”クエスト”とレベルアップ 14
「……ぅん……」
ベッドの上に寝かせた白亜が小さく声を漏らす。
その瞳は次第に開かれ、力なく俺を捉えた。
「……け、い?」
「はく……あ? 白亜! 良かった、本当に……っ!」
白亜の手を握り、泣きそうになるのを必死にこらえる。
「……泣いてるの?」
「泣いてないよ」
そう言いながら、湿った目尻を袖で拭う。
「……おはよう、白亜」
「……ん、おはよう、景。……ねぇ、聞いても良い? あの後、何があったのか」
「良いけど、今はまだ休んでいた方が良いんじゃないか? 話はいつでも出来るんだし」
「……ううん、今聞きたいの。私は、どうして生きてるの?」
どうして生きてるの?その言葉に、生々しい死の存在を感じて、あの時一瞬でも負けを認めてしまった自分に腹が立った。
俺が諦めなければ、もしかしたら白亜はあんな大怪我を負う必要はなかったんじゃないか。
俺が逃げることなんて想定せずに初めから《時間停止》を使っていれば、もっと楽に勝てたんじゃないか。
そもそも、俺が黒猫と戦うなんて選択肢を取らなければ……、俺が時間操作という能力に驕っていなければ……、もっと結果は違ったものになっていたんじゃないか。
そんな、たらればの未来が、諦めた俺を責め立てるようにいくつも脳裏をよぎる。
そのたびに、白亜に申し訳がない気持ちになった。
「……? 大丈夫?」
心配するように俺の顔を覗き込む白亜。
……後悔も反省も後回しだ。
俺は、白亜が気絶した後のことをそのまま話した。
「……あの子、生きてたの?」
「生きてたって言うより、生き返ったって感じらしいけど。でも、そのお陰で白亜が助かったんだ。俺はこれで良かったと思ってる」
「……それは、そうだけど……でも、どうやって? あの子の能力は空間操作。そこに蘇生能力は含まれていないはずなのに」
「言われてみればそうだな……。あっ、これと似たような薬を持ってたとかじゃないか?」
そう言って、黒猫に貰った小瓶を白亜に見せる。
中身は入っていないが、綺麗だからとりあえずとっておいたのだ。
「……なにそれ。見たことない」
「本当に?」
「……嘘ついてどうするの」
「そりゃそうだ」
白亜が見たことないってことは普通には手に入らないものなのか?
”クエスト”での報酬? いや、それとも――
「これ自体が能力って可能性は?」
「……ゼロじゃない。と言うより、それしか考えられない。もちろんあの子自身の能力って可能性もあるけど、空間操作だし、多分違うと思う」
「だとしたら別の……それこそ『薔薇の会』のメンバーの誰かってことか?」
「……私もそう思う」
「この小瓶の蘇生版を隠し持っていたとしたら遠隔での蘇生も可能、と。便利だが、なかなか厄介な能力だな」
「……面倒な敵がいるね。流石”ローズシリーズ”」
確かに面倒な能力だな。回復や蘇生に特化した能力。それも小物として他人に持たせることも可能となると、なかなか厄介だ。
しかも黒猫は空間を操る能力で別空間を創ってものを出し入れできるみたいだし、最悪際限なく回復薬が飛び出してくる可能性すらある。
厄介過ぎる組み合わせだな。
「…………あれ? ちょっと待てよ?」
俺は顎に手を当てて考える。
本当に蘇生能力なんてものがあるとして、もしもその能力がすでに死んでいる人間すら蘇生できるのだとしたら、もしかして――
――花奏を生き返らせることもできる?
僅かに射した希望の光はあっという間に身体中を駆け巡り、俺の心を熱くする。
あの自称《神》からこのギフトと能力を受け取った時と同じ、だがそれよりも強く身近に感じる願いが叶うかもしれないという希望。花奏を救える可能性。
そいつの能力があれば、その能力さえ使えれば、花奏を生き返らせることが出来る!
