異能力研究部とストーカー令嬢 8
翌日、4時間の授業を終えついに昼休みがやってきた。
天姫が勢いよく振り返り俺と向かい合うように座り直す。
「お昼だよ景! ご飯一緒食べよ!」
元気よく心底嬉しそうな顔で言う天姫に、俺は「分かってるって」と返しながら鞄からお弁当を取り出す。
それを見た天姫は首を傾げた。
「あれ? 今日はコンビニ弁当じゃないんだね。自分で作るの面倒くさいって言ってなかった?」
「いつもだったらそうなんだが、今日は久しぶりに天姫と一緒だからな。せっかくだし自分で作るかってなったんだよ」
「僕と一緒に食べるから?」
「そうだけど?」
さも当然のように告げると、天姫は一瞬きょとんとした後、照れたように仄かに頬を赤らめた。
「……もう、景は僕を惚れさせる気なの?」
「天姫に惚れられるんなら作ってきた甲斐があったな。ははは」
そんな感じで談笑しつつそれぞれの弁当を食べ進める。
たまに互いのおかずを交換したりしながら食べる昼食はとても美味しかった。というか、俺の作った弁当を美味しいと言いながら食べる天姫の姿にこう……くるものがあったが、それはまた別の話。
「そう言えば、阪柳さんにはなんて説明したの?」
「そりゃあもちろん『今日は天姫と食べるから』って。どうしてそんなこと聞くんだ?」
「それはほら、ね? 阪柳さんから景を取っちゃって悪いことしたかな~と思って。嫌な顔されなかった?」
「別に何ともなかったぞ。むしろ親友なら大事にした方がいいってさ」
白亜はその立場上友達とか友好関係に敏感だからな。
自分が関わることで俺の友好関係が悪くならないように気を配ってくれたのだろう。
「白亜には今度埋め合わせするさ。受けてる恩がデカすぎるから、ちょっとずつでも返していかないとな」
「そっか。景と阪柳さんが仲良さそうで安心したよ。これで水無月家の未来も安泰かな」
「言ってることが親戚のおじさんみたいだぞ」
「僕にとって景のことは他人事じゃないからね。気分としては近いと思うよ」
「ま、それは同感だな。俺にとっても天姫のことは他人事じゃないし」
「……それじゃあさ、もしもボクに恋人が出来たら景はどうする?」
良い悪戯を思いついた子供のような顔でにまにまと笑いながら問う天姫に、俺はペットボトルのカフェオレを一口飲みつつ答えた。
「取り敢えず一発ぶん殴るかな。そしてふさわしいと思ったら和解の印として一緒に風呂に入る」
「人の彼女とお風呂に入る気なの!? それに女の子を殴ったりしちゃダメだよ!」
「ん? 彼女? 女? …………あっ、そっか彼女か」
「え、なに!? 今一体何と勘違いしたの!?」
「いや、天姫の恋人だからてっきり彼氏かと思ってた」とは流石に口には出せなかったので、頬をかきながらあははと笑って誤魔化したのだった。
◆◆◆
昼休みも終盤に差し掛かった頃、俺はチラッと時計を見る。
残り時間は10分と少し。様子を見に行くならそろそろか。
「悪い天姫。ちょっと席外す」
「どこか行くの? あっ、もしかして阪柳さんのところ?」
「違う違う。今回は別の人のとこだよ」
「そうなんだ。珍しいね、景が僕や阪柳さん以外の人に会いに行くなんて」
「……まぁ、いろいろ事情があるんだよ。だからちょっと行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい。もうすぐ授業だから早く戻って来てね!」
「おう」
天姫と分かれ教室を後にした俺は、あらかじめ白亜から聞いておいた教室へと足を運んだ。
外から覗くような姿勢で目的の人物を探す。
が、見た感じどこにも見当たらない。
俺と白亜みたいにどこか別の場所で食べてるのか? それとも何か用事で?
