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プロローグ

よろしくお願いします!


残酷な描写があるので、そういうのがダメな人はお気を付けください。


 

 ――その日、妹が死んだ。



 それは一瞬の出来事だった。

 少し前まで一緒にいた妹が、道路の真ん中で、目の前で真っ赤に染まっている。

 手足はでたらめな方向に曲がり、体からは絶え間なく紅色の血が溢れ大きな水たまりのようになっていた。

 医療に詳しくない一般人、いや子供でもわかる。どう見ても即死だ。


「ぁ……あああ……ぁああぁぁぁあああああああああああ……っ」


 近くの街灯だけが便りの暗闇で、俺はその場に崩れ落ちるように膝をつき、血だまりに両手をついた。

 頬を暖かな雫が伝い、血の海に波紋が広がる。


 原因は大型トラックとの衝突事故。

 左右を確認せずに妹が道路に飛び出し、ちょうどその時運悪く通りかかった大型トラックに――

 ………………いや、違う。俺が殺したんだ。

 あの時、事故が起こる数分前、俺は妹を傷つけてしまった。それで家を飛び出したのだ。

 俺は、後悔しながら今日の出来事を思い返す。


  ◆◆◆


 最近帰りの遅い妹にほどほどにするように注意していたのだ。

 もう中学生なのだから多少の寄り道は許容範囲で、そのたびに注意して、いつも笑顔で謝ってくる。

 俺は、妹とのそんなやりとりが好きだった。

 基本的にしっかり者で頭もいい家事万能の妹に、兄である俺が注意できることなんてほとんどないから。

 これは俺の独り善がりだったかもしれないが、少しでも兄貴らしいことができている気がしていたのだ。


 この日も、いつもと同じようなやりとりが繰り返される、そう思っていた。

 でも、妹の態度はいつもと少し違った。

 上手くは言えないが、何かを迷っているようなそんな感じだった。

 俺たち兄妹は傍から見ても仲が良かったし、自分でもそう思っていた。

 少なくとも、家族の中で一番仲が良かったのは妹だった。

 だから俺は妹に聞いた。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」


 それは純粋に心配から来た言葉だった。

 だが、妹は「あはは……」とぎこちない笑みを浮かべるだけだった。

 その反応を見て、親しき仲にも礼儀有りという言葉が頭に浮かんだ。

 家族であろうと隠し事の一つや二つあるものだ。

 いや、家族だからということもある。

 だから俺はすぐに謝罪した。


「ごめん。花奏(かなで)ももう中学生だもんな。言いたくないなら無理に言う必要はないよ。ただ、心配だからもう少し早く帰ってくるか、連絡を入れてくれると助かる」

「あ、謝らなくていいよ。遅くなったのは私が悪いんだから。でも、もう大丈夫。明日からはちゃんと早めに帰るから。あと――」

 

 少し恥ずかしそうに頬を染めると、


「心配してくれてありがと、兄さん」


 そう言ってさっきとは違う、確かな笑みを浮かべた。

 その仕草がまたとてつもなく可愛くて、少しドキッとしてしまったのは内緒だ。


 

 その日の夜遅く、俺の部屋のドアがコンコンっと音を立てた。

 俺はドアを開けて外にいる人物を確認する。


「花奏? どうしたんだ? こんな夜遅くに」


 そこに立っていたのは花奏だった。

 白いネグリジェ姿で物凄く似合っていたが、正直目のやり場に困る。

 

「え……っと、入ってもいいかな? 少しだけ、お話があるの」


 俺は承諾し、花奏を部屋に招き入れる。

 とりあえず座るように促し、用件を聞く。


「えっとね、話っていうのはね、兄さんにお願いがあるの」

「お願い? 珍しいな花奏が俺にお願いするなんて」

「め、迷惑だったかな……?」


 花奏は緊張した様子で上目遣いにそんな事を聞いてきた。

 まったく、可愛い妹にこんなふうにお願いされて断れる人間が果たしてこの世界に存在するだろうか? 

 少なくとも俺は無理だった。

 兄として、妹のお願いと全力で叶えてやろうと思った。


「可愛い妹のお願いを迷惑だなんて思うわけがないだろ? それで、お願いっていうのは?」

「うん、え……っと、ね? お願いっていうのは――」


 しばらくの間もじもじと恥ずかしそうにしていた花奏は、なにやら覚悟を決めたような顔付きで立ち上がった。

 そのまま俺の目の前まで歩いてくると、


「兄さん、私は、あなたのことが好きですっ。私とお付き合いしてくださいっ!」


 顔を真っ赤に染めて、愛の告白をした。

 それは、兄妹としてではなく、一人の女としての告白。

 彼女いない歴=年齢の俺にはいきなり過ぎた。

 頭の中であらゆる思考が交錯し、全くと言っていいほど処理が追いつかない。


 え? 花奏は今なんて言った? 好きって、付き合って、って言ったのか? でも、俺たちは兄妹で、付き合うなんて、できるのか?

 俺も花奏のことは好きだ、それは間違いない。

 それでも俺たちは兄妹だ。その『好き』は家族としての、妹としての『好き』で、そこに恋愛感情はないだろう。

 でも、花奏は好きって言ってくれた。

 可愛い妹からの好意だ、嫌なはずがない。

 それに、俺はたった今全力でお願いを叶えてやろうと思っていたではないか。

 ならば、お願いを叶えるために花奏と付き合うべきではないのか?

 実際のところ、告白されて悪い気はしていない、むしろとても嬉しかった。

 人生初めての告白だ、嬉しくないはずがない。心が動かないはずがない。


 だが、兄妹という名の壁は強大でそうやすやすと越えられるものではないし、世間体もある。

 ここは辛くても断るべきではないのか?

