異能力研究部とストーカー令嬢 11
目の前に広がる光景を最初に見た時、私は何が起きているのか分からなかった。
外傷が見当たらないとはいえ、目の前に景が倒れていて、その近くに能力者がいる。更にはその能力者は景に絶え間なく能力をかけ続けているように見える。
そんな場面に出くわして、即座に状況を把握しろというは難しいだろう。
だが、私の魂は、心は、この状況を既に理解してしまっているらしい。
私の意図せずに全身から殺気が溢れ出るのがわかった。
程なくして状況に思考が追いつくと、今まで塞き止められていたものを一気に放出したかのように感情が溢れ出した。
全身の毛が逆立つような感覚。
思考回路が狂ってしまったかのように、桔梗時雨に対する怒りの言葉が頭の中で何度も何度もリピートされる。
怒髪天を衝くとはまさにこの事だろう。
ドス黒い負の感情が決壊したダムのように勢いよく心の底から溢れ出た。
自分でも分かる。この感情はダメだ。
桔梗時雨は能力者だった。それが判明した今、冷静になり相手の能力が何なのかを知り適切に処理する必要がある。
例え実力的には勝っていたとしても、相手の能力を知らずに挑んだばかりに能力の相性が悪く敗北してしまった、なんてことはよくある話だ。
このままでは自分も同じ結末を辿る可能性がある。
そう、ここは一度怒りを抑え冷静になりそれからことを進めるのが正解で、感情任せに行動するのは不正解。良くないことだ。
――そんなことは分かっている。
けれど、私の心が今すぐあの女を景から引き剥がせと囁く。
景を傷付け今尚能力を掛け続けているあの女に、生きていることすら後悔するほどの絶望を味わわせてやれと正しい思考を侵食していく。
「……殺してやる」
そう口にした時には、すでに私の心は負の感情で満たされていた。
好きな人を傷つけられて、冷静でいられる人間はいない。
気が付くと私は、正しい思考というものをすべて手放し、心を満たす負の感情に身を委ねていた。
桔梗時雨が何かを言い終わった後、戦闘態勢になったのを皮切りに、私は右手を切り裂き、振るって、《死血之弾丸》を放つ。
だが、変な糸のようなものに触れた瞬間、《死血之弾丸》は勢いを失いただの雫のように落下して消えてしまった。
だから今度は両腕を切り裂き糸で消し去ることができないほどの物量で押し切った。
そうしたら行き成り身体能力を上げて物理的に回避し始めた。
だからそれ以上の身体能力で糸を避けながら、もしくは弾丸で相殺しながら先回りし、《死血之大鎌》を発動して切り裂いた。
すると、桔梗時雨は糸の一本を自分の身体に繋げた。次の瞬間、深く切り裂いたはずの傷はあっという間に綺麗さっぱり消えてなくなってしまった。
だから、次は糸ごと斬った。
それでもまたすぐに回復してしまったので、さらに切った。
回復するたびに切って、切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切り続けた。
その間、絶え間なく糸や出現元不明の剣、刀、槍、斧などの武器が私に向け放たれたが、《死血之獣》を使いその悉くを阻み続けた。
それからどのくらいこの女のことを切り刻んだだろうか。
400を超えたあたりで数えるのを辞めてしまったから正確な数字は分からないけれど、これだけは断言出来る。
この女は化け物だ。
私は一切手加減をしていない。それどころか、一撃一撃が致命傷になりうる傷を残し、中には首を刎ね飛ばした攻撃すらあった。
それなのに、この女は今尚再生し続けている。だいぶ前に攻撃は止んでしまったが、確かに生きているのだ。
規格外の能力を持つ景ですら再生は日に30回も出来ない。
それなのにこの女は最低でも400回以上? 正直、ありえないとしか言いようがなかった。
だが目の前でそれが起きている以上、対処しなければいけない障害なのだ。
それに、同じ能力者である以上絶対に能力の限界はある。
だとしたら、私のやるべき事は一つだけ。
この女が死ぬまで殺し続ける。ただそれだけだ。
「……景が起きる前に死んで」
私の呟きが聴こえたのか、その時桔梗時雨が薄らと気味の悪い笑を浮かべたような気がした。




