病室にて -妹、襲来- -2-
ジュース缶を黙って見つめる僕と、ジュース缶を黙って見つめる本条の妹。
気まずい時間が流れていた。
(まずい。女の子と何を喋っていいかがさっぱり分からない)
本条とは毎日のようにくだらないことを話しているが、基本的に僕は引っ込み思案で人見知りだった。
しかも女子への耐性はほとんどない。その上、一人っ子なのだ。妹や姉もいないし。
(ここは勇気を出して、話しかけるしかあるまい...)
僕は気づかれない様に、深く息を吸ったり吐いたりした。
「あの...さ...お兄ちゃんとは仲がいいの?」
彼女は顔を上げると僕の方を見た。
そして、また恥ずかしそうに目線を下げた。
「あ、いやぁ、本条は結構君の話するんだよ。多分仲いいんだろうなぁって思って...」
「...」
「いやー。本条が羨ましいよ。僕ずっと兄弟がいる生活に憧れてるからさ。なんか家でも話し相手がいて楽しそうだし...」
「...」
「えー...その..今日はありがとうね、来てくれて。...あ、いやこれだともう帰ってほしいみたいになるか。..あっいやっ全然帰ってほしいわけじゃないから...!」
「...」
僕は一人相撲をとって、一人で勝手ににしどろもどろになっていた。
彼女は俯いたまま、顔を上げる様子はなかった。
僕は早く話題を繋げないとと思い、すかさず本条の話をすることにした。
「...僕はその...君のお兄さんには色々と助けてもらっててさ。もしかしたらすでに色々聞いてるかもしれないけど」
「僕が病気になってから、毎日のように来てくれてるんだ。それで、君の家にはもしかしたら迷惑かけてるかもしれないけれど...それはごめんね」
「いつも、学校で起こった面白い話とか、クラスメイトの話とか聴かせてくれるから、ここにいても学校の様子とか分かるし...」
「病人って本当に暇だからさ。本条がいるおかげで寂しくないし...ほんじょ...君のお兄さんにはほんとに感謝してる。」
何だか言ってて恥ずかしくなってきた。
僕も彼女と同じく、伏し目がちに顔を赤くする羽目になった。
「...あの...」
彼女がやっとその重たい口を開いた。
「は、はい。ど、どうしたの?」
僕はここを逃しては二度と口を聞いてもらえないのではないかという危機感から、食い気味で言葉を返す。
彼女は"えー...あのー..."と言葉をなかなか紡げずにいるようだ。
僕はじっくりと次の言葉を待った。
「あ...やっぱりなんでもないです...」
彼女がそう小さく告げる。
僕は落胆して、ズルッとベッドから落ちそうになった。
「そっか...まあ、またいつでも言ってよ」
僕は半分ほど残ったリンゴジュースをゴクリと一口飲んだ。
また、沈黙が僕たちの時間を支配し始めていた。
本条と喋っているときは、こういう沈黙も苦じゃないんだけど...
「あの...やっぱり...聞いてもいいですか...?」
口火を切ったのは彼女の方だった。
彼女の方を見ると、頬を真っ赤にして俯いていた。
「え、うん。全然。なんでも聞いてよ。」
僕はもしかして告白か何かかとちょっとドギマギしていた。
「その...もしかしてなんですけど...」
彼女はジュース缶をぎゅっと握りしめて、緊張しているのが分かる。
僕はそんな様子を見て背筋を伸ばした。
「お兄ちゃんと付き合ってますか...?」
「は...?」
僕は完全に虚を突かれた。
さっきまで、俯きがちだった彼女は打って変わって、こちらを真っすぐ見つめていた。
目は、キラキラと輝いているように思えた。
病室にて -妹、襲来- -2- -終-