”クエスト”とレベルアップ 11
あらすじを変更しました
「え、誰……?」
猫耳フードの幼女に問いかける。
いや、というか、何時からそこに居た?
いくらこの男のことを見ていたとはいえ、すぐ隣まで近づかれて今の今まで気づかないなんてことがあり得るか?
……ありえない、とは言えないか。そういう能力だとしたら可能だ。
となると考えられるのは瞬間移動、空間転移、認識阻害、透明化。それから、これはあまり考えたくないが……時間停止という可能性もあるのか。
俺という実例があるんだ。無くはない……本当に考えたくはないけど。
「わたし? わたしはね~誰だと思う!?」
「いや知らねぇよ! 聞いてるのこっち。質問に質問で返すな」
「む~ちょっとは遊んでよ~。遊ぶの嫌いなの?」
「……」
「あ~ごめんごめん! じゃあ自己紹介! わたしは皆から黒猫って呼ばれてるの! あなたのなまえはなんですかっ」
……なんで自己紹介とかいう流れになってんの?
こいつ、なにが目的だ?
「……水無月景だ」
「みなつきけい? それじゃあけいお兄ちゃんだね! よろしくね!」
「……」
「?」
お兄ちゃん、だと……?
誰が? こいつが?
ぽっと出のくせして俺の妹気取りか?
『兄さん、私は――』
瞬間、俺の脳裏に過去の記憶がよみがえる。
俺を兄さんと呼ぶその少女こそが、この世で唯一俺の妹だ。
他人が踏み越えていい一線じゃねぇんだよ。
「俺を兄と呼ぶな。俺のことをそう呼んでいいのはこの世で唯一花奏だけなんだよ」
「ありゃりゃ、これは地雷ふんじゃったかな?」
「答えろ。お前は何者だ?」
「だからわたしは黒猫……ううん、分かってる。そういう事じゃないんだよね? 分かってるからそんなに睨まないで~っ」
自分の顔を隠すように両手で覆う黒猫という幼女。
あ~、そろそろイライラしてきましたよ。ホント何者なんだよこいつ?
こっちは忙しいってのに次から次へと!
俺が苛立っていることに気が付いたのか、黒猫ははぁ~と大きなため息をついた。
「あ~もう! もっと遊びたかったのにせっかちだな~! それじゃあ教えてあげる!」
黒猫はパーカーのポケットから全面黄色のルービックキューブを取り出した。
その一面を俺に見せつけるように突き出す。
「これな~んだ!」
俺は、そのルービックキューブに描かれていたモノを見て目を見開いた。
「薔薇、だと……?」
それも四本。
つまりこいつのギフトは俺と同じ”ローズシリーズ”ってことなのか?
白亜曰く薔薇の描かれたギフトを持っているのは現在確認されている中では10人もいないらしい。
それが今目の前にいる? 俺が《ギルド》に来たタイミングで出くわすなんて偶然にしてはちょっと出来過ぎてやいないか?
「あれ? そんなに驚いてないね。なんで~?」
「なんで、って言われてもな……」
俺がお前と同じ”ローズシリーズ”のギフトを持ってるからだよ、なんて言えるわけがない。
というか、流石に俺の《――時廻――》と同じレベルの能力者を相手にするのは荷が重い。
ここは時間を止めてでも逃げるべきか?
それとも――。
「…………景……?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには顔面蒼白な白亜が立っていた。
その肩は小刻みに揺れていて、明らかに怯えている。
どこからどう見ても正常じゃない。
よく見ると、俺に銃を突きつけられている男も白亜と同じように黒猫を見て固まっていた。
大人しいと思ったら、二人そろってどうしたんだ。
「おい白亜、大丈夫か?」
「……景、逃げよう……勝てるわけがない。彼女には……勝てない。だって、彼女は――」
「は? 何言って――」
言いかけて、俺は思わず言葉を失った。
俺の隣にいた黒猫が一瞬で白亜の目の前に移動し、今までの明るい声とは打って変わって心の奥底に重くのしかかるような暗い声を出したからだ。
「ねぇ、あなた白亜とか言ったよね? 今わたしはけいとお話してるの。あまり邪魔しないでくれる? そうじゃないと――」
黒猫はルービックキューブの一番端の列を縦にカチャッと回転させる。
すると、その回転に合わせて空間に亀裂が入った。
水面に大きな石を投げ込んだ時のように、向こう側の景色が大きく歪んでいる。
斬られた空間はしばらくすると元の普通の空間に戻ったが、その爪痕は天井、床、机や椅子にしっかり残っている。
まるで鋭いカッターか何かで切り裂かれたように、天井や床には切れ目が入り、机や椅子は真っ二つに切断されていた。
「――うっかり殺しちゃうかもよ?」
思わずぞっとした。
急に変わった態度もそうだが、なにより、俺の目の前で突然消えた移動能力。そして空間を切断した能力。
それら二つの情報から導き出されるこいつの能力にだ。
「空間を、操る能力……」
俺がそう呟くと、黒猫は再び俺の方を向き、先程の暗い声が嘘のように明るい声で言った。
「正解~! さすがけい! 理解が早くて助かるよ! それじゃあさっきの続き、わたしが何者かを教えてあげる!」
黒猫は、親に今日あった出来事を自慢する子供のように、楽しそうに口を開いた。
「わたしはね~薔薇のギフトを持つ者だけを集めた集団、『薔薇の会』のナンバー3! コードネーム”黒猫”! 改めてよろしくね!」
思わず見入ってしまいそうな満面の笑み。
しかし俺は、その裏に薄暗い何かがとぐろを巻いているように感じて不気味だと思ってしまった。
もしもこいつが言うような集団があるとすれば、とてもじゃないが太刀打ちできる相手じゃない。
絶対に敵対してはいけないと本能が告げている。
今はどうやってこの場を切り抜けるかだけを考えよう。
白亜はこいつについて何か知ってそうだが、相変わらず怯えてるし、頼りにはならないだろう。
そもそもこいつは空間転移が出来るんだ。
そう簡単に逃がしてくれるとは思えない。
どうする、どうすればいい? 考えろ、考えるんだ。
どうにかこの場を無事に切り抜ける策を考えろ! こんなところで躓くわけにはいかないだろ! とにかく、時間を稼ぐ! 話はそれからだ!
「……目的はなんだ?」
警戒しつつ、俺は黒猫に問いかける。
まずはそれをハッキリさせよう。
もしかすると、本当にたまたまかもしれないし。出来ることならそうあって欲しい所だが。
「ん~? そんなに警戒しなくていいよ。最初に言ったでしょ? わたしはただ遊びたいの! ずっと相手を探してたんだ~。『薔薇の会』のみんなはちっとも遊んでくれないからね。だから遊んでよ! もちろん遊んでくれるよね? けいお兄~ちゃん?」
どうやら、逃がしてはくれないらしい。




