賛する。私が出会った中で、一番厄介な敵だった」


 眼下に広がる血の海。その中で倒れている未だ息のある桔梗時雨に対し、私はそう口にした。

 返事はない。答える元気がないのか、それとも痛みで気絶しているのか。もしかしたら廃人になっているのかもしれない。

 だが、そこまでやっても殺しきることはできなかった。


 本当に嫌になるほどの回復能力。常人なら数千回は死んでるはずなのにまだ生きているなんて……でも、そのお陰で少しだけ冷静になれた。


 まだ怒りが完全に収まったわけではないが、現状を把握できるくらいには冷静さを取り戻していた。

 ふぅ……と静かに深呼吸をして、改めてあたりを見回す。


 物語の中に登場する城の一室のように輝いていた部屋は、桔梗時雨の血や肉片で真っ赤に染まり、それらが放つむせ返るような生臭い匂いが鼻腔をくすぐり心底気持ちが悪かった。

 そして何より、動くたびに鳴るべちゃべちゃ、ぐちゅぐちゅという音と、足の裏に張り付く肉片の感触がどうしようもなく私を不快にさせる。


 そんな傍から見たら地獄絵図ともとれる部屋の中で、唯一景が寝ているソファーだけがどういう訳か一ミリも汚れておらず清潔さを保っていた。

 景があの女の血で汚れていないことに安堵しつつ、どこか怪我をしていないだろうか? と心配になった私は、不快感を我慢して景に歩み寄る。

 が、途中であることに気が付いてしまった。


「……うぇ……汚いの、私もだった」


 身体を捻ったりしながら改めて自分自身を見ると、土砂降りの雨の中雨具なしで歩き回ったのかというほど全身血でぐっしょりと濡れてしまっていた。

 それはそうだ。部屋を汚した現況に最も近い場所に居たのが私なのだから、私が汚れていないわけがなかった。

 これは由々しき事態だ。こんな状態では景を汚してしまう。それもあの女の血で。

 それは自分が汚れる以上に許せない。


 景への心配と自分の不快。二つの感情を天秤にかけた結果、私は何の迷いもなく前者を選択した。


「……[死血喰い(ブラッド・イーター)]」


 久しぶりに[武器化]以外のギフトスキルを使用する。

 瞬間、部屋中に飛び散った血や服に染み込んだ血が無数の糸になって伸び、鋏の先端に吸い込まれるように消えていく。

 数分もしないうちに部屋中に飛び散っていた血は跡形もなく消え去り元の綺麗な部屋に戻っていた。


「……うぅ、気持ち悪い」


 ドクンッドクンッと激しく脈打つ鋏をまるで汚物でも持つように親指と人差し指で挟んでぶら下げる。

 ギフトスキル[死血喰い]は、周囲に存在する血液を自他のモノ関係なく取り込み、それを消費することで身体能力を向上させるスキルだ。

 発動条件が逆になった《死血之戦乙女ブラッド・ヴァルキリー》だといったらわかりやすいだろうか。

 吸収するのは他人の血でも構わないので《死血之戦乙女》よりも気軽に使えるのだが、好きでもない相手の血を取り込むという不快感の方が勝り今までは意図的に使用を避けてきた。


