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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 エリーゼ

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8.翌朝

 翌朝、町は騒然としていた。

 人々は口々に囁き合い、混乱という病に感染していく。じわじわと広がるのは、噂話だった。

 それは、ずたずたに引き裂かれ、大量の血液が付着した衣服の発見から始まった。昨夜のうちにやられたのだろう。人が殺されていたのだ。その横に落ちていた聖剣。頭髪。体の一部。そして、衣服の特徴から、おそらくジャンヌであるのだろうと分かるなり、人々は一瞬で恐怖に見舞われた。


 誰がどう見ても衝撃的な光景だったそうだ。その有り様は、人間だけではなく魔の血を引く者たちをも恐れさせた。


 やったのは誰か。いまのジュルネの町を騒がせているのは人狼だ。ならば、人狼がやったに違いないという者が大多数だった。

 では、ジャンヌをやったのは、カリスだろうか。少しだけ疑問はあった。ただの人狼がやったにしては凄まじい光景だ。それに、行儀がなってない。人狼というものは普段、人間を攫って命を奪い、物言わなくなってから影道の中でじっくりと食事をするものだ。慎重深く、賢いという自負がある人狼は特にそうだ。カリスもそのうちの一人だと思われる。

 しかし、よくよく考えてみれば、今のカリスはどうだろうとも思った。エリーゼを失ったカリスは気が立っていた。人間を襲うところを目撃されてしまうほどに冷静でなかった。そんな彼女がアルカ聖戦士と鉢合わせれば、必要以上の歓迎をする可能性もなくはない。


 ジャンヌの身体のそのすべてが見つかっているわけではないが、生きているなど到底思えない。きっと食える場所を殆ど喰ってしまったのだろう。となると、噂の内容からして、やはり影道などではなく外で食べたことになる。

 もしかして、見せしめなのだろうか。カリスの考えを読み取ろうとしばし考えてみた。しかし、結局は分からなかった。カリスのいないこの場でいくら頭を抱えても意味がない。それに、私にとってこの出来事の重要なところは、ジャンヌが誰に殺されたのか、というところではない。


 ジュルネの町の人々は絶望している。当然だ。優秀なアルカ聖戦士は殺され、殺した化け物からは誰も自分たちの身を守ってくれない。

 恐らく多忙なクルクス聖戦士たちは期待できないとなると、いつ殺されるかも分からない恐怖が常に隣り合わせの状況で暮らさなくてはならないのだ。

 弱いということはそれだけ罪なことなのだろう。魔女に生まれてよかったと思うのは、せめて強敵に抗う手段が人間たちよりも数多く存在しているという点だった。


 それに、ジャンヌの死は私にとってなんの不都合もない。

 むしろ、好都合だ。これで、誰もカリスを殺さない。カリスに聖剣が触れることはないだろう。これでいい。これでよかったのだ。


 カリスの気配は健在だ。弱っている様子もない。むしろ、健康そのものだ。やはり、ジャンヌを食べたのは彼女なのだろうか。それとも、別の誰かを食べたのだろうか。最後に人間を襲っていたと目撃されたのは昨日だが、その昨日や一昨日よりも、気配が濃いような気がする。

 獲物が元気であることは何よりのこと。エリーゼの魂を消化しきってしまったら、次こそはいただきたいものだ。


 そんな憧れの獲物の気配は今、この町の何処かにとどまっているようだ。もう少し居座ってから去るのか、私の動きをいまも確認しているのか。なかなか分からないところだが、私が動いてから彼女もどうするのか分かるだろう。万が一、ついてこなかったとしても怖くはなかった。一度、気配を覚えてしまえばどんなに離れていても居場所はだいたい分かる。今更、逃げようとしても、無駄なだけなのだから。

 だから、今考えるべきことは、さっさとディエンテ・デ・レオンに行くことだけだった。


「こんな物騒な町、長く居たって意味はないわ」


 宿を去る前に二人に居れば、二人ともそれぞれ頷いた。


「ぜひ、そうしたいね」


 ニフテリザは素直に反応し、ルーナはもじもじとしながら頷いた。


「早く安全なところにいきたい」


 いつもよりも元気がない。そわそわしているのは発情期のせいだろうか。それとも、昨夜、初めて体験したことに、まだ戸惑っているのだろうか。

 きっと気まずいということもあるのだろう。一方で、私は桃花タオファのせいで慣れている。気まずいとすれば、何も知らないニフテリザがいるかどうかという点だけだ。

 とはいえ、いずれはニフテリザも気づくだろう。私が狩りで留守にしている間など、ひょっとしたら知らないうちに……ということもあり得なくはない。


 想像すると少し腹立たしくなったが、くだらない妄想で憤慨している場合ではない。私のするべきことは、この無力な二人をいち早く安全な場所に連れていくことだけだ。


「そうと決まれば、さっさと行きましょう。ジュルネの町を見せられないのは残念だけれど、仕方がないわ。……それに、私たちが移動すれば、カリスもついて来るかもしれない。それだけでも、この町の騒動の殆どは解決するはずよ」


 声を潜めれば、二人とも慎重に頷いた。

 人間たちに心から気を遣っての事ではない。ジャンヌが死んだことは速やかに教皇領に伝わるだろう。そうなれば、送られてくるのは新しいアルカ聖戦士だ。それも、ジャンヌよりも経験豊富な聖戦士が来る可能性が高い。エスカやジャンヌが見逃してくれたからと言って、全てのアルカ聖戦士がそうであるとは限らない。もしかしたら、私とニフテリザは拘束され、ルーナは没収されるという可能性だってある。そうなれば、私たち三人に待っているのは破滅だけだ。

