”クエスト”とレベルアップ 5
白亜にはああ言ったが、実のところノープランなんだよな。
どうしようかなぁ、いつもなら普通に弁解するだけで納得してもらえた気がするが、今回は事が事だけに変に言い訳を重ねると余計に拗れる可能性がある。
だから下手なことは言えない。かといって何も言わなかったらずっと誤解されたまま。それはとても困る。
あいつはああ見えて俺に彼女が出来ることを純粋に喜んでいる節があるから。そんな奴に嘘はつきたくないし、どうせ喜ばせるなら本当に彼女ができてから喜ばせたい。まぁ、まずその予定が皆無なんだけど……。
俺はチラッと後ろを振り返る。
「……? なに」
「…………いや別に」
無いな、あり得ない。
俺がこいつと恋仲になるなんて考えられない。その点では、天姫の要望に沿うことは出来ないな。
「……今変なこと考えてた?」
「考えてませんよ? だからそのジト目を止めてください」
「……ん」
変なところで勘の鋭いやつだな。男女間の関係で絶対に敵に回したくないタイプだ。
で、困ったことにもうドアの前まで来てしまった。結局いい案なんて一つも思い浮かばなかった訳だけど……。
「……ま、なるようになるか」
「……ん、大丈夫。私が付いてる」
「それが一番の不安要素なんだよっ」
まったくこの自信はどこから湧いてくるのだろうか。俺にも少し分けて欲しいくらいだ。
「取り敢えず、白亜はここで待っててくれ。いいか? 呼ぶまで入って来るなよ? 絶対だからな」
「……了解」
何だろう、このぬぐい切れない不安感は。ホントに、何事もなく解決しますように!
そんなことを思いながらドアを開け中に入る。
「あ~天姫? その、今のはだな…………天姫?」
俺が部屋の中に入るとそこには天姫の姿はなく、なぜか空いている窓から入り込む風でカーテンがゆらゆらと揺れていた。
いない? まさかとは思うが、窓から出ていったのか?
なんでそんなことを……。
念のため椅子の後ろやキッチンなどの隠れられそうな場所を覗いてみるが結局その姿はなかった。
「何考えてんだ天姫の奴……」
大体の予想はつくが、それでもわざわざ窓から出ることは無いだろ。
頭に手を当て溜息を吐いていると、背後からスッと影が差した。
「……景」
「うおっ、な、なんだ白亜か……。って白亜? お前待ってろって言っただろ」
「……細かいことは気にしない。……あの人、居ないの?」
「天姫か? あぁそうみたいだな……」
「……居ないのなら仕方ない。景、一緒に登校する」
「は? お前何言ってんの。先に行けよ」
「……一緒の家に居て一緒の学校に通ってるのに、わざわざ別々に家を出る理由が分からない。不明」
「あのな、昨日も言ったが自分の人気をちょっとは考えてくれ。俺とお前が一緒に登校しているところを親衛隊にでも見られたら俺が殺されるんだよ」
例え親衛隊に見られなかったとしても、他の誰かに一緒の家から出てくるところを見られたら社会的に死ぬ。
誰がそんな危険を冒すというのか。
「……そこまで言うなら、分かった。先に行く」
「おう、そうしてくれ。第一俺はまだ飯すら食ってない――――ん?」
机の上に置いてある茶碗に目をやると、その下に一枚の紙が挟まっていることに気が付いた。
なんだこれ?と思いつつ、手に取りそこに書いてある文を読む。
『僕は先に行きます。遅れても良いから阪柳さんと一緒に来てね! わかった? 絶対だよ!
PS:一緒じゃなかったら絶交だからね!』
「絶交っ!?」
俺は思わず叫んだ。
えっ、嘘だろ!? 天姫と俺が、絶交!? 流石に冗談だよな!?
くっ、嘘や冗談と切り捨てるには情報が少なすぎる! マジで何考えてんだよ天姫っ!?
「~~~~っ、仕方ない、万が一ホントだった時のため……一緒に行くしかないか」
唯一の親友である天姫と絶交するくらいなら、親衛隊を相手にした方が幾分かマシというものだ。一回の登校くらい何とかなるだろ。
そう決意したところで、玄関の方から「……おじゃましました」という声が聞こえてきた。
俺は慌てて駆け出す。
「ちょっと待って!」
「……? どうしたの、景」
「あ~その~…………一緒に行くか」
「……! 良いの?」
良くはない!と叫びたい心をぐっと抑え、
「まぁ、今回だけな」
と口にした。
景が部屋の中に入っていったすぐ後、玄関から声がした。
「阪柳さん阪柳さん」
さっき景が自分の親友だと言っていた男の子だ。……男の子、だよね?
男子の制服を着ているから多分男だと思うけど……すごく可愛い。もしかして景はそっちの趣味があるの?
一瞬頭をよぎったバカな考えを振り払うように顔を振る。
多分、それはない。昨日お風呂で景は少しだけ照れていた。女の子にも興味はあるはず。
ところで――。
「……何故あなたがそこに居るの?」
私がそう聞くと、橘天姫は男子とは思えない程可憐な笑顔で微笑んだ。
「まあまあ細かいことは気にしないで」
それは無理だと思うけど……。
訝し気の表情で見ていると橘天姫は「そろそろ行かないとね」と言って背を向けた。
振り返り手を振ってくる。
「それじゃあ景をよろしくね」
それは私が景と一緒に行って良いということだろうか。
どうしてそんなことをするのか分からないけど、もともと景と登校するのが目的だ。
それが叶うのなら理由なんてどうでもいいか。
そう思った私は、短く一言だけ答えた。
「……任された」
私の言葉に橘天姫は満足そうに頷くと、そのまま小走りに行ってしまった。
それを見送った私は、一体何だったのだろうかと思いつつ景のところに向かうのだった。