 俺は、花奏を傷つけたくない。花奏の辛そうな顔を見るのは俺も辛い。

 だが、俺は花奏を幸せに出来るのか?

 兄妹という壁を越える勇気かあるのか?

 俺は――


「兄さん……」


 その声で俺はハッと顔を上げた。

 妹の悲しそうな顔が目に映る。

 目尻には涙が溜まり、今にも溢れ出してしまいそうだ。


「ごめん、やっぱり迷惑だったよね……」

「そんな事は……。でも俺たちは兄妹で、付き合うなんて」


 それは言い訳だった。

 俺は、今のこの関係を崩したくなかったのだ。

「それに、俺のことを好きって、なにかの間違いじゃないのか……? 兄妹としての『好き』を恋愛感情と勘違いしてるとか……」


 最低なことを言った。

 それは妹の思いを全否定する言葉だ。


「勘違いじゃないよっ。私は兄さんを愛してる……心から、ひとりの女として……それに――」


 花奏の瞳から一筋の涙が流れる。

 その涙を手の甲で拭いながら、嗚咽混じりに呟いた。


「兄妹っていうのは……っ、妹が、兄に恋をしない理由には……ならないよっ」


 そう言いながら花奏は徐に自分の着ているネグリジェに手をかけた。

 キレイ肌があらわになり、心拍数が跳ね上がる。

 少し前まで一緒にお風呂に入っていたのに、俺が花奏を意識してしまったからか、明らかに見え方が違った。

 下着だけになった花奏は呆然とする俺のもとに飛び込んできて、その場に押し倒した。

 花奏は恍惚の表情を浮かべていたが、その表情には不安や焦燥といった感情が含まれているように思えた。

 そして俺を誘惑するように耳元で静かに呟く。


「もし、兄さんが私を受け入れてくれるなら――私の体、好きにしてくれていいよ? 私もなんでもしてあげるから……兄さんが喜んでくれるなら私、なんでもできるよ? ね? 兄さん、このまま――私を抱いて?」


 今までの思考が砕け散り、新たに、このまま身を任せてもいいんじゃないか? という思考が脳裏をちらつく。

 もしも心の中に天使と悪魔がいたのならば、天使はボコボコだろう。


 花奏の唇が近づいてくる。

 それはとても柔らかそうで、甘そうで、とても気持ちよさそうだった。

 そして、あと数ミリというところで俺は――


「花奏……」


 花奏の体を引き離した。


「にい……さん?」


 戸惑っている花奏に服を着せる。


「やっぱり俺には、お前を汚すことなんてできない」

「汚されるなんて、私は思ってないよ……?」

「それでもこれから先は、お前の未来にかかわる。だから、もうこんなことはやめよう」


 俺なんかが、将来有望な妹の未来を奪うわけにはいかない。

 そんなことあっていいはずがないんだ。

 ……いや、これも言い訳か。

 妹のことを心配するふりをして、俺はただ怖がっていたんだ。

 今の関係を崩したくない、という理由で。

 もしも妹とそういう行為をしたら、もう今まで通りに接することはできないだろう。

 それがどうしようもなく嫌だった。


 だから拒んだ、花奏の気持ちもろくに考えずに。


「そ……か。ごめんね、変なこと言って……本当に、ごめんなさい。…………あ、あれ? おかしいな……どうして私……泣いて――」


 花奏の瞳からは際限なく涙が溢れていた。


「ううっ……もう、行くね? こんな姿……兄さんには……見せられないからっ」


 そう言って花奏は部屋から飛び出していった。

 そして、玄関が勢いよく開く音で、ようやく俺の思考は追いついた。


「花奏……っ!」


 俺は駆け出した。

 あんな顔をさせたのは間違いなく俺だから。

 花奏の悲しそうな泣き顔が頭から離れない。

 今追いかけたところで何もできないことは分かっていた。

 行っても涙を止めるどころか、さらに傷つけてしまうだけだ。

 それでも、駆け出さずには居られなかった。


 俺は数秒前の自分を殴り飛ばしたいという怒りを必死に抑え、そんな自分勝手な理由で花奏を追いかけた。


 ――だが、遅かった。


 花奏にあと数メートルで追いつくというその時、花奏は不注意に道路に飛び出した。

 そして次の瞬間、花奏は宙を舞っていた。

 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 血飛沫が舞、花奏が目の前に転がる。


 この道路は基本的に車が来ない。

 それは今までこの街で暮らしてきて感覚的に染み付いていた。

 だから、絶対ではないことを忘れていたのだ。

 

 運命を呪った。

 花奏の状態がいつも通りだったら、この事故は起きなかっただろう。 

 そして、俺がちゃんと言い訳ではない自分の気持ちを伝えていれば、起きなかっただろう。

 だが、後悔してももう遅い。

 花奏死んでしまったのだから。

 もう花奏の笑顔を見ることも、俺の気持ちを伝えることもできないのだから。


 俺はその場で泣き叫んだ。

 自分が最低すぎて、クズ過ぎて、死にたくなった。

 大好きだった、俺は妹を愛していたんだ。

 あの時に我が身可愛さの言い訳ではなくちゃんと気持ちを伝えていれば、そんな考えが何度も何度も頭をよぎる。

 が、もう遅い。

 全ては後の祭り、終わってからどうこう言ったところでどうしようもない。


「ごめん、花奏。ごめん……ごめん……ごめん……ごめん――」


 俺は救急車が来るまでの間、泣いて謝り続けた。

 謝って済む話ではないというのに、今更なんと言おうと、全ては終わってしまった後なのに……。

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