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ミツさんとの出会い

「風来坊君? どうしたの?」

 俺は気付いたら見知った場所に立っていた。目の前には案内人の女性がいる。

「こちらは初心者の宿よ。冒険者になろうという君のような子達をサポートするの」

 ニコリと笑いかけてきたその女性。

「何の準備もなしに世界にでかけちゃうと、すぐに倒されちゃうわ。ここは初心者に最低限のスキルを教える場所よ」

 彼女の言葉は聞き覚えがあった。

 新しくキャラを作るたびに聞かされる言葉だ。

 自分の装備も着物一枚に草履という質素なかっこだ。

 俺が顔をあげると、視界の端にステータス画面が浮かんだ。

 風来坊とは、何の職にもついていないキャラの職業だ。これは、俺の遊んでいたカクリヨオンラインの初期の職である。

「何してるのよ! 早く入りなさい!」

 俺を迎えた女性に促され、俺は宿に入っていく。

 

 宿の中で説明を受けた。

 まさしく、俺がついさっきまで遊んでいたカクリヨオンラインの世界だった。

 この国は七山の国といい、七つの山に囲まれている。それぞれにモンスターが生息しており、初心者は近山で腕をならすといいという。

 組合があり、組合と契約をするといろんな職業になることができるという。

「組合ってのは、ギルドの事か……」

 カクリヨオンラインでも、ギルドに行って職業に就くものであった。

 剣士、術師、法師、狩人、下忍、商人。この中から職業を選択するのだ。

「法師かな……」

 法師は仲間を回復させる、パーティプレイには必須の職業だ。

「法師になりたいなら寺に行くんだな、そこに法師組合があるぜ」

 説明をされた通りの場所に法師組合はある。

 ゲームだった頃のカクリヨオンラインの法師ギルドはそこにあった。変らずそこにあるのだろう。


 木造の日本風の建築。街には宿や団子屋が並んでいる。家と家の間には隙間がなく、お互いの家屋は完全に接触をして作られている。

 年季が入っており、黒ずんで木目が浮かび上がった柱に支えられた建物達は、まさに江戸時代の江戸の街のように見える。

「ここってやっぱカクリヨオンラインの世界だ」

 いきなりこんな世界に呼びこまれ、俺は今になってこの状況に絶望をした。

 何も知らずに異世界に召喚をされたのだ。これからどうしていいのかと考える。

 元の地球に、日本に、俺の暮らしているアパートに戻りたい。

 そう考える。

 戻ったら何をしたいか? それが次々に頭に浮かんでくる。

 くるはずだった。

 だが、戻ってただのコンビニ店員になって、何がしたいのかと考える。

 ネットで笑って、ゲームで時間を潰して、時間になったらコンビニに行って、深夜の店番。

「戻りたくない……」

 小説の主人公みたいに日本に置き忘れたものなどない。

 自分がいきなりどこかに消えても、困る人間はいないし、悲しむ人間もいるか怪しい。

 両親はフリーターをやっていまだに定職につかない俺が居なくなって清々しているくらいかもしれない。弟もいるし定職に就いている。老後の心配だって弟に任せる事だろう。

 これからの準備をしようと考える。

「ここがカクリヨオンラインの世界であるなら」

 道を歩き法師組合に向かっていく。


 試験があったが、内容はすでに分かっているため一発でパスした。

 ゲームのように転職したところで見た目が変わるわけではなかった。

「法の力をよき事に使うのです」

 そのセリフも、カクリヨオンラインの時の試験官の法師の言葉そのままだ。

 選別としてもらった僧帽を身に着けると、緊張が解けて腹がへってきた。

「この世界ではハラが減るのか……」

 何も食べずとも休みなしでひたすら動き続けたゲームの頃とは違うらしい。

 市場の場所は知っているが金がない。

 ゲーム通りなら、モンスターを倒して、倒した証としてモンスターの指定の場所を切り取って、それを商人に買い取ってもらう。

 商人はそれを国に納めて討伐報酬をもらうという設定らしい。

 法師を選んだのは間違いだったかもしれない。一人でモンスターと戦って倒すような力は俺にはないのだ。

 でも、背に腹は変えられない。

 街の門をくぐり、モンスターのいる平原に向かっていった。


 街の門をくぐると、そこはモンスターのいるフィールド。江戸前平原と呼ばれる場所であった。木が数本しか見えず、他の場所は芝生になっていて、平原の先には冒険者がモンスターの討伐のために行く山が見える。

