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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
7章 グリス

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2.聖森

 地巫女を護るレグルス聖戦士フィリップの容姿はまさに角人と呼ぶにふさわしいものだ。

 角は銀色で仮面は青い。そして、鬣は水色であり、下半身にひっついた馬の胴体は仮面と同じような青色をしていた。尻を隠す鎧より飛び出たその尾も鬣と同色の水色だ。こんな色の馬は見たことがないが、角人にはこういった不自然な体色の者も少なくない。赤だの緑だのオレンジだの黄色だの、天才的な芸術家の頭の中の世界のような彼らの色彩こそが、シルワで楽しめる非日常の一つであった。


 シルワの魅力はそれだけではない。カエルムの時と同様、人間の礼拝者たちにも当然のように受け入れられている人外種族が存在する。カエルムとは違って魔族の一種だが、それ自体は珍しいものたちではない。木霊の亜種だ。植物と心を通じることのできる、世界のどこにでもいる種族である。しかし、シルワの木霊たちは特別に〈果樹の子馬〉という異名がつけられている。カエルムでの〈金の鶏〉と同じような存在だ。彼らはシルワやディエンテ・デ・レオンのティエラの里で繁栄しており、彼らの中から地巫女は生まれる。


 一般礼拝者向けの参道と私たちの歩む関係者向けの参道は並行的に伸びている。そのため、樹木の合間よりその様子はうかがえる。これも、カエルムでの状況に似ている。そこには、カエルムの時のように、案内役を仕事としているらしき〈果樹の子馬〉たちがちらほらと確認できた。

 木霊は異様に小さな体と愛らしい顔という特徴があるが、〈果樹の子馬〉はさらに二つの要素が追加されている。巻き毛が多い髪の毛には花びらのような触角が生えており、さらに下半身は子ヤギのような体になっているのだ。ちなみに二本足である。蹄も生えているが、ヤギではなく馬の形であると聞いている。そのため、子ヤギではなく子馬と呼ばれるのだとか。


 角人の親戚のような姿だが、実際に親戚関係になることも多いそうだ。とはいえ、体の小さな〈果樹の子馬〉では角人の子を産むのに適していないため、過去には出産時の事故も多くあったらしい。

 今では〈果樹の子馬〉の女性に角人の男性が子どもを産ませるのはタブーとなっている。澄んだ空気と健康な樹木がなければ生きていけないデリケートな種族であるため、数も少なく、角人が率先してその血統管理に気を付けているのだとも聞いている。


 それでも、〈果樹の子馬〉たちの愛らしさは世界各地で人気が高い。なかなか聖地に赴けない者たちや、風変わりな欲望に悩まされる人々は、暗黒面に落ちてでも彼らを欲しがってしまうらしい。

 そこは〈赤い花〉とそう変わらない。〈金の鶏〉だってそうだ。〈果樹の子馬〉たちも金儲けに目がくらんだ悪人にさらわれてしまうことがあるらしい。そう言うときに厄介なことが、〈金の鶏〉と違って彼らが抵抗手段をあまり持たないところだ。

 だからだろう。一般礼拝者道には見張りの角人がたくさんいた。遠目であるし、仮面をつけているために、彼らの表情までは分からない。ただ、堅苦しい雰囲気は途切れずにずっと続いているようだった。


「ねえ、アマリリス。何を見ているの?」


 ふと訊ねてきたのはルーナだ。黒豹姿ではなく、少女の姿でいる。担いでいるのは自分の荷物のみで、私の荷物は私が持っている。ちなみにニフテリザはずっと先だ。先頭を進んでは頻繁に振り返るフィリップのすぐ後ろに、ヴィヴィアンたちと共に続いている。

 私たちの後ろはカルロスとブランカたち、最後尾にはフィリップの部下たち――クリニエール、フーフ、シフレの三名が私たちを見守っている。


 どことなく警戒心が漂っているのには理由がある。カエルムの状況がいまだに分からないためだ。私たちだけではなく、レスレクティオ教会も同じだった。私たちがカエルムを出発した旨を伝える連絡はあったそうだがその返信の返信が途絶えたままだという。連絡は鳥人戦士が空を飛んで運ぶ。さほど時間はかからないはずだ。あまりにも不自然なため、つい昨日、人狼戦士のひとりに影道を利用して偵察を頼んだそうだ。

