キツネ事件
「ここだね」
浅い洞窟。奥には青く光る鉱石が暗い洞窟の中を照らす。
「ここの鉱石を大量に取って、街で売ればいくらになるでしょうね?」
「それはだめだよ」
ミツの言葉にカイトが言う。
アライアンスを作るには、自分自身の力でここにたどり着かないといけない。力のない者にアライアンスを作る資格はないのだ。
「と言っても、ゲーム時代は露店で売られていたけどな」
これが市民の店に売るとそこそこ高額になったため、イベントをこなして、この石をお店に売ったりしていた。
一人一回しか、このイベントをこなせないので大した金策にはならないが。
「仲間の助けも立派な実力だ。自信を持ってアライアンスを作るといいよ」
カイトは言う。
もともと、モンスターから逃げ回って、ここに到達するつもりだったのだ。遠慮なくアライアンスを作らせてもらう。
アライアンスを作ると、ミツとサナをアライアンスに入れた。
ミツとサナの指に現れた指輪が光る。
「これでみんなと会話できるぞ」
ゲーム時代はアライアンスのメンバーのみに伝わるチャットだったが、こうなっていたらしい。ミツとサナは、お互いに何か言葉を送り合っていた。
「それじゃ、みんなおつかれー」
カイトが言うと、法師の魔法である移動陣を使われる。
何もないところから現れた青い魔法陣に飛び込むと、江戸の街へと転送されるのだ。
帰るとメンバー全員で酒場に向かった。
「新しいマスターに乾杯!」
カイトがそう言って宴の始まりを告げる。
女神の盾の買い先は見つかったので、そのお金を使ってみんなで酒場を借りきって飲んでいるのだ。
ミツとサナの二人は、このような宴の場に慣れていないのが丸出しだった。
店の隅でチビチビとジュースを飲んで時間を潰している。
「無理に引っ張り出すことはできないんだけど、今回の主役なんだから……」
「すいません……」
カイトがむずがゆい顔で言う。俺はカイトに申しわけない。
酒の味は、俺の知る安ワインの味だ。葡萄酒と言っていたから同じものなのだろう。
「お互いのアライアンスを同盟しないかい?」
カイトは言う。
カイトのおかげで作る事の出来たアライアンスである。同盟するのもいい。
「俺達、アライアンスを大きくする気ないよ」
「同盟はいくつもできる。一つくらいそういうのがあったっていいだろう」
カイトのアライアンスと同盟を組む。
「これからどうしていくつもりだい? アライアンスの性向は?」
カイトが聞いてくる。
アライアンスを作ると、いろいろなことができる。ミツとサナと俺の三人がメンバーだ。これからの行動次第で、アライアンスの名前が一目置かれるようになったり、場合によっては俺達がヘタレアライアンスとして町中に知られることになるかもしれない。
カイトとの同盟を快諾し、俺達三人の新制アライアンスは歩みを開始したのだ。
数か月間後。
ギルドの依頼をこなし、それが無ければ、高値で売れる討伐報酬を集めて、実績を積み重ねた。
俺達は一日の仕事で十日は暮らせるくらい稼げるようになり、金の心配はなくなった。
「そろそろ、両親に会いに行かないといけません」
ミツがそれを言ったのは、夕方になり、今日も一週間は楽に暮らせるだけの稼ぎを手に入れた時だ。
「私も冒険者としてやっていけるようになりました。その事を両親にも報告したいのですが」
特にこれからの予定はない。ミツは自分が立派に冒険者をやっている事を両親に報告をしに帰りたいというのだ。
カクリヨオンラインの街はこの江戸の街だけではない。
ミツの故郷は、水戸の街という、そこそこ江戸の街からも近い場所であるという。
「三人で行こうか」
俺は言う。仲間たちと一緒に帰って、両親に自分は上手くやっている事を教えたいというのである。
水戸の街は朝から歩いて夕方に着くくらいの距離であるという。
「意外と近いのだな」
サナが言う。
現代人の俺は移動に一日かかると聞くだけでげんなりするのだが、この世界の人間の感覚では、一日くらいで着く場所なら近い場所であるらしい。
俺も、このカクリヨオンラインの世界の人間にならないといけない。
「それじゃ、ミツの実家に行くことにしようか」
一日歩き詰めと考えると気が滅入るが、そんな事にも慣れなければ。
次の日、朝に荷物を持って街を出た。
ミツの家は農家であり、村をあげて農業をやっているらしい。