「……景、何か良い事でもあった? とても嬉しそう」
「そう見えるか? ははっそうだなぁ、白亜の云う通り、今すっげぇ嬉しいよ」
「……そう。それは良かった」
そう言って僅かに微笑む白亜。
さっきの白亜の戦いを見たからか、俺にはその表情がとても魅力的に映った。
こんな奴が俺の相棒なんて、心底俺は恵まれてるな。
「……それで、これからどうするの?」
白亜の問いに、俺は口角を吊り上げる。
「黒猫を蘇生した能力者を味方に付ける。だがこれは最終目標だ」
「……最終目標?」
「あぁ、痛い目を見たばかりだからな。ここからは慎重に行こう。まずはレベル上げだ。今日のことで分かったが、同じ”ローズシリーズ”でもレベルの差があるだけでああも圧倒されてしまう。だから、しばらくの間俺のレベルを上げる。最低でも黒猫と同じ支配領域を手に入れるまでは上げるつもりだ」
「……確かに、それがあるだけで戦闘の幅が広がる。その案には賛成」
「ありがとう。……でも、その前に改めて確認しておくことがある」
こてんと可愛らしく小首をかしげる白亜に、俺は真剣な表情で向き直る。
「これからすることはすべて俺の我儘だ。俺が俺の願いを叶えるためにすることだ。そこに、白亜の願いは含まれてない。それでも俺についてくるのか? 今回の戦いで一番痛い目を見たのは白亜だ。この際、俺はお前が付いてこないと言っても咎めない。元々情報の開示だけが《契約》だったんだ。だから白亜、改めて確認するぞ。俺と共に来るか、それとも――別々の道に進むか」
白亜は瞑目しながら俺の話を聞いていた。
しばらくして、ゆっくりと瞼を上げた。
翡翠色の瞳が俺の目をまっすぐに見つめる。
「……景、それ本気で言ってるの?」
「あぁ、至って本気だよ」
「……そう。そう言えば、私のギフトはどこ?」
「ギフト? それなら……ほら」
俺はベッド横の机に置いていた真紅の鋏を手に取り白亜に手渡した。
「……ん、ありがと。それじゃあ――[武器化]」
「え?」
ガタンッと言う音を立てて床に押し倒される。
首には巨大化した鋏が開いた状態で突きつけられていて、少しでも刃を閉じたら俺の首が切断されそうな体勢だ。
「は、白亜? これは一体どういう――」
「……《契約》を破棄するというのなら、景は今この場で私に襲われても文句は言えない。元々敵同士だったんだから、攻撃しないという《契約》を破棄したらこうなるのは必然。それでも、景は《契約》を破棄するの?」
「死ぬのも白亜と敵対するのも御免だが、《契約》を破棄しても良いってのは本気だよ。俺を傷つけることで気が済むのならやってくれ。覚悟はできている」
「……そう。本気、なんだ」
寂しそうに目を伏せた白亜は鋏の[武器化]を解除すると、俺の胸をぽすんと叩いた。
「……景は、卑怯だよ」
「卑怯?」
「……そう、卑怯。利用するだけ利用して、少し希望が見えてきたら捨てるんだ」
「そ、そんなつもりはないからな!? 俺はただ、今日みたいなことがあった時、また助かるとは限らないから!!」
「……ん、分かってる。景はそんな人じゃない。でも、その優しさは時に人を傷つけるんだよ。今の私は景に逆らえないんだから、黙ってついてこいとでも言っておけばいいのに。私も、そっちの方がいい。もう……一人は嫌だよ」
ポタリ、ポタリ、と俺の胸に温かい雫が零れ落ちる。
この時の俺はまだ、
白亜が普通に話せる友達という関係をどれだけ求めていたかを、
白亜にとって、今のこの関係がどれだけ支えになっていたのかを、
白亜の中で、俺という存在がどれだけ大きかったかを、
何一つとして、知らなかったのだ。
白亜と出会って日が浅いとか、そんなのは理由にはならない。
黒猫と戦う時、あんなに怯えていたのについて来てくれた白亜を、俺は今悲しませてしまっている。
その事実が、どうしようもなく俺の胸に突き刺さった。
『そ……か。ごめんね、変なこと言って……本当に、ごめんなさい。…………あ、あれ? おかしいな……どうして私……泣いて――』
あの日の、花奏から告白された日のことがフラッシュバックする。
俺はまた、相手の気持ちもろくに考えずに拒むのか?
あの日の出来事を繰り返すのか?
「……本当に、それでいいのか? 今日よりも辛いことが起きるかもしれないし、今度は本当に死んでしまうかもしれないんだぞ? それに自分の願いを後回しにすることになるんだぞ? それでも、俺についてくるのか?」
「……私にそれを言わせるの?」
「……ははは、そうだな」
今の一言で白亜の気持ちは伝わった。
だったら、俺のセリフはこうじゃない。
「言い方を変えるよ」
俺は上半身を起こし、白亜の肩に手を置いた。
涙で濡れた瞳を見据えながら口を開く。
「俺と共に来い、白亜! 俺には、お前の力が必要だ!」
「……ん、一緒に行く。もうこんなくだらないこと言わないで」
白亜はギュッと力強く俺に抱き着く。
まるで、もう離さないでと願う子供のような仕草。
それはきっと、白亜の願いに関する何かが垣間見えた瞬間だったのだろう。
俺はそっとその腰に手を回し、優しく抱きしめた。
右の掌で白亜の髪をそっと撫でながら、慰めるように言った。
「あぁ約束するよ。改めてよろしくな、白亜」
「……ん、よろしくね、景」
多分、この時初めて、俺と白亜は本当の意味で仲間になったのだ。
次回から新章に突入します!
まだまだ続く予定なので末永くお付き合いいただければ幸いです!




