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異能力研究部とストーカー令嬢 5

 ”クエスト”を始めてから30分程が経過した。

 似たような道を進んではリザードマンや結晶虫を倒しての繰り返し。流石にそろそろ疲れてきたな。


「まだ最奥には着かないのか?」

「……もう少しかかりそう」

「そっか……」


 まだかかるのか。そうか。

 思わずため息が漏れそうになるのをぐっとこらえる。

 それもこれもポイント、ひいては花奏のためだ。そう考えればこの程度の悪路なんてことは無い。


「……疲れたの? 休憩する?」


 もう少し頑張るかと決意を決めた俺とは裏腹に、心配そうにこちらを見上げる白亜。

 ちょっと自分が情けなくなってきた。

 白亜は全然大丈夫そうなのに俺だけ疲れてるなんて言えるわけがない。

 俺は首を横に振り、大丈夫と言った。


「ありがとな。でも大丈夫だから、休憩は花を取ってからにしよう」

「……ん、わかった。疲れたらすぐに言って。休憩にするから」


 そう言って歩き出す白亜。

 本当に平気そうだな。俺も大分体力付いてきたと思ったんだけど、やっぱり初期体力の差なのだろうか。

 秘かに体力づくりのトレーニングも追加しようと決意した瞬間だった。


 それからさらに10分ほど歩いた。

 もうすぐ花の所に着くらしい。

 証拠と言ってなんだが、先程から虫の数が異常なほど増えてきた。

 その代わりリザードマンはまったくと言って良いほど出てこなくなったが、問題は虫の方だ。


「これはちょっと数が多すぎないか!?」


 絶え間なく壁から突き出てくる結晶を破壊しながら叫ぶ。

 結晶自体の硬度はそれほど高くないし、虫自体ももろいのだが、如何せん数が多すぎる。

 1匹倒したと思ったらすぐにもう1匹補充されるくらいのペースで次から次へと湧いてきやがる。

 普通なら逃げるのが得策なんだろうけど、生憎とここは洞窟の中。しかも敵は結晶を操ることが出来るんだ。

 下手に逃げたりしたら出口がふさがれてもっと厳しい状況に陥るかもしれない。

 だから耐えるしかないのだが、そろそろ限界だ。

 能力の制限時間がではない。

 敵に襲われ続けるストレスが、だ。


「白亜、大鎌。その後3秒後に伏せてくれ」

「……! わかった」


 俺の言葉の意味を一瞬で理解した白亜は、すぐに頷き《死血之大鎌ブラッド・デスサイズ》を発動させて真紅の大鎌を創り出すと、それをこちらに手渡してきた。

 大鎌を受け取ると同時にカウントダウンを始める。


「3……2……1……0! 《時間停止》!」


 白亜が伏せるのとほぼ同時に時を止める。

 虫の場所は分かる。その数も。


「問題ねぇな。一瞬で終わらせてやる」


 ポイントによって底上げされた筋力をフル活用して洞窟内を駆け抜け、虫がいると思う場所に大鎌を振るう。

 ここ最近で分かったのだが、白亜の創る血の武器の性能はかなり高い。

 切れ味は抜群で結晶みたいな硬いものでも豆腐みたいに切れるし、軽く丈夫でとても扱いやすい。

 その上身体能力強化の効果まで付与されているらしく、血の武器を持っている時はいつも以上の身体能力を発揮できる。

 攻撃系の能力が少なく身体能力が低い俺にとってこれ以上にマッチした武器もないだろう。

 能力目当てで白亜と一緒にいるわけじゃないけど、相棒が白亜で良かったと思える。


「ホント、白亜には感謝しないとな」


 虫を結晶ごと切り裂きつつそう呟く。

 白亜がいなければここまでスムーズにポイントを集めることは出来なかっただろう。

 いつか恩返ししないとな。白亜の願いを叶える手伝いをするのも良いかも知れない。


 あぁ、でも俺白亜の願いが何か知らないな。

 まぁその辺りのことは互いに触れないようにしてるし、身勝手に踏み込んでいい領域じゃないと思うから仕方がない部分もあるんだけど――


「俺って、意外と白亜のこと知らないよな」


 それは多分白亜も同じ。

 でも俺は手伝ってもらう側の人間だ。俺の願いくらいは話しておいた方が良いかも知れない。


 そんなことを考えていると、ようやく最後の1匹を倒し終えた。

 念のため最終確認をした後、《時間停止》を解除する。


「でもこういうのっていつ話すべきなんだ……?」

「……? 話って?」


 立ち上がった白亜が聞いてくる。


「あ~いや、そうだな。もうしばらくしたら話すよ」

「……凄く気になる。けど、景がそういうならその時まで待つ」

「悪いな」

「……ううん、構わない。それよりも、ようやく到着した」

