精算
ヒュゥゥ……
屋上には、既に肌寒い風が吹き始めていた。
その中心に、笠原が立っている。
皇は追い詰めたと言わんばかりに口を開く。
「逃がさねぇ。あいつの敵…!」
笠原は肩をすくめる。
「ヤレヤレ…何の事だか?」
その一言に、皇が再び激昂する。
「ふざけんなっ!!忘れたとは言わせねえ。お前が殺した!」
「う~ん…分からないなぁ…」
笠原はおどけて腕を組んでみせる。
「このヤロッ!」
皇が飛び掛かろうとした時だった。
「動くなっ!」
笠原の懐から現われた拳銃の銃口が向く。皇の動きが止まった。
「キミには悪いけど、死んでもらうよ」
ギリギリとトリガーを引き絞る。一瞬、あの時の光景が蘇る。
「ウオオオォォォ!!」
咆哮を上げながら、皇が突進していく!
笠原までの距離は、約70メートル程。到底弾丸が発射される前に到達できる距離では無い。
だが、幸運の女神は皇に微笑んでいた。彼自身の戦闘センスも絡んでいたのだが。
ゴウッ。不意に突風が吹く。
パァン!直後に銃声。
その瞬間、皇は無意識に身体を捻った。
チュイン!放たれた弾丸は、皇の身体を穿つ事なく、ただ頬に赤い線を作っただけだった。
ガチッ!ガチッ!
初弾を外したと見るや、笠原は更に引き金を引く。…が、まだあるはずの弾丸は発射されなかった。
「!?…しまっ…!」
笠原の拳銃はジャムを起こしていた。所謂弾詰まりである。オートマティックピストルによくあるトラブル。空になった薬莢が排出しきれずに詰まってしまう現象。
更に突如吹いた突風。これが弾丸の軌道を反らし、加えて皇が身体を捻った為、命中を免れたのだった。
「オオオォッ!!」
全力を込めて相手の顔面に狙いを定める。
バキイィィ!!
狙いはあたわず、笠原の顔面を捉える。あまりの勢いに、身体が宙に浮いた程だった。
「………ぁ!」
笠原はもんどりうって床に転がると、そのまま動かなくなった。
スタ、スタ、スタ。
皇が注意深く近寄る。笠原は完全に気絶しているようだった。足元に落ちている拳銃を蹴り飛ばす。
「……俺は、誰も殺さねえ…」
呟くと天を仰ぐ。
…これで、良いんだよな……。
心の中で、残り半分の呟きをなぞった。