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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
8章 アマリリス

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2.ヴァシリーサの城

 私たちが今歩んでいるのは、城主に招かれた者だけが歩める道なのだろう。死霊たちとも鉢合わせず、ゲネシスにぴったりくっついているだろうサファイアも妨害してくる気配はない。私たちの居場所は城主ヴァシリーサによって徹底的に隠されているらしい。


 しかし、そんな裏道でさえも城内は仕掛けだらけだった。侵入者の首を狙う斧や縄、身体を溶かす酸のシャワーに、毒霧の仕掛け。いずれも魔法の通じない者相手に用意されたもので、直撃すれば、魔物であろうと致命傷は避けられない。それを、隠れた場所から動けずにいるヴァシリーサの助言に従ってアマリリスと共に慎重に解いていった。その間、焦燥感と緊張感でどうにかなってしまいそうだった。


 けれど、恐らく今、もっとも焦っているのはヴァシリーサのはずだ。こうしている間にも、ゲネシスたちは城主の助言なしに仕掛けを突破し、虱潰しにヴァシリーサの居場所を探ろうとしているらしい。その様子もまたヴァシリーサは魔術を駆使して監視しているようだ。並みの魔女ならとっくに仕留められていたかもしれない。だが、今の私たちにとっては幸いなことに、ヴァシリーサはそう簡単に見つかるような魔女ではない。何千年も生き延びてきたということは、そういうことなのだ。


「……でも、いつまで持つかしら」


 歩みを進めていると、ヴァシリーサはふとそう言った。


「禁忌を犯してまで力を手に入れて、それほどまでにわたしを殺したかったのね。彼だけではないの。彼に従っている死霊たちも同じ。皆、わたしを恨んで死んだ人ばかりなの。わたしに大切な家族を奪われて、恨みを残したまま死んだ人たち。大勢の恨みがわたしを捜しているの。途方もなく長い間に蓄積した憎しみが今になって襲いかかってきている」

「でも……それは本人のものじゃないわ」


 ヴァシリーサに対し、アマリリスはぽつりと言った。


「彼らは死霊だもの。本人じゃない。生きているゲネシスはともかく、従っている死霊たちは違うわ。導いている死霊の女王だってそう」

「そうね。あなたの言う通り、死霊は死霊よ」


 でも、と、ヴァシリーサは言った。


「死霊に肉体を与えるその源は本物と考えるべきね。死んだ時にこの世に遺した未練や感情。そういったものが、あの世からこの世に現れた死霊たちの行動原理となる。ここに集まった死霊たちはね、大切な家族をわたしから取り返そうとして命を失った者や、諦めたまま悲しみと恨みを残して死んでいった者たちの皮を被っているの。彼らは偽物かもしれない。でも、その想いは本物よ」

「──違う」


 アマリリスは言った。

 必死に否定していた。


「確かに死霊は思い出を吸収している。でも、その人そのものじゃないわ。だって、だって……私の知る桃花はあんな子じゃ……」


 震える彼女にそっと寄り添ってやると、ヴァシリーサは蝶の姿のままじっと私たちの様子を見つめた。そして、何かを悟ったように小さく告げた。


「そう。親しい子が死霊になったのね。それなら、信じられない気持ちは分かるかもしれない。でもね、聖女様。人はたった一つの顔を持っているわけじゃない。他人の知っている顔、自分の知っている顔、自分すら知らない顔、色々な顔があるものなの。今、死霊としてこの世に存在する人たちだって、もしかしたら自分の未練に気づかないまま死んで、気づかないまま取り込まれたかもしれない。そういうことなの。だから、あの人たちは偽物かもしれないけれど、その想いや言動は限りなく本物に近い。それだけは知っておいた方がいいわ」

「じゃあ、あの子の言う事も、本当の気持ちなの……?」


 呟くアマリリスに、私は静かに囁きかけた。


「そう深く考えるな。死霊は敵であって、故人そのものではない。本物に近くたって、偽物は偽物だ。本物の桃花は君の中にいるはずだ」


 気休めでしかないと分かっていても、声をかけずにはいられなかった。

 アマリリスはそんな私の言葉に軽く頷くと、あとは黙ってヴァシリーサについて行った。ヴァシリーサはそんな私たちの会話には口を挟まず、続けて語った。


「死霊たちが本物か、偽物か、あなた達と議論するつもりはないわ。でも、ここに来た死霊たちのわたしへの殺意は本物よ。その恨みは、かつてわたしが撒いた種でもある。これまでだって死霊がこのお城に近づいて来ようとしたことはあったけれど、ここまで大量に攻め込まれたのは初めて。ここまで追い詰められたのは……ああ、そうだ。あの時のようだわ。わたしが女神でなくなった数千年前のあの時みたい。でも、あの時にわたしを追いやった聖女様が、今のわたしの希望となっているのは皮肉なものね」


 ヴァシリーサの話を聞きながら、私たちは先を急いだ。

 城の何処かしこに存在する仕掛けはいずれも複雑で、ヴァシリーサの助言がなければうっかりかかってしまいそうだ。きっとゲネシスだって条件は同じ。それでも、彼らの歩みが止まらないのは、死霊たちが盾になっているからなのだろうか。


「我ながら惨めでもある」


 進みながらヴァシリーサは言った。


「何千年も生き永らえて、まだ死ぬのは怖いなんて。あいつらが仕掛けを解除して先を進むたびに、わたしは震えてしまう。呪われた剣がわたしの血を吸いたがっている。大勢の恨みや憎しみを背負った彼が、わたしの断末魔を聞きたがっている。捕まれば、きっと楽には殺して貰えないのでしょうね。彼を導く死霊の女王もそれを望んでいる。聞きたいのよ、わたしが惨たらしく死ぬときにあげる悲鳴と命乞いを。わたしの絶望すら、彼女にとっての餌でもある。それに、もはや人間とは言えない彼の餌にもなる。そして、彼らは新しい世界の支配者となるつもりなのでしょう」

 

 ヴァシリーサは鼻で笑い、言った。


「かつて、似たような状況で世界が滅びかけたことが何度かあったわ。正直言って、世界が滅ぼうとどうなろうとわたしには興味なんてない。女神でなくなった日から、わたしは人助けなんてやめたの。だから、人々に力を貸したことなんて一度もなかった。でも、今回ばかりはそうも言っていられない。自分の命がかかっているのだもの。それはやっぱり嫌だ。何千年生きたって、まだまだ生きていたいの。たとえ、多くに恨まれていたとしても」


 彼女の言葉をアマリリスは黙って聞いていた。

 決して、聞き流しているわけではない。かつて自分を狙ったこともある恐ろしい魔女の言葉に思う事もあるだろう。しかし、アマリリスは黙っていた。黙ったまま、受け止めていた。

 そうして、ヴァシリーサの導きに従っているうちに、仕掛けはどんどん解かれていった。ゲネシスたちとの距離も縮まってきているだろうか。進めば進むほど重たい空気に包まれることを実感し、私はそっと覚悟を決めていた。


 そして、何度目かの扉が開かれた時、私たちは異様な場所にたどり着いた。

 大勢の人形が鎮座する、大部屋だった。

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