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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
5章 メイベル

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7.復讐の旅

 学園に戻った我々が聞かされたのは、あの行進にまつわる被害報告だった。アマリリスが塞いだ方面は無事だったものの、別方面からごく少数の死霊が現れ、警戒にあたっていた数名の戦士が負傷したらしい。幸いにも死者はでなかったが、木霊の姿をしていながらの凶暴性に学園の者達はすっかり怯えてしまっていた。

 その上で、死霊の偵察隊が持ち帰った情報はさらに悩ましいものだった。


「目標が逃走しました」


 改めて私たちに報告したのはパピヨンやその他の戦士たちと諜報を続けているアラーニャだった。


「どうやら死霊たちの襲撃を囮にして、この地から逃れたようです。現在、彼らの行方は隠密に自信のある諜報員が追っております」


 目標が逃亡。彼が療養していた場所は蛻の殻で、この辺りに残っているのは従来いたと思われる木霊の死霊たちだけらしい。桃花らしき姿もなかったという。彼女があっさり身を引いたのも初めから時間稼ぎのためだけだったのだ。

 では、彼は……ゲネシスとサファイアは今どこにいるのか。

 私には思い当たる行き先があった。


「向かったのはきっとローザだ。ローザ大国だ。フリューゲルとチューチェロの境にある美しい森……そこに霧の塔と呼ばれる場所があって、ヴァシリーサという魔女がいる。彼の最大の目的はそのヴァシリーサに復讐をすることなんだ」


 そう告げると、アラーニャは小さく頷いた。


「仲間の目撃した情報によりますと、ヴァシリーサという名前やフリューゲルやチューチェロの地名は確かに頻繁に出てきていたと。カリス様のおっしゃるとおり、ローザに向かっているのでしょう」


 ならば、こちらが出来ることは追いかけるのみだ。


 しかし深刻な問題はまだあった。

 西側で勃発した大戦のことだ。

 リリウムが味方するディエンテ・デ・レオンの治安は悪化の一途をたどっているという。腕を見込まれた戦士の数は日に日に減っていき、増援を求める声は上がり続けているという。


「勿論、聖下は死霊たちのことを甘く考えているわけではありません」


 イグニスから連絡を受けたというカンパニュラの学長はそう言った。


「ですが、どちらも手を抜けないのが現実。ゆえに、心苦しいことですが、今後は聖女様の護衛も限られた者のみが行う運びとなりました」


 傷ついたグロリアの代わりはいない。代わりになりそうなバジルたちも学園の警護に当たり、それ以外の戦士は皆、西の地へと飛ばされる。そういうことになるらしい。

 もちろん、誰もついて来てくれないわけではない。パピヨンやアラーニャなど隠密行動に長けた諜報員は傍についているし、手の空いた人外の戦士が駆けつけることもあるという。

 それでも、それがいつになるかは分からない。グロリアやカルロスなどが一緒にいた時はだいぶ違う。

 学長が言い終えると沈黙が訪れた。気まずい空気が流れ、私もまた言葉を見失う。だが、申し訳なさそうなリリウム関係者たちを前に、アマリリスはぽつりと言った。


「グロリアの容体は?」


 カンパニュラの学長は額の汗を拭いながら答えた。


「運ばれてすぐの頃は会話も出来ていたようですが、今は昏睡状態にあるようです。けれど、峠は越えたと聞いております。後は本人の生命力次第でしょう。もちろん、すぐに戦士として復帰するということは──」


 そこまで聞くとアマリリスは一つ頷いた。


「それならば、ひとまず安心ですね」


 そして薄っすらと笑みを浮かべ、学長に向かって告げた。


「グロリアが目を覚ましたらお伝えくださいますか。『ありがとう。あなたの勇気で救われました。あとはどうか祈っていてください』と」


 そしてその目には闘志が宿った。

 アマリリスに迷いはないらしい。味方の数が減らされようと、周囲に心配されようと、先行きが不安視されようと、彼女には関係がないようだ。その頭にはきっと役目を果たすことだけがあるのだろう。

 私は少し怖かった。守り切れるだろうか、打ち勝てるだろうか。あらゆる責任と不安が重く圧し掛かってくる。けれど、アマリリスが迷っていないならば、真っすぐ未来を見つめているならば、私もまた選ぶ道は一つだった。


 それから諸々の事がすみやかに決まり、あっという間に旅立ちの前夜となった。

 サファイアとゲネシスの歩みはさほど早くない。とぼとぼとまるでただの旅人夫婦のように、歩き続けているらしい。そんな彼らを追う私たちはゲネシスの愛馬だったヒステリアの背中に乗る事が決まった。

