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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 エリーゼ

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7.眠れぬ夜

 ベッドの上に横になってしばらく、ニフテリザもルーナもすっかり眠ってしまったようだった。

 さっきまで、ルーナは眠りにつけず、何度も話しかけてきた。我がままになってしまったのは私の躾のせいだろうか。はたまた、これが本来のルーナなのだろうか。どちらにせよ、少しずつ付き合い方も分かって来たかもしれない。相手にしない私に飽きて、ルーナは眠ってしまった。眠ってしまえば寂しいほどに静かだ。だが、おかげでゆっくりと思考することが出来た。


 真っ先に頭に浮かぶのはエリーゼのことだった。会ったその日に手に入れた命。私と出会った多くの人狼はそうなる。だが、エリーゼの場合、彼らと比べても少し特別だ。短時間ではあったが、はっきりとこちらに向けられた憎悪がたまらなく愛おしい。そして、エリーゼを手に入れたことでカリスが私への恨みをさらに深いものにしたことに意味がある。


 カリスは怒っているだろう。今はきっとエリーゼの死で憔悴しているが、もはや私を無視することなんて出来ないだろう。ルーカスに続いてエリーゼまで。これで怒らない者がいるはずもない。

 カリスが恨めば恨むほど、私は満足だった。憎悪というもので私たちは結ばれている。お互いに意識を深めることにより、私たちは単なる喰い喰われる関係ではなくなるのだ。

 魔女の性が生きることに退屈しているのだろうか。養母ニューラの教育を忘れたわけではないが、ただ栄養を補給するだけの狩りを私は望んでいないことに気づいている。蜘蛛の糸の魔術は獲物に苦痛を与えないための方法のはずだった。それなのに、エリーゼへの止めに時間がかかり、苦しみつつ恐れるその眼差しに私は興奮していた。


 そんな私は、どんな顔をしていたのだろう。

 ふと、そこで興奮が冷めた。


 次に思い浮かんだのはだいぶ記憶の彼方へと行ってしまった桃花タオファの姿だった。私が性を満たすたびに、血の臭いを感じた桃花は複雑な表情を浮かべた。桃花が好むのは生き血である。そんな彼女にとって、人狼を殺すという暴力的な私の姿は恐ろしかったらしい。また、人狼の虜になる私の気持ちもとうとう理解できなかったようだ。

 しかし、私だって同じだ。吸血鬼でもあるまいし、人の血の味なんて興味がない。連れだした責任からこの身を捧げてはいたが、ナイフ片手にがっついてくる彼女の苦しみはなかなか理解できなかった。しかし、完全に理解する必要なんてない。私たちに必要であったことは、お互いに傍にいることを拒絶しないということだけ。それだけで、私と桃花は絆を深めることが出来た。


 懐かしい。

 気付けば私は以前ルーナに語ったよりもさらに、桃花との日々を思い出していた。


 もう戻らない日々だ。

 ニューラのもとにいれば、今もそんな日々が続いていたのだろうか。そう思うと心が重たくなる。しかし、こんな妄想は無意味だ。時間を戻す魔術なんて知らない。あったとしても、その魔術はきっと身を滅ぼしかねないものだ。


 それに、現状が不満というわけではない。

 桃花は恋しいが、今はルーナがいる。ルーナと一緒にいられるのなら、それでいい。ルーナと二人で旅をして、ニフテリザの居場所を探す。目的のある旅がこんなにも楽しいなんて。ただ食べて寝るだけではない日常そのものが、愛おしかった。

 私が生きている限り、魔術に囚われるルーナもまた生き続けることが出来る。魔女の性を満たし続ければ、魔女は永久に生き続ける。性による飢えに苦しむときだけが、魔女の時計の針が進む時間なのだ。

 昔は桃花と二人の果てしない未来を見つめていたものだった。来ると信じていたのが、二人して生きることに飽きてしまうような未来の光景だったのだ。死霊さえこの世に存在しなければ、本当にそんな未来は訪れていただろう。それなのに、運命は残酷なものだった。


 ルーナとはせめて長生きしたい。生きることに飽きるほど、世界を見つめていきたい。その為には、人狼の犠牲が必要だ。この当たり前を守るためには、人狼たちの命という糧が必要だった。


 エリーゼ。その名前を心の中で呟いてみた。

 兄の仇をとろうだなんて思わなければ、エリーゼは今も生きていただろう。一生、私と出会うこともなく、ただ恨みがあるだけで寿命をまっとう出来た可能性だってあった。それを自分で台無しにしてしまったのだ。

 結局、エリーゼは愚かな娘だった。私にとって、消費されるだけの存在だった。

 カリスの恨んだ表情が忘れられない。私を殺そうとしてくるだろうか。危害を加えてくるだろうか。どちらにせよ、このまま引き下がるとは思えない。これでますます、あの人狼は私から逃れられなくなったはずだから、カリスに逃げられる心配はないはずだ。


 となると、気になる存在が一つ。


 ジャンヌとかいうあの女剣士だ。人狼狩りに自信があるアルカ聖戦士。私を敵視していないのは結構なことだが、カリスを狙っているとなると邪魔な存在でしかない。カリスは大丈夫だろうか。せっかく味を深めておいた獲物を奪われたらどうしよう。


 アルカ聖戦士というものは甘く見ない方がいい。いくら家柄がよくとも、誰でもなれるわけではない職業であるし、聖なる武器を授けられるだけの才知があると認められている証拠だ。

 エスカのように悪事に手を染める者もいるが、善悪と能力のあるなしは関係ない。ああ見えて、ジャンヌだって地元の一大事を一人で任せられるほどの信頼がある人物なのだろう。

