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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
7章 グリス

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9.同行者

 シルワ大聖堂およびインシグネ御殿を発つまでの間、カリスは結局目を覚まさなかった。動けぬ彼女の身柄はフィリップ達に預けることとなった。時期を見て、ここヨクラートル館に運ぶ予定だとも聞いている。

 都までの帰りはとても速やかなものだった。カエルムの険しい聖山と比べるならば、聖森の道のりはやや優しい。ルーナも黒豹姿で歩いたため、行きよりもかなり早くに移動することが出来た。

 時折、目にする一般巡礼者道では、行きの頃よりも人の数が減り、見張りの数が増えていた。また〈果樹の子馬〉の明るい笑い声もあまり聞こえず、静かすぎたことがやけに印象に残ったものだ。


 シルワの都にたどり着いてみれば、心なしか旅人が少なく感じられた。よくない噂が浸透しているのだろうか。住人たちの様子もどこか不安そうに見えてしまう。

 フーフとシフレは案内を終えるとすぐさまシルワ大聖堂へと戻っていった。大聖堂およびインシグネ御殿では、朝からジブリールへの聴取が行われている。彼女の体調を考慮した結果、結局、私たちは直接会うことがかなわなかった。


 カルロスのみぞ知るその白い天使の様子は、かつてカエルムの山で見た威厳あるものとは程遠かったらしい。カルロスが見聞きしたものは、ジブリールの口から語られる恐怖と苦痛、そして自分が今、シルワの聖地にたどり着いたのだと知った直後の彼女の安堵した表情だったという。

 ジブリールは自分からジズの気配が消えたことに驚かなかったらしい。そのままもう一度、眠りに落ちてしまったそうなので、カルロスはそれ以上、彼女の証言を知らない。彼女から聞き出したことは後々に何者かが運んでくることになっている。カリスの力が戻ったあとも同様だ。


 ――大丈夫よね、カリス。


 目を覚まさなかったせいだろう。気持ちが落ち着かない。これから何かしらの攻め込みがあるだろうシルワにて、カリスは無事でいられるのか。


「アマリリス、大丈夫?」


 心配そうに訊ねてきたのはルーナだ。

 聖森より戻り、ヨクラートル館の広い談話室に待機させられたまましばらく経つ。早く客間に戻って眠りたいところだが、会ってもらいたい人がいるらしい。ウィルと共にいるらしいその人物を、カルロスは司教と一緒に呼びに行った。

 ニフテリザは少し離れた場所でヴィヴィアンたちと何やら熱心に話し込んでいる。ブランカと従者たちも同様だ。私はルーナと二人、長椅子に座ったまま、気を利かせた修道女の淹れてくれた香りのいい茶を飲みながら心を静めていた。


「大丈夫よ、ルーナ」


 眠いのは確かだが、今すぐどうかなりそうって程ではない。


「あ、そうだ。あのね、わたし、〈果樹の子馬〉になれるようになったんだよ。ちょっと見てくれる?」


 そう言って立ち上がり笑顔を浮かべる愛らしい隷従に、私は微笑みかけた。心配せずともここは関係者以外立ち入り禁止となっている場所だ。レスレクティオ教会でのことが尾を引いているが、ここでルーナが〈金の卵〉としての力を発揮しても大丈夫だろう。


「見せて」


 そう言ってやると、ルーナは嬉しそうに机や長椅子から離れた。周囲に何もないのを十分確かめると、両手を挙げて力を抜いた。途端に、彼女の姿は人間らしい少女から漆黒の〈果樹の子馬〉らしき姿へと変わってしまった。下半身は子ヤギのようで、頭には小さな二本の角が生えている。普段より愛らしいのがルーナだが、〈果樹の子馬〉になった姿はさらに可愛らしく感じるものだった。


「どう?」

「素晴らしいわ」


 手を合わせて褒めてやれば、ニフテリザ達もいつの間にか私たちを見つめており、同じく讃えてくれた。ルーナは自慢げにお辞儀をすると、調子に乗ったのか〈果樹の子馬〉の姿でぴょんぴょん飛び跳ねだした。


