”クエスト”とレベルアップ 7
《ギルド》へと繋がる扉の先に広がっていた光景を見て、俺は思わず「は?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ホテル? なんで?」
豪華という程でもないが、普通より少しだけ大きめのベッドにテレビや小型の冷蔵庫など、一般的なホテルにあるようなものは一通り揃っているようだ。
……いや、内装の分析なんてどうでもいいんだよ。なんでホテルなんだ。まさか出る場所間違えたか?
「間違えた?」
「……ううん大丈夫。ここは《ギルド》のホテルエリアだから、間違ってないよ」
「やっぱホテルなのか……」
間違って無くて安心したというべきか、やっぱりホテルだったと肩を落とすべきか。
どちらにしろあの扉を創る演出からは絶対想像できない場所だな。もっとファンタジー系の場所を期待していた俺としてはガッカリ感が強い。
あの演出でどうしてホテルなんだという疑問は一先ず置いておくとして、エリアってことは他にももっといろんな場所がありそうだな。
「……今居るこの部屋は景専用の部屋で扉から入る時はいつもここからスタート。ちなみに、専用だから自由にカスタマイズしていい」
「専用ってことは扉を開けた人によって毎回部屋が変わるんだな。白亜のはどんな部屋なんだ?」
「………………私の部屋は散らかってるから、また別の機会に見せるね」
いつもより長い沈黙。部屋が散らかってるだけの反応には見えないが――いや、やめよう。誰にだって見られたくないものくらいあるだろ。
俺も白亜も、互いに譲れない何かがあってここにいるんだ。当然秘密もある。
妙な勘繰りで時間を無駄にするくらいなら、これからやる”クエスト”に集中しよう。
「分かった。それじゃあ片付いたら見せてくれ」
「……ん、約束する」
「おう。じゃ、案内よろしく頼むな」
「……任せて」
そう言って、俺たちは部屋を出た。
部屋の外は現実のホテルと似たような作りになっていた。長い廊下が続いていて両側に無数の扉が付いている。
ここにある部屋の数=能力者の数と考えていいのだろうか?
あまり考えたくない話だが、まぁ白亜の時みたいに行き成り戦闘になったりはしないだろうし、別段警戒するようなことでもないか。
それと、廊下とあと俺の部屋にも窓がなかったのは気になるな。これではここがどこなのかとか外はどうなっているのかとかが分からない。
意図的なのか、それともここは地下なのか。
いずれにせよ調べてみる価値はありそうだな。
その後、俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
分かったことは、この建物は30階まであり、地下は3階まで存在するという事。ちなみに俺の部屋があるのは28階だ。
白亜曰く、3~30階はすべてホテルエリアらしい。2階は情報エリアで1階がメインのクエストエリアとなっている。
ってことは俺の居た部屋は地下じゃない?
つまり窓がないのは意図的か? いや、そもそもこの建物の外に世界は広がっているのか?
分からないことだらけで頭が痛くなってきた。とりあえずは外のことは後回しにしよう。
今はこの建物内部のことだ。
「地下には何がある?」
「……地下1階はカジノエリア。2階は闘技場エリアで3階が闘技場で戦う能力者の控室みたいなところ」
「闘技場があるのか」
「……うん。出場して戦って勝てば多額のPが貰える。けど、負けたら減らされる。どちらが勝つか賭けをすることもできる」
「なかなか面白そうなシステムだな。俺にもできるのか?」
「……出来る。けど、今は止めておいた方がいい。景の時間操作能力なら確かに勝てるかもしれないけど、やり過ぎると対策されてカモられる。それに、能力を大勢に知られるのはリスクが大きすぎる。だからやるなら数回だけ。最低限の能力使用で臨むべき」
「その為にはまず能力のレベル上げやギフトスキルを獲得するところから、か?」
「……ん、その通り。まずは簡単な”クエスト”でギフトスキル[武器化]を手に入れてもらう」
[武器化]とは一体? と聞こうとしたところで、ちょうどエレベーターが止まった。どうやら1階のクエストエリアに到着したらしい。
中には円形のテーブルと椅子が無数に並べられており、その上には俺たちの使うウィンドウによく似た半透明の板のようなものが浮かんでいた。
だが、そんな不思議な物体よりも、俺はここにいる人間の数に驚いてしまった。
「結構人がいるんだな」
「……全国どこからでも扉は開けるからその分人数は増える。でも全員が”クエスト”を受けに来るわけじゃないから、ここに居るのは全体のほんの一部に過ぎないけど」
これで一部って、ぱっと見数十人……いや、百は超えてるぞ。
全体で一体どれだけの能力者がいるんだよ。軽く恐怖を覚えるレベルだな。
しかし、そんなに多いのに出回ってる情報が噂程度っていうのはどういう事だ?
