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異能力研究部とストーカー令嬢 9

「景くんはいるかしら?」


 部室と幽霊部員が欲しい、そう頼んだ日の放課後。

 何を思ったのか桔梗さんが俺の教室にやってきた。

 静まり帰る教室。ほとんどの生徒は突然の有名人の登場に困惑し頭上に”?”を浮かべ、天姫だけは「どういうこと?」とこちらに視線を向けてきた。

 天姫の視線から目を逸らしつつ、今の状況を整理する。


 俺が桔梗さんに欲しいものを伝えたのはつい2時間前。

 まさかとは思うがもう揃ったとかじゃないよな? いくらなんでも早すぎる。

 俺だってあんなに探して見つからなかったんだぞ?

 いくら権力者だからってそう簡単に見つかるものか?

 だがしかし、桔梗さんがすでにここに居るのは事実だ。

 早々にどうにかしないと、俺がこの教室に居づらくなってしまう。


「そ、それじゃあ天姫。また明日な」

「え。う、うん。また明日?」


 戸惑う天姫を横目に、俺はそそくさと教室を出た。


「それで、何の用だ」

「何の用だ、とはご挨拶ね。部室と部員が揃ったから教えにきてあげたのに。急ぎだったのでしょう?」

「それはそうだが、俺、お前に連絡先教えたよな?」

「えぇ、すでにピン止めしてお気に入り登録までしてあるわ」

「そこまでは聞いてないんだけど……だったら尚更なんで教室に来たんだよ。そっちに連絡くれたらどこかで合流できただろ」

「あなたに早く会いたかったのよ。その理由だけではダメかしら」


 何とも健気なことを言っているが、俺的にはダメとしか言いようがない。

 ただでさえ白亜との関係を勘繰られているというのに、そこに桔梗時雨という燃料が投下されてしまったのだ。

 明日向けられるであろう視線は……出来ることなら考えたくは無いな。

 今から憂鬱だ。


「……頼むから、次からは事前に連絡をくれ」 

「そう、分かったわ。他ならぬあなたの頼みですもの」

「……なぁ、少し気になったんだけどさ」


 何かしら、と軽く首を傾げる桔梗さんに俺は率直に聞いた。


「俺何かお前に気に入られるようなことしたか?」

「あら、それなら私の命を救ったという盛大な理由があるじゃない」


 それは確かにそうなんだが、俺にはどうしてもそれだけだとは思えない。

 命を救ったと言えば聞こえはいいが、それは他人から見た場合だ。

 当人からしてみれば”救われた”ではなく”邪魔された”ではないのだろうか。

 別に自殺を肯定する訳ではないが、いざ死ぬとなったらそれ相応の覚悟が必要になる思うし、覚悟が強ければ強いほどそれを邪魔された時の苛立ちとか憎しみって言うのは大きくなるものなんじゃないのか?


 もちろんこれらはすべて俺の妄想――イメージに過ぎないが、そこまで大きく外れてはいないはずだ。

 だが、こいつから感じる感情はあまりにもかけ離れ過ぎている。

 別の理由があると考えるのが妥当だろう。


「何を考えているのかは大体想像がつくのだけれど、あなたに何か不都合があるのかしら? あなたのいう事を何でも聞く都合の良い女の子。喜びこそすれ、そう怪訝な目で見つめる必要は無いのではないかしら」

