09
「最終警告に来たよ。きみはね、自分の人生を無限の白紙だと思っているだろ」
思ってねえよ。と言いたかったが、大抵の人間は自分の人生を無限だと思っているんじゃないのか、そっちのほうが正常なんじゃないのか。
「そんなに残数はないんだよ。ほんとうにもうすぐなんだ。わたしの役割はこれしかない。きみをとにかく焦らせること」
おれの人生におけるタイマーみたいな役割。なんでそんな仕事をこいつはしているんだろう。とても閻魔がするようなことには思えない。
「死者をこの手で追い返したんだ。多少はアフターフォローもするさ」
そうかい。でもおまえ、こないだは『悲劇に対してできることなんてない』って言ってたじゃないか。
「まあそうなんだけど……あのさあ、ちょっとは喋ってくれない? いや、ご想像通り、人間がなにを考えてるかは大体分かるんだけどね、言語化されていない情報だから生っぽくて胸やけしちゃうの」
知らねえよ。と思ったがしかし、たしかに全部くみ取ってもらって会話をするのは幼すぎる。
「なんでわざわざ来るの?」
「何度も言ったろ。アフターフォロー」
「おれにだけ来てるの?」
「まあ、直近追い返したのはきみだけだからね。きみのところにいるか、ふるい分けの仕事をしているか、最近はどっちかだね」
忙しいのに、わざわざご苦労なことだ。
「おれにどうして欲しいんだっけ?」
「ちゃんと考えてくれればそれでいいよ。ま、でも、消えなければそれでいいんだけどね」
愛が?
「そう、愛が」
それなら、当面消えそうにない。何年かかけて、消えて欲しかったけど、そんな気配は全然ない。
はあ、と息を吐く。閻魔はほんとうに俺に焦ってほしいらしい。
「もう残り少ないんだよ、カチコチ」
時計の真似だろうか、きもちわるい。
「ほら、質問もしてくれないの?」
質問――。
苦しみの理由を聞いてもしょうがない。なにが起こるのか聞いても教えてもらえない。愛はどうやら閻魔大王にとっては価値があるものらしい。そしてそれをおれにちゃんと考えて欲しい、と。最初から言っている――願い下げだ。そもそもこんなこと。質問、質問――ひとつだけあるかもしれない。
「あのさ、なんで選別しないの?」
米だって野菜だって花だって、出荷されるものはなんでも、選り分けられてテストされて、判定を受けて世界に出る。愛だってそうするべきなんだ。大切なのかつまらないのか、正当なのかくだらないのか、美しいのかみみっちいのか、ちゃんと選んで、そもそも必要でないものは生まれなければいい。少なくともその機会が与えられてくれたら。
だからたとえばもし――
閻魔がおれに手を伸ばす。かれはおそらく、何かを制止しようとしたのだろう。
「だって、もしもこの世界に生まれ変わりがあるのなら、」
と、そこまで言ったとき、閻魔の身体がぶわりと無数の泡になってふくれた。グロテスクで、子ども向けアニメの敵キャラが倒されるときみたいで、とても気持ち悪い。かれの涼やかな鼻筋がどろりとアイスバーみたいに解けて、そのまま、壁にぶつけたスライムみたいに潰されて消えてしまう。
「……なんだよ」
そこで、すこし思い出した。禁足事項。できれば避けたい、質問しないでくれ――と、かれは言っていなかったろうか。
あの日、おれがなにを聞きたかったのかを思い出した。ちょうど天国と地獄の話をしていたんだ。だから、「やっぱり天国に行ったあとは、生まれ変わったりするのかよ」って、おれはあいつに言いたかったんだ。
「……」
生まれ変わるから、禁足事項なのだろうか。
生まれ変わることなんてないから、おれたち命を憐れに思って、禁足事項なのだろうか。