その言葉通り、川の上流に向かい、水の綺麗な山奥に向かって進んでいる。
今俺達が歩いているのは、両側に木の生い茂った足元の悪い道だ。
馬車が通った跡の轍がいくつも残っており、しかも馬の足跡と見られる穴も点在していてガタガタな道であった。
「すいません。農産物をよく江戸の街まで売りに行くので道が歩きにくくなるんです」
ミツがすまなそうに言う。
人の通りの多い道なら、国の命で整備をされるが、山奥の道となると、整備はそうそうされないらしい。
「なんかおかしいです……」
ミツは歩きながら言う。
ミツが下忍の敵感知のスキルで、周囲の様子が怪しい事を感じたようだ。
「そこ!」
そう言い、ミツがクナイを茂みに投げる。
「ギャッ」
人間のものとは思えない悲鳴があがった。
「茂みの中に何かいるのか?」
俺は周囲を見回し、サナも剣を構える。
『冒険者が嗅ぎつけて来たのか?』
『だが三人だぞ。レベルも高くないし』
周囲から声が聞こえる。人間とは思えない甲高い声であった。
「キツネ! また暴れているのですね!」
ミツが言う。
「倒していい相手なんだな」
サナは剣を構えて言った。
『まだ仲間がいるかもしれない。ここは退くぞ!』
敵をまとめている親分みたいな奴の声が聞こえる。
それから、木の間からカサカサという音が聞こえ、敵はこの場からすべて消えたようだ。
「うちの近くでは、よくキツネが悪さをするんです。でも、村のみんなですぐに捕まえるのですが」
キツネと言ったが、しゃべったところを見るとモンスターだろう。
「おかしいです。村に行きましょう」
ミツが言うと俺は頷く。
俺達はミツの家に行くと中に通された。
天井は煤で真っ黒になっている。障子やふすまで部屋が区切られており、寝室も居間も襖を開ければつながっている。
「あのキツネ達が知恵をつけて、しかも強くなっとる」
ミツの母という人が言う。突然変異か何かでキツネがとてつもなく強くなり、村の人間は、キツネの言いなりになっているのだという。
「街に助けを求めに行くこともできない。どうすればいいか……」
村から出ると、狐に見つかるのだという。
街に助けを求めに村から出て行った者は行方知れずになり、その後キツネ達から捕まえたという脅しの言葉が入る。
「村の娘を嫁に出せと言われて、若い子はみんな狐の嫁にされちまった」
ミツの母が言う。また古い話の展開である。カクリヨオンライン初期の頃は、こういうおざなりな話のクエストも多かった。
だが本人たちからしたら大問題だ。
このあたりにいるキツネのモンスター といえば、レベル一桁でも倒せる強さである。
それにゲーム時代も似たようなクエストがあった。キツネの親玉の居場所も知っている。
戦闘はあるが、敵のボスは法師でも一瞬で勝てる相手だ。
キツネ達を倒し、森の中を進んでいくとボスと戦う事になる。
ボスの言い出した言葉は、俺のクエストの記憶とは違っていた。
「やっときたのか。私を倒して終わりよ」
俺達の前に魔法陣が現れ、キツネの親玉が現れる。
「まったく。なんで私はザコの狐に転生したんだか……」
「転生?」
聞き捨てならない言葉を聞く。
「もしかして、お前もこの世界に転生したのか?」
「ん? そう言うってことはあんたも?」
キツネの親玉といえば、この後のクエストでもちょくちょく出てくる。このキツネのクエストは初心者が必ず通る、基礎のクエストなのだ。キツネの親玉は、これから先プレイヤーの相棒のごとく出て来て、世界を救っていくことになる。
「隙あり!」
そう言い、サナがキツネの親玉を切り捨てた。
キツネの親玉は、サナの攻撃一発で消え去り、姿が消えてしまった。
「ちょっと待て! 今話していたよね!」
「モンスターの言葉など聞く耳を持ちません」
決まった……とでも言いたそうな様子で、剣を業と音を立てて鞘に仕舞うサナ。
「ボスが倒されたぞ!」
「そんな! あのお方がいないと!」
キツネは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「まあ、いいか……」
あのキツネも転生者だったようだが、キツネとして生まれたからには俺達に倒されるのは必然だ。
「捕まった人達はこの先にある洞窟にいる。村に戻ろう」
キツネのボスの事を考えるのは後でいい。
クエスト通りなら村人は皆無事見つかる。何も心配はいらないはずだ。