”クエスト”とレベルアップ 6
周りから聞こえる喧騒にうんざりする。
登校開始から十数分、俺は早くも白亜と一緒に登校したことを後悔していた。
まだ学校の敷地内にすら入っていないというのに、俺たち二人に向けられる好奇の視線は優に二桁を越えている。
普段から毛嫌いしていたこのパレードにも似た喧騒、その中心に自分が立つことになるなんて思いもしなかった。
落ち着かないし、この後の展開を考えると憂鬱だ。
どうにかして可及的速やかにこの場を離れられないものか……。
「はぁ……ほんと何考えてんだよ天姫は……」
「……? どうしたの景?」
「いや、どうやってこの場から逃げようかなって」
「……そういう事は面と向かって言うべきじゃないと思う。こっちの気持ちも考えて欲しい」
「知るか。この視線にさらされ続ける俺の身にもなってくれ」
「……それは悪いと思ってる。でも――」
一旦言葉を切り、こちらを見上げ、その無表情を僅かにほころばせる。
「……誰かと話しながら登校するのは初めてだから、すごく楽しい」
「大袈裟だな。いつも親衛隊がいるだろ」
「……あの人たちは一方的に話してるだけだから楽しくない。それに、そういうのを会話とは言わない」
少し寂しそうな声音と表情で「……あの人たちは友達じゃないから」と口にする白亜は、とても学校一の人気者には見えなかった。
……そう言えば、昨日も似たようなこと言ってたな。親衛隊がいて誰も話しかけてこないんだっけ。
俺は極々一般的な生徒だから、人気者の気持ちは分からない。だから想像しかできないけど、人気過ぎるって言うのは、逆に人を孤独にさせるんだなって思った。
大きすぎる人気故にその周囲には壁が形成され、他の人が近づけない。近づこうとする輩は壁としての役割を担う親衛隊が排除する。
そうした孤独の中でこの視線にさらされ続けるというのは、一体どれほどのストレスなのだろうか。
あくまで想像上の話。現実は全く別物かもしれない。
でも、もしも俺の思っていることが少しでも当たっているのなら――。
「――友達って言うのがどういう定義の上に成り立っているのかなんて友達の居ない俺には分からないけど、願いを叶えるための準備が整うまでの間なら、話くらいいくらでもしてやるよ」
周りに誰も居なかったらな、最後にそう付け加えると、白亜はその大きな瞳を見開き驚いたような顔で俺を見た。
「なんだよ?」
「……景がデレた」
「は、はぁ!? デレてねぇよ! 変なこと言うな!」
「……分かってる。景が私から情報を搾り取るまでの間。でも、その間なら私と話してくれる。違った?」
「ああ、WIN-WINだろ」
「……ん、今はそれで十分。ありがとう、景」
「礼なんていいよ。俺は別に何もしてないし。ただ、学校では誰かがいる前で話しかけたりするなよ? 俺は注目されるのが嫌いなんだ」
「……もう手遅れな気がするけど」
「……言うなよ。考えないようにしてんだから」
これだけの人に見られたんだ。学校中に噂が流れるのは時間の問題だろう。
もしかしたら、学校に着くころにはすでに広がっているかもしれないな。
白亜と一緒に歩いた代償が平穏な学校生活なんてちょっと納得できないが、今更どうこう言っても遅い。
それに、天姫と絶交しなくて済んだと考えれば、そう悪い事でもない気がしないこともないし。
学校で天姫に慰めてもらえばいいか。
あれ? そう考えると、あながち悪い事でもないのでは?
仕組んだのはあいつなんだし、これをネタにしていろいろ要求しても許されるのでは?
……うん、膝枕くらいならオッケーを貰える気がするな。今度暇なときにお願いしてみるか。
◆◆◆
『昼休み屋上に集合』
3限目が終わってすぐ、白亜からそんなメッセージが送られてきた。
随分といきなりだなと思ったが、タイミングからして恐らく”クエスト”のことだろう。
白亜は俺の家で『”クエスト”を受けられる場所に行く』と言っていた。
つまりあの場所からでも十分に行くことが可能な場所にあるという事。一体どんな場所なのだろうか?
