”クエスト”とレベルアップ 8
転送先は樹木が鬱蒼と生い茂る森の中だった。
コボルトというファンタジー世界の住人が相手なのだから現代社会のような場所じゃないだろうなぁとは思っていたが、まさか本当に森の中に転送されるとは思ってもみなかった。
さて、これからどうしたものか――――ん?
≪条件を満たしました。ギフトスキル[武器化]を獲得しました≫
どうやら目的のスキルが手に入ったらしい。
しかし[武器化]か。元から武器のような形をしている鋏ならある程度想像できるけど、懐中時計の武器化ってどんな感じになるんだ?
ちょっと想像できないんだけど。
「[武器化]手に入れたんだけど、ここで使ってもいいか?」
ここはコボルトとかいう未知のモンスターが跋扈する一種の異世界のような場所。
そんな得体のしれない森の中で一か所に留まっていていいのだろうか?
ただ、危険だとは思うが、それでも新たに手に入れたスキルを早く使ってみたいという欲望があるのもまた事実だ。
ここは実際に”クエスト”を受けたことのある白亜に選択をゆだねるとしよう。
白亜は少し悩むように顎に手を当てた後、
「……問題ない。敵が来たら私が対処するから、思う存分試していいよ」
と何とも頼もしい返答をしてくれた。
大丈夫そうだし、お言葉に甘えさせてもらおうか。
「[武器化]」
瞬間、右手に握られた【懐中時計】型のギフトが発光し、まるで生きているかのように掌に纏わりつく。
満遍なく掌に纏わりついた後光が収まると、俺の手には甲の部分に黒い薔薇の装飾の施された真っ黒な手袋が付けられていた。
「……手袋?」
困惑気味に白亜が呟く。
だが一番困惑しているのは俺だ。
何故手袋なんだ? どう見ても武器には見えないんだけど、何かギミックでも付いているのか?
だとしたら一応は納得できるんだが――。
試しに掌を開いたり閉じたり振ってみたりといろいろと試してみたが、特段変わった様子はない。
強いて言えば材質がちょっと硬いか? でも違和感がない程度だし、大したことはないよな。
う~ん、どうするか……。
「……もしかしたら、能力の方がメインかもしれない」
「え?」
能力? [武器化]が能力と関係があるのか?
「……[武器化]には大きく分けて三つの使い道があるの。一つは単純にそのまま武器として使うこと。これは景みたいに能力がそのまま殺傷力には繋がらないような能力者が困らないための措置だと思う。二つ目はギフトに対する能力付与を円滑にし、より強力かつ有効的に使うための力。私の《――死血――》で例えると鋏に血を纏わせて武器にする時に必要な血の量が減少したりする。そして最後、三つ目は[武器化]発動中のみ使用可能な能力の解放」
「能力の解放?」
「……そう、[武器化]を使っている時だけ限定で特別な能力が使えるようになる。私の予想だけど、景の[武器化]は三つ目の役割が大きいんだと思う」
「限定的な能力ね。わかった、ちょっと見てみる」
そう言って、俺はウィンドウを表示させる。
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名前:水無月景 性別:男
P:000,000,540/100,000,000
体力:200 筋力:200 魅力:100
能力
●《――時廻――》LV:1
┣《時間加速》/01:00
┣《時間減速》/01:00
┣《時間停止》/01:00
┗《時間使用》/75年296日
ギフト
●懐中時計型
┣[十二の神器]
┗[武器化]
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確かに増えてるな。
でも、増えたのは《――時廻――》の技か。俺はてっきり《――時廻――》みたいな能力が新しく別に増えるものだと思っていた。
改めて確認することでもないから聞かないが、《時間加速》や《時間停止》なんかも能力って呼び方をするのだろうか?
まぁ技って言うのは俺が勝手に言っていただけだし、他の呼び方があるならそっちに合わせるけどさ。
それよりも《時間使用》か。この75年296日という謎の数字と言い、一体どういう能力なんだ?
