魔女ロリババアのお話
「えっちしたいよおおおおおおおおおおお!!」
黒猫のクロはまた始まったかと思いました。
目の前で叫んでいるのは銀の髪に赤い目、そして雪のような白肌の美幼女です。
でも中身は異世界から転生してきた元おっさんという、TSテンプレそのもののロリババア。
クロはため息をつきながら尋ねました。こんなんでも拾って貰った恩のあるご主人様ですからね。
「どうしたのですか魔女様? キ印行動のとり過ぎでついに頭が愉快に……すいませんもうなっていましたね」
「なんじゃとぅ! 違うわい! そーじゃないのじゃ! そーじゃないのじゃ!」
魔女様は美幼女の容姿に見合った愛らしさで、腕をぶんぶんと振り回します。
うわ、うぜぇ……とクロは思いましたがそんなことは小賢しい彼は絶対口にはしません。
今でこそ慣れましたが一緒に暮らし始めた頃は、あざとい仕草と一々語尾に『のじゃ』を付ける魔女様を気持ち悪く感じたものです。
魔女様いわく『ロリのじゃ』は美幼女の伝統美とか。
「では何ですか魔女様? 見た目は幼女でもあまり変なことを口走ったり、変な行動をしていると王国の女騎士がまた討伐に来ますよ?」
「……え? それは、勘弁です」
魔女様は素に戻ると語尾からのじゃが消えます。
普通に喋れば普通の美幼女に見えるのに残念な人だ……とクロは思いました。
「まあ聞けクロよ。わしが転生した元男ということは知っておるじゃろう?」
「ええ、元は異世界から来た転生者ですよね?」
「うむ、この世界に来たばかりの頃は良かったのじゃ……念願のTS幼女、皆にチヤホヤ、女っ子どもからは可愛い可愛いとナデナデ、ウフフされてな」
「は、はあ……」
銀髪の魔女様はデュフフフとゲス顔をしました。
「だがある時気づいてしまったのじゃ! 確かに幼女はチヤホヤされるにはいい、しかし、しかしなのじゃ! この幼女ボディには致命的な欠陥があるのじゃ!」
「欠陥……! 魔女様それは一体っ!?」
クロはごくりと喉を鳴らしました。
魔女様は元おっさんとは思えないくらい幼いモノの考えのキチっちゃんですが、戦闘力だけはやたら高いので王国でも持て余し気味の困ったちゃんでもあります。
いざという時に歯止めをさすことのできる弱点ならば、常識人のクロとしては是非とも知っておきたいところです。
「幼女ボディさ……ちんこついてないんや」
クロは散歩に行こうとしました。
縄張りを巡回しマーキングすることは神経質な猫にとって大事な習慣ですからね。
「クロ待って!! 本気だから!! まじで言ってるから!!」
「いやいや、本気ってやばいだろ! アンタの狂った性癖なんて聞きたくないわ!」
「う、う、う、わしだって美しい幼女ボディにちんこなんてつけたくないわい!」
魔女様は、クロの首根っこをつかんで叫びます。
クロは、ぐえぇ苦しいと思いながらも、律儀に魔女様の言葉の続きを待ちました。
「最初のうちは確かによかったさ、女の子がチヤホヤしてくれたさ! でもそこ止まりなんよ! そっから先の百合色のユリユリパラダイスに行こうとすると幼女ボディだと無理があるのさ! 無理でもないけど百合でロリな属性の美人さんなんて皆無というか、いくらなんでも五歳幼女に欲情する美人な同性愛者なんて、ピンポイントなマイノリティは滅多にいないわああああああぼけえええええええ!!」
しらんがな……意識を失いかけながらクロは突っ込みました。
どうやら魔女様は転生する際に、神様に永遠の美幼女にしてくれと願ったようです。
しかも髪から目や肌の色、造形に至るまで事細かくクレーマーのごとく注文したようで、それにきっちりと応えてしまう神様は日本の外食産業並みに腰が低いですね?
というか五歳の美幼女になりたいとか、おっさんどんだけ闇が深いんだよ?