「えへへ、凄いでしょう? 次はカエルムの鳥人さん達みたいにお空を飛ぶ練習をするんだ!」


 と、両手を広げたその時、急にルーナの背後にあった扉が開かれた。小さく悲鳴を上げて走り去る彼女を、入室してきた女性が驚いた表情で見つめる。逃げるルーナの動作で生まれた風が、彼女の鳶色の髪をふわりと揺らした。逃げていくルーナの動きを追うその濃褐色の眼は、獅子の目のように輝いている。

 闇夜のような色の制服に施された紋章を見て、理解した。アルカ聖戦士だ。彼女が何か口にするより先に、ウィルとカルロスが入室してきた。


「待たせてすまない。少し報告が長くなって」


 カルロスがそう言いながら入り、ルーナに目を止めた。


「おや、仕方ないなあ。確かにうまいが、そういうのは客間でやって欲しいところだよ」

「……ごめんなさい」


 しょんぼりしながら普通の少女の姿に戻るルーナを見て、アルカ聖戦士の女性は何かを納得したように表情を緩め、今度は私の方を見つめてきた。久々に感じるアルカ聖戦士の眼差しは、思っていた以上に威圧的だった。背負っているのは大剣である。女性が扱うには大きすぎる気もするが、平然とした様子からして問題ないのだろう。その聖なる力でいったい何人の魔女を殺してきたのか想像してしまう。そんな私の警戒を見抜いたのか、彼女はふと自らの表情に浮かぶ威圧的なものを意識的に殺してみせた。

 ウィルはそんな彼女の様子を見つめつつ、そっと談話室にいる全員に向かって告げた。


「彼女はグロリアという。カンパニュラ出身のアルカ聖戦士だ」


 グロリア。やはりこの人物だ。カリスと同じくらい大罪人ゲネシスに近い存在の女性。カンパニュラ出身ということは優秀な人材なのだろうとどうしても期待してしまう。ついでに思い出せば、シトロニエ国で殉職したジャンヌの級友でもあったはず。


「グロリアです。今日よりしばらく行動を共にさせてもらいます」


 はっきりとした発音のアルカ語だ。

 ヴィヴィアンたちが恐る恐る立ち上がって敬礼し、ニフテリザもそれに倣う。ルーナはどうしていいか分からずに私のすぐ傍まで逃げてきてしまった。


 どこかぎこちない空気が流れたのち、ウィルがグロリアに話しかける。どうやら、ブランカ達を紹介したいらしい。解散とは言われないので、残念ながら客間に戻って眠るという選択はまだまだ許されないようだ。

 長椅子に座りながらそんなことを考えていると、ルーナが手を握ってきた。その眼はグロリアに向いたままそわそわしている。話しかけたくて仕方ないが、緊張や人見知りもあるのだろう。叱られたという恥ずかしい場面を見られたせいだろうか。はたまた、アルカ聖戦士特有ともいえる威圧感に怯えてしまったのか。

 ジブリールにも話しかけられた彼女が珍しいことだが、グロリアに対しては単純な好奇心に引っ張られないようだった。

 ルーナの手を握りながらその柔らかな感触を地味に楽しんでいると、ニフテリザがこちらに戻ってきた。


「アルカ聖戦士だって。それもカンパニュラ出身の。ねえ、ルーナ、カンパニュラの事を聞いてみたらどう?」


 ニフテリザに訊ねられるも、ルーナは気恥ずかしそうにもじもじとするばかりだった。


「学校の事は、カルロスに聞いたし……」

「そうだね、でも、女子生徒の一日についてカルロスは話せないよ。カンパニュラに通う女生徒はどんな日々を過ごすのか、聞いてみるのもいいと思うけど」

「――ん、うん、そのうち」


 こういう時もあるのかと逆に感心した。それとも、これから生まれる好奇心の助走だろうか。感心したばかりだが、その可能性もあるあたりが油断ならない。

 やがて、グロリアはカルロスたち聖戦士の集団と挨拶をしてから、ウィルに案内されるままに私たちの元へとやってきた。私たちと一定の距離を感じる。美しい人だがその視線はとても凛々しく、勇ましい野獣のようだ。


