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二人での誓い

 俺達は二人で屋台に入った。

 夜の江戸の街は、提灯が綺麗に灯っている。マンガでみた狐火が漂うような光景であると思ったが、あれは遊郭や賭場などの灯りなのだという。

 狐火の方が何倍も可愛げがあった。

「すごいです! 私、屋台は初めてです!」

 屋台というものに興味津々のミツは言う。

「内気な子かと思っていたけど、案外はっちゃけるね」

 最初の印象のミツは、ウサギを狩るのに躊躇をしている気弱な子に見えていたが、珍しいものを見るとはね飛んで喜ぶ、意外に活発な子というのが今の印象だ。

「私、すぐに見境なくなるって言われてます」

 恥ずかしそうにしながら言うミツ。

「セイヤさんはなんで冒険者になろうと思ったんですか?」

 俺の場合は寝て起きたら冒険者だったのだが、やはり、冒険者になるには普通は理由があるようだ。

「かっこいいし、楽しそうだからね」

 そう答えておく。

「私は、家に居れなくて……」

 ミツは語りだす。彼女の家は貧しい家であったという。

「どこかの御家に奉公にでるのもよかったのですが、それってその家の妾になるって事ですし」

 昔の日本のような話だ。

 金のない家は子供を奉公に出す。奉公先ではおよそ人間扱いされることはない。

 ひどい場合は、日々折檻を受けながらその家の仕事を無償で手伝うという事にもなりえた。

 もちろん妾となる事を求められるのも当然のようにある。

「畑から手に入る収入だけでは一家族が限界なんです。兄のお嫁さんが来て私は家の厄介者になりました」

 そして、奉公に出るのを断り、冒険者の道を選んだのだという。

「私が死んでも悲しむ人はいません。だから気兼ねなくムチャをしてやろうって思いました」

「ウサギを倒すのも怖がっていたのに、冒険者なんてそりゃムチャだね」

 俺は茶々を入れた。

 ミツは、ジトリとした目で俺を見てきたが、すぐに目を外した。

 そこに屋台の店主からおでんが出される。

「二人とも、熱燗はいらないかい?」

 俺は酒が飲めない。ミツの方を向いたがミツも顔を横に振った。

「その分食っていってくれよ」

 店主が言うのに頷いたミツ。

「こんなおいしいものを食べるのは初めてです」

 そう言い、おでんの大根をふーふーしてから口に入れていた。


 食事の後は寝床だろう。宿屋にもいくつかの等級があり、当然高いほど値段もそれなりだ。

 一番等級の低い店に行く。

「うちの店は一泊五千だよ」

「げっ……足りない」

「私も足りません」

 この世界の物価は知っていた。宿に泊まるのに五千が必要だったのだが、二人ともおでんを食いすぎ、それが払えなくなっていた。

 もっと早く街に戻っていれば、商人にピンハネされる事もなかったし、もっと安そうな店が混んでいる事もなくすんなり入れただろう。

 俺の行動は何から何まで裏目にでたのだ。

「二人部屋だったら二人で八千だが、どうかい?」

 店主からの申し出だ。俺とミツの二人の持ち金を使えば確かに払える。

 現代人の俺にとっては、野宿などもってのほかであるが、これからの事を考えると、ここで野宿を経験しておくことも必要かもしれない。

「セイヤさん。何を考えているんですか?」

 ミツは言う。口に出してはいないが、俺が野宿を選ぼうと考えている事を察したようだ。

「二人で四千づつ出します。一緒に泊りましょう。セイヤさん」

「君はいいのかい?」

 ミツの方から切り出してくるとは思わなかった。

 俺達は今日会ったばかりの男女である。一緒の宿に泊まるなんて、明らかにいかがわしい。

「何がいけないんですか?」

 このミツの返事は、ただの世間知らずの女の子のような言葉だった。だが、宿の店主はニヤリとした顔で訳知り顔をしていた。

「ご宿泊という事でよろしいですね」

 下世話な感じの店主。俺はミツに連れられて部屋にまで入っていった。


 部屋は安い宿らしくむき出しの木の壁で、床にはカーペットすらない。

 ベッドは形だけ整えたようなもので、シーツが乗っているが、マットがなく、完全に木の枠組みの上に寝転がるものだ。

「ベッドは一つですか。疲れたから一緒に寝ましょう」

 ミツは俺をベッドに導こうとした。だがちょうどよくソファーがあるのを見つける。

「俺はソファーで……」

「女の子がいいって言っているんです。二人で寝ますよ」

 そう言い、強引にベッドに俺を連れ込んだミツ。

「私は世間知らずじゃありません」

 ミツはその一言で、男女で同じ部屋に泊る事の意味や同じベッドに入る事の意味も知っている事を伝える。

「セイヤさん。また明日も……ううん。これからずっと私とパーティで居てくれますか?」

「それって……」

 明日も狩りに一緒に行こうというのだ。

 今の俺とミツは二人でベッドに入り、一つの掛布団を共有して寝ていた。

 俺はミツの言葉にコクリと頷く。

「私って怖がりだし、へっぴりだし、田舎者だけどいいんですか?」

「もちろん」