頭の中で一体どういう能力かを想像しつつ、ヘルプを開く。
他の能力はヘルプに説明が載っていたからこの《時間使用》っていうのも載っているはずだ。
「えっと……『自分の寿命を代償として時滅銃を作り出すことが出来る。威力は代償とした寿命量に比例する。下限は1日、上限はなし』と。……? 寿命?」
ってことは何か? この横についてる75年296日って言うのは俺の残りの寿命ってことか?
「随分とハイリスクな能力が来たもんだな。寿命が代償、か。ふふっはははっ、ははははははははっ」
思わず笑ってしまった。
あぁ、悪くない、悪くない能力だ。まるで俺の決意の表れのようじゃないか!
どれだけ長生きしていようが花奏の居ない未来に意味なんてないんだから。
どうせ無為に過ごすはずだった俺の人生。花奏を救うためならばいくらでも使ってやるさ。
それで俺の寿命が消し飛ぼうとも、花奏の命と引き換えなら俺の寿命くらい安いものだ。
「いくらでもくれてやるさ。花奏のためなら、いくらでもな」
突然笑い出した俺を見て固まっていた白亜が、俺の言葉を聞いて首を傾げた。
「……かなで?」
一瞬話すかどうか迷ったが、今はまだ話さなくていいかと思い「こっちの話だ」と言って話題を切った。
「…………そう」
残念そうに目を伏せる白亜に少しだけ罪悪感を覚えるが、願いなんて他人に話すものでもないだろう。
白亜との関係だって永遠に続くものでもないんだし、話したって意味がない。少なくとも今はまだ、その時じゃないだろう。
それよりも今は、能力の確認だ。
威力の確認をやりたいが、代償が代償だけにその辺の木で試し撃ちするなんてことは流石にできない。
そんなことをしていざという時に残りの寿命がない、なんて自体に陥ったら本末転倒だからな。
ここは慎重になるべきだ。
「まずはコボルトを探そう。試し撃ちはその後だ」
「……ん、了解」
とはいえここはどことも知れぬ森の中だ。どの方向に進んだものか……ん? 白亜?
「何をしている……?」
ギフトである真紅の鋏をむき出しの状態で左の掌に当てている白亜に、俺は戸惑いながら訪ねた。
「……無闇に探し回るより、こっちの方が早いから。大丈夫、私に任せて」
そう言って、白亜はサッと掌を切り裂く。
真っ赤な血が溢れ出し、ポタリ、ポタリ、と地面に染みを作っていく。
俺は思わず眉をひそめた。
やっぱり、血は苦手だ。それが花奏のものではないと分かっていても、否応無しにあの日あの瞬間を思い出させる。
あの時の花奏の表情がまるでつい先程のことのように頭に浮かぶ。
きっと、これには一生掛かっても慣れないだろうな。たとえ花奏を救ったとしても、絶対に。
「……どうかした?」
あぁ、ダメだな。
俺には感傷に浸っている暇なんてない。後悔なら今まで沢山してきただろう。
今は目の前のことに集中しろ。花奏を救いたいのなら。
「……いや、何でもない。続けてくれ」
「……ん。――《死血之獣》」
白亜の掌から溢れ出した大量の血液が動き出した。
拳よりも二回りほど小さいサイズで固まり、それが数十個形成されると、それらはさらに変形しあっという間に鼠を形作った。
「……コボルトを探して」
その言葉で鼠たちが一斉に走り出す。
確かにこれならこの場から移動せずに相手の場所だけ探ることが出来るな。
それにしても《――死血――》か。弾丸、槍、身体能力向上、治癒、そして索敵。
自らを傷つけるという発動条件を抜きにしたら、なかなか便利な能力だな。
使いたいとは思わないけど。
そんなことを考えながら、俺たちはコボルトが見つかるまでの間座って待つことにした。




