異能力研究部とストーカー令嬢 10
無防備な姿でソファーに寝転がりすやすやと穏やかな寝息を立てている景くんを見て、無性に抱きしめたい気持ちに襲われる。
世界で一番愛している人が目の前にいるのだから無理もないことだろう。
むしろ、この状況で手を出さずに理性を保っている自分を褒め称えたいくらいだ。
「でも、まだ駄目よ桔梗時雨。今はまだ我慢しなきゃ。最優先事項は他にあるのだから」
自分に言い聞かせるように頭の中で何度も何度も「駄目よ、我慢しなきゃ」と繰り返す。
早くしないとあの白亜とか言う女が来てしまう。
それまでに何としても目的を果たさないと、睡眠薬を盛ってまでこの状況を作り出した意味がないもの。
カーペットに膝を付き、景くんの頬にそっと手で触れる。
幸せそうな寝顔に愛おしいと思う気持ちが噴水のように心の奥底からどんどん溢れてくる。
「あぁ、好き、好き、大好きよ。そしてきっと、これからもっと好きになるわ。だって――」
――あなたのすべてを知ることができるのだから。
私は景くんを見つめながら、起こさないように小さく呟いた。
「《繋魂之糸》」
瞬間、私の身体から半透明の青い糸が三本ほど伸びていき、景くんの頭部にピタリと張り付いた。
さぁこれで準備は完了。
早速だけど、あなたの全てを私に教えてちょうだい?
「《情報閲覧》」
そう口にした瞬間、私の頭の中に膨大な量の情報が流れ込む。
常人ならば一瞬にして廃人になってしまうであろう濁流の如き情報の奔流を全て正面から受け止める。
痛い。頭が割れるようだ。一瞬でも気を抜いたらその瞬間意識を失ってしまうだろう。
普段なら必要な情報だけを精査してから取得するが、この情報だけは、全て受け止めなければいけない。
だってこれは景くんが――最愛の人がこの世界で生きてきた証だから。一つでも取り溢そうものならバチが当たる。
それに、景くんのことを考えればこの程度の痛みなんてあってないようなものだもの。問題いなく、すべて受け止められるわ。
コンマ1秒分の情報もとりのがさないように、目を閉じて集中する。
すると、興味深い情報を取得した。
「景くんあなた――能力者だったの?」
あまりの驚きに思わずそう口に出してしまった。
それもただの能力者じゃない。《――時廻――》――時間を操作する能力なんて聞いたことがない。積極的に他の能力者と関わらない私でもわかる。景くんの能力は明らかに規格外だ。
しかしながら、私にとってそれ自体はさほど問題ではなかった。
私にとって最も重要なこと。それは、景くんが私と同じ能力者だったということ!
大好きな人との思いがけない共通点。能力者であることを一生隠して生きていかなければ行けないと考えていた私にとって、それはとてもとても嬉しい事だった。
「ふふふっ、あはははははっ! あぁ景くん! 私、あなたのことがますます好きになったわ! 誰にも話せないと思っていた秘密を隠さずに共有できるのだから、きっと私たちなら最高のパートナーになれる、そう思わない?」
万物の情報を読み取り、改竄する私の《――全智――》と、時を操作する景くんの《――時廻――》が力を合わせればどんな障害だって乗り越えられる。
それこそ、世界を統べることだって――
そこまで考えたところで、私はある一つの疑問を抱いた。
「能力の強さは、それは思いの強さに比例する。未だにあなたの願いが見えてこないのだけれど、時間操作なんて規格外な能力を得てしまうほどの願いって一体何なのかしら?」
それは純粋な疑問だった。
すでに結構深くまで潜って情報を閲覧しているはずなのに、景くんの願いが全く見えてこない。
時間停止に見合うだけの願いが存在するはずなのに……一体どれだけ深い場所に仕舞われているというの?
知りたい、すごく知りたい。だってこれだけ深くに終われているということはそれだけ景くんを構成する重要なことのはずだもの。
もう少しで坂柳白亜が来てしまうのだけれど、それだけは何としても知りたいわ!
全ての情報を正確に処理しながら、深く深くへ潜っていく。
それから数分が経過し、残りの情報がごく僅かになったところで、ようやく景くんが抱いている最も大きな願いに触れることに成功した。
だが、その情報を閲覧した瞬間、今まで感じていた多幸感が一転し、新月の日の夜闇のように暗澹とした気持ちに包まれた。
景くんの心の奥底にあった記録。
それは、たった一人の女の子に関する記録だった。
「名前は水無月花奏。景くんの実の妹で約一年前に交通事故により他界した女の子。そして――」
――景くんの愛情を独占する、坂柳白亜以上に邪魔な女。
ギリッと歯が砕けるのではないかと思うほど強く噛み締める。
私は勘違いをしていた。
景くんを手に入れる上で一番の障害は《ギフト》関連で常に一緒にいる坂柳白亜か、腐れ縁の幼な馴染みである橘天姫だと、そう思っていたのにっ!
思わぬ伏兵に焦る気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をする。
「……大丈夫、何も焦ることなんてないわ。だって、彼女はすでに死んでいるのだから」
そう、例え彼女の存在が景くんの心の奥底に深く刻まれているとしても、それを忘れさせるくらい私自身が景くんにとって特別な存在になればいい。
私しか目に入らないくらい、景を私に夢中にさせればいい。
相手がどれだけ強大だろうと関係ない。必ずあなたを振り向かせて見せる。それまで絶対に諦めないから。
景くんの寝顔を見ながら、そう強く心に決めた。
引き続き景くんの情報を閲覧していく。
だが、そこから先はほとんどが水無月花奏との思い出だった。
それほど景くんの心を独占している彼女にしたいし嫉妬してしまう。
愛おしい、幸せ、好きなど、私が景くんに対して抱いているのと同じような感情を向けられている彼女が心底うらやましいと思った。
「景くんの愛情がすべて私だけに向けばいいのに。――ねぇ、あなたもそう思わない?」
殺気を飛ばしながら部室に入ってくる坂柳白亜に向けて私はそう問いかけた。
彼女はハイライトの消えた瞳で景くんをチラリと見たあと、ギリッと奥歯を噛み締めて顔を歪ませた。
「……殺してやる」
普段感情を表に出さない彼女にしては珍しく分かりやすい形での感情の発露に、私は思わず声を出して笑ってしまった。
「アハハッ、他人に対してそういう顔もできるのね。ちょっと意外……だけれど正直そんなことはどうでもいいの。私もあなたのことが邪魔だと思っていたことだし――」
私は周囲に無数の《繋魂之糸》を展開しながらゆっくりと立ち上がり、坂柳白亜に向き直ると口角を吊り上げながら口を開く。
「――仕方がないから、殺し合いましょう? 勝利のご褒美は『景くん』ってことで♥」




