表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 サファイア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/199

7.自暴自棄

 宿泊している部屋に正当な訪問者が現れたのは、ジャンヌと”再会”をした日から数日後の事だった。

 訪れたのは数名の修道士とクルクス聖戦士たちだ。半分は竜人だが、純血の人間も混ざっている。初対面の者ばかりだったが、親しそうに笑うのはリリウム教会の者同士という安心感ゆえだろう。

 アルカ聖戦士として過ごして長い者はあまりそうではないが、クルクス聖戦士や修道士はそういうものだと理解していた。別に不快なものではない。いつもは、こちらも静かに微笑み、友好の態度を受け取る。だが、この度の彼らの訪問は、今の私にとってあまり望ましいものではなかった。


「隊長があなたのことを気にかけておりました。なんでも、先日、引き受けた女性人狼のことで相談したいことがあるそうです。よろしければ、いつでもセルピエンテ教会にいらしてください。休暇中とはいえ、アルカ聖戦士。あなたの為ならば、いつでもお部屋を用意することが出来ますよ」


 代表らしき竜人戦士にそう言われ、こちらは笑みを引きつらせないようにするしかなかった。隊長が、と言ったが、本当は誰の差し金なのかが思い当たった。ベロニカという聖戦士が代理を務めた相手。カリスを引き受けた人狼戦士だ。女性人狼というのも、カリスのことだろう。

 本当に困っていることがあるとは思えなかった。相談など口実に過ぎないだろう。カリスが何か言ったのだろうか。ひょっとしたら、すでに死霊の事を伝えているのかもしれない。だとすれば、私は拘束されるのだろうか。


「有難うございます。それに、私に協力できそうなものならぜひとも力をお貸ししたでしょう。……しかし、この度、お届けした人狼に関してならば、残念ながら私の力は及びません。私は人狼の専門ではありませんので」


 出来るだけきつくならないように努めてそう断ると、修道士たちの数名が顔を見合わせた。表情の読みにくい竜人でさえも眉を顰めているのが分かる。代表だけはどうにか冷静さを保っていたが、快くない返事だったことはよく分かった。


「別に専門的な知識を求めているわけではございません」


 竜人戦士はそう言った。


「ご友人としてお話を聞いて欲しいだけです。ヴィア・ラッテア大渓谷から共に歩んだと聞いております。彼女がどういう人物なのか、隊長も把握しておきたいそうです」

「本人と話し合うのがよろしいかと。私の勝手な認識であなた方を惑わすわけにはいきません。そうお伝えください」


 遠回しに誘導して人を思い通りに動かすのがリリウム教会の者たちの特徴だ。表面では本人の意思を尊重しているように見えるが、実はそうではないことを知っている。

 隊長が本当に悩んでいるかどうかなんてこの際どうだっていい。悩んでいたとしても、私などに聞くよりも手っ取り早くカリスに向き合う方がいいだろう。そうではなく、私にわざわざ使いをよこしたのも、カリスが何か余計なことを言ったからに違いない。


「……そうですか。仕方ありません。今日のところはこれで失礼いたします。けれど、もしも気が変わりましたら、いつでもセルピエンテ教会にいらしてください」


 そう言って、竜人戦士たちは去っていった。

 求めていない面会が終わり、どっと疲れてしまった。しかし、一息つく間もなく、私は客間に漂う独特な気配に気づいたのだった。

 ベッドの隅。不自然な影が集まり、そこから異様な視線を感じる。何者なのかはすぐに分かった。この状況下で、彼女しかいないだろう。


「カリス」


 短くその名を呼ぶと、ため息の返事があった。


「そう怖い顔をするな」


 思っていた通り、彼女の声が聞こえてくる。だが、表情を変える気にはならない。不満を隠さずに、私はカリスに言った。


「お前の差し金か。教会の者たちにあのことを伝えたのだな」

「伝えていないよ。お前の名前すら、彼らは把握していないようだ。私はただ『恩人がどうしているのか気になる』とベロニカにそっと漏らしただけさ」

「よくもぬけぬけと言えたものだな。どうしているのかも何も、いつもお前は私を見張っているじゃないか」

「見守っている、と言ってほしいね」

「……勝手なことを」


 吐き捨てるように言うと、犬が鼻を鳴らすような音が聞こえてきた。その卑屈とも言えるような悲痛な声に、心が痛む反面、苛々も増した。どうして私がこんな思いをしなくてはならない。ジュルネで庇ってやったのだって、こんな思いをするためではなかったはずなのに。


 ――こんなことなら、助けてやらなければよかった。


 ふと浮かんだ思考に、はっとする。私は何を言っているのだ。一瞬でも、この懐っこい化け物を見捨てれば良かったと思うなんて。

 カリスは知らないだけだ。私が教えていないから、知らないのだ。サファイアが人狼に殺されたなどと、親しそうに話す相手に何故言えただろう。


「ゲネシス、私はお前のことが分からない」


 影の中よりカリスはそんな言葉を投げかけてきた。


「死霊に会うために向かうことが罪と分かっていながら、それでも、お前はリリウムの教えに従って、私をここまで導いてくれた。アマリリスを保護し、世界を恐怖から守る貢献までした。それなのに、世界を脅かす化け物に味方するなんて」

「化け物じゃない。死霊だ。会話もできる種族だ」

「騙されるな。死霊は我々と違う。人狼たちの祖先は奴らを昔から忌まわしいものと言い伝えてきた。捕食関係には陥らずとも、関わればきっとよくないことがあるとね。お前たち人間はもっと危ない。リリウムの教えにだってあるのだろう? 奴らは悪魔の手先。世界の秩序を乱す危険な存在なのだって」