「ってことはアレが『結晶花』なのか」


 視線の先にあるのは凛とした佇まいで咲き誇る一輪の結晶の花。

 花弁だけでなく葉や茎も結晶で出来たその花は、似た結晶で囲まれたこの空間においても埋もれない程美しく輝いていた。

 あれを採取して一番最初の地点にあった瓶に入れればクエストクリアになるのだろう。

 だが――。


「すげぇなここ。部屋全体が敵になってるのか?」


 正確には虫のような局所的な支配ではなく、核が5個あってその核から根みたいなのが全体に伸びている。

 言ってみれば虫の上位互換だな。


 部屋全体が敵。本来ならば手こずりそうな相手だ。

 ただまぁ、タイミングが悪いというか運がなかったというか、今俺はとても疲れている。

 洞窟という普通では歩かないような悪路に加えて先程の連戦だ。疲れるのも無理もないだろう。

 だからというか何というか、この戦闘に時間を掛ける気は毛頭なかった。


「せっかくのボス戦だけど、今回は休憩優先ってことで」


 白亜に少し下がるよう指示し、俺は敵の内側へと足を踏み入れる。

 同時に襲い掛かる無数の結晶の槍。

 数も大きさも虫とは比べ物にならないくらいの質量が俺を殺すという明確な意思を持って迫りくる。

 しかし、そのどれもが想定の範囲内を出ることは無かった。


「楽勝だな。――《時間乖離》」


 虚空に五つの穴が開き、その中から先端に矢じりのような楔の付いた鎖が飛び出す。

 時之楔という名のその鎖は迫りくる結晶の槍や結晶の壁を透過して一直線に突き進むと、中に潜む核のど真ん中に突き刺さった。

 その瞬間、俺の眼前でピタリとすべての攻撃が停止した。

 無数の光となって消える時之楔を眺めながら、俺は手に持った時滅銃を構え、核に向かって発砲する。


 パキンッと核が砕け散る音がした。 


「良し、終了」


 ただの障害物となり果てた結晶の槍を避けながら結晶花へと近づく。


 虫の延長だったとはいえ、思いのほか簡単に方が付いたな。

 これがボスだと思うと釈然としないが、まぁ実際こんなものかもしれないな。

 どちらかと言えば俺の能力の方が強すぎるんだ。


 《時間乖離》――万物を透過する時之楔を展開し、対象に攻撃を当てることで対象を時間の流れから切り離すことが出来る。当たった場所が心臓(核)に近ければ近いほど切り離される時間が長くなる。


 能力の説明はこんな感じ。

 もっと分かりやすく簡潔に言うと、簡易的な《時間停止》だ。

 切り離すという言葉を使ってはいるが、起こる現象は対象の停止だし間違ってはない。

 違うところと言えば、能力が万物に及ぶか何か一つにしか及ばないか。後は武器使用の有無とかだな。

 ちなみに一日に使用できる回数が24回(時之楔を出して敵に突き刺す、で1回分)というのがこの能力の使用制限だ。


 これだけ聞いたら《時間停止》の下位互換としか思えないが、もちろんメリットはある。

 詳しくは割愛するが、一番のメリットだけ説明すると、刺した場所が心臓のど真ん中なら《時間停止》の現在の最大使用時間を軽く超える時間――約1時間ほど停止させることが出来るというところだ。

 個別とは言え、これだけの長時間停止させることが出来るのなら十分使う価値はあるだろう。

 真ん中じゃなかったとしても、一時的に《時間停止》の代わりにはなるし、物質の透過も出来るし、結構便利な能力ではあるよな。


 そんなことを思いながら結晶花を摘み取っていると、今更ながら白亜が付いて来ていないことに気が付いた。

 確かに少し下がってとは言ったが、戦闘が終わったのに動かないって……まさかまだ何かあるのか?

 いや、でも近くに敵の気配はないし、やっぱり俺の気にしすぎ――


 ――グサッ


「……ぁ?」


 突然腹部に刺さった結晶を見て、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 ちょっとした違和感から始まった痛みは次第に増していき、やがて激痛へと変わる。

 よく見ると、たった今摘み取った結晶花の葉が地面に伸びていて、そこから円錐型の結晶が突き出ていた。


「う、グッ……《時間使用・10日》……!」


 結晶花を放り投げ、時滅銃を使い刺さった結晶を破壊すると、すぐに《時間復元》が自動発動し傷が時間ごと巻き戻る。

 

「はぁ、はぁ……なるほど、そういう事ね……」


 ようやく白亜がこっちに来ない理由が分かった。


 ――この花自体が初めから敵だったわけだ。

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