「……もっとこまめに使っておくべきだった。慣れてないせいで、余計に気持ち悪い」


 背筋にぞわぞわと寒気を感じつつ、小走りに景に近づく。

 すると、すぅすぅと一定間隔で穏やかな寝息が聞こえてきた。

 目立った外傷もないし体調が悪くなっている様子もない。

 どうやら眠らされているだけのようだ。


 私は景が無事だったことに安堵して胸を撫で下ろした。


「……良かった。景が無事で、本当に良かった」


 景の寝顔を見つめながら、溢れそうになる涙をぐっと堪えると、チラッと時雨桔梗の方を見た。


 さっきと何も変わっていない。それが逆に不気味だった。

 本当に気絶している? もしくは何かを企んでいるのだろうか? あまり良いとは言えない可能性が次々と浮かぶが、そのどれも確証がない。

 あれだけ切ったのだ。気を失って当然。むしろそれだけで済んでいる時点で驚愕なのだ。

 何も問題はない――はずなのに、一向に不安が消え去らない。

 今すぐに止めを刺さないと大変なことになると、私の本能が警鐘を鳴らしている。

 本能に従うのなら、桔梗時雨は今ここで殺しはほうがいいんだと思う。でも――


 二人を交互に見て少し考えた後、


「…………今は景が優先」


 と小さく呟いた。

 桔梗時雨が他にどんな力を持っていても景さえいればなんとかなる。

 驚異的な回復能力も時さえ止めてしまえばどうにでもなる。

 そう結論づけた私は《死血之獣》を発動しクラゲのような生き物を作り出すと、その触手を使い景を抱えて背中に乗せた。


「……今回は一度引くけど、次は本当に殺すから。それが嫌なら、もう景に近づかないで」


 聞こえているかどうかは分からない。でも何となくこの女は聞いている気がした。

 そして、それを肯定するかのように――


「アハッアハハハハハハハハッ! それは無理なお願いね! だって、景くんはこれから私と一緒になるのだから! あなたこそ、私の景くんに近づかないでくれる?」


 まるで今まで戦闘などしていなかったかのように、五体満足疲労など感じさせない姿で立ち上がる桔梗時雨を見て、頬を嫌な汗が流れるのが分かった。


「……あなた、よくしつこいって言われない?」

「あら、よく知ってるわね?」


 余裕綽々と答える桔梗時雨に対して、私は警戒を強めながら考える。


 さて、どうする? 私があいつに負けてるみたいだからこういうのは言いたくないけど、私とあいつとでは能力の相性が悪い。

 私のような直接相手を攻撃するタイプの能力ではあいつを倒すのは難しい。

 万全の状態で殺り合っても殺しきれなかったのだから、今の消耗した状態で倒せるわけがない。だからこそ景を連れて一度引く判断をしたのだから。

 対してあいつは万全の状態。となれば私が取る行動は一つ。

 倒すことは考えない。景が起きるまで時間を稼ぐ。

 それが私の勝利条件だ。


「……もう一度、殺して殺して殺し尽く…………す?」


 そこまで考えて、私は首をかしげる。

 自分では倒せない? 景に全てを託す? 時間稼ぎが最善の策?

 私はいつからこんなにも腑抜けになってしまったのだろうか?

 前までの私なら、全て一人でこなしていた。一人で解決していた。倒すまで倒れずに手足が捥げても戦っていた。血が枯れようと意識が飛ぼうと戦う、一人だった私にできたのはそれだけだったから。

 でも、そんな私の前に景が現れた。レベル1で私に勝てるほど圧倒的な能力を持つ人間が現れた。

 ……否、現れてしまった。

 一人だったのが二人になる。それだけでも大きな差なのにその相手が時間操作の能力者ともなればイージーゲームもいいところだ。

 ”クエスト”も対人戦も、安全マージンをとった上で完勝できる。油断して不覚を取っても、それを帳消しにして余りある能力の格差。そしてそれは、レベルが上がれば上がるほど顕著に現れた。戦闘センスも、まだまだ荒削りだけど私に迫るものがある。

 景はあまりにも強すぎた。

 言い訳にしかならないが、だからついつい景に頼ってしまうのだ。


 でも、それじゃダメだ。景の強さに甘えるだけじゃダメなのだ。どれだけ甘え、頼り、依存しようと、死ぬときは一人なのだから。


 景を血のクラゲに預け、真紅の鋏を掌に押し付ける。

 ふぅぅぅと深く息を吐いて思考をクリアにすると、半眼で桔梗時雨を睨みつける。


 この時私は、なんとなくだけど、ここで本気を出しておかないと景のそばに居られない。景が私の手の届かない場所へ行ってしまう。そんな気がしていた。


「……ごめん景。もうちょっとだけ眠ってて。これからの私を、あなたにだけは見られたくない」


 今のままじゃダメ。だから少しの間だけ、昔のーー景に出会う前の私に戻ろう。



 ーーここから先は、私だけの時間だ。



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