「そんなこんなで、わしは長いこと研究を重ねたのじゃ」
「げほっごほっ……研究?」
「うむ、ちんこの研究じゃ」
「やっぱアホだなアンタ」
「なんじゃとおおおおお!!」
見た目は可愛らしい幼女と可愛らしい黒猫なのに、残念な会話をしていますね。
「それで魔女様、どうなったのですか成功したのですか?」
ぶっちゃけ疑似的なチン……夜に使う玩具なら、街の怪しい大人専用のお店に行けば色々とありそうですが……齢二百歳の魔女様よりよっぽど大人なクロ(二十歳)はそう考えました。
しかしすぐに、この変態幼女がその程度で満足するわけはないと自己解決してしまいます。
「う、うん、さっき研究の集大成を魔女の釜で合成してみて……一応」
自信なさげな魔女様の返答に、これは失敗したのかと短くない付き合いのクロには分かります。
何しろこの美幼女の中身は元は引きニートなクズでゲスなおっさんです。
社会経験のなさが行動と思考のすべてから滲み出ており、成功をしたのならウザいくらいの上から目線でベラベラと自慢をしてくるはず。
そんなクロの眼の前に、小麦色の小さな物体がコロンっと置かれました。
どうやら食べ物のようです。クロはクンクンと匂いを嗅ぎ、それから猫舌で少しだけペロリ、小麦と砂糖を使った焼き菓子のようでした。
ジャリジャリとした食感がなかなかに美味で、何個でも口にできそうな高級な味です。
「あのー……魔女様、これって?」
「ち、ちんすこう……なのじゃ!!」
「ざけんなっ! 沖縄銘菓かよ!!」
クロはペチンとちんすこうに猫パンチ。止めろよ! ちんすこうに罪はないぞ!
そして異世界猫であるクロがなぜ、沖縄銘菓を知っているのかも謎です。
沖縄出身で大阪で就活活動して失敗した経験のある元男の魔女様。その使い魔であるクロには、魔女様の前世の知識が流れ込んでいるのかもしれませんね?
「ちんこ研究に三十年以上もかけたのに、合成した結果がこれだよっ!!」
「私が拾われるより前からそんなアホなことしてたのかよっ!!」
「じ、実はチンゲンサイも出来たんだよぅぅ!」
「はい、残念! 二文字しかあっていません!」
「ちくしょ……ちくしょおおおおおおおおおおおっっっ!!」
TS銀髪美幼女な魔女様の叫び声が辺りに響き渡りました。
――――――――
「そういうわけで、女はあきらめて男なのじゃ!」
「はい……?」
あれほど沈んでいた魔女様は、次の日にはすっかりと立ち直り元通りです。
そのポジティブさをニート時代の前世で生かせばよかったのにと、クロはいつも思います。
「つまりじゃ、この幼女ボディにオプション装備をつけることは叶わなかった。しかし逆転の発想……突っ込むことはできないが、突っ込まれることならばできるだろうという結論に達したのじゃ!」
「………………」
「女はともかくとして、男ならば五歳児に欲情する者が必ずいるはず! これなら念願の初エッチも可能なはずじゃ!!」
「…………うわぁ」
魔女様のエロさえできれば何でもよろしいという拗らせぷりに、クロはドン引きしました。
でもそれも仕方がありません。何しろ魔女様は生まれ変わる前は童貞で、生まれ変わって三百年たっても童貞の筋金入りの魔法使いですから。
え、女なら処女だって?
この汚物に対し、そのように清らかそうな言葉は使いたくないですね。
「だが、TS美幼女としてゴリラやブタのようなブサ男はノーセンキュウ! そこで乙ゲーに出てきそうな女装したらまんま女じゃん! いるわけねーだろう! 的な、腐女子大歓喜な美形男子を妥協案として考えたのじゃ!」
「またマニアックな……というか、美女と同じで五歳児に欲情する美男子とか、探しだすのも大変ではありませんか?」
「ふふふ、そこは抜かりはないのじゃ」
「うーん、何やら嫌な予感がしますね……」
それから二人はお屋敷から魔法の馬車を使って近くの街に出かけました。
目的地にたどり着くと、魔女様はババーンとある一軒のお店を指さします。そこは奴隷を取り扱う奴隷商のお店でした。
「つまりは奴隷。小さい頃から教育を施して、選ばれしエリート幼女スキーにしてしまおうという、光源氏作戦なのじゃ!!」
光源氏作戦とはいわゆる足ながおじさん。
ようするに貧しい弱者の頬を札束で撫で叩いて、何でも言うことをきくイエスマンに育てようというゲスな作戦なのです。
あれ、どこかで似たような話を沢山聞いたことがありますね。
流石はご主人様! とか知りませんよ?
