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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
5章 メイベル

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3.愛をふりまいた魔女

 聖女の姿をした者同士が睨み合っているうちに、グロリアたちは追いついてきた。

 けれど、こちらの仲間がいくら増えたところで、メイベルの表情には焦りの一つすら浮かばなかった。どれだけ敵が増えたとしても、その視線はアマリリスから逸れたりしないのだろう。だが、その態度に惑わされてはいけない。敵はメイベルだけではないはずだ。

 味方の戦士たちが身構える。かかってこないのならば、こちらからという事だろう。だが、痺れを切らした一人が走り出そうかという時、その直前でアマリリスが微かに動いた。

 魔術だ。突如現れた無数の針が空を乱れ突く。恐らく蜂の針だろう。何を狙っての動きかと思った矢先、何かを弾く甲高い音が鳴り響いた。

 直後、メイベルが笑い出した。そこでようやく私には見えた。魔術だ。向こうは向こうでアマリリスよりも先に動いていたのだ。とてもそうは見えなかったけれど、走り出そうとしていた戦士の命を狙っていたのだろう。


「ああ、やっぱり同種の魔女は面倒くさい」


 メイベルが言った。


「でも、わたしはそこが好き。だって安心するもの。わたし達はきっと群れて咲く花なのでしょうね。一人じゃないって思うと、嬉しくなる。だから、あなたも桃花と仲良くなったのでしょう?」


 その目に映るのはアマリリスだけのようだ。もっとも警戒している相手なのだろう。そしておそらくはこの先へ進ませたくない相手でもある。アマリリスもそう判断しているようだ。メイベルが自分を見ていようと、アマリリスの視線はメイベルの背後──その先の道のりばかりを捉えていた。

 しかし、そんなアマリリスの態度にメイベルは機嫌を損ねたらしい。


「余所見しないで」


 若干、声を荒げると、目にも止まらぬ速さで駆けだした。急な接近に周囲の戦士たちも動揺した。

 グロリアたちが注意を引かれたその瞬間、他の死霊たちは現れた。さきほど逃げていた木霊たち、そしてそれらを束ねるように指示している桃花だ。

 一斉攻撃の荒波の中で、メイベルは真っすぐアマリリスに襲い掛かる。助けられるのは私しかいない。直前まで引き付けてから、影から飛び出した。無論、不意打ちが成功するとは思っていない。どうせ私の存在など、メイベルには分かっていたはず。だが、恐らく狼の姿で襲ってくると思ったのだろう。飛び出した直後に姿を変え、聖剣を抜いた私の動きを見て、メイベルの表情が変わった。


 反射的に私とアマリリスをまとめて突き飛ばすと、メイベルはそのまま距離を取った。息を荒げ、敵意に満ちたその目を光らせ、こちらを睨みつけてくる。突き飛ばされた衝撃からどうにか立ち直り、私はそのままアマリリスを背に聖剣を構えた。狼の姿で飛び掛かる方が楽なのは確かだ。

 だが、脅迫となればこちらの方がいい。聖油で磨かれたこの剣の煌めきは、今、私や私が守ろうとしているアマリリスを含め、多くの魔女や魔物たちを恐れさせてきた。死霊たちにとって死の恐怖などあってないようなものだろう。けれど、捕らえたその肉体の記憶となればどうだろう。

 少なくとも生前のメイベルは恐れていたはずだ。この聖剣を自分に向けられるということを。

 だが、メイベルの反応は私の予想とは少し違った。肩を震わせ、私たちを見つめ、そして先程とは全く違うおどろおどろしい声で唸るように言った。


「妬ましい」


 透き通るようなその声は、異様なほどよく聞こえた。


「愛されているのね。わたしもそうだった。わたしもそんな風に聖剣で護ってもらったことがあった。愛を説き、主の教えを広めるわたしをあの方はずっと傍で見守ってくれたの。それなのに、どうして……どうしてあの方は」


 メイベルは取り乱す。意識が混濁しているようだ。


「わたしはただ人々に愛されていたかった。あの方に愛されていたかった。愛のためならば大勢の前だって緊張はしない。人々の注目を浴びて、リリウムの教えを広めることが出来ればそれでよかったの。なのに、どうして。どうしてみんなは、どうしてあの方は、わたしを殺してしまったの?」

「……殺した」


 小さな声でアマリリスが呟く。動揺しているらしい。私もそうだった。このメイベルはソロルだ。偽物だ。それでも、記憶は本物かもしれない。ただの演技だと思えたらどんなによかったか。けれど、どうしても演技には見えなかった。本当に思い出し、本当に取り乱しているように見えて、段々と不安になっていった。


