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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 ジャンヌ

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2.ジュルネ教会にて

 休暇中だと述べたところで、リリウムから来たアルカ聖戦士という身分は錆び付いたりしないものだ。ジュルネ教会の司祭は非常に丁寧に接してくれたし、何やら期待しているような眼差しを何度も向けてきた。

 どうやら、この度の人狼騒動ではジュルネ教会の修道士なども犠牲となってしまったそうで、教会に仕える者たちの中には、犯人である人狼を憎み蔑むような態度も見て取れた。


 ならば、カリスの件を伝えるのは相応しくないだろうか。カリスがもしもクリケットの証言したような疑惑がなく、全く毛色の違う人狼ならば、むしろ紹介するのはいい結果に繋がった可能性もある。というのも、不安な時ほど人間は不思議な能力を期待するものなのだ。人狼の被害で人狼に頼るのは、野犬の対策に番犬を飼うようなものだ。人狼には人狼。ジュルネを荒らしまわる人狼の代わりに、味方の人狼が居た方がいいという意見もあったらしい。


 しかし、派遣されてきたのは純血の人間戦士であるジャンヌだ。ジュルネ出身とだけあって、その帰郷を素直に喜び、労わる者もいたが、純血の人間――それも女性戦士とあって、中には露骨に残念がる者もいたらしい。

 ジュルネ教会の談話室にて向かい合いながら、他ならぬジャンヌがひっそりとそう教えてくれた。久しぶりに見る旧友の姿はあまり変わっていない。


「どうやら、ここの人たちは私の帰郷よりも、君の訪問を喜んでいるみたい。……仕方ないかもしれないけれど」


 ため息交じりにそう言う。本心ではちっともそう思っていないことがよく分かった。


「そうかな。ジュルネの人々は忙しすぎて知らないのだろう。私は出先でよくジャンヌの噂もよく聞いたけれどね。【人狼退治の女戦士ジャンヌ】といえば、人狼被害に悩む人間たちならば誰もが知っていると思っていた」

「噂は噂だもの。それに、私はそういう玉じゃない。グロリアとは違う」

「グロリアも君もそう変わらないと思うけれどね。たしかに、彼女と比べるならば、君はもっと……親しみやすい所があるかもしれないけれど」


 どうやら私は誰かを慰める事はそんなに得意ではないらしい。言葉を見つけて慰めても、満足に庇えた気になれない。案の定、今回もジャンヌの心にうまく寄り添えた気にはならなかった。下手な言葉で慰めるぐらいならば、この件には沈黙した方がいいだろう。ならばいっそのこと、無神経な友人で居た方がいい。


「風の噂で聞いたよ」


 ジャンヌを横目で窺えば、澄まし顔で何処か遠くを見ていた。


「アルカ聖戦士を退任するという話は本当か?」

「……兄さんがね、縁談を持ってきたらしい。両親はどちらも私がしたいようにすればいいと言っていたけれど、一度、話し合おうという手紙が来た。今回は帰省も兼ねていたの」

「そうか……相手は?」

「とてもいい家柄だそうよ。兄さんが知っているかは分からないけれど、相手は〈黄金の林檎〉と呼ばれる魔女や魔人の名家なんだ。カンパニュラ出身者も何人かいたよね」

「魔族のもとに嫁ぐのか……?」

「相手としては戦士に相応しい血を求めているようだね。魔族だろうが魔族以外だろうが、それこそ、〈黄金の林檎〉同士であろうとも、生まれる子どもたちが〈黄金の林檎〉を必ず受け継ぐとは限らないんだって。だから、人間相手でも別に構わないみたい。紹介された人のお兄様は、半人狼の方を嫁に貰っているそうだよ」