 彼女が心を許していた御者役のウーゴはもう一緒ではない。彼もまた西の地に呼ばれてしまった。優秀な戦馬になり得るヒステリアもまたお呼びがかかったそうだが、ウーゴが彼女だけはと懇願し、私たちを直接背に乗せることとなったという。


「馬には乗れるの?」


 旅立ちの時迫る深夜、ベッドの上でアマリリスは不意に訊ねてきた。私は彼女を見下ろし、その上に覆いかぶさって囁いた。


「人並みにはね。だが不安だな。ヒステリアがはたして素直に乗せてくれるだろうか」


 すると、アマリリスは少しだけ笑った。


「意外ね。人狼には馬の足なんて必要ないと思っていた」

「旅人のふりをするのに馬の存在はちょうどいい。それに、さすがに馬の足には敵わないさ。長距離を楽に移動するにはね」

「……そう」


 アマリリスは呟いて、うっとりと目を閉じた。その頬を軽く撫でてやりながら、私は訊ね返した。


「そう言うお前は乗れるのか?」

「どうかしらね。忘れてしまったわ」


 いつになく自信のなさそうな彼女の表情に自然と笑みが漏れた。


「心配はいらないさ。いずれにせよ私が支えてやる」


 そう言って、私はアマリリスの唇を奪った。今日の会話はここまでだ。壁の向こう、或いは姿を消して、誰かが見ているかもしれない。だとしても、やめるつもりはなかった。一度火のついた欲望はおさまらず、愛しいその声を聞くまでは落ち着かない。

 聖女の指輪がなかったならばあり得ないこの関係に私はどっぷりと浸かっていた。アマリリスもまた同じ。拒絶もせずにただ受け入れ、最後には私の身体にしがみつく。そんな温もりを感じながらしばし、互いに落ち着いた頃に会話は再び始まった。


「あの子をまた解放してあげられなかった」


 アマリリスの言葉に、私はただ耳を傾けた。


「でもね、私、少しだけほっとしているの。カンパニュラはルーナの憧れた場所だもの。そんな場所ですべての決着がつくのは──」


 言いかけたものの、アマリリスは自分で口を閉じ、そして呟くように続けた。


「いいえ、やっぱり違うわね。認めなくては。私は恐れているのかもしれない。桃花の姿をしたソロルを殺す日の事を」

「出来ない時は私が食ってやるよ」


 ルージェナのように、メイベルのように。それが人食い狼の役目だ。

 だが、アマリリスは私に抱き着くと、胸元に顔を埋めて囁いてきた。


「あなたばかりに背負わせたくないの」

「私は平気だよ。慣れているから」


 しかし、アマリリスは納得しなかった。抱きついたまま嗚咽を漏らす。幼い子供のようなその姿は実に頼りない。抱き寄せて背中をさすってやりながら、私はふと懐かしい気分に浸った。その懐かしさが何なのか思い出すことは出来なかった。


「カリス……あなたはどうしてそんなに優しいの」


 アマリリスは言った。


「私はあなたの事を殺そうとしたのに。大事な仲間を殺してしまったのに。今だって指輪がなければ、あなたを殺してしまうかもしれないのに」

「何故だろうね」


 その背を撫でながら、私は答えた。


「自分でも分からなくなってしまった。お前が残された希望だからなのか、お前が恩人に似ているからなのか。今はどちらも違う気がするんだ。最近、お前を抱いていると、懐かしい気持ちになる。遥か昔に誰かとこうやって裸で抱き合って身を温めあったような気がするんだ。あれは……お前だっただろうか」

「人違いよ、きっと」


 アマリリスは囁くように言った。


「きっと」


 震える彼女を前に、私は口を噤んだ。聞きたいことは山ほどあったし、知りたいこともまた同じ。それでも彼女の心を抉ってまで満たしたい欲望ではない。今はただ知れる時が来るのを信じ、待つばかりだ。


 そのまま心の隙間を埋めるように抱き寄せ合って、私たちは共に朝を迎えた。

 身支度が整うと、すぐに旅立ちの時は来た。ヒステリアの背にまたがると、いつもよりも世界が広く見える。素直に乗せてくれるかという不安はあったが、ヒステリアは気性の荒さを一切見せず私とアマリリスの二人を乗せて澄ましていた。


 そしていよいよ学園を去ると言う時に、カンパニュラの鐘が鳴り響いた。学生たちが校舎から見送っている。少しの間、共に過ごした戦士たちも一緒だ。皆、手を振り、歌い、祈っていた。あの建物の何処かでグロリアは今も眠っているのだろう。

 別れを告げられない寂しさはあったが、だからと言って前へ進む心がそがれるわけではない。アマリリスの背中から手綱を握り握ると、私はヒステリアに合図を送った。

 ヒステリアは実に素直に歩みだす。その道のりは果てしなく続いていた。

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