「小さい子供を買って教育ですか?」
「いぇーす! 流石はわしじゃ! この発想、天才すぎて己が怖くなるのじゃ!!」
「……育っても美形男子になるか何て早々に分かるものですか?」
カスいなぁこの人、と思いながらクロは質問しました。
「ふふ、確かに人間や獣人だと、線の細い美形男子になるかどうか何て分からん。だがそれを補うとっておきの方法があるのじゃ」
「は、はぁ、そうですか?」
銀髪の魔女様は肩にクロを乗せ、うきうきと奴隷商のお店の扉を潜ります。
小さい頃から教育するなら、魔女様の好きな女の子でもいいのでは?
そうクロは思いましたが魔女様ほどカスではなく、そして小賢しい彼は口にはしませんでした。
「こ、これはこれは魔女様、このような場所に本日はどういったご用件で?」
店に入るとカイゼル髭の品の良さそうな中年男性が、魔女様にヘコヘコと頭を下げながら出迎えてくれました。魔女様のことを恐れ、同時に敬っているようです。
こんなポンコツですが魔女様は、王国の危機を幾度となく救い、魔王と戦う勇者達には知恵と力を授けて数多くの伝説を作ってきました。普通の者にとっては現人神も同然なのです。
その行動の多くは打算的な欲望から出たものですが、結果がよければ全てよしはどの世界でも変わりません。
ましてや、魔女様はネトゲのネカマロリプレイの経験から外面はとてもいいのです。
「出迎えご苦労、久しぶりじゃな店主よ。今日は小さい子供……そうエルフの男子を探しに来たのじゃ」
「エ、エルフでございますか?」
なるほどなとクロは納得しました。
確かにエルフならば美形揃い、将来的には線の細い美男子となることでしょう。
クロは魔女様の肩からすたっと床に降りました。
どうよ、わしってば頭いいじゃろ?
などと言う魔女様の得意げな表情に、クロは何ともムカつくものを感じたからです。
豪華な客室に通され待たされること半刻ほど、まるで風俗嬢待ちワクワク状態な魔女様と、冷ややかな汚物を見る目のクロの前に、三人のエルフの子供が連れてこられました。
十歳くらいの男の子が一人、その両脇に不安そうにしがみつく七、八歳くらいの女の子が二人います。三人ともエルフというだけあって将来有望な整った顔立ちです。
「ほう、店主、中々に良いではないか? しかし、わしが欲したのは男子だけじゃが、そちらの娘達はなんじゃ?」
「はっ!? さ、左様でございましたか! 申し訳ありません、どうやら魔女様のお言葉を聞き違いしていたようです。今すぐにお下げいたします!」
クロは安心しました。
これで魔女様が『女の子がいてもなぁ……いや、女の子のほうがイクネ?』と、気づいたら不幸になるエルフの子供が一人から二人に増えるところでした。
「おい、お前達、エルフの娘達は連れていけ」
「はい、只今!」
筋肉マッチョないかにも見た目が用心棒といったハゲな男達が、エルフの女の子達を連れて行こうとします。すると男の子から引き離されそうになった二人の女の子が叫びました。
「い、いやだー! お兄ちゃんっ!!」
「いやぁー、にーにっ、にーにっ!!」
「やめろぉ! メルル! エルル!」
男の子も叫びます。必死に抵抗する三人の子供達。
どうやら兄妹だったようです。そして女の子の名前はメルルとエルル……同じ文字が二つ続くのはエルフ的な名前の付け方なのかと、クロはどうでもいいことを考えました。
彼には、どうにもこの流れに嫌な予感がしたからです。
「こ、この! 魔女様の前でいいかげんにしないか!?」
店主が怒鳴りながら男の子をパチンと叩きました。
エルフの奴隷は、その美貌から高い値段のつく商品です。そのため他の奴隷より扱いが丁寧なものになるのですが、それを忘れるほどに店主は焦っていたようです。
流石に店主も強くは叩いていませんが、それでも体重の軽い男の子の体は、魔女様の近くまで飛ばされました。
自分の足元で惨めに這いつくばるその子を、魔女様は血のような赤目を細めて見つめます。
「魔女様……まことに御見苦しいところをお見せし大変失礼いたしました。直ちに娘達をお下げしますので少々お待ちください」
「まあ、待つのじゃ店主よ」
魔女様は店主を止め、そしてエルフの男の子に問い掛けます。
「おい、小僧、お前にとってあの娘達は命をかける価値のある存在か?」
魔女様の口調から『のじゃ』が消えていました。
クロは嘆息します。彼にはこの先の結末がみえてしまったからです。