いや、そもそも《ギルド》とはギフトや能力といった出鱈目な力を与える存在である《神》が関係している場所だ。
たとえ異世界に飛ばされたとしても驚くことじゃないか。
「だれだれ? もしかして阪柳さん?」
後ろから俺の携帯を覗き見る天姫にまぁなと答えながら『了解』と返信する。
「連絡先交換したんだ?」
にやにやと含みのある笑みを浮かべながら聞いてくる天姫の額にデコピンを入れると、いたっと額をさすりながら「暴力反対~」と楽しそうに笑った。
こいつ可愛いな、なんてことを思いつつ、昼休みのことを伝える。
「悪い天姫。昼休みちょっと用事ができた」
「用事? あ、阪柳さんと一緒に食べるの?」
「さぁな。でも帰ってくるの何時になるか分からないから先に食べていてくれ」
「わかった。景も楽しんできてね!」
「おう」
そして昼休み。
俺は指定された通り屋上へとやってきた。
目的の人物を探して辺りを見渡すと、すぐにその長い銀髪を風に揺らす少女の姿を見つけた。
学校の屋上で遠くを見つめる銀髪の少女。こうして見ると、ほんと絵になるな。
昨日突然襲い掛かってきた女とはとても思えない。
そんなことを考えつつ、俺は白亜に声を掛ける。
「おい、白亜」
「……景」
声を掛けられたことで俺に気が付いた白亜は、振り返って俺の名を呼んだ。
歩いて近づき隣に並ぶと、白亜は徐に口を開いた。
「……今から《ギルド》に行く。準備は良い?」
「あぁ問題ない。何時でも行ける、けどどうやって行くんだ? それらしい入り口っぽいのは見当たらないんだけど」
「……大丈夫、扉は今から開けるから」
「今から?」
「……そう、こっちに来て」
手を引かれて屋上で唯一影になっている、入り口横に移動した。
「……これから先、景もする機会があると思うから、よく見てて」
そう言うと、白亜は腰のホルスターから真紅の鋏を取り出し、それをゆっくりと壁に突き刺しまるで鍵を開けるかのように捻った。
「『開錠』」
その一言で壁が一変した。
鋏が突き刺さった場所を中心として鮮血色の光が広がり、そして次の瞬間には真紅の扉が出来上がっていた。
「……これが《ギルド》へと繋がる扉。壁さえあればどこからでも入ることが出来る」
説明を終えた白亜は、『施錠』と呟き鋏を捻った。
するとドアを形成していた鮮血色の光は鋏に吸い込まれるように収束し、あっという間に元の何の変哲もない壁へと姿を変えた。
壁に突き刺した鋏を抜きながら、こちらを向く。
「……次は景がやってみて」
「やれって言われても……」
俺もギフトを取り出してみる。が、自分のギフトの形状を見て少し焦る。
懐中時計って明らかに壁に刺さる形状じゃないんだが……大丈夫なのか?
チラッと白亜を見ると、俺の疑問を理解したのか説明を追加した。
「……大丈夫、これは壁に突き刺してるわけじゃなくて透過してるだけだから。コツは鍵穴に鍵を差し込んで開けるイメージで」
「なるほど」
取り敢えずやってみるか。
え~と、鍵に見立ててってことは持つのは端の方がいいよな。それを鍵穴に差す感じで……。
頭の中で手順を反芻しながら進めていく。
するりと何の手応えもなく壁に沈んで行く懐中時計に若干驚きつつ、言われた通り鍵を開けるイメージで捻った。
「『開錠』」
瞬間、懐中時計を中心に黒色の光が広がり扉を作り出す。
色が違うのは元々のギフトの色が違うからだろうか。
「……ん、上出来。それじゃあ入ろう」
「おう」
俺は扉に手を掛け、ゆっくりと開く。
中は黒色の何かが渦巻いていて、先は見えない。
一瞬躊躇ったが、この中に入らないと先に進めない。すべては願いを叶えるためだ。
そう思い、意を決して扉の先に足を踏み入れた。