 他人事のようにジャンヌは語り、ふうとため息を吐いた。


「いっそ、私も人狼や魔女の血を引いていたらな……」


 どこか上の空といった様子だ。

 人狼や魔女か。彼らの話を今からするというのに、妙に緊張してしまった。


「ジャンヌ……その人狼や魔女に関する話なんだが」

「何?」

「まずは、人狼の話をしようか。此処に来るまでに、人狼の女性を保護したんだ。もともとは人食いだが、まともな道に進みたがっている。協力してほしいんだ」


 すると、少しだけだがジャンヌは警戒心を表情に浮かべた。


「まさかとは思うけれど、ジュルネを荒らしてきた犯人じゃないでしょうね?」

「違う……」


 すぐに否定して、少しだけ悩んだ。

 クリケットは言っていた。ジュルネを荒らしている犯人がカリスの知り合いかもしれない。それについて、カリスの言葉はまだ聞いていない。クリケットと別れて以降も、カリスは妙にあわただしく、落ち着いて話す機会もくれなかった。今も、私に一切話しかけてくる気配がない。もしかしたら、何処かに行っているのかもしれない。

 この話をジャンヌにするべきか。いや、今はやめておこう。カリスから直接、この件のことを聴くまでは黙っているべきだろう。


「彼女はおれとずっと旅をしてきた。ジュルネの町に入ったのも同じ時だ。騒ぎはもっと前からあったと聞いているからね」

「……そう。ならよかった。さすがに、この騒動。それに、教会の人も殺されている中で、犯人を庇えというのは無理な話だもの」

「ああ、だが、関係ない人狼ならば大丈夫だろう? 可能なら、おれの代わりに彼女をリリウムに連れ帰ってほしい」


 ジャンヌの反応は、あまり良くなかった。不思議そうに私の顔を覗き込み、訊ねてきた。


「どうして私に頼む必要があるの? 一緒にリリウムまで帰るか、ディエンテ・デ・レオンまで連れて行けばいいのに」


 真っすぐ問いかけられ、答えに詰まってしまう。

 ただ疑問に思って訊ねてきたというだけの態度ではない。こちらが何かを隠しているときに、目敏く見つけてしまうのが彼女の特徴だ。危険の多い人狼退治を主に任され、そのまま数年生き延びてきているということを、もっと重く見るべきだっただろうか。


 もちろん、自分が変な頼みをしていることは分かっている。休暇中とはいえ、一度保護すると決めた人物を、昔馴染みとはいえ他の戦士にあっさりと託すなんて、アルカ聖戦士としての自覚や誇りを疑問視されることでもある。

 しかし、今の心情であまり長く教会の者たちと会話をすることが辛く感じてしまうのだ。信仰に迷いがあるせいだろうか。後ろ髪を引かれるようなこの思いの正体が分からない。頭ではこうするべきだと思っていても、本心のどこかが悲鳴をあげてしまうのだ。だから、助けが欲しかった。そんな気持ちもある。


「そういえば、大切な人が亡くなったって、手紙で言っていたね」


 囁くように声を掛けられ、恐れることなく素直に答えることが出来た。


「ああ、親しい女性と、その弟をね」

「ちゃんと読んだよ。人狼被害に、北の地の偉大なる魔女。人狼は退治できたけれど、魔女の方は……偉大過ぎたって」

「おれは彼らを……助けられなかったんだ」

「自分を責めないで。世界は広いもの。どうしても、どんなに頑張っても、聖剣の切っ先が届かない場所だってあるものだよ。……だから、休暇を取ったのでしょう? でも、愛馬まで手放すなんて、少し変だよ。ヒステリアは自分にはもったいないほど大事な馬なんだって言っていたじゃない」


 長旅に馬なしなんて、確かに妙だったかもしれない。


 ヒステリアは長く私の移動を支えてくれた名牝だ。クラウン種の馬は一頭一頭が非常に高価なうえ、気位も高い。ヒステリアもまたそんな馬で、振り落とされたことも何度かあった。そんな彼女だが、別れはやはり辛く、手放すと決めた時も何度も私の顔を窺ってきた。

