ダンジョンに行く意味
俺達は依頼人のところに向かっていった。
「どうぞお飲みください」
どうもあまり裕福とは言えそうにない家に向かった俺は、体の調子の悪そうな女性からお茶を出された。
依頼料は、彼女にとっても大きな負担のはずである。
しかも、その女性は体も悪そうである。
ゴホゴホと咳をして、座り込んだ依頼人に法師の力で治術をかける。
「すみません。体が少し楽になりました」
依頼人さんはそう言うが、治術で病気の人を楽にすることはできるが、それは一時的なものだ。これで、彼女の病気が治ったわけではない。
それから、俺はこの依頼をこなすうえで必要な事を聞いた。
彼女の息子は冒険者と一緒にダンジョンに向かっているという。
その冒険者が信用のできる者かが知りたいというのだ。
「ダンジョンに向かうのを止めようという事ではないのですね」
「はい。見ての通り、私は体が弱く、息子にも満足に食べさせることもできません。ツテもないので、将来冒険者になろうと息子が思うのも仕方のない事だと」
息子が冒険者をめざすのも当然の事だという。
それから、彼女の息子が家を出る時間や日時を大体教えてもらうと、聞きたい事は終わった。
「あの家も厳しいんですね」
家から出るとミツが言う。
ミツも家が貧しくて冒険者にならざるをえなかったのだ。自分に似た身の上の依頼人の息子に、同情をしているようだ。
「僕らにできることは依頼をこなす事だけだ」
彼女の息子が、一緒にいるという冒険者たちの評判や身元を知りたいというだけである。
それ以上の事を依頼をできる貯金はあの家にはないのだろう。
「この仕事は丁寧にこなしたくなるな」
前金としてもらった銅貨の入った袋を、手に持ちながら俺は言う。
「まずは、その冒険者とその子が会う現場を押さえないと」
ここのところ、毎日冒険者と一緒に出掛けているというその子。
家の前で待っていると、その子が出てきた。
その子の後をつけていくと冒険者ギルドの前である冒険者と合流した。
「なんか、楽しく話をしているみたいです」
ミツの言うように、その子を連れてさっそくダンジョンに向かう。遠くから見ている限り、その子がその冒険者にいじめられていたりする様子はなかった。
つけていると、話通りのダンジョンに向かう。
昔魔法の実験で悪い魔力が溜まるようになり、ダンジョン化した場所だ。ある塔の地下に存在しており、モンスターがそこから抜け出す事がないように閉鎖されている。
冒険者なら入っても良いことになっていた。
「なんか、すごい事が起こらないもんかな?」
「滞りない方がいいに決まってる」
サナの物騒な言葉に俺はそう言う。
だが、俺達の素人尾行が、それなりの上級者のパーティにバレなはいはずがなかった。
「ここなら人もいない! 出てきたらどうだ!」
ダンジョンの入り口に入った直後に、振り返ったパーティから、そう言われてしまった。
「なるほど。彼の母親に頼まれたのか」
俺達は正座をさせられていた。ダンジョンの入り口は舗装もされていない場所だ。
座ると小石が当たって痛い。
「だから正座させているのよ」
エスっ気のある感じの返答をしたのはパーティの術師である。
「まあまあ、これくらいにしないか」
パーティのまとめ役らしい剣士の男が言う。
「俺達は別に怪しい奴らじゃない。彼のお母さんにもそう伝えてくれないか?」
その剣士の言葉に頷く俺。
「いけません」
俺が頷いたのに、ミツが言い出した。
「私達は依頼料をもらっています」
依頼料をもらっている限り、簡単に退くわけにはいかない。その依頼料は、裕福ではないあの子の母のなけなしのお金なのだ。
「あなた達がどういう冒険者なのか? 分かるまで退けないんです」
ミツは言う。
おいおい。怪しいかどうか、まだ疑っているような事を言うなよ。
こんな言葉を聞かされ、上級者パーティは怒るんじゃないかと思うが、そこは上級者パーティ。懐の深さが違った。
「いいだろう。だが俺達はモンスターの溢れているダンジョンに行くんだ。勝手についてくるからには、自分の身は自分で守ってくれよ」
すんなりとオーケーが出る。
装備の貧弱な俺達には荷の重い場所だったが、なぜかそこには冒険者がたむろしていたので、モンスターの相手は彼らに任せればよかった。
お互いに話し合ったりして呑気に過ごしていたのだ。
