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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
7章 ニューラ

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6.姉妹の姿をした者

 聖剣に貫かれると、マリナは砂のように崩れていった。

 風に攫われ消えていく彼女は、その後、何処へ行くのだろう。一度、ソロルに囚われた魂は、解放されればもう二度と眠りを妨げられないと言われているが、本当だろうか。

 出来れば、本当であってほしい。

 消えていったマリナのいた場所を見つめながら、私はしばし感傷に浸っていた。

 だが、すぐにアマリリスの声で現実に引き戻された。


「あの子は……」


 振り返ると、彼女は頭を抱え周囲を見渡していた。


「絶対に近くにいるの」

「桃花か?」


 問いかけると、アマリリスは頷いた。

 まるで迷子になった弟妹や我が子を必死に探しているようなその姿に、私もまた夜風のニオイを嗅いでみた。

 すぐに異変は嗅ぎ取れた。


「家の中かもしれない」


 その言葉にアマリリスは青ざめた顔になった。


「ニューラはどこ?」


 そう言って、慌てて家の中へと引き返していった。私も彼女を追いかけた。影の中に入り込み、共に先へと進んでいく。

 ニューラは──夜食の途中だったはずだ。ルサルカの閉じ込められているあの部屋は、あらゆる呪術がかけられていた。入り込めるのはニューラの認めた者だけ。そういう魔術だと理解したが、はたして死霊を退ける力はあるのか。

 疑問と共に進んでいったが、不安は的中した。

 たどり着いてみれば、気配はやっぱりそこにあった。話し声もする。ニューラとルサルカが二人きりで話していたら良かったのだが、そうではなさそうだ。アマリリスがすぐに扉を開けようとした。だが、鍵が閉まっていた。


「ニューラ! ここを開けて!」


 声をかけるも、すぐに応答はない。

 身動きが取れないのだろうか。

 私はアマリリスの影から彼女に囁いた。


「私が先に行く」


 そう言って、返答も待たずに壁をすり抜け飛び込んだ。

 その先に、やはりあの娘はいた。

 桃花は壁際に立っていた。ニューラはルサルカを庇い、かつての愛娘を睨みつけている。その表情に、桃花は不敵な笑みを浮かべている。

 しかし、そこへ飛び込んでいった私をすぐに視線で捉えると、一気に不快そうな表情を浮かべた。


「来たね、人食い狼」


 敵意しか籠っていない声でそう言うと、桃花は私を指さした。


「アマリリスを奪っただけでなく、せっかく蘇った花たちを散らしていった。あなたみたいな狼は大嫌い。皆を返して」


 そう言って、桃花は攻撃を放った。

 とっさに影の中に飛び込み、私はそのまま桃花を狙った。

 幸いと言っていいのか、桃花の攻撃はマリナほどの脅威ではない。聖女と呼ばれたマリナに比べると、桃花の魔法はまさに少女のままだった。見た目だけでなく、中身も子どものままソロルとなってしまったのだろう。

 影からすぐに飛び出して襲い掛かろうとすると、桃花は悲鳴をあげた。その間に、アマリリスが扉の封印をこじ開けて部屋へと入ってきた。


「カリス!」


 私の名を呼んだ直後、アマリリスは魔法を放った。

 その魔法は私の目の前を通り過ぎていく。蜘蛛の糸だ。そこでようやく気付いた。見えない糸が張り巡らされている。どうやら、桃花の罠が知らないうちに作動していたらしい。二つの糸のぶつかり合いに弾かれる形で私は飛び退り、そのまま影道へと逃れた。

 桃花はそんな私を睨みつけ、そして、現れたアマリリスへと顔を向けた。

 アマリリスは無言のまま歩み、ニューラとルサルカを庇う。その影に私は潜みながら、桃花の出方を窺った。


「そっか」


 桃花は言った。


「ここはもう、あたしの家じゃないんだ。せっかく帰って来たのに、ニューラはちっとも喜んでくれない。アマリリスは今もあたしの息の根を止めようとしてくる。せっかく戻ってきたのに、誰も歓迎してくれない」


 淡々と呟く桃花を見つめ、アマリリスは静かに構えた。

 やる気だ。

 同情しないように心を殺し、彼女は指輪の嵌る手を桃花に向ける。かつて自分のせいで死なせてしまったと悔やんだ姉妹。かけがえのない家族だった少女の姿をしたそれを、養母の前で再び消し去ろうとしている。

 ニューラは静かにそれを見守っていた。ルサルカを抱きしめながら、背中を押すように眺めている。魔女である彼女が手を貸すことは容易だろう。しかし、ニューラはただ見守っているだけだった。

 私はアマリリスの影の中で息を潜めていた。指示があればすぐにでも飛び出そう。アマリリスの魔術は桃花に打ち消されるかもしれない。となれば、彼女を桃花もまたマリナのように葬るのが最良だろう。

 しかし、アマリリスは言った。


「カリス、剣を貸して」


 私はすぐに狼の姿のまま影から這い出すと、アマリリスに言った。


「この剣は君には危険だ」


 だが、アマリリスは首を振った。


「いいから、お願い」


 アマリリスに言われ、私は少しだけ迷った。

 ここで断れば、今の彼女は強引に剣を奪うなんてことは出来ないだろう。しかし、許可を出すのも怖かった。聖剣は魔女を殺す剣でもある。聖油は言われていほど効かないかもしれないが、それを持たせるということ自体が私には不安だった。

 しかし、四の五の言っていられない状況であるのも確かだ。もたもたしていれば、桃花は再び動くだろう。


「分かった」


 ひと言告げると、アマリリスはすぐに私の背から聖剣を抜いた。

 鋭い剣の光にニューラとルサルカが息を飲む。魔の血への拒絶を示すこの剣の姿は、この二人にとっても刺激が強すぎるのだろう。

 桃花もまたそうだった。

 聖剣をぎこちなく構えるアマリリスの姿に、彼女は少しだけ悲しそうな顔をした。


「それで、あたしを殺す気?」


 桃花が問うと、アマリリスは冷たい声で答えた。


「殺すのではないわ。あの世へ帰ってもらうだけ」


 そして、彼女は桃花に向かって襲い掛かった。


 アマリリスは飽く迄も魔女だ。私のように肉体を使って戦ってきたわけではない。剣を振るったことはあまりないし、腕力もさほどないだろう。魔力で増強できるのだとしても、剣をうまく扱うにはいくらかの訓練がいる。

 しかし、勢いと信念に取り憑かれた彼女の剣は、真っすぐ桃花の胴を狙った。桃花もまた黙ってやられるつもりはないようだ。あらゆる魔術を放って、アマリリスの動きを止めようとした。しかし、その魔術を封じたのが、ベッドの上から震えて様子を見ていたルサルカだった。ニューラに庇われたまま、彼女の虫の魔術が桃花の虫の魔術を封じ込んだ。

 桃花にはもう逃げ道はなかった。


「これで、最後よ」


 アマリリスは言った。

 剣の矛先が、小さな身体を貫こうとしている。

 だが、桃花は叫び、そのまま閃光を放った。

 直後、アマリリスの持っていた剣が何かを貫いた音がした。桃花ではない。ただの壁だった。壁に刺さった音だけが虚しく響いたのだ。

 光が収まり、辺りが見渡せるようになる。そこにはもう桃花はいなかった。


 逃げられた。

 私を含め、誰もがそう感じただろう瞬間、剣を手放してアマリリスが膝から崩れ落ちた。すぐに駆け寄り抱き寄せてみれば、彼女は静かに泣いていた。

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