「ある日、突然、あの方に言われたの。十分愛は振りまいた。役目は終わったのだって。わたしは嬉しかった。だって、聖女の役目を果たしたら、ただの女に戻って、ずっと傍で護ってくれたあの方と結ばれる約束だったから。結婚式を挙げて貰うはずだったの。その未来を楽しみにしていたの。でも、あの方は抱擁と共にわたしを……これまでわたしを守ってきてくれたその聖剣で今度はわたしを……」


 殺された。愛し合っていたはずの戦士に、ということか。

 メイベルはもっとも愛され、狂気によって死んだという聖女。それは聞いたことがあった。では、その戦士がおかしかったのだろうか。その真相は分からない。ただ、彼女の死が自然死ではなかったことは知っている。

 そして、死後、その身体が護符として利用され続けていることも確かな事だ。


「妬ましい」


 メイベルは言った。


「わたしは守ってもらえなかったのに、あなたはまだ守ってもらえるなんて。妬ましくて耐えきれない」


 そしてメイベルは涙を流した。

 これまで散々、死霊たちとは向き合ってきた。嘘だ、偽りだ、演技だと自分に言い聞かせながら、少しでも顔を覗かせる期待を押し殺し続けてきた。だが、やはり思ってしまう。これは演技なのだろうか。もちろん、中には演技をしている者もいるだろう。欺くためになりきっている死霊だっているだろう。しかし、その全てがそうなのか。

 だが、私は情を殺し、思い出に囚われる哀れな聖女の成れの果てを見つめた。あれが本物だろうが、偽物だろうが、盗るべき手段は一つしかない。ああ、これだって散々言い聞かせて来たことじゃないか。アマリリスはあれを仲間だと思っていない。そして、あれも今のアマリリスに敵意を抱いている。それならば、迷う必要なんてないのだ。


「通させて貰うぞ」


 取り乱している今が絶好の機会だ。震える身体をどうにか誤魔化し、唸りながら私はメイベルに切りかかった。だが、メイベルは狡猾だった。異変に気付けたのは直前だった。彼女の周囲の空気がおかしい。それは直感であり、本能的なものでもあった。切りつけるつもりでいたのに、頭からそれ以上進むなという命令が下り、私は立ち止まった。直後、殺気を感じて後退すると、直前までいた場所の土が抉れた。


 鎌だ。

 蟷螂の魔術だ。


「カリス、戻って」


 アマリリスの声が聞こえ、私は慌てて引き返した。剣をしまい、狼の姿となって飛び跳ねると、追撃がきた。行く手を阻むその攻撃をどうにか避け続けていると、アマリリスが立ち上がって援護をしてくれた。同じ魔術がメイベル自身を狙って放たれると、ようやく執拗な攻撃はやんだ。

 メイベルは俯き気味に言った。


「妬ましい」


 アマリリスの攻撃を避けて距離を取りながら、彼女は私たちを睨みつける。


「かつてのわたしのようなあなたのことが。あなた達のことが。だから、お願い。こっちに来て。あなた達の居場所はそこじゃないでしょう。リリウム教徒でもないくせに」


 襲い掛かってくる。

 身構える私の横でアマリリスは冷静に手を向けた。


「信じるものは違っても、望む世界はこちら側なの」


 彼女は言った。


「それにあなたはもう聖女ではない。いえ、メイベルですらない。彼女は死んだの。あなたは、その魂に刻まれた記憶と怨念に呑まれているだけ。目を覚まして、ソロル」


 直後、アマリリスが召喚したのは鍬形虫の鋏だった。操られていた聖獣たちの亡骸を眠らせてきたその鋏が、悲惨な過去に囚われるメイベルへと向けられる。だが、大蛇のように口を開く鋏を見つめると、メイベルはそっと微笑みを浮かべ、同じく手を伸ばした。現れたのは同じ鋏だ。その瞬間、アマリリスの表情が曇った。

 甲高い音が響くとお互いの鋏は粉々に砕け散った。打ち消し合ったのだ。


「確かに今のわたしはソロルかもしれない」


 メイベルは言った。


「けれど、メイベルでもある。どうしてあなたにそれを否定できるの? わたしは、わたしなのに。あなたはわたしじゃないのに」


 しかし、アマリリスは黙ったまま追撃をした。疑問に思わないこともないだろう。ソロルは本当に偽物なのか。本当に蘇ったわけではないのか。記憶を引き継ぎ、感情を引き継いだだけだと思えばいいのは分かっている。けれど、向き合えば向き合うほど分からなくなるのも同じはずだ。