 俺がそうい言うと、ミツは俺に体を寄せてきた。

「言質取りましたからね」

 世間知らずのくせに、言質を取る意味は知っているらしい。子供っぽい笑顔で、そんな事を言い出すミツ。

「けっこう計算高いんだね?」

「人生がけっぷちの女の子をナメないでください」

 家から出る事になって、その日の宿にも苦労する身になっているのだ。確かに人生がけっぷちであろう。

 ミツは俺に抱きついた。俺の胸に顔をうずめる。

「泣いていいですか?」

 ミツはいきなりそう言う。

「泣きたいときに泣けばいいさ」

 ミツにそう言うと体が震え出した。

「怖かった……怖かったよ……」

 さっきまで不敵な顔で笑っていたと思ったら、すぐに泣き出したミツ。

「私一人になって、これから先も一人なんだろうと思うと、怖くて、心細くて、あのウサギと戦って死んじゃってもいいかもしれないって思ってた……」

 涙を俺の胸で拭いながら言うミツ。

「忙しい子だ。泣いたり笑ったり……」

 そう言う俺は、ミツの頭に手を置いた。

「下忍になるにも、何回も試験に落ちちゃったし、もしかしたら奉公にでたほうがよかったんじゃないかと思ったりもしたんです」

 ミツは本当に忙しい。

「ずっと一緒にいるよ」

 俺がそう言うとミツは顔を上げた。

 彼女の目からは涙が次々こぼれていた。

 俺がギュッと抱きしめていると、そのままスヤスヤと眠りだした。

「随分と自分勝手な子だ」

 俺はそう言う。


 ミツが寝付いたのを確認した俺はコッソリとベッドから出ていく。

 ベランダに出た俺は夜風に当たって考えた。

 この世界はカクリヨオンラインの世界で間違いはない。

 ゲームと違って腹は減るし眠くなるし夜もある。

 日銭を稼ぐ事だけを考えて生きていけば、この世界はヌルゲーになるだろう。

 だが、それでいいのだろうか?

 ミツという仲間もできた。法師としてパートナーを作れたというのは、何と言っても僥倖だ。

 これから二人で冒険者を続けて何を目指していくべきかを考えないといけない。

 金を溜めて家を買うか? それともこの世界を冒険して名を上げていくか? それともチームを大きくして権力と戦力を手に入れてどこかの土地の領主になるか?

 前の世界ではコンビニバイトであったし、それ以上の地位を求めていたわけではない。

 だが、それは自分一人だったからだと今になって分かる。

 支えたい人がいる。一緒にいたい人がいる。幸せにしたい人がいる。

 そうなると、この世界で成り上がって、二人で幸せになりたいなどとも考えてしまう。

「俺は大きくなるぞ」

 ミツのためにだ。この世界の事は誰よりも知っている。この知識を使わないのは損だ。

 ミツはこれに同意してくれるかは分からない。

 でも、ミツのためになる事をしたいのだ。

 夜風に当たった俺は、いまだに煌々と輝いている街を見た。

 この世界は自分のために作られた世界のように感じる。この世界は俺が成り上がるために用意をされ、大事な人を見つけるために作られたのだ。

「見ていろよみんな!」

 俺は最後に大声で叫んだ。

 みんなと言うのは誰なのか? 自分でも分からない。

 ネトゲ時代に一緒のギルドに入ってくれた仲間たちに自分を見てほしいのか?

 それとも、俺の事を見限っている両親か?

 それともミツかもしれない。

 この世界にやってきた事は吉と出るのか? 凶と出るのか? それは運ではなくこれからの行動で決まるのだ。

「今日は寝るか……」

 フラフラとベッドに向けて歩く。

 寝息を立てているミツの隣にもぐりこみ、眠りに落ちる前にミツの無防備な寝顔を見たのだった。


 次の日、起きるとミツの姿はベッドには無かった。

 ミツは先に起きていたのだ。

「ミツ! どこにいるんだ?」

 気になって彼女の事を呼んだ。

「ここです。準備していました」

 そう声がするとミツは部屋のドアを開けて入ってくる。

「お食事をもらってきました」

 朝食のパンとカップ一杯のスープを持ってきたミツ。

「これで完全スッカラカンです」

 無料ではなかったようだ。問題ない。また稼ぎに行けばいい。

 ニタニタした顔のミツ、俺は不審に思いながらも、ミツから渡されたパンを受け取った。

「俺は大きくなるぞ」

 ポツリとミツは言う。

 背中が一気にゾワゾワとしてきた。

 ミツが寝静まったのを確認して言った言葉だ。

 パンを俺に渡して両手が空いたミツは両手を大きく掲げてまた言う。

「見ていろよみんな!」

 さらに言った。

「起きていたんだ……」

 ミツはバッチリ聞いていたようだ。

 自分語りを聞かれていたのは恥ずかしいことこの上ない。

「なんの事だったんですかね?」

「意地悪はやめろよ」

 壁に耳あり障子に目あり。恥ずかしい独白はミツの耳に筒抜けだったのだ。

 ミツから視線をそらしたが、ミツは俺の事を見て、いやらしく、そして可愛クツクツと笑っていたのだ。

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