 カリスの言うことは、これまでに耳が腐るほど聞いてきたことだ。だが、癪に障る。親しい人の姿をしていたソロルたちのことを思い出すと、彼女たちを悪く言うカリスの方が敵に思えてしまうのだ。


「……もう帰れ。お前との会話は疲れる」


 優しさ等一切含ませずにそう言い捨てた時、影の中よりカリスの強い視線を感じた。翡翠のような双眸。緑の眼光がこちらを見つめている。じっと見つめていると、狼の顔がはっきりと見えてきた。

 私とは違う生き物の顔だ。人を食らって生き延びてきた彼女たち。その一部が人間社会に溶け込み、一切の暴力にも関わらなくなったのはだいぶ最近の事だと聞いている。今に伝わる人狼の名家も、その出身者の中には稀代の犯罪者も含まれている。

 奴らの人間への暴力性は、その血に強くにじんでしまっているのかもしれない。そう思えば思うほど、この結論は頑ななものとなる。


 私はカリスと共に生きられない。


「もう行ってくれ。お前と口喧嘩したいわけじゃない」

「だが、ゲネシス――」

「くどいぞ」


 はっきりと言ってやれば、カリスは黙り込んでしまった。だが、すぐに去る気配はない。どうでもいい。相手をするだけ無駄だと態度で教えてやればいいだけだ。

 黙ってベッドに横たわり、背中を向ける。心に疲労がたまっている気がする。任務で体を動かすよりも疲労感がひどい。


「……どうしてなんだ」


 そこへ、カリスの耳障りな呟きが聞こえてくる。


「どうして、分かってくれないんだ」


 こっちも聞きたいくらいだ。どうして帰ってくれない。どうして放っておいてくれない。どうして見限ってくれないのだ。


 ――ご伴侶様のお気持ちだって、あなたは気づいていないわけではないでしょうに。


 クリケットの言葉が蘇った。


「一緒にいるだけでもよくない。サファイアの死を嘆くお前が、別れを覚悟しなければ奴はあのままだ。分かっているのだろう。死霊はそういうものだ。お前がどう思おうと、死霊の存在を拒絶しない限り、奴はこの世で人の血を継ぐ者たちを食い殺すのだ」


 帰れというのに、カリスは全くその気配を見せない。


「――お前は、この私が人間を食べずに生きていけるように力を貸してくれたではないか。それなのに、どうして」

「前も言っただろう。通報したければすればいい。カルロス隊長にも繋がっている今ならば、しかるべき罰を速やかに受けることが出来るだろう」


 カリスが影の中で息を飲んだ。その反応はいちいち純朴なものだ。人間中心のこの社会にて、非常識的な存在はあちらのはずなのに、私の方がおかしいのだと思い知らされる。


「……そんなことをしたら、お前はどうなってしまう?」

「首を刎ねられて終わるかもしれないね」


 いっそ、ここで殺してもらえたら楽なのかもしれない。自分の気持ちはそれくらい引き返せないところにいる。あとは覚悟を決めるだけといってもいい。

 ソロルについていけば、本物のサファイアに会える。その誘いが希望にしか思えない今となっては、未来の道を照らすのはもはや神ではなく、神と対極にある何者かだ。


「それなら、伝えるわけにはいかない」

「帰ってくれ」

「聞いてくれ、ゲネシス。クルクス聖戦士たちだって無能ばかりではない。あのソロルが存在感を増していけばいくほど、教会はサファイアという人物について探りだす。お前の名前が浮上するのも時間の問題なのだ。今ならまだ間に合う。そうだろう?」

「帰ってくれと言っているだろう?」

「迷っていないわけがない。迷っていないのだとすれば、すぐにでもあの女の手を取っただろう。でもそうしていない。お前は保留している。つまり、理性は残っているはずだ。生前のジャンヌはお前のことを信用していただろう?」

「――カリス!」


 気づけば私は怒鳴っていた。山林で出会った言葉の分からぬ猛獣たちを牽制するときのように、ケダモノを見る目で影の中の緑の双眸を睨みつけていた。その視線にどれほどの敵意がこもっているのか、自分では分からない。ただ、薄っすらと浮かび上がったカリスの驚いたような表情を見るに、自覚している以上に私は逸脱した道に足を踏み入れているのだろうと感じた。


「ゲネシス……」

「とにかく、今日は帰ってくれ。長生きしたければ、私に構うんじゃない」


 出来るだけ突き放すようにそう言い放てば、影の中に薄っすらと見えるカリスは静かに俯き、そのまま暗闇の中に飲み込まれていった。

 このまま、通報されてもおかしくない。そうなれば、今日来たような勧誘は、勧誘で亡くなる。それでもいい。神が引き留めたと判断するだけだ。この件で首を切られるとしても、刎ねられるとしても、私に後悔はない。


 ジャンヌの心配は正しかったのだろう。ヒステリアを他人にあげてしまう前から、私は自暴自棄だった。未来を信じているのかいないのか。少しずつ、心が壊れていくことだけは自覚できる。

 もがいてでも勝利を勝ち取ることをソロルが期待しているとしたら、人選を間違っているだろう。なるようになるだけ。聖剣〈シニストラ〉を道連れに、落ちるところまで落ちていくだけ。


 ああ、気持ちは少し整理できた。ある意味で、カリスのお陰だ。ソロルの誘いを拒絶するつもりはない。あとは覚悟だけ。多くを裏切り、剣を血で染める覚悟を抱くだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