男の子は床に寝ころんだまま上半身を起こすと、魔女様を見て驚いた顔をしました。
幼いがエルフ以上の美貌、それとは裏腹に大人のようなものの言い方と、その身にまとう圧倒的な存在感、あまりにもチグハグなのにまったく違和感がないことへの違和感に。
「どうした小僧? 貴様は口がきけないのか?」
「あ、当たり前だろう! 俺の妹達なんだ! 命をかけても守る!!」
魔女様は美麗な鼻を鳴らし、見上げる男の子の肩に靴底を乗せて容赦なく踏みつけました。
男の子は床に押し付けられ、痛みで悲鳴を上げます。
そして片足で踏みつけたまま、魔女様は男の子を見下ろして言いました。
「くふふ、命をかけて守るとは軽く言ってくれたな? だが実際には、お前は妹達を守るどころか、自分の身すらも救えぬ弱き存在だというのに」
「うぅ、く、くそう!」
「だが、そういう世間知らずで青臭くて真っすぐな馬鹿は嫌いじゃない、気に入ったぞ小僧」
「え……?」
魔女様は、恐る恐る様子を覗っていた店主に伝えます。
「ここにいるエルフの子は全てわしが買っていこう、問題はないな店主よ?」
「は、はい、お買い上げありがとうございます魔女様!」
「うむ、うむ」
魔女様は再び男の子を見ると、幼い顔に似合わぬ妖艶さで微笑みました。
「さて、そのようなわけで小僧よ。お主はわしのものじゃ。買われた分は尽くしてくれよな?」
「は、はい!」
元気のいい返事をするエルフの男の子。
その頬は真っ赤に染まっていました。丁度位置的に、魔女様の幼女おパンツが丸見えです。
コレ教育しなくてもいけるんじゃないかなー、とクロはそんなことを考えました。
男の子どころか女の子達も、それどころか部屋にいた全員が見惚れた表情で魔女様に目を向けています。幼いながらも気高く美しい魔女様の魅力に、すっかり心奪われてしまったようです。
本当に外面だけはいいんだよね魔女様……クロはため息をつくのでした。
「ちくしょ……ちくしょおおおおおおおおおおおっっっ!!」
美幼女の魔女様はまた叫んでおります。
あの後、エルフの子供達を連れて魔法の馬車に乗り、郊外にある屋敷に戻る途中で謎の集団から襲撃をうけました。
もちろん腐っても魔女様です。襲撃者をあっさりと撃退して、その正体を確かめたところ。
「お、お父さん!?」
何と、襲撃者はエルフの子供達の家族だったのです。
事情を聞くと、彼らは奴隷狩りにさらわれた子供達を探して、やっと突き止めたと思ったら奴隷商に売られた後で、そして子供達を奴隷から解放出来るほどのお金も持っていなかったので、襲撃して奪い返すつもりだったようです。
「ま、魔女様……王国の英雄たる貴女様とは知らず襲ったことを謝罪いたします。しかし、この子達だけは、どうかこの子達だけはお許しください!!」
大勢の謝罪と懇願の声に、困ったようにクロを見る魔女様。
そんな魔女様に対し、猫なのに器用に肩を竦めるクロ。
結局、エルフの子供達は親元に帰して、彼らが自立できる年になったら召使いとして魔女様のお屋敷に務めに来るという条件で話はまとまりました。
TSテンプレ美幼女、銀髪の魔女様の光源氏作戦は白紙に戻ったのです。
――――――――
『悟ったのじゃクロよ、幼女は不便すぎる。わしは今から大人になる研究を始めるのじゃ……ボインボインのムチムチなフジコちゃんになって、エロエロなことをしまくるのじゃ!!』
屋敷に戻った後、魔女様はすぐに研究室に籠もってしまいました。
クロとしては何も言うことはないのですが放っておくことも出来ません。
あんなんでも、幼い頃に拾ってもらった恩のあるご主人様ですからね。
そして夜もふけた深夜、いつもなら幼女な魔女様は寝ている時間です。
黒猫のクロは研究室の扉の前に立つと、ドアノブを静かに回しました。
室内の奥を見ると案の定、魔女様は机に突っ伏してすーすーと眠りについていました。クロは苦笑をすると、小さな魔女様を抱きかかえて隣の寝室へと運び込みます。
静かにベッドに寝かせると、起こさないように魔女様の着替えを行い、丁寧に銀色の髪を整え毛布を掛けます。
魔女様が休むための準備を全て終え、クロがそのまま部屋を出ていこうとすると。
「う、う~ん……いつも……ありがとうね……クロ」
美しい幼女の寝言が聞こえてきました。
「ふふ、おやすみなさい、良い夢を魔女様」
人型の美青年は微笑み、部屋を後にしたのでした。