能力者の数からしてどこからか情報が洩れても仕方ないと思うんだけど、それが無いってことは情報操作でもされているのだろうか。
神様なら造作もないんだろうな、なんてことを考えながら一番近くのテーブルに座った。
「白亜、コレは?」
「……クエストボード。この板を使って受ける”クエスト”を選択できる」
そう言って、白亜は俺の目の前にあるクエストボードと呼ばれる板を操作した。
中にはズラッと”クエスト”が並んでおり、その中でも最後の方にある『F』と書かれた一覧を表示させると、操作を止めクエストボードを俺に譲った。
「……最初だから簡単な”クエスト”を受けてもらう。この中から好きなのを選んで」
好きなの、と言われてもどれもやったことがないので好き嫌い何てないのだが――。
「――ところでさ」
「……?」
首を傾げる白亜に、俺は先ほどから気になっていたことを聞いた。
「俺たち、なんか見られてないか?」
このクエストエリアに入った時から感じていた無数の視線。
中にはこそこそと俺たちに聞こえないくらいの音量で話している人たちもいる。
注目されるようなことをした覚えはないんだけど。
「……ごめんなさい」
「どうして白亜が謝るんだよ」
「……多分私のせいだから」
「?」
それ以上は説明してくれなさそうだったので、周りの声に耳を傾ける。
「おい紅の舞姫だ」
「しばらく見なかったのに、戻ってきていたのか……?」
「お前ら声が大きい、聞こえたらどうすんだ。殺されるぞ」
「あ、あぁそうだな」
「触らぬ神に祟りなしだ」
とかなんとか、近くの三人組から聞こえてきた。
「『紅の舞姫』?」
「……少しやんちゃしていた時期があって」
「殺したのか?」
「…………殺したって言ったら、どうするの?」
一瞬の沈黙の後、目を伏せ暗い声音で聞いてくる。
俺はそれを気にすることなく、平然と答えた。
「どうもしないよ。白亜が誰かを殺してようが殺してまいが、正直なところ興味ないし」
「え?」
驚いた顔でこちらを見る白亜。
「殺しを肯定する訳じゃない。ただ、もし願いを叶える過程で誰かが立ち塞がったら、俺はその人を殺さないと断言はできない。多分高確率で殺すと思う」
「……他人の命より自分の願いの方が大切だから?」
「ああ。少なくとも、願いが叶うなら手段を選ぶつもりはないよ」
絶対に願いは叶える。
例えそれが他の誰かの犠牲の上に成り立っているものだったとしても。
花奏のいる未来をつくって見せる、絶対に――。
「……景?」
どうやらぼーっとしていたらしい。
気が付くと白亜が俺の顔を覗き込んでいた。
「ん? あ、あぁ何でもない。……そうだ、これなんかいいんじゃないか?」
俺は話を逸らすように選んだ”クエスト”を白亜に見せる。
「……コボルト15体? うん、良いと思う」
「よし、じゃあこれで決まりだな」
「……その受注ボタンを押すと自動的に転送されるから、準備は良い?」
「俺は良いけど、白亜はどうするんだ?」
「……勿論ついていく。互いの了承さえあれば自動的にパーティーとして編成されるから、一緒に行ける」
「へぇ~、便利だな」
少し安心した。流石に初見で得体のしれない生き物と戦うのは不安だからな。
ていうか、俺の能力に攻撃に特化した能力はないし。
一人での戦闘って結構困るはずなんだよね。
だから戦闘力の高い白亜が一緒に来てくれるって言うのは正直ありがたい。
「じゃ、よろしく」
「……ん、がんばる」