流石に学校に来てないわけじゃないと思うけど……どちらにせよ無駄足だったみたいだな。
もうすぐ昼休みも終わるし、居ないなら居ないで早めに帰るとするか。
「あら、景くん? こんなところで何をしているのかしら?」
「わっ!?」
突然背後から声を掛けられ飛び跳ねる。
び、びっくりした! 急に話しかけるなよ! でもこの声、もしかして――。
「桔梗さん?」
「えぇ、あなたの桔梗時雨よ? でもびっくりしたわ、まさかこんなところであなたに会えるなんて。これも運命かしら。それとも必然?」
また訳の分からないことを言い出したな。
でもまぁ、これで俺の用事は済んだ。
何を隠そうこいつの無事を確認するのが俺の目的だからな。
あの後また自殺を図ったんじゃないかって気が気じゃなかったが、どうやら無事みたいで安心した。
せっかく助けた奴が気が付いたら死んでいたなんて目覚めが悪いにもほどがあるからな。
これでなんの心配もなく”クエスト”に専念できるってもんだ。
「それじゃあ、俺はこれで――」
前回と同じような流れで立ち去ろうとするが、どういう訳か手首を掴まれてしまった。
「えっと、この手は?」
「あなたがすぐに帰ろうとするからよ。ここで会ったのも何かの縁。少しお話ししましょう? それに、昨日のことのお礼もしたいわ」
「お礼なんて別にいいって。アレは俺がやりたくてやったことだし」
「それでも、私はあなたにお礼がしたいの。本当に何でもいいのよ? 私なら大抵の物なら手に入れることが出来るのだから。一生遊んで暮らせるだけのお金でもいいし、私の家が保有する設備をすべて無料で使うことのできる権利でもいいわ。私の命を救ったのだから、あなたにはそれらを貰う権利があるの。どうかしら、何か欲しいものはある?」
「いや、そんなこと急に言われても困るんだが……」
「考える時間が欲しいのなら、あなたが決めるまで待つわ。何だったら、私でもいいのよ?」
そう言いながら身体を寄せてくる桔梗さん。
俺はすっと身を引きながら考える。
どうやら桔梗さんはお礼をするまで放してくれないらしい。
でも流石に大金とか設備を使う権利とか、そんな豪華なものを貰う気にはなれない。
何かないか? 今どうしても必要で、でもなかなか手に入らなかったもの――。
「あ」
「何か思いついたのかしら」
「あぁ、ちょうど欲しいものがあったんだ」
「それは何かしら?」
「部室と幽霊部員」
「……はい?」
俺の言葉に一瞬理解が追い付いていないという顔をする桔梗さん。
だがすぐに目を細め、俺を見つめた。
「あなた、正気? 誰もが羨む権利を持っておいて、願いが本当にそんなことで良いの?」
「勿論だ。むしろ今はそれ以外必要ない。お願いできるか?」
「はぁ……分かったわ、他ならぬあなたの頼みですもの。部室も部員も、すぐに用意してあげる。何か他に要望はあるかしら」
「出来ることなら誰も来ないような端の方の部室がいい。あと、部員は絶対に部室に来ない徹底した幽霊部員が望ましいな」
「……あなた、一体何をする気なの?」
「秘密」
人差し指を当てて意味深に言うと、桔梗さんは訝し気に眉をひそめた後、再び大きなため息をついた。
「了解よ。私を選ばなかったことは不服だけれど、元々あなたの望みを叶えるという話だったものね」
「ありがとう、見つからなかったからどうしようって思ってたんだ。正直助かるよ」
「ふふ、お礼しているのはこっちなのだから、あなたがお礼を言う必要はないわ」
と、話がまとまったところでタイミングよく昼休み終了のチャイムが鳴った。
「じゃあ今度こそ俺は帰るから。もう昨日みたいなバカなことはするなよ」
「昨日?」
言い終えて、失言だったと口を噤む。
俺がここにいる理由は言っていなかったのに、多分今の発言でバレたな。
余計なことなんて言わずにさっさと立ち去っていれば!
心の中で後悔していると、桔梗さんは「もしかして」と口を開いた。
「私を心配して来てくれたのかしら?」
「……違う」
今更無意味だとは思うが、最後の抵抗。
しかし本当に無駄だったようで、桔梗さんはお嬢様らしく上品に微笑んだ。
「嬉しいわ。まさかあなたの方から私に会いに来てくれていたなんて。でも安心して? あんなことはもうしない。そもそも、する理由がなくなったもの。私なりの目的も出来たし、死んでなんていられないわ」
自分なりの目的というのが何か気になったが、それを聞くとさらに長引くであろうことが目に見えているので、その疑問はぐっと飲み込んだ。
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