 そうした事情があったからこそ、なんとなく全員に重たい空気が圧し掛かっていた。


 ルーナを除いて。


「一般者道に誰かいた?」

「別に。ただ、〈果樹の子馬〉たちが可愛いなと思っただけよ」


 不穏を隠してそう答えると、ルーナは楽しそうに笑った。


「可愛いよね。わたし、お友達になりたいな」

「あなたなら大聖堂に住む全員となれそうね」


 半ば呆れながら言ってやれば、ルーナは素直に受け止めて喜んだ。この子はこの子で揶揄いがあまり通用しないタイプだとよく分かる。つまりは騙されやすいということ。


 昨日は客間に戻るなり、ルーナに抱き着かれた。

 ニフテリザによれば、稽古場でもずっと落ち込んでいたという。あまりにも元気がないため、叱る気にもなれなかった。ルーナが悪いのか、彼女を好きにさせすぎる私が悪いのか。機会を見て、〈金の卵〉に明るいヴィヴィアンに改めて知恵を貸してもらうべきだろうか。

 そんなことを思いながら慰めの言葉をかけてみれば、ルーナはただ首を横に振って言ったのだ。


 ――わたしが悪かったのでしょう? じゃあ、わたしの事をちゃんと叱ってよ。


 その姿はいつになくお姉さんに見えた。しかし同時に、不安も強く感じた。


 この子の成長をある程度は信じるべきか。

 しかし、信じるにせよ、カリスやヴィヴィアンに忠告された通り、この子のことはもっと常に気を遣わなくてはならない。

 私一人ではいずれ限界が来てしまうという不安もよく分かる。そう考えれば、カンパニュラに預けるのはいいことだとも思えるし、この子のことをカンパニュラに丸投げするのは不安なことにも思えてしまう。


 では、どうするのがベストなのか。本当に、慣れない悩みだ。


「お友達を作るのはいいことですね。ついでに〈果樹の子馬〉たちの文化もお聞きになるとよろしいですよ。カンパニュラでさえも〈果樹の子馬〉のお話が聞ける機会はなかなかありませんからね」


 突如、会話に割り込んできたのは、ブランカの従者であるゾロだった。

 ブランカと同じ血族の青年であり、ゾラとは双子の兄弟。ブエナがその血統の確かさを羨んでいたことを思い出す。その通り、姉だか妹だかのゾラと共にどこか取っ付き難い気品のある人物だ。話しかけられて、思わず怯んでしまうほどである。

 一方で、従者としては唯一の男であることで、どことなく疎外感を感じることもあるらしいという話をいつだったかルーナが聞き出していた。今も、ブランカのすぐそばにいるのはブエナとゾラであり、カルロスはその三名の女性を相手に何やら面白い話をしている様子だ。おそらく、その空気に馴染めなかったと見える。


 聖戦士たちと違って、ゾロは大人しそうな印象も強い。気位が高そうで怖いという印象は、二、三回ほど会話をすれば取り払えるものだが、自分からあまり会話をしてこないタイプと思っていたので、会話に入ってきたのは少し意外だった。

 しかし、ルーナの様子を見て、少し納得する。きっと、私が知らない間に、この子はゾロとの会話も重ねてきたのだろう。


「ゾロも学校に行っていたんだっけ。〈果樹の子馬〉ってやっぱり珍しいの?」


 ルーナが訊ねると、ゾロは笑顔を向ける。


「珍しい、ですね。私が通っていたのはマルの里にあるイルシオン学院の分院です。したがって、学院生もマルの里の住民が多く、我々と同じ一族の人間か竜人がほとんどでした。魔物や魔族の聖戦士の家族が通っている場合もありましたが、〈果樹の子馬〉や〈金の鶏〉のような特定の種族の者とは話す機会もありません。彼らとお会いできるとすれば、ティエラの里やシエロの里の分院に行かねばなりませんでした」