「どう考えても怪しすぎんだろ。余計信用できねぇよ」

「うふふ、確かにそうかもしれないわね。あなたのそういう慎重なところ、とっても好きよ。それじゃあ少しヒントを上げましょう。ヒントは占いよ」

「占いでそういう結果が出たからいう事を聞くってか? 馬鹿らしいな」

「それは違うわ。あなたに尽くすのはあくまで私の意思よ。占いとは何の関係もないわ」

「だったらどういう――」


 さらに問いただそうとしたところで、桔梗さんは「ここよ」と口を開いた。

 どうやら部室に到着したようだ。

 占い内容について気になるところではあるが、とりあえず今は置いておこう。


「――って、ここ前にお前が自殺しようとしてたところじゃないか」

「ダメだったかしら」

「いや、ダメってわけじゃないけど……」


 出来ることなら自殺未遂があった部屋なんて部室として使いたくはない。

 だが、他に候補がない事もまた事実。

 割と命懸けで”クエスト”をやっている身としては、縁起が悪いことこの上ない場所だが、桔梗さんのはギリギリ未遂だ。

 実際に誰かが死んだわけではないのだから、別に構わないだろう。


 っていうか、ここって空き部屋だったんだな。

 確かに部活名が書いてあるプレートは無かったし部屋の中はもぬけの殻だったが、俺はてっきり桔梗さんが何かしらの部活をしているのだと思っていた。

 完全に見落としてたな。


「ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」

「さっきも言ったけれど、お礼を言う必要はないのよ? それよりも、早く中に入りましょう? 実はあなたに喜んでもらうためにいろいろ用意してみたの」


 用意、という言葉に疑問を持ちつつも、促されるがままに扉を開け足を踏み入れた。

 俺はすぐに、言葉を失った。


 物語の中でしか見たことのないような豪奢な絨毯。高価そうなソファーにテーブル。見たこともないような大きさのテレビにその他家具家電諸々が揃えられていた。

 そのどれもが一般家庭には絶対に存在しないような高級感あふれるオーラを漂わせている。

 正直、俺は一瞬ここがどこか分からなくなった。

 その衝撃と言ったらいきなり目の前に異世界が出現したレベルである。

 用意されていた物があまりにも予想の斜め上過ぎる。


「なに、これ」

「どう? 気に入ってくれたかしら。どれも最高級品よ? あなたのためにすぐに用意させたの! 遠慮なく使って――って、あら? どうしたの? 顔が引きつっているようだけれど……」


 大丈夫?と心配そうに顔を覗き込まれるが、情報量が多すぎてそれどころではなかった。

 一体どう反応したらいい?

 普段お目に掛かれないような高級品を思いがけず手に入れて、素直に喜べるほど俺の神経は図太くない。

 どちらかと言えばこじんまりとした質素な感じが好きなのである。

 派手なのはあまり好きじゃない。落ち着かないからな。

 だが――。


「――ありがとう。大切に使わせてもらうよ」


 せっかく俺のために用意してくれたものを、いらないと無下にできるほど冷たくはないつもりだ。


「後は部員だけど、大丈夫なのか?」

「勿論、抜かりはないわ。これが入部届けよ」


 そう言って渡された入部届の枚数は3枚。本来幽霊部員は一人で良かったのだが、それは気にすることでもない。

 問題はその中の一人に見覚えがあったことだ。


「なぁ、これ”桔梗時雨”って書いてあるんだけど」

「どのみち幽霊部員なのだから、私がいても問題は無いでしょう?」

「そりゃそうだけどさ」


 こいつまさか部活に来るつもりじゃないよな?と思ったが、そうなったらその時に考えればいいかとスルーした。


 っと、それよりも、早めに白亜に報告するか。

 時間制限があることをすっかり忘れていた。


 俺はポケットからスマホを取り出し、白亜に部室と部員が出来たと報告した。


『分かった。先生に報告してくるから、少し待ってて』

 

 了解、と返信し取り敢えずソファーに座った。


「うわぁなにこれ、ふっかふかじゃん」


 驚くべき程の柔らかさ。身体が沈むというか素材が俺を包み込んでくれているというか、きっとここで寝たら最高に気持ちが良いだろうなと思った。


 ――ガチャ。


「? 何の音?」

「何でもないわ。それよりも、まだ時間はあるのでしょう? 飲み物を用意したいのだけれど、紅茶で良いかしら」

「あぁ、ありがとう」


 しばらく待っていると、目の前にコトッと湯気の立ち昇るティーカップが置かれた。

 ありがたく受け取りのどを潤す。


「うまっ」


 別に紅茶に詳しいという訳ではないが、素人目で見てもこれはすごく美味しいと思った。

 俺の様子を見ていた桔梗さんが笑みをこぼす。


「ふふ、気に入って貰えたようで何よりよ」


 そう言って自分の分の紅茶を飲んだ。

 ……え~と、帰らないのだろうか? もうすぐ白亜が来るんだけど――


「――ぁ、れ……?」


 突如視界が揺らぐ。全身の感覚が薄くなり、酷い酩酊感に襲われる。

 体勢を保てなくなりソファーに倒れ込むのにそう時間は掛からなかった。


「なに……が――」


 薄れゆく意識の中で桔梗さんを見ると、恍惚とした暗い笑みを浮かべていた。


「おやすみなさい、景くん。良い夢を」

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