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”クエスト”とレベルアップ 13

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!


 生まれて初めて味わう片腕切断の痛み。

 全く未知の感覚に狂いそうになる頭を、血が滲むほど唇を噛み締めてどうにか堪える。

 

≪身体のダメージが規定値を超えました。能力《時間復元》を自動発動します。残り23/24回≫


 突如、頭に声が響く。

 自分の能力が自動発動し、俺の中の時が巻き戻った。

 床に飛び散った血液や切断された腕が、まるで動画を逆再生しているかのような動作で浮かび上がり、何事もなかったかのように繋がる。

 血どころか傷跡すら残っていない。


 《時間復元》。説明を読むだけで一度も使ったことのない能力が、このタイミングで発動してくれたらしい。

 お陰で痛みは消えた。

 レベルを上げておいてよかったと心底思う。

 だが、腕が治ったところでどうすればいい?

 今の攻撃で理解した。いや、理解させられた。

 絶対的な力の差。しかもそれが、力の一端に過ぎないという絶望的な事実。


「あれ~? 自己回復の能力も持ってたんだ~! 良かったね、腕無くならなくて!」

 

 ……こんなの、どうやって勝てばいいんだよ?


「あははっ、流石に諦めちゃった? でもね、楽しかったよ~。遊んでくれないって言った時はどうしようかと思ったけど、たまにはこういう遊びもありだよね~。でもそろそろ終わりかな、じゃあね~けいお兄ちゃん」


 黒猫の手がこちらに向けられる。

 次の瞬間には、俺の身体は切り刻まれていることだろう。

 それは分かってる、分かってるのに、身体が動かない。

 今まで感じたことのない痛みを体験してしまったから、無意識のうちに恐れているのか? あの痛みを再び味わいたくないと。

 いや、それとも黒猫の云う通り、俺は諦めてしまったのか? まだ願いすら叶えていないのに? まだ花奏に――――本当はお前が好きだったと、気持ちを伝えていないのに?

 良いのかよ、こんなところで死んで。良くねぇだろ、動け、動けよ俺の身体ッ!

 何が願いを叶えるためならどんな障害でも排除するだ! 今こいつに勝てないで、願いなんて叶えられるわけがねぇだろッ!


「あぁああああああああ―――ッ!!」

「叫んだって意味ないよ? けいお兄ちゃんはここで死ぬんだから――」

「――死なせない、絶対に」

「ッ!?」


 気が付くと、黒猫の後ろに白亜が立っていた。その手には真紅の大鎌が握られていて、今にも黒猫の首を斬り飛ばしそうな雰囲気を醸し出している。


「いつの間に!?」

「……逃げないって、言ったでしょ。――《死血之大鎌ブラッド・デスサイズ》」


 真紅の大鎌が赤黒いオーラを放ち始める。

 その異様な雰囲気に、黒猫が一歩たじろいだ。


「この私が気圧された!? Aクラス風情が、調子に乗らないでよ! 《虚空針槍ヴォイド・スピア》!」

「ッ、白亜ッ!!」

「……大丈夫、だから」


 その言葉とは裏腹に、白亜の身体には鋭く深い傷が刻まれていく。

 一体何が大丈夫だって言うんだ! どう見ても致命傷じゃないかっ!

 ここでお前を失ったら、俺は――ッ!


「ふふふっ、これでけいお兄ちゃんだけになっちゃったね~!」


 勝ち誇った笑みを浮かべて振り返る黒猫。

 悔しさにギリッと奥歯を鳴らした。

 

「クソッ! ――《時間使用・1年》ッ!」


 まるで今の俺の気持ちを体現しているかのような禍々しい形の時滅銃。

 俺の寿命1年分の威力だ、いくらあいつでも耐えられねぇだろ!!


 銃口を黒猫に向け、引き金を引く――ちょうどその時、黒猫の背後で人影が揺れた。

 

「……大丈夫だって、言ったでしょ?」


 そこには、髪と眼が真紅に染まり、全身から真っ赤なオーラを漂わせている白亜が立っていた。


 あれは確か、《死血之戦乙女ブラッド・ヴァルキリー》! そうか、その手があったか!

 どんなに致命傷を受けても活動できるあの能力なら、黒猫の攻撃を受けきることが出来る。

 そしてその間受けた傷は、すべて白亜自身の力へと還元される。


 ぶわっと全身の血が沸き立つような高揚。

 目の前で起こっている光景に否応なく胸が高鳴ってしまう。


 だが、ダメだ。今のままじゃ黒猫には届かない。

 それじゃあどうする?