「へえ、そうなんだね。じゃあ、貴重な機会なんだ。えへへ、カエルムでも〈金の鶏〉さんたちのお話聞いていてよかった」


 得意げに笑う少女を、私はすかさず揶揄ってみる。


「そのお話、ちゃんと覚えている?」


 すると、ルーナはさらに胸を張った。


「もちろん! 何ならテストしてもいいよ! そうだねえ、カエルム大聖堂で暮らす〈金の鶏〉さんたちの理想的な一日についてなら自信ある!」


 あいにく、テストをしようにも、私の方が分からない。素直に認めたくはないことだが、どうやら特定の分野において私よりもルーナの方が知識を深めている部分があるみたいだ。まだ総合的に見ればまだまだ私の方がモノを知っているはずだとは信じているのだが、これはちょっと悔しい。


「テストはまた今度ね。それよりも、ちゃんと歩きなさい」

「はあい!」


 元気よく返事をして歩くルーナは、とても機嫌がよさそうだ。いつか、あの子はカンパニュラの学生になる。そうなれば、私の知識を上回ることになるだろう。さすがにカンパニュラの質の高い教育には敵わない。経験豊富なニューラから子ども時代に色々と教えてもらい、放浪をしながら人々の話を聞いてきたわけだが、その経験で得られるものも限りはあるものだ。

 むしろ、ルーナが賢くなるということは望ましいことだろう。私の保護がなくとも、世の中というものを正しく見つめ、生き延びる方法を学ぶ機会は貴重なものだ。〈金の卵〉として初めて学園の生徒になる彼女が、何処まで警戒心を強められるかは分からない。しかし、何も知らないままよりはずっとマシだと信じている。


 それなのに、なぜ、こんなにも暗い気持ちになるのだろう。いまだにカンパニュラのすべてを警戒しているというわけじゃない。ただ、ルーナが日に日に賢くなっていくにつれ、少しだけ昔のことを思い出すのだ。ヴェルジネ村で出会った頃の、何も知らなかった少女のことを思い出して、寂しく、懐かしい気持ちが生まれてしまうのだ。


 おかしな話だ。学問に触れさせたのは私の望みでもあったのに。


「アマリリスさんはカンパニュラには行かれないのですか?」


 ゾロに訊ねられ、ふと思考が止まる。そっと窺ってみれば、他意はないように見えた。ただ単に、世間話をしただけのようだ。少し安心して、素直に答える。


「いかない、ということで仮返事をしたわ。ただ、まだ決めていないの」

「そうですか。何、心配はいりませんよ。どちらを選択するにせよ、ブランカ様のご希望もあります。しっかりサポートしてもらえるようになっているはず」

「イグニスではやけにカンパニュラを勧められたの。……その方が都合もいいのかしら」

「さあ……上の方々のご都合は私にはちょっと分かりません。確かに、カンパニュラは安全な場所だと聞いておりますから、その為かもしれませんね。ただ、気にすることはありません。納得できないまま、勧められるままに行くような場所ではありませんよ。学園は通いたい人のための場所です。牢獄じゃないのですから」


 自信をもってゾロは言った。きっと、高い志のもとでイルシオン学院に通ったのだろう。


 私のしたいようにすればいい。そう言ってくれるのは心強いが、そののほほんとした横顔を見る限り、カンパニュラに留まらない条件として指輪を返した私が、生き延びるためにしなければならない血生臭い事柄について、この人はよく知らないのかもしれない。

 言うつもりはないが、何だか心苦しく思ってしまう。今まではなかった罪悪感だ。これも指輪のせいなのだろうか。これまでの私の在り方が、間違っているような、そんな気がしてしまうのだ。


「どうしました? 私、何か気に障ることでも?」

「いえ、大丈夫です。何でもないのです」


 軽く否定し、改めて行く手を見つめる。

 ゾロと話しているだけで、歩みの苦痛が少々まぎれたものだ。


 いつの間にか、フィリップ達の前方に巨大な建物が見えてきていた。いや、それよりも視線を引き付けるものは、山のような大樹である。二つの建物に寄生するかのように生えているそれは、森の外からはなかなか見えない。歩き続けるうちに、だんだんと見えてくるが、まさか一本の大樹なのだとは思いもしない。こうしてはっきりと見えて、初めて驚いてしまうのだ。

 大樹の根元にある二つの建物。それこそが、私たちの目的地だ。

 あと少し。フィリップ達が先に到達し、待っている。美しいその場所に、足を踏み入れるのは少しだけ楽しみにも思えた。

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