当然モンスターが襲ってくる事もある。だが遠くにその姿が見えたかと思ったら、会話をしながら術師が火の玉を撃ちだし、モンスターを焼き払っていた。
「なんで、こんな危険な場所にみんな集まるんですか?」
周囲の冒険者に聞くと『人が集まっているから』という。
この場所は、人気のモンスター狩りの場所。狩りを休んでここに座る人間から始まり、気付けば人が増えていた。
人が増えればたまり場と化し、今となっては常に誰かがいるような状態になっているという。
この状況は、俺達にとっても都合がいい。
「あのー。あの冒険者さんの事を知りたいのですが」
ヒマそうにしている狩人の男に話を聞いてみた。
「あの人か、いい人だよ……」
その言葉を聞くのをはじめ、俺はあの冒険者の事を聞きまわっていった。
「評判は悪くないですね」
一通りの冒険者に話を聞いたところ、悪く言う者はいなかった。
「すごくつまらないですね。どでかい悪事なんか見つからないものでしょうか」
ミツは真顔で言ってくる。
いらない面倒などない方がいいに決まってる。
ちょうど、あの子と一緒に冒険者もここに戻ってきた。
「なんで倒せないんだ!」
少年はそう叫んだ。
「自分で倒さないといけないよ。それとこれは話が別だ」
なにやらそう話していた。
「悪い人達ではなかったんですね」
報告をしに帰ると依頼者は言う。
「でもなんで、あの子はダンジョンについていっているんでしょうか?」
「冒険者を目指しているのでは?」
依頼人は言った。
だが、それだけではなさそうであると感じる。
「もう少し、調査をさせていただけませんか? お代は結構です」
俺はそう言う。なぜ、冒険者と一緒になってダンジョンに行っているのか? 冒険者たちも、それに付き合ってくれているのはなぜだろうか?
「それが分からない限り、この話を終わりにできません」
言わんでもいいのにかっこいい事を言ってしまった。
ミツもサナもそれに頷いてくれたのだ。
「君ら、明日もついてくるのかい?」
その後、ギルドに行って冒険者たちを見つけ、その事を話した。驚いた顔をして冒険者は言う。
「まだ終わっていませんので」
そして事情を話す。
「最近の冒険者に似合わず義理堅いんだな」
冒険者は関心した様子だが少年はどうも不満気味だ。
「別に心配しなくてもいいのに……」
少年は言う。
「俺。帰る」
不機嫌気味にしてそう言って帰っていってしまった。
ダンジョンに行って空いた時間でモンスター狩りをして手に入れた金で、また宿をとった。
二人部屋一つに一人部屋一つだ。
サナとミツを二人きりにするのは少し怖い気もするが、三つ部屋を取るほど裕福でもないし、俺があの二人と同じ部屋に入るわけにはいかない。
何か叫び声でも聞こえようものなら飛んで入ろうと思うが、今のところは静かなものだ。
俺は一人部屋で考えた。今回の依頼はこのまま終わっていいものじゃない。
「なんかひっかかるんだよな」
あの親切で評判のいい冒険者が、子供を危ない場所に連れていくというのがまずおかしい。
あの子はあの子で何か隠し事があるようだ。
あの母親も、なけなしの金で依頼をしたのだ。その気持ちも汲みたいと思う。
俺達は、あのダンジョンにまで向かった。入口には冒険者がいるため、安全にダンジョンで彼らを待ち構えることができる。
「いるのかよ……」
少し待つと、面倒そうな声をあげた少年。そして、それを連れた冒険者たちが現れた。
「ほら。教えてあげてもいいんじゃないか?」
ニヤニヤ笑いながら少年に言う冒険者。
「カッコ悪い……」
何かを渋る少年。
「とにかく。わかるまで一緒させてもらうから」
俺の言葉に、少年はそっぽを向いて答えた。
「あの子は悪い子なんかじゃない」
俺が冒険者についていくと、そう話をされた。
「やめろよ! 恥ずかしいだろう?」
そう言い会話を止めた少年。冒険者は首をすくめて答える。
「早く教えてあげないとお母さんも不安になるんじゃないか?」
「早く倒すさ」
少年は言う。
「倒すって事は、ここのモンスターがもっている討伐証拠だろう?」
「それ以上言うな!」
俺が声をかけると、少年は顔を真っ赤にする。
ここまでして隠す事とは何だろうか? それが分からないと、この依頼が完全に終わった事にはならない。
「今日で終わりにすればいい」
そう言い、ズンズンとダンジョンの奥に進んでいく少年。