 今動けるのは俺だけだ。俺がやらずして誰がやる。


 走り出すと同時に、俺は叫んでいた。


「やれ! 白亜ッ!」

「……ん」


 真紅のオーラを漂わせた大鎌が黒猫に牙を剥く。


「調子に乗るなって、言ったよねッ!?!? 《虚空――」

「《時間減速》」


 白亜に気を取られているうちに身体に触れて、能力を発動させる。

 《時間減速》――対象に触れていることを条件として、対象の時間の流れを遅くする。

 いくらこの空間の中では制限が解除されていると言っても、減速してしまえば先に届くのは死神の手だ。


「……ばいばい」


 身体ごと回転させるように大鎌を振るうと、その刃は黒猫の胴体をいとも簡単に両断してしまった。

 頭上を通り過ぎる刃に一瞬ヒヤッとしてしまう。

 立った状態で《時間減速》を使っていたら俺まで巻き込まれていたのではなかろうか、そう考えるとぞっとするが、結果的に無事なのでまぁ良しとしよう。

 

 《時間減速》を解除するとずるりと黒猫の胴体がズレて地面に落下する。

 同時に、展開されていた絶対領域も崩れ去った。


 斬られた胴体を見てしまい思わず吐きそうになるのをぐっとこらえる。

 最近俺血ばっかり見てる気がするな。


 そんなことを思っていると、


「……け、い」


 俺の名前を呼びながら、白亜の身体が傾いた。


「白亜!」


 俺は慌てて白亜の身体を抱きとめる。

 黒猫の《虚空針槍》で付けられた傷から、際限なく血液が流れ出ている。

 元々死んでいてもおかしくない致命傷だったんだ。

 それを《死血之戦乙女》で無理矢理動かしていただけ。

 しかも今回は黒猫と戦っていたせいで治癒の能力を使う暇がなかった。

 《死血之戦乙女》はすでに消えかかっている。

 このままじゃ白亜の命が危ない。


 頭をフル回転させ考えるが、一向に良い案が浮かばない。

 俺の腕を再生させた《時間復元》は自分自身にしか使えない。

 白亜の傷を治すすべを、俺は持っていない。

 周りの能力者たちに頼ろうにも、黒猫の絶対領域が展開されたせいか蜘蛛の子を散らすように誰一人として居なくなっている。

 このままじゃ本当に白亜が死んでしまう。


 また俺は、どうすることもできないのか?

 花奏の時みたいに、目の前で起きていることをただ見ているだけなのか?

 そんなのは嫌だ。あんな思いは二度としたくない。

 でも、どうすればいい? 俺に出来ることなんて限られてる。

 時間を操作するなんて能力でも、他人の傷を治すことは出来ないんだ。

 それでも、見ているだけなんて――


「AクラスAクラスってバカにしてたけど、結構やるね白亜ちゃん。驚いちゃった」

「…………なんで……?」


 何事もなかったかのように無傷で立っている黒猫を見て俺は絶句した。

 

「あは~、驚いた? ピンピンしてるよ~」

「生き、てたのか……?」

「ん~さっきまではちゃんと死んでたよ? だから生きてたって言うより生き返ったっていう方が正確かな~」

「嘘だろ……」


 生き返った? 戦いはまだ終わってないのか?

 勝てる? 白亜の居ない状況で?

 ……いや、白亜の命が最優先だ。逃げの一択。

 だが、逃げてどうする? 逃げるだけなら《時間停止》でどうとでもなるが、それまでだ。

 白亜は助からない。

 どちらにしても、俺は詰んでいる。


「そんなに警戒しないでよ。わたしはもう戦うつもりなんてないんだから」

「……なに?」

「一回死んじゃったしね~。今回はけいお兄ちゃんたちの勝ちでいいよ。でも次は負けないからね! ああそれと――《虚空保管庫ヴォイド・ボックス》――はいこれあげる。わたしに勝ったご褒美!」


 そう言って、黒猫は能力で創り出した虚空の穴から小瓶のような物を取り出し、こちらに投げた。

 半透明の青い液体が入った綺麗な小瓶だ。

 一体何なのだろうか?


「これは?」

「完全回復薬。所謂フルポーションってやつだね! けいお兄ちゃんの能力は自分にしか使えないんでしょ? だから白亜ちゃんに飲ませてあげて!」

「っ!」


 完全回復薬? その話が本当なら白亜を助けられるのか!?

 い、いやちょっと待て! 黒猫の話が本当だという確証がどこにある?

 もしも毒だったら俺は俺の手で白亜を殺すことになるんだぞ!?


「あっ、信じてないね? でもそれならそれでけいお兄ちゃんが取っておいてよ。でもその代わり白亜ちゃんは死んじゃうけどね~。わたしはそれでもいいけど……それよりも、けいお兄ちゃん。その手袋に書いてあるのって――」


 俺の手袋を見つめながら何かを言いかける黒猫。

 だが、最後まで口にすることは無かった。

 なんだ?と首を傾げるが、黒猫は何でもないと言って首を振った。


「ううん、何でもない! それじゃあわたしはもう行くね。白亜ちゃんにもよろしく言っておいて! ばいばい! またね~!」


 こっちを向いて手を振っていた黒猫は、次の瞬間にはすでにそこに居なかった。

 最初に使っていた瞬間移動の能力だろう。


 俺は、手の中にある綺麗な小瓶を見る。

 完全回復薬、黒猫はそう言っていた。

 本当はこんな得体の知れないものになんて頼りたくない。

 でも、このままでは白亜の死を待つだけだ。


「……ごめん白亜。一か八かに賭けるよ」


 そう呟いて、小瓶の蓋を外し、中の液体を白亜の口に流し込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 白亜ちゃんすげえええ!と思ってたら生き返るというチート。空間操作の能力で生き返るってどうやったんやろ?
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