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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 ジャンヌ

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4.新しい騒動

 その話が耳に入ったのは、旅を続けるための消耗品を買いあさった直後の事だった。

 はじめに、ジュルネ教会の修道士やクルクス聖戦士たちが深刻な顔で雑談しているのを目撃した。何かまた物騒な事でもあったのだろうかと他人事のように思っていると、司祭が私を見つけ、慌ててシトロニエ訛りのアルカ語で話しかけてきたのだ。


「もうお聞きになられましたか?」


 穏やかながら切羽詰まったその声に、ただ事ではないことを察した。


「何があったのです?」


 すぐに返答すると、司祭は眉を一気に寄せた。


「また人狼騒ぎです」

「また、ですか?」

「はい、町人がひとり攫われたようです」


 エリーゼが死んだと嘆いていたカリスの姿を思い出し、疑問が浮かぶ。カリスの言っていたことが正しいのならば、ジュルネを荒らす人狼はもういないはずだ。それとも、エリーゼの起こした混乱に乗じて、これまでぐっと我慢していた他の人狼が暴れだしたのだろうか。……あり得る話ではある。


「たまたま目撃者がいたのですぐに広まったようです。これまでは金色に輝く狼だったと聞いておりましたが、今回はすこしくすんだ麦色だったとのことです。単なる誤差かもしれないと最初は納得していたのですが……その、金色の毛皮を持つ人狼の惨殺体が郊外で見つかって……ならばきっと別個体だとみんなが怯えております」

「……麦色」


 嫌な表現だ。馬などのように毛色を表現する言葉が思い当たらない場合、似たような系統の色は黄色だの金色だの目撃者の判断で呼ばれるだろう。麦色もその一つに過ぎない。だが、麦色という言葉は、私の中である人物を思い出してしまって嫌だった。風に撫でられる麦畑のような優しい印象の毛色をした魔物が身近にいるからだ。


 ――まさか、カリスが。


 ここに来るまでに、カリスは人を襲っていないと信じている。私と出会って以降は、ヴィア・ラッテア大渓谷で食ったとカリス自身が主張するラヴェンデル人の女性だけだ。それ以外はグルトン牛だの、リシェス羊だのを与えてきたのだ。


 買いあさった物品の中にだって、カリスのために用意した食料もある。かつて知人の人狼戦士が語っていた記憶を参考に、今度はリール鶏という、高級品種ではないが魔物の口に合うらしい品種の肉をメインに作られた携帯食料を買っておいた。どこででも売っているわけではないが、ジュルネ近辺では代々リール鶏の血統を守り、取り扱っている家があるそうで、人狼戦士たちもジュルネに立ち寄った際は必ず買うそうだ。ここからディエンテ・デ・レオンまで近いとはいえ、忘れずに買っておいた。


 しかし、思えばジュルネ近辺からはまともに肉を与えられていなかったような気がする。カリスが恐らくエリーゼに会っていたせいでもあるだろうし、私の意識も甘かったこともある。物事には頃合いというものもある。今更用意したところで間に合っていないという場合もあるだろう。


 単なる憶測かもしれない。だが、とても怖かった。

 人狼の亡骸の正体はエリーゼに間違いないだろう。カリスが嘆いていたこともある。しかし、新たな目撃情報の人狼がカリスであるとは限らない。人の住む町には必ず人狼の一族がいるものだ。ジュルネだって人間のふりをしながらひっそりと暮らす人狼たちがいるはずだ。その中の一人が、人狼騒ぎに便乗して欲望のままに暴れたのだとしてもおかしくはないし、そう信じたい。

 信じたいのに、信じ切れない自分がいた。


「それで、ジャンヌ様が先ほど外出されたのです。新しい目撃情報のあった場所を訪れ、攫われた町人を取り戻せやしないかと……」


 なるほど。まだまだジャンヌには、休息の時間がないらしい。きっと、攫われた町人は諦めるしかないだろう。だが、そうだとしても、ジャンヌの仕事は終わっていない。人々は求めているのだ。町人を攫った人狼が二度と町を荒らさないと分かるまで、彼女は落ち着くことが出来ない。