 職業として、法師を選んだ事を強みにしなければならない。

 街の外にはネズミのようなモンスターや、ウサギのようなモンスターがうようよしている。

 それを狩っている冒険者がいくらかいたのだ。

「苦戦している感じの奴はいないかな……」

 法師は他のゲームでは僧侶やプリーストのような職だ。自分に戦う力はないが、仲間の強化や支援ができる。

 それを生かすのだ。

「ちょうどいい奴がいた」

 まともな武器も持たずにウサギのモンスターに戦いを挑んでいる女の子がいた。服装を見るに、下忍らしい。

「ごめんなさいウサギさん」

 そう言いながら、忍者の使う最低級の武器のクナイを持ってウサギのモンスターと戦っている。

 その動きは危なっかしい。ウサギに負けそうにすら見える。

「キャッ……」

 そう言い、しりもちをつくその子。ウサギのモンスターは、その子に体当たりを仕掛けていった。

 治術をその子にかける。他のゲームで言う回復魔法だ。

 その子の傷はみるみる回復していく。

「早く倒すんだ」

 俺がその子に声をかけると慌ててその子は立ち上がった。クナイを振ってウサギのモンスターを切りつけると、ウサギは力を失って倒れる。

「大丈夫かい?」

 頼りないその子の元に俺が駆け寄ると、その子は膝をついて倒れた。


「た……助けてくれてありがとうございました」

 ペコリと俺に頭を下げるその子。

「ウサギさんを倒すなんて嫌だけど……」

 俺はその子の事を見た。じっと見つめると、その子のステータスが現れてきたのだ。

「レベル10で職業はやっぱり下忍か」

 その子の事を見て言う。

「法師のセイヤさんですね。ありがとうございました」

「ミツさんだね。どういたしまして」

 下忍のミツさんからも俺のステータスを見ることは可能らしい。

「ウサギを倒すのは嫌って、モンスターを倒さないと、今日のご飯も稼げないよ」

「でも、熊とかの大きなモンスターなら倒せます。いじめている感じがないです」

 その子は言うが、初心者の手に負えるモンスターに、熊のようなモンスターはいない。

 回復アイテムがあれば倒せるのだが、俺もミツさんも回復アイテムを買えるような金は持っていない。

「二人でパーティを組もうよ」

 俺は言う。

 この子を助けた理由もそれだった。ミツさんに戦ってもらって俺は後ろで支援。法師は仲間を作って、支援をする事が戦闘での役目だ。

「でも、私なんて、足手まといにしか……」

 そう言うミツさんの手を俺はつかんだ。

「ボクと組めば熊を倒せるよ」

 俺の知っているカクリヨオンラインであれば、近くの山に熊型のモンスターがいて、そいつは初心者でも倒すことは可能だ。

「私に倒せるでしょうか?」

「君が倒すんじゃない。二人で倒すんだよ」

 こういう子はちょっと強引に誘う方がいい。不審そうな顔をしつつも、ミツさんは俺についてきてくれた。


 山に登ると、すぐに熊型のモンスターを発見。ミツさんはその熊と正面から戦い、見事に熊を倒した。

「おお……」

 じーん……としたミツさん。自分が熊を倒せたことに感無量のようだ。

「熊の尻尾を取らないと」

 モンスターを討伐した証明として、この熊は尻尾を切り取ってもっていかなければならない。

 だが、ここは初心者のやってくる場所である。そこのモンスターの討伐報酬など高が知れている。

 手に入った金は山分けという約束だが、熊の尻尾一つでは大した金になどならない。

 今日の昼食分を稼げるかも怪しいくらいだ。

「どんどん熊を倒していこう」

「はい。これからもお願いします」

 なんか、長い付き合いにでもなるような事を言ってくるミツさん。

 自分が熊を倒せると知ると突然積極的になってくる。

「楽しいよね。今まで倒せなかったモンスターが倒せるようになるって」

 ふと言う。

 今まで逃げるしかなかったモンスターが倒せた時の高揚感は何事にも代えがたいものがある。初心者時代には、武器を手に入れて強力な敵に挑むのを繰り返すのは、楽しかったのだ。


「そろそろ暗くなってきたね」

 何頭の熊を倒したかもう覚えていない。空は暗くなり始めていた。

 熊の尻尾も大分溜まった。これで、今日の夕食代くらいにはなると思われる。

「今日はこれまでにしよう」

「はっ……そういえば暗くなってきてる」

 ミツさんは随分と熊狩りに熱中していたようだ。そういう俺も、空がここまで暗くなるまで、全く気付かなかったのであるが。

「街に戻ったら真っ暗だね」

 そう言うミツは楽しそうであった。

 俺も久々に楽しかった。

 知らない相手を誘って、パーティを組んでモンスター狩りをする楽しさを、久々に感じていたのだ。

「集めた尻尾を売って、山分けして、それで解散だね」

「うん。今日はありがとう」

 そう話し合った後、俺達は街に戻っていく。


「時間外の買い取りなので、割引させてもらいますよ」

 街に帰ると、ほとんどの店は閉まっていた。

 帰り支度をしている商人を見つけて、手に入れた熊の尻尾を買い取ってもらうようにお願いすると、店主はしぶしぶという感じで買い取りに応じてくれた。

 そしてあのセリフだ。日本では二十四時間営業の店など当たり前だったが、この世界ではその常識は通用しないらしい。

 愚痴られた上に買い取り金額も下がる。この世界の商人はちゃっかりしている。

「これで解散しよう」

 俺はミツにペコリと頭を下げた。

 だがミツは何かを言いたそうにしている。

「ごはんを一緒しませんか?」

 モジモジという感じで言ってくるミツ。

 俺はニコリと笑ってそれに答えた。

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