表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
1章 ルーナ
5/199

4.魔女の性

 ヴェルジネ村の近辺。村人たちが入るには物騒すぎる森の中にて、私とルーナは火を囲んでいた。

 発火は私の魔術によるもの。冷え込む森で過ごすには、ちょうどいい暖かさが生まれる。そんな火に当たりながら、私は隷従と化した愛らしい魔物に向き合っていた。


「アマリリス」


 ルーナは子猫のように私に訊ねてくる。


「わたしはこれから何をしたらいいの?」

「私と一緒に来て。カリスを追いかけながら世界を旅するの」

「カリス……あの人狼のこと? どうしてあの人を追いかけるの?」

「それが私の食事だから」


 するとルーナは不思議そうに首を傾げた。

 〈金の卵〉の餌は残飯が主だと聞いている。雑食性ということは、人間が普段食べているものと変わらないのだろう。彼女を飢えさせぬために森の獣を捕らえるのもいいし、木の実を集めてくるのもいい。面倒だが、何故か嫌にはならない。魔術のせいだと自覚できるが、だからといって不快にはならない。それ以上に、ルーナという話し相手が生まれたのが嬉しかった。


 心配せずとも、私はニューラのもとで世間について一通り学んできた。それに、大陸のど真ん中にある大砂漠以西限定ではあるが、人狼を追いかけながら世界各国の様子をこの目で見てきたという自負もある。〈金の卵〉を一人養うくらい、どうってことはないだろう。

 では、ルーナの方はどれだけ世界を知っているのだろうか。少なくとも、魔女である私のことはあまりよく知らないようだ。


「アマリリスは人狼を食べるの?」

「そうよ。正確にはその魂を食べるの。人狼を殺せば私は飢えない。だから、生きるためにカリスを追いかけるの」

「魔女って、人狼の魂を食べる生き物なの?」

「いいえ、魔女だからっていうわけじゃないわ。これが私のさが。魔女の性なの」

「魔女の性ってなあに?」

「魔女や魔人は特定の性に縛られている。その性に従わないと、生きていけない。私の性は人狼殺し。七日に一人の感覚で殺さないとお腹が空いてくる。そのまま数か月でも放置すれば、たぶん気が狂いはじめるでしょうね」


 そして、一年も経たないうちに飢え死にするだろうとニューラに言われた。

 ルーナはじっと私の目を見つめてきた。理解できたのだろうか。驚いているような表情をしている。しかし、しばらく俯いて何かを考えると、再び私の顔を見つめて口を開いた。


「それなら、いっぱい人狼を捕まえないといけないね」


 たどたどしくそう言った。無邪気で残酷な幼子のようだ。


「わたし、アマリリスの為なら何でもするよ。これまでだって、わたしを食べようと色んな魔物が小屋に忍び込もうとしたもの。一晩中扉を叩かれたこともあったの。人狼はちょっぴり怖いけれど、きっとわたしに引き寄せられるはずだよ」

「怖くないの?」

「怖いよ。でも、それでアマリリスがご飯を食べられるのなら、わたし頑張る。ね、アマリリス。お腹空いてない? いつおびき出せばいい?」


 窺うように見上げてくる姿は街で見かける人間の少女と何も変わらない。


 ヴェルジネ村の人々は、この少女の養育に疑問を抱いたりしなかっただろうか。金を貰えるからといって、人々の役に立つからといって、人の姿にもなれるものを、殺し、解体するという行為に対し、疑問を抱くものはなかったのだろうか。

 だが、いたとしてもきっと、口に出せなかっただろう。


 一人は多くの為にあるべし。その言葉は善にも悪にもなる。そんな光景を私は何度も目にしてきた。魔女でも魔人でもない人間が、同胞によって裁かれ、魔として排除される姿を目にしてきた。馬鹿みたいな光景だ。しかし、神は愚かな人々に対して一向に罰を下さないのだからどうしようもない。何より、神の御言葉を代弁するというリリウム教皇がそれを禁じたりしないのだから、どうしようもない。