 そう考えると、カリスのことがますます心配だ。せっかくここまで取っておき、恨みまで抱かせた面白い獲物なのに、横取りされていいはずがない。せめて、その味は私だけが独占したい。


 しかし、私に出来ることは忠告だけだ。明確に邪魔をしたとなれば、ジャンヌは私を敵視する。そうなれば大変だ。こちらにはルーナもいるし、ニフテリザもいる。カリスを奪われるよりもずっと望ましくない事態に陥ってしまう。だから、歯痒いところだが首を突っ込んではならない。

 では、代わりに私に出来ることは何か。答えは非常に頼りない。ただ祈るだけだった。カリスが見つからないように。もしくは逃げきれるように。もしくは――。


 もしくは、ジャンヌが殺されればいい。


 一瞬よぎった考えに、震えが生まれた。

 冷静さが戻って来て、自分のことがまた忌まわしいものに思えた。

 人狼を狩るのは生き延びるためだ。私が飢えないためになら、手段を択ばずに人狼を追い詰め続ける。自分がそういう魔女であることは否定しない。

 しかし、人間――それも聖戦士に直接手を下すのはどうだろう。見殺しにしてきたことはある。その時点で罪だという者も多数いよう。しかし、わざと殺すというのはまた違う。


 不安になるくらいなら、相手の不意をついて殺しておけばよかったのだろうか。

 違う。そんなことはない。そもそも、アルカ聖戦士に勝てるわけがないじゃないか。


 ため息をつきながら、私は一人、自問自答を繰り返した。


 私はどうありたいのか。どう生きたいのか。ルーナとニフテリザと共に、どんな生き方をしていきたいのか。

 最近、昔はちっとも考えなかったようなことばかり、考えている気がした。


 きっと私は疲れているのだ。

 ルーナと生きるのが楽しいから。ニフテリザと生きるのが楽しいから。カリスを追いかけるのが楽しいから。エリーゼの魂が美味しかったから。


 そうやって、いつまで生き続けるつもりなのだ。

 いつまでだろう。欲を満たし続ける限り、魔女の命は永遠だ。それでも、いつかは終わりが来る。


 桃花が死んだのも急なことだった。死は突然訪れる。私の犠牲になった人狼たちにとってもそうだっただろう。そして、私も同じ。この大地に生まれ落ちたからには、例外などない。私もきっと、いつかは何らかの形で死んでしまう。


 それは一体いつだろう。

 この日常はいつ終わってしまうのだろう。


 考えれば考えるほど、暗闇は深くなっていく。生きることが空しくないか。戦うことが辛くないか。疑問は抱かないのか。様々なことに苦しさを覚えるようになれば、私に訪れるのは破滅であるだろう。

 しかし、それは遠い未来であると信じよう。

 そうでなければ、死んだエリーゼに申し訳ない。この胸、この身体、この魂に刻まれた、エリーゼの悲鳴が勿体ないではないか。私の命を長らえさせるために、彼女は死んだのだ。そう、明日生きる理由は、死んだエリーゼに悪いからだ。食べたものの重みを知り、明日も生きねばなるまい。ルーナを守り、ニフテリザを守り、カリスを捕らえる日を夢見ながら、ちまちま生きながらえていくのだ。


 これでいい。生きる意味を見つけ出した。


 何度も何度も繰り返してきた自問自答だが、非常に大事なことである。こうしなければ、私は忘れてしまいそうになる。生き続けることを放棄してしまいそうになる。長く生きた魔女が陥る精神の病だ。気づかぬうちに手遅れになり、魔女の性を満たすことを放棄してしまうのだ。


 それではいけない。私が生き続けなければ、ルーナはどうなる。ニフテリザはどうなる。

 私は生き続けなければいけない。私は生き続けなければいけない。私は生き続けなければいけない。私は――。


「アマリリス、寝てる?」


 声をかけられて、我に返った。

 気づけば、ルーナが身を寄せてきている。人間の少女の姿で私の顔を覗き込んできていた。目と目が合うと、ルーナは嬉しそうに笑みを浮かべ、私に甘えてきた。


「変な夢を見たの」


 慰めてと言わんばかりの声に、私はため息交じりに撫でてやった。こうしていると、どちらが主人か分からなくなる。忠誠を誓わせたと思ったが、〈金の卵〉に飼い犬のような性質などないのだろう。

 ルーナは私の身体にしがみついてきた。

 べたべたとくっつくのは主従となって以来ずっと。しかし、近頃はその距離もやけに近い。それは何故か、私もうすうす気づいてはいた。


 〈金の卵〉は繁殖を前提に生産されている。年頃になった雌は十数回繁殖させてから潰すのが各国の常識とされていた。幼く見えるが、ルーナもそんな年頃ではある。

 繁殖は人間や魔女とは違って時期がある。年に三回ほどのシーズン。ちょうど、そんな発情の時期に差し掛かっていることも何となく、把握していたことだった。


「アマリリス……」

「ニフテリザが起きてしまうわ」

「でも……わたし……なんか変なの……」


 ふと窓の外を観れば、塵が降っているのが見えた。そのせいか、ニフテリザの寝息は遠い。悪夢を見ているのかもしれない。塵降る夜に目を覚ますことができる人間は相当、精神力が高い。ニフテリザといえば、剣の腕はだんだんとマシになってきているものの、そこまで強靭な女性ではない。多少、ルーナが甘い吐息を漏らしたところで、目を覚ましたりはしないだろう。

 私はルーナの顔を見つめ、そっと体に触れながら囁きかけた。


「おいで」


 そして、恥ずかしそうに赤くなる我が隷従の愛らしい姿を存分に堪能してから、その願いを叶えてやった。

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