 心配はいらない。長年の相棒だった彼女は、私以上に馬を愛している別の戦士に譲ったのだから。


「ヒステリアなら、今頃きっと新しい主人のもとで幸せに過ごしているだろうよ」

「勿論、彼女の今後の馬生については悲観していない。君の人選は正解だよ。リリウム教会のすべての聖戦士の中でも馬を愛する心では負けないような人だって聞いている。でもね、私は……ヒステリアの心配をしているわけじゃないの」


 ジャンヌの眼差しがこちらをじっと捉えてくる。


「なんだか、君のことが心配なんだよ、ゲネシス。孤独さが君の心を蝕んでいるんじゃないかって私は思ったんだ。真面目な君の事だ。教会から譲り受けた名馬を、個人的な事情で疲労させたくないと考えたのならば、納得もいくさ。でもね、それにしては引っかかる。だったら、預けるか貸し出すだけでいいのに、どうして大事な馬を譲ってしまったんだろうって。まるで、二度と休暇から戻らないつもりなのかって思えてしまって――」

「ジャンヌ」


 それ以上、聞くのが怖くなった。実際に面と向かって喋るまでは、それとなく相談したいことがあったのに、情けないものだ。心配そうに見つめてくる彼女の眼差しは、想像していたものとは違って、怖さを感じたのだ。


「気遣いは嬉しい。だが、心配してもらうほどのことはない。ヒステリアのことは、現実的に判断しただけだ。おれはもう……誰かを養うということはないと思う。だから、死に物狂いで世界を駆け巡る理由もなくなった。でも、それだと、ヒステリアの能力がもったいないだろう。彼女は多少気性が荒いが、聖馬に違いない。共に暮らしたおれだから分かる。世界を駆け巡る理由があって、馬を愛しているような未来ある戦士の隣こそ、相応しい」


 笑ってはみたのだが、それすらもジャンヌは心配そうに見つめてきた。どうやら、私は演技が得意ではないようだ。そういう道に縁がなくてよかった。今以上に、惨めな思いをするだけだっただろう。


「……そう」


 だが、ジャンヌは苦い表情を浮かべたまま、首を振る。どう思ったかはともかく、探るような眼差しはそのままで、実際には探ってこないまま受け止めてくれた。


「いまの君の気持ちは分かったよ。なにより、一度引き受けた依頼を、あっさりと私に回すなんてこと、君にしては珍しい。それだけ……疲れているってことかな」

「この頼み、引き受けてくれるか?」

「どうしても、って言うのなら引き受けよう。カンパニュラで一緒に過ごした仲だもの。でも、ゲネシス、気になることがある。そのご婦人は君に助けを求めたんだよね? それなら、彼女だって、人狼退治で名声をあげた私なんかに託されるのは嫌なんじゃないかな」

「彼女はきちんと説明すれば話の通じる人物だ。一度会ってみれば分かる。心配せずとも、彼女もアルカ語を話せるから」

「――分かった。それなら会ってみよう。……で、肝心のその女性は?」


 ほっとしたのも束の間、忘れかけていた悩みを思い出し、頭が痛くなる。

 せっかくジャンヌがその気になってくれたというのに、カリスときたら一体どこをほっつき歩いているのだろう。まさかとは思うが、この町の人間を襲っているのではないか。残念ながら、あり得ない話ではないから、それだけに恐ろしい。


「何処かに行ったきりだ。向こうにも話をつけてくる」

「そう。じゃあお願い。話が通じたら、また教えて」

「有難う。そうするよ……」


 礼を言ったものの、ジャンヌは腑に落ちない表情のままだった。それについては何も言わないでおこう。カリスのことさえうまく片付けば、あとは少しだけだ。


「それで……魔女の話は?」


 そう訊ねられ、すぐに肯いて答える。


「〈赤い花〉だ」

「〈赤い花〉?」

「ああ、〈赤い花〉の魔女がこの町に入っている。人狼殺しの性を抱えているから大半の人間は襲われないだろう。だが、人狼と戦う性質は危険だ。それに、クロコ帝国を敵に回している可能性が高い。貴重な血を絶えさせることがないように、保護すべきだろう」