 ならば自分が賢くあらねばなるまい。私と、ルーナとで生き延びるために思考することをやめてはならない。

 私はルーナの頭を撫でた。髪はとてもさらさらしている。この黒髪は旧友のものによく似ている気がした。ニューラの元で共に学んだ友人の姿が少しだけ彼女と重なった。顔つきは全く違うのに。


「ねえ、アマリリス?」


 愛おしいその目に窺われ、我に返った。


「お腹が空いたときに頼むわ。今はただ休んでいなさい」

「そうなの? ……でも、ここも村の一部なんだよね? ここで休んでいていいの? 皆に見つかっちゃったら大変だよ?」

「まともな村人は近づいてこない。夜の森――それもこんなに奥深くに入り込むような人物は、向こう見ずな旅人か神に背く自殺志願者だけでしょうね。魔物の胃袋を目指している人かも」

「じゃあ、のんびりしていても大丈夫なの?」


 周囲を窺いながらルーナは言う。その表情は怯えたままだ。魔女の言葉を信用していないのだろうか。いや違う。ルーナにとっての脅威は私たち以外の全てだ。

 物言わぬ猛獣だってルーナを狙うだろう。しかし、その昔、聖竜リヴァイアサンの背中に乗って海からやってきた獣たちの子孫ならば、ルーナの変身能力に騙されてくれるかもしれない。人間もその一人。〈金の卵〉であることさえバレなければいいし、そういった者は私が簡単に追い払える。


 問題は別の者。その昔、空より聖鳥ジズの背中に乗って地上に降りてきた魔物たちの子孫と、大地を支配していた聖獣ベヒモスの導きで生まれた獣と魔物の混血児たちならば、ルーナの変身なんて鼻で笑うだろう。

 可愛らしい相棒を手に入れたことに浸っている暇はない。今だって何処からケダモノが見つめているか分からないのだ。ルーナは怯えによってそれを感じ取っている。私もまた、〈赤い花〉の心臓によって感じ取っていた。

 見つめているのは誰か。面白みのない魔物であれば、恐怖しか覚えなかっただろう。今の私は、恐れつつも心の何処かでわくわくしていた。


「アマリリス、わたし、何だか怖い」


 身を寄せてくる隷従を抱きしめる。夜の冷気は厳しい。火に当たっていても、それは変わらない。落ち着いて眠るには人間たちに混ざって宿などに泊まるのが一番だ。しかし、しばらくはそれも期待できない。大切な〈金の卵〉が盗まれた。領主にもこのことは伝わるだろう。そうなれば、面倒なことになる。ヴェルジネ伯領など、さっさと出るべきだ。

 それに、このままクロコ帝国すら出ていったとしても、何も問題なさそうだ。なぜなら、今の私たちを注意深く見つめている気配があるからだ。


「……カリス」


 小屋で読み取ったその名前をそっとつぶやく。一度狙った気配は忘れない。彼女は私を監視しているようだった。ルーカスの仇を取るためだろうか。いや、それならばさっさと来るだろう。

 そうでなく、彼女は私を恐れているのだ。生き延びるために私の姿から目を逸らさない。私が自分を狙ってくることを知っているのだ。なんて愛らしいケダモノだろう。


「あの人が傍にいるの?」


 ルーナが囁いてきた。私はただ笑って、それに応じた。腹は満たされている。誰かの命をいただこうとは思わない。だが、カリスの魂を食べるその日が今から楽しみだった。


 私は狼狩りの魔女。このさがを呪ったことは一度だってない。


「そろそろ眠りましょう、ルーナ」


 答える代わりにそう囁いた。


「塵と闇が私たちを守ってくれるはず」


 子守唄のように言い聞かせた直後、灰色の世界は再び始まった。

 ルーカスを殺したときのような塵。冷たくもない静かな世界は訪れた。魔の血を継がぬものにとっては忌まわしき時であり、魔の血を引く多くの者たちにとっては安らぎの時間である。

 ルーナは私の腕の中で、そんな塵の匂いをかぎ取ると、安心したように喉を鳴らし始めた。温もりと息遣いを感じながら、私もまた安らぎを感じていた。


 久しぶりの感覚だ。誰かと一緒に眠ることが、単純に幸せだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