「そういえば、ここには高値で売れる討伐証拠があるとか」
ミツは言う。少年はピクリと動きを止めた。
「分かりやすいね。あれが目当てなんだね」
ミツはクスクス笑って言った。
「出たぞ!」
そう冒険者が言う。目当てのモンスターに遭遇したのだ。
「俺が倒す!」
持っていた短剣を使って、少年はそのモンスターに戦いを挑んだ。
「君じゃ危ないよ!」
俺がそれを止めようとしたが、冒険者に肩を掴まれて止められる。
「彼が自分の手で狩らなきゃならない。これが冒険者のルールだろう?」
よくわからないが、俺は手を止めた。
「怪我したら治術をかけるからな!」
少年に向けて叫ぶ。少年は小さな体でモンスターに向かっていった。それを見守る冒険者達。
×「取れなかった……」
少年は悔しそうに言った。
あのモンスターから、火牛の角が出る確率は、ゲームでは五パーセント程度だった。
「やっぱり切り取ったら熱くなくなる」
ドロップ率五パーセントの理由はそうだったのか。切り取っても熱を持ち続けるものは希少なのだ。
「がんばれ。君の手で手に入れるんだ」
冒険者さんは言う。これはどういう事だろうか。
「彼ね。お母さんのために角が欲しいんだって」
術師は俺に教えてくれた。
彼の母は重い病気を患っている。
これから、寒くなるのが彼の悩みという。寒くなると、彼の母の病気はいっそうひどくなるのだ。
一度、暖炉の火を使ってお湯を作った時の、母のやすらぐ顔が忘れられないのだという。
「いつも体の調子の悪いお母さんからお礼を言われたのが忘れられないんだって」
剣士の男の言葉に俺は唸った。
「それじゃ、一個くらいあげてもいいんじゃ?」
ここでモンスター狩りをしていたら、角の一つや二つは手に入るだろう。
彼にあげるのが一番手っ取り早いと思われる。
「それとこれとは話が別だ。俺達はモンスターを狩って手に入れた討伐報酬を売って生活している。この世界にタダはない」
子供に厳しい事を言う剣士。
「彼だって自分の手で手に入れたほうがいいはずだ。人からのもらい物ではなく、自分で手に入れたものを彼の母に渡すべきだ」
「そうですね……人からの厚意に甘えてはいけません」
「おいおい。ミツまでそんな無茶な事……」
ただの子供だ。社会の厳しさを教えるのはまだ先でいいと思う。だがミツは首を振って言う。
「彼の母は、そう長くないと思います」
不吉な事を言うが、それもその通りであると思う。
「だから、彼に社会の厳しさや、自分で努力して、怪我をしてでも、目標を手に入れる喜びを教えてあげるのは、彼のお母さんに対するプレゼントでもあると思います」
「そうかい……」
そういう考え方なら同意せざるをえない。
「ほら、また来たぞ!」
剣士が言う。牛のモンスターが現れ、その子はそれに向かっていった。
「支援してやるよ。早く出しな」
俺はその子に強化魔法を使った。いつでも治術を使えるように準備をしておく。
早速、牛に突き飛ばされた彼に治術をかける。
健気な少年はそれでも起き上がり、手に持った武器を牛に向けて突き出した。
「やっと出た……」
熱を持って赤く光る角を手にいれた少年。
「これで帰れるね」
俺は言い、少年に肩に手を置いた。これで依頼人に吉報を持って帰れるというもの。
「俺、自分で手に入れなきゃならないなんておかしいと思った。でも、どうしても欲しいから倒したけど」
子供ながらに、なんでこんな事をやらせるのかと疑問に思ったらしい。
「でも手に入れて分かった。これは自分の力で手に入れる事に意味があるんだって」
その言葉に冒険者達は頷いた。
「冒険者さん達は、そんな人だったんですか。疑って悪かったですね」
俺達は依頼人の家に行き事情を話した。
「俺が俺の力で狩ったんだ。俺は冒険者になってやっていく。これが最初のプレゼントだよ。母さん」
彼の力で手に入れた角は、すでに水を張った木桶の中に入れられていた。温かくなり、桶から暖かそうな湯気が立っている。
「これでお湯に困ることはなさそうです」
依頼者は言う。お湯に困る事がなくなった事以上に、彼が冒険者として旅立てるステップになった事も大きいだろう。
「私はお前よりずっと前に逝くだろうけど。その時は強く生きてね」
その言葉に俺はゾクリと来た。
市の誓い人間の魂の籠った言葉だ。
「これで失礼します」
これ以上ここにいるのは無粋だろう。
三人でこの家を後にしていった。