神様とギフト 1
夢を見る。
一年前のあの日から、ほとんど毎日のように。
その夢は決まって同じ内容で、あの日の出来事を鮮明に映し出す。
まるで、絶対に忘れさせないとでも言うように。
恐らく、俺はどこかで寝てしまったのだろう。
眼下に広がる光景を見て、そう思った。
だが、燃え上がるトラックから感じる熱や聞こえてくるサイレンの音、真っ赤な水たまりの生暖かくドロッとした感触、鼻腔を刺激する鉄の匂い、そして――沸き上がってくる激流にも似た感情などは限りなくリアルに近い。
いや、これは最早夢と呼べるものではないかも知れない。
だとすれば、これは過去の記憶の追体験なのだろう。
「…………い」
声が聞こえる。
誰だ?
「だい…………おき……」
声と一緒に揺すられるような感覚も追加される。
どうやら、夢の中からではなく外から響いているらしい。
俺を起こそうとしているのだろうか?
そう言えば、寝る前は学校に居たような気がする。
という事は今は休み時間か、はたまた授業中かのどちらか。
どちらにせよ起きないとな…………どうか授業中ではありませんように。
「……大丈夫? 起きた方がいいよ、景」
………………目の前に天使がいた。
「……天使」
「え!?」
一瞬で顔をトマトみたいに真っ赤にする天使。
その様子が可愛さを加速させる。
「……景、もしかして寝ぼけてる?」
「ん、ん~~~っ! はぁ、起きた」
「おはよう。それで天使って?」
「言葉通りの意味だけど」
「…………本当に?」
「ははは」
「はははじゃないよ、もう!」
拗ねたようにぷいっと顔を背ける天使。もとい天姫。
フルネームは橘天姫。
肩口で揃えられた綺麗な黒髪、華奢な体、そして整った顔立ち。
誰がどう見ても超絶美少女だ。
それは校内にも知れ渡っており、男女ともに絶大な人気を誇っている。
…………まあ、こいつ男なんだけどね。男の娘。
席は俺の一つ前で、この学校における数少ない友達にして腐れ縁の幼馴染だ。
俺はチラッと教室の時計を見る。
時間的に今は昼休みらしい。
横に置いてある空っぽのコンビニ弁当からして、お腹いっぱいになったせいで睡魔に襲われ、そのまま眠てしまったのだろう。
そんなことを考えていると、天姫がハンカチを差し出してきた。
同時に、頬を指差している。
「? …………涙?」
促されるまま頬に触れると、温かい雫が伝っていた。
天姫からありがたくハンカチを借り、涙を拭う。
「うなされてたけど、大丈夫?」
「あぁ~大丈夫。いつものことだから」
「いつものことなんだ」
「泣くことは滅多にないけどな」
一年前は毎日のように泣いていたが、今ではそれも収まってきている。
夢を見るのは相変わらずだが。
「俺、寝てる時何か言ってたか?」
「ううん。何も言ってなかったと思うけど」
「そっか」
「ところで、どんな夢見てたの?」
「…………秘密」
「え~、教えてよ~」
「はいはい、気が向いたらな」
天姫の質問を適当にかわしつつ、まだ少し眠いので机に突っ伏す。
「――そう言えばお前知ってるか? 今話題の噂」
「噂? なんだよそれ」
教室の後方で話をしているクラスメイトの声が聞こえてきた。
特にやることもないのでその声に耳を傾けてみる。
「ああ知ってる! あの夢の話だろ?」
「多分それだ」
「? だからなんだよそれ?」
「なんか、夢の中で神様が出てくるらしいぜ」
「は?」
「その神様に夢の中で言われるんだってさ。『願いを叶えるための、特別な力が欲しくはありませんか?』って。そこで欲しいって答えると、本当に特別な力が使えるようになるらしいぜ。まあ、本当かどうかはわからねえけどな」
「絶対嘘だろ。と言うか、似たような夢ならいくらでも見たことある気がする」
「それな」
「俺もそう思うけどよ、その人たちにはある共通点があるんだと」
「共通点?」
「ああ、それが――――」
キーンコーンカーンコーン――
ちょうどその共通点とやらを言うタイミングで、昼休み終了のチャイムが聞こえてきた。
「続きはまた後でな」
「おーう」
「次なんだっけ?」
共通点ってなんだよ!
そこで止めるなよ。めちゃくちゃ気になるだろ。
「それじゃあ僕たちも行こっか」
「行くって、どこに?」
「次は移動教室だよ」
「ああ、そうだっけ」
弁当のゴミを片付け、授業の準備をした俺たちは、急いで教室を後にした。
その日は結局、共通点とやらを聞くことはできなかった。