 すぐにでも、去らなければ。


 幸い、町を去る私たちに疑問を覚える者はあまりいなかった。

 女二人に少女一人という危なっかしい組み合わせに心配する人間はいたが、ニフテリザが剣士のふりをし、巡礼のためにディエンテ・デ・レオンへと言えばどうにか誤魔化せた。それに、人狼が怖いからそろそろ去ろうと思うと言えば、誰もが納得した。

 町を去るのは容易だろう。だが、簡単であるがためにニフテリザは複雑そうな表情で人々を見つめていた。


「やっぱりカリスがやったのかな? それとも別の何か?」


 道中、ニフテリザが呟いた。今なお、騒然とする町の様子を見つめ、私とルーナから離れないように気を付けつつも、ため息ばかり吐いていた。


「アルカ聖戦士がやられるなんて……。これから彼らはどうやって身を守ればいいの」

「町にはクルクス聖戦士もいるのよ」

「でも、クルクス聖戦士は要人しか守ってくれない。庶民はどうしたらいい。いつ襲われ、殺されるのか、怯えていることしかできないのか」

「……出来ない。だからこそ、あなたはアリエーテの町を去る破目はめになったのよ」


 魔の血を引く私たちのような存在が、もっと人間を保護しようと協力すれば、ニフテリザが犠牲になりかかっていたような魔女狩りという狂気の沙汰は起こらないだろう。

 だが、どんなに教会が啓蒙しても、私刑というものは止められない。かつてはその教会すら先導してやっていたようなことであるし、地方の教会の者たちが騒動の中心であることだってある。

 それでも魔の者たちが寄り添わないわけは、私たちもまた怖いからだ。集団と違うということはそれだけ身を滅ぼしかねないこと。思わぬトラブルで人生を狂わされるくらいなら、他者を見捨てて生きる方がいい。私が危険を冒すとすれば、それは自分自身の為か、ルーナの為か、いまはもう友となったニフテリザの為だけだろう。


「……怖いことだね」


 ニフテリザは言った。


「弱いってことは、そんなに恐ろしいことなのかな。きっと、誰かに守ってもらうだけだからなのかな。敵わない相手がいると思いながら生きてくのは怖いもの」

「そうね。確かに、怖いことよ」


 同意しつつも、内心では笑みが漏れていた。

 だって、カリスは生きているのだもの。死んだのはジャンヌだけ。素晴らしくないわけがない。戦いたくない相手に獲物を奪われるということは、かなり腹立たしいことである。だからこそ、私は嬉しくて仕方なかったのだ。


 カリス。あなたは大地に愛されている。

 本当に、素晴らしい人狼だ。運があなたに味方している。

 私の忠告など、本当に余計なお世話だったのかもしれない。


 食べ物に過ぎないと甘く見ていた。もっとか弱くて、食べごろまで大切に守っておかねばならないと思い込んでいた。

 しかし、違うようだ。そういえばこれまでだって、彼女は果敢にもルーナを奪おうとしてきた。ニフテリザも狙おうとした日もあった。私からエリーゼを救い出そうともした。そして、アルカ聖戦士であるジャンヌに命を狙われた。


 それなのに、彼女は無事なままだ。今もこの町の何処かに隠れている。うまく自分の身を守り、生き続けることに成功している。


 素晴らしいことだ。素晴らしい運だ。

 だが、その運すらも私が絞め殺してやろう。毛皮を剥ぐための方法も考えてある。気付けばいつもカリスをいかに手に入れるかということばかり考えていた。

 カリスだけは《切断》ではなく《緊縛》を使うつもりだった。綺麗な毛皮を傷つけないためだ。手に入った毛皮はきっと私とルーナを冷気から守ってくれる心強い味方となるだろう。そうなれば、魂を消化してしまったあとも、ずっとそばで彼女の存在を感じられる。それが楽しみだった。


「アマリリス、待って」


 ルーナの声に歩みが止まる。無意識に歩みだしていた私を、ルーナとニフテリザが追いかけてきていた。

振り返れば、混沌とした町の絶望が視界にはいる。この町ともおさらばだ。

 カリスの気配にも動きが生まれていた。私を恐れて追うのをやめるか、憎んでついて来るか、どちらか分からない。だが、どちらだったにせよ、彼女は私から逃げられない。ニフテリザをディエンテ・デ・レオンの安全な場所に送り届けたら、次なる目的をカリスに定め直せばいいだけのこと。


 やっと追いついたルーナに腕を掴まれた。ニフテリザも周囲を窺いつつ、それ以上、ジュルネの町に哀れみを向けることはやめるようだ。

 二人を連れて、向かうはシトロニエ国の外。ディエンテ・デ・レオンの入り口となるマルの里。ジュルネの町を抜ければ、そう長くはかからない。カリスもついて来ると嬉しいものだ。

 次に足を踏み入れる獅子の牙の王国は、はたしてニフテリザの為の新天地となるだろうか。そして、同時にカリスの死地となるだろうか。

 ずっととっておいた最高の食材を味わう瞬間が、楽しみで仕方がなかった。

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