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”クエスト”とレベルアップ 3

「……お腹空いた」


 お風呂から上がった阪柳さんの第一声である。


「………………」

「……お腹空いた」

「いや、聞こえてないわけじゃないから。あえて無視したの、察してくれる?」


 さっきのドキドキは何処へやら。

 風呂上がりの女子が自分のジャージを着ているという普通なら絶好のドキドキシチュエーションのはずなのにこれっぽっちもドキドキしない。

 あの時お風呂の中で見たしおらしい姿はなんだったのだろうか。

 今では俺の見間違いか、はたまた場の雰囲気が見せた幻覚の類ではないかと疑っているレベルだ。

 まぁ、これが現実(リアル)だと言ってしまえばそれまでだが。

 少しぐらい期待したっていいじゃないか、俺だって男なんだから。

 

 あぁ~あ、これが阪柳さんじゃなくて天姫だったらなぁ~。


『あ、景! お風呂ありがと! それからジャージも……。ぁ、景の匂いがする――――…………えっ、な、何でもないよっ! ち、ちゃんと洗って返すから! え? 洗わなくてもいい……って、景のバカ! とにかく! ジャージは洗って返すからね!(注:天姫さんは男です)』


 なんて言いつつブカブカの袖で口元を隠すことでドキがムネムネな空間を作り上げてくれることだろう。

 残念なことにまだ一度もそんな状況になったことはないが……天姫ならそういう反応をしてくれると俺は信じている!


 さて、現実逃避はこの位にして、と。


「……あなたはお腹空かないの?」

「そりゃあまぁ、空いてるけど……」

「……ご飯を食べない以外の選択肢、ある?」

「至極もっともな意見だな。だが、そこに何故お前が入っている? 食うなら自分の家に帰ったから食え。……てか、すっかり忘れてたが家に帰らなくていいのか? 普通にいるけど親が心配したりは――」

「……無い。それだけは絶対にありえない」

「そ、そうか」


 あれ、これもしや地雷踏んだ?

 いろいろと複雑な家庭環境だったりするのか?


「……それに、家に帰ってもどうせ一人。一人で食べるご飯なんて、美味しくない」

「…………」


 それは、俺も痛いほど分かる。

 花奏が死んで両親が引っ越しても、俺だけは反対を押し切ってここに残った。

 俺が一人でここに住むことに反対していた両親は、どうやらここに残ることで花奏のことを思い出して辛いのではと思ってのことらしいが、俺としてはその逆だ。

 むしろ忘れたくないからここに残ったんだ。

 辛かろうがなんだろうか、ここを離れてしまったら俺と花奏との距離が更に遠くなってしまう気がしたから。


 …………いや、俺の話は今はいいか。

 ただ、最初の頃は俺も一人で住むのが辛かったりしたし、ご飯なんて喉を通らなかったからな。

 もし通ったとしても味なんて正直分からなかったし。


 だから、例え状況が違っても気持ちだけは分かるつもりだ。


「…………はぁ、分かったよ。用意すれば良いんだろ? ちょっと待ってろ、すぐに用意してやるから」

「……! ありがとう」

「どういたしまして」


 そう言い残すと、俺はキッチンに行き冷蔵庫を開け中身を確認する。

 ……思いのほか何もなかった。

 あれ? こんなに何もなかったっけ?

 う~む、卵があったのはありがたいけど、これだけじゃ何とも……。

 あ、でもご飯はあったはず。

 

 卵、ご飯? ……いや、卵がゆにするか。

 今日は割とガッツリ食いたい気分だったんだが仕方ない。

 あれだけ強気に「ちょっと待ってろ」と言ってしまった手前恥ずかしいというか申し訳ないが、阪柳さんには我慢して貰うとしよう。


  ◆◆◆


「……お粥?」

「すまん、食材がなかったんだ……。そ、その代わりお代わりは沢山あるから。足りなかったら遠慮なく言ってくれ」

「……ありがとう。いただきます」

「召し上がれ」

 

 スプーンで卵がゆをすくい口に運ぶ。

 

 うん、我ながら美味しいと思う。

 でもガッツリいきたかった俺としてはどこか物足りない気もする。

 とはいえ、今は俺の意見なんてどうでもいいんだ。


 チラッと阪柳さんの方を見る。


「……~っ! 美味しい」

「それは良かった」


 どうやらお気に召したらしい。


「……景は料理上手」

「そんなお粥位で大袈裟な――――って、なんで行き成り名前呼び?」

「……? あなた呼びは他人行儀かと思って。ダメだった?」

「いや、別にいいけど」


 今でも他人じゃない?とは言わないでおこう。


「……ん、良かった。それじゃあ景、私のことも白亜でいい」

「それは断る」

「……どうして」

「自分の人気度をちょっとは考えてくれ。万が一俺が阪柳さんのことを気軽に「白亜」なんて呼んでいるところを親衛隊にでも見られたら多分殺されるぞ」

「……そこまではしないと思うけど……」

「いやいや、俺はこの目で見たんだ。ネットでグルグル巻きにされて何処かへ連れ去られる男子生徒の姿を!」


 嘘は言っていない!