「人狼狩りの〈赤い花〉か。最近、ちょうどそんな話を耳にしたところだった。私がアルカ聖戦士じゃなくなっても、人狼の数を調整する別の存在はいくらでもいるんだって、そう思ったところだった。もっとも、その魔女は獲物の善悪を問わないそうだけれど」

「アマリリスという名前だ。ジュルネ教会の者たちにも伝えておくべきだ。ディエンテ・デ・レオンに向かっているそうだから、そこで待ち伏せて捕らえたらいい」


 自覚していたよりも愛の乏しい言葉に、我ながら驚いてしまった。同じように、ジャンヌもまた意外そうな顔をする。

 やはり、わが友が心配している通り、私はだいぶ疲れているらしい。だからこそ、こうして律儀にもディエンテ・デ・レオンを目指しているのかもしれない。


「――物騒なことを言うね、ゲネシス。クロコ大帝が実際に彼女を捕らえるかどうかもまだ分かっていないのでしょう?」

「分かってからでは遅い。それに、善悪を問わない人狼狩りだ。おれが保護している人狼も狙われていて困っているんだ」

「そっか。それなら分かったよ。私の方からも教会の人たちにそれとなく伝えておく。たぶん、願ってもない機会だと思うから」

「願ってもない機会?」

「小耳にはさんだ話だと、リリウム教会の関係者と思しき人物がマグノリアの地下街を頻繁に訪れているそうだよ。〈赤い花〉の子どもが売買されているという花市のある場所だ。今のマグノリアでは違法ではないから取り締まれない。対話で解決しようとしているらしいけれど、本心はそこが目的ではないのだろうね」


 リリウム教会は二面性があるものだ。マグノリア王国との対話だって、表向きは可哀想な境遇の聖女の末裔を救いたいというものだろうが、裏には彼らのもつ神秘性と影響力の期待があるだろう。


 リリウム教会に二面性があるように、私にも二面性がある。偽りの仮面をかぶっているわけではなく、どちらも本心だ。欲望と感情、その全てが日に日に混沌としてきている。

 愛のせいなのか、身勝手さのためなのか。いいや、この混乱はたった一つの心の要素から出来ているわけではない。これまでに溜め込んできたありとあらゆる感情がぶつかり合い、そのまま一緒になってしまっている。

 だから、親しい者に気遣いたいというこの思いも、全てを無に帰したいという過激な思いも、どちらも私にとっては嘘ではなく本当のことなのだ。きっと、私の心は殆ど決まっている。あとひと押し、何かのきっかけが欲しいだけだ。しかし、その一方で、狂いきれない部分がある。その証拠が、この言葉なのだろう。


「何が目的にせよ、あの〈赤い花〉は教会がしっかり持っていた方がいい。もしもの時の備えになる」


 私自身、何を信じて、どう在りたいのか、決め切らずにいるみたいだ。そんな心境までもを見透かす力は、さすがのジャンヌにもないだろう。


「そうだね。その件に関しても、もっと詳しく話をしよう。……今後、時間はある?」

「ああ……明日か明後日にはここを発つつもりだから、それまでなら」

「分かった」


 そう言って、ジャンヌは腕を組み、その目から鋭さを少しだけ抑えた。


「ともあれ、君とこうしてまた会って話が出来てよかった。出発までにさ、仕事以外の話も出来たらいいね。昔みたいに思い出話に浸りたいよ」

「そうだね。おれもぜひ、そうしたいところだ」


 その時には、もっと具体的な相談が出来るだろうか。本当はここで、もっと踏み込んだ相談をするはずだった。彼女と死霊についての話をしたかった。

 だが、ここに来て、友に怯えてしまうとは。こんなにも自分は弱い人間だったのか。とても腹立たしいことだが、どんなに自分を攻めたところでうまく言葉にまとまらない。

 これではだめだ。日を改めよう。

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