「そろそろ日も暮れますね。ジャンヌを手伝ってきます。荷物を預かっていて貰えますか?」


 本心では、彼女と話がしたかった。カリスが犯人なのかどうかも確かめなくては気が済まない。


「かしこまりました。責任もってお預かりしましょう。主の導きがあなたをお守りくださいますように」

「……有難うございます」


 失礼のないようにとだけ気を付けて、あとはさっさと行動に移してしまった。ジャンヌの向かった先はジュルネ教会からさほど遠くないらしい。だが、急がねば日が落ちてしまう。人間でしかない私には、匂いを嗅ぎ分けることも気配をたどることも出来ない。だから、ジャンヌが移動するよりも先に見つけなければならない。しかも、夜目も利かないのだ。人間としてのあらゆる弱点が、夜の世界を厳しいものにする。その前に、ジャンヌに会わねばならなかった。


 急いだことは正解だった。現場にたどり着けば、ジャンヌは今まさに別の場所へと移動しようとしていたところだったのだ。


「ゲネシス?」


 鉢合わせになるなり、私はジャンヌの腕を掴んだ。


「待ってくれ、ジャンヌ!」


 事件の関係者と思しき二人の男もいたが、その視線を気にする余裕はなかった。


「会ってもらいたい人物と話がついた」

「ゲネシス……その話は、また後にしよう」

「新しい人狼騒ぎなのだろう? 人狼探しには協力者も必要だと思わないか?」


 共にいる男たちが私たちの様子を窺いだす。ジャンヌの方はまた違う反応だった。一瞬だけ困惑したが、今度は困惑とは違う警戒心をあらわに私に訊ねてきたのだ。


「その協力者は、もしかして重要参考人でもあるのかな」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく、町人の安否や居場所も、彼女の協力があった方が早い」


 ジャンヌは静かに肯き、そのまま共にいた町人へと向き合う。


「参考になりました。ありがとう。もういいですよ」


 すると、解放されるなり、どちらも嬉しそうな表情を隠さずに帰ってしまった。物騒なのが嫌でたまらないと見える辺り、犠牲者の親類や友人などではないのだろう。

 彼らの後姿を共に見送っていると、ジャンヌが小声で訊ねてきた。


「何処に行けば会えるの?」

「この騒ぎだ。教会はまずいかもしれない。落ち着いて話すことができる場所があればいいのだが……」

「それなら、西広場の路地裏にしよう。純血の魔物たちだけが泊まることのできる〈一等星プレミエ・エトワール〉という宿屋のちょうど裏側だ。そこで待っていてくれれば、今晩中に必ず行く。彼女にそう伝えて」

「――分かった。すぐに伝える」


 ジャンヌは素っ気なく先に行ってしまった。さて、問題はカリスだ。影にいるのならば、今の会話を聞いていただろう。ジャンヌの姿が見えなくなるまで待ってから、私は周囲の影に向かって話しかけた。


「カリス、いるか?」


 返答はない。困ったものだ。呼ぶ声に耳を傾けておいて欲しいと言っていたのに。


「カリス、何処にいる?」


 あまり大声を出すわけにもいかない。小さな声で、その名を呼びながらさまようこと少し、ようやく影の蠢く気配が現れた。


「どうした、ゲネシス」

「何処へ行っていたんだ」

「アマリリスを監視していた。眠りから覚めそうだったから」

「ジャンヌと話がついた。〈一等星〉という宿の裏側。西広場の路地裏に、今晩中に訪れるそうだ」

「ジュルネ教会ではないのだな」

「お前……」


 耐え切れず、私は影に向かって訊ねた。


「知っているか。この町でまた人狼騒ぎがあった」


 しばしの沈黙が流れた。その表情がこちらから見えるわけではない。なんと答えるのか、なんと反応するつもりなのか。半信半疑の私の眼差しにカリスは気づいているだろうか。答えは分からない。分からないままだった。


「……さっそく約束の場所に向かうよ。待っていれば、いつかは来るんだろう?」

「カリス」

「すまない、ゲネシス。その話は、ジャンヌにでもするよ」


 そして、あっさりと彼女の気配は去ってしまった。すぐに追おうとしたところで、影道に逃れた人狼を並みの人間が追えるわけがない。どんなに優れた戦士であろうと、鍛えられていようと、生身の人間が何の助力もなしに馬の足に勝てないようなものだ。結局、カリスの去った場所を空しく見つめることしか私にはできなかった。


 浮かんだ疑問は解消されないまま、頭の中でぶら下がって揺れている。カリスがまたジュルネの人を襲ったのかどうか。生きるためならば仕方ないと思ってきたが、この度の騒動では、擁護しきれなくなるかもしれない。

 だが、ジャンヌに託すと決めた以上、私が深く関わるべきではないかもしれない。そんなもやもやとした思いを抱えながら、一度、教会に戻ることにした。

 まずは預けた荷物を引き取ろう。

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