 なにせ実際に俺の目の前で起きたことだからな!


「……お気の毒に」

「そんな他人事みたいに」

「……正真正銘赤の他人だと思う。それに、私はそんなこと頼んでない。親衛隊を名乗ってる人たちが勝手にやってるだけ」

「それはそうなんだろうけどさ」

「……分かった。それじゃあ私から親衛隊にやめるように言っておく。だから白亜って呼んで」

「それはそれで恨みを買いそうで怖いんだが……」


 見張り禁止令が出た直後から親しげに名前呼びなんてしてたら、速攻で容疑者として拉致られそうな気がする。


「……ふぅ、分かった。それじゃあ二人きりの時だけ、白亜って呼んで」

「……どうしてそこまで名前呼びに拘るんだ?」

「……簡単な理由。誰かと気軽に名前で呼び合える関係になりたかったから。ただそれだけ」

「…………友達いないの? まぁ、俺が言えた義理じゃないけどさ」

「……常に周りに親衛隊がいて誰も近づいてこないから、なりたくてもなれない」

「人気者も大変なんだな」

「……ん、大変。だから、このチャンスを逃すわけにはいかない」


 阪柳さんの目には強い思いが宿っているように感じた。

 恐らく、これは何を言っても諦めないやつだろう。

 はぁ、仕方ないか。


「分かったよ白亜さん。その代わり二人きりの時だけな」


 ま、これから先二人きりになることなんてそうそう無いだろうけど。


「……さん付けする必要はない。白亜でいい」


 行き成り呼び捨てって割と難易度高いんだが……。

 つっても、呼び捨てしない限り諦めないんだろうな~。

 ええい、ままよ!


「……白亜。これでいいか?」

「……いい。もう一回」

「…………呼ばないからな?」

「……むぅ、残念。気が向いたらまた呼んで欲しい」

「はいはい、気が向いたらな」


 それから、お粥を食い終わった俺たちは話の続きをすることになった。


「“クエスト”について知りたい。クエストを受けた場合具体的にどうなるのか、なんかを教えてくれ」

「……ん、了解。でも、“クエスト”の事は私が教えるより実際に体験してみたほうが早いと思う」

「そうなのか?」

「……ん。行き成り現実世界にモンスターが召喚されたりはしないから安心していい」

「それは助かるが……だったらどうやって倒すんだ?」

「……そんなに気になるなら、今から行ってみる?」

「行ってみるって、何処に」

「……“クエスト”を受けられる所」

「? “クエスト”ってゲーム画面みたいなところから受けるんじゃないのか?」

「……ゲーム画面? ……あぁウィンドウのこと」


 これウィンドウって言うのか。

 ゲームっていうよりパソコンに近いのかもな。


「……それも間違いじゃないけど、そこに載ってるのはランクの低い”クエスト”だけだから。もっといろいろと受けるためには《ギルド》に行く必要がある」

「《ギルド》って、ますますファンタジーだな」

「……否定はしない。けど今更だと思う」

「ま、それもそうか」


そもそも能力なんてものが手に入った時点で十分にファンタジーだもんな。


「……それで、行く?」

「もちろん行く――と、言いたいところなんだが……今日はやめとく。明日でもいいか?」


 今日は能力の残り時間がほとんど残ってないからな。

 行くとしたら万全の状態で行きたいし、ここは一日待ったほうがいいだろう。


「……別に構わない。他に聞きたいことはある?」

「いや、ぱっと思いつく限りじゃ無いな」

「……そう、それじゃあ今日はおしまい?」

「そうなるな」

「……そう」


 あれ? なんか残念そう?

 

「……それじゃあ、私はこの辺でお暇する」


 そう言いながら立ち上がる白亜。

 俺もそれに合わせて立ち上がった。


「白亜の家ってどの辺りなんだ? 良かったら送ってくけど」

「……ありがとう。ここが何処なのか分からないから助かる」

「あ、そういや気絶してたもんな。帰ろうにも帰れないか」

「……ん、だからお願い」

「了ー解。ちょっと準備するから待っててくれ」


 そして、準備を終えた俺は白亜を家まで送っていった。

 結論から言うと、白亜の家は俺ん家から徒歩15分弱と思いのほか近かった。

 あと、結構デカかった。別荘と言っていいレベルではなかろうか。

 

 いいなぁお金持ち。

 俺もあんな家に住んでみたいよ。

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