「グロリア、彼女たちが先程話した協力者です。こちらはアマリリス。そしてニフテリザとルーナ。いずれも聖下の御認めになった方々です」


 ウィルの説明に、グロリアは静かに頷いてから口を開いた。


「噂には聞いておりました。〈赤い花〉の聖女様が現れたと」


 先ほどよりも少しは柔らかな表情をしている。しかし、その裏には切なさのような複雑な心情も見え隠れしていた。


「イグニスで会ったときにゲネシスが教えてくれたのです。これで、無事にブランカ様も聖海で偉大なる聖竜と再会できるだろう、と、その時は微笑みながら彼も言っていました。それがまさか、こんなことになるなんて」


 コックローチの情報を思い出す。イグニスで彼が目にした人物はグロリアの事なのだろう。カリスも目にしたはずだ。彼女の前では活き活きとしていたというが、ソロルと二人きりの時の彼は生気を失ったようだったのだ、と。

 不穏なものを思い出し、それを振り払うように私はグロリアに手を伸ばした。指輪のハマる方の手で握手を求めると、彼女はそれに応じてくれた。


「アマリリスです。これまでの経緯がどうであれ、指輪を受け取った以上は誠意を尽くすつもりでいるのでご安心を」


 やや壁を作ってしまう言葉だっただろうか。心配をよそに、グロリアは目を細めるにとどめた。ニフテリザも相応に挨拶をし、そして、最後にグロリアの視線がルーナへと向く。そこでウィルが付け加えた。


「彼女――ルーナは……その、人間の少女ではないのですが、カンパニュラに通うことになっていて――」

「〈金の卵〉の子に思えますが……」


 グロリアがはっきりと言い当ててしまったので、ウィルは観念した様子で頷いた。


「――ええ、その通りです。アマリリスさんのご協力への感謝として、この子の安全も保障されているのです」

「それで、カンパニュラに?」


 その問いにルーナが恐々と頷いた。グロリアはルーナに視線を合わせ、穏やかな口調で話しかけた。


「初めまして、ルーナ。カンパニュラでは何を学ぶつもりですか?」

「音楽を……その、聖歌を学びたいんです」

「そう。きっと素晴らしい日々になるはずです。私もカンパニュラで学んできたので、気になることがあればお話ししましょう」

「カンパニュラは……楽しい?」


 少しずつだがルーナの方も緊張を解いていく。だが、その問いを受けたグロリアの笑みはほんの少しだけ物悲しくも見えてしまう。その表情に、彼女の級友としてのゲネシスのこと、ジャンヌのことをふと想像してしまった。咎めるべきか、少し迷っているうちに、グロリアは静かに頷いた。


「ええ、学びたい者にとってはとても楽しい場所ですよ」


 その答えにルーナは無邪気なまでに目を輝かせた。その後は言うまでもない。警戒心冴えなくなってしまえば、いつものルーナに戻ってしまう。ここまで好奇心旺盛なマモノに質問攻めにされるとは、臨機応変な態度が求められるさすがのアルカ聖戦士でも思わなかったことだろう。またしても、ルーナが私の元から自立していく。談話室でそんな光景を見守りながら、常に流れる不穏な空気を少しだけ忘れて、嬉しさと寂しさの入り混じった感情を温めた。


 ともあれ、グロリアとの対面はこのような形となった。ゲネシスをよく知る人物。古くからの友人となると要注意人物にも思えるが、こうして派遣されるということは、彼女個人の信仰心や信頼は無視できるほどのものではないのだろう。

 グロリアを含めた面々で向かうイムベルまでの道のりを想像し、そして別れを告げるシルワの今後を想像する。カリスをここに残して旅立つのは心苦しい。色々と話したいことがあった。聞きたいこともあった。それなのに、彼女の目覚めを待たずに旅立たなくてはならないなんて。

 美しい大樹に守られる聖地。我々魔女にとって、とても大事なこのシルワという緑の聖域。君臨するベヒモスの加護が、どうか地巫女やカリスを守ってくれるように祈るしかない。

 レスレクティオ教会の鐘の音が聞こえてきた。こうしている間にも、時間は残酷なまでに進んでいく。

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