 それでも、アマリリスは攻撃をやめなかった。


「どうして分かってくれないの」


 メイベルはそう言って、反撃をする。巻き込まれまいと避けつつ、私も機会を窺った。

 異様なまでにしぶといのはサファイアだけだ。メイベルだってルージェナのように滅ぼすことが出来るはず。はずなのだが、なかなか機会は訪れない。


「どうして……あなただって奪われたのでしょう。自由を、そして愛するものを……」


 その目に死霊特有の輝きを宿し、心を惑わすようにアマリリスに語り掛ける。だが、アマリリスは動揺したりしなかった。

 無言で指輪の嵌る手を向け、さらなる攻撃をしようとする。だが、その矢先、聞こえてきたのは思わぬ悲鳴だった。気を取られている隙に、死霊たちが一斉に動く。襲い掛かってきたのではない。それぞれ別の者達と戦っていた者達が消えたのだ。メイベルも、だ。どこへ行ったのか慌てて見渡してみて、私はやっと悲鳴の正体を知った。

 桃花が立っているその前で、数名の戦士が倒れている。バジル、そしてグロリアもその中にいた。相手をしたであろう桃花の目はそのうちの一人──グロリアのみを見つめていた。

 グロリアはまだ生きている。体制を立て直そうとしている。だが、それをよしとするはずもない。私は慌てて駆けだした。だが、同時に、いや私よりも早く動いた者がいた。アマリリスだ。


「桃花!」


 その名を叫ぶ声は魂すら込められているようだった。


「私が相手よ!」


 怒りすら籠ったその一撃は、不意打ちにも近かった。周囲に潜んでいた死霊たちが桃花を護ろうと姿を現したが、アマリリスの猛追を防ぐことは出来なかった。桃花もまた同じ。魔女には魔女。弾く力はあるだろうけれど、だからと言って決して魔術が効かないというわけではないのだろう。抵抗することも逃げることも出来ないまま、アマリリスの呼びだした鍬形虫の鋏がその首へと迫る。

 けれど、その一撃が当たる直前で、異変は現れた。アマリリスを十分に引き付けたところで、その行く手を阻む者がいたのだ。桃花を護るように、或いは、アマリリスを受け止めるように立ちふさがるその姿を見て、私はぞっとした。

 青い目が光っている。サファイアだ。

 鍬形虫の鋏がサファイアの手に当たる。その直後、鋏は粉々に砕けてしまった。アマリリスの足が止まる。青い眼差しに時を止められてしまったかのようだった。あれを恐れることはない。あのソロルを滅ぼす条件は整っているはずだ。それでも、アマリリスはすぐに動くことが出来なかった。


 まずい。このままでは。

 その間に飛び込もうとするも、遅れて現れた死霊たちに阻まれ、ままならなかった。


「アマリリス、逃げろ!」


 だが、叫んだところでサファイアの手は動いた。

 鈍い悲鳴が聞こえ、直後、人の倒れる音がする。気が気でない状態のまま、私は死霊の群れを乗り越え、どうにかアマリリスのいるはずの場所へと跳んだ。着地してすぐに視覚よりもニオイを頼りに視線を向ける。アマリリスはいた。座り込んでいる。だが、どうやら傷はない、にも関わらず、辺りは血の臭いで満ちていた。

 血を流していたのはアマリリスではない。彼女に覆いかぶさるように倒れていた別の人物の血だ。


「グロリア……」


 力を振り絞ったのだろうか。アマリリスを庇って盾となったらしい。まだ息はある。だが、もう戦えない。


「ちょうどいいわ」


 冷たい声が聞こえた。見ればサファイアは腕を抑えていた。グロリアに切られたのだろうか。しかし、その表情からは痛みを感じているようには見えなかった。ただただ冷たい感情のこもった目で、グロリアを見下していた。


「あの人が恋しがっていたの。昔の友達はもう皆潰されて死霊にすらなれない。でも、あなたはまだ残っている。ねえ、グロリア。苦しいでしょう。すぐに楽にしてあげましょう」


 伸ばされたその手に、私は噛みつこうとした。


「近づくな」


 唸った瞬間、身体の奥底がどっと熱くなった。力が漲るようだった。今ならあの忌々しい手も食いちぎられるだろう。けれど、同じく危険を感じたのか、サファイアはあっさりと身を引いた。そして、軽く微笑みを浮かべた。


「威勢のいいこと」


 そして、少しずつ後退していった。余裕そうな笑みと共に。けれど、その笑みの下に隠されている警戒を私の鼻は嗅ぎ取っていた。

 恐れている。アマリリスを、それとも私を。あるいはどちらとも、だろうか。

 直接やり合いたくないという意図を感じた。けれど、それが分かったところで深追いなどできない。すぐ傍でグロリアが苦しんでいるこの状況では。


「これ以上は危険だ」


 私の言葉にアマリリスも頷く。そして、彼女は何処へともなく声をかけた。


「パピヨン、それともアラーニャかしら。見ているのでしょう?」


 すると、すぐに返答はあった。


「もうすでに引き上げる準備は出来ております」

「グロリアは」


 アマリリスの問いに、パピヨンは即答した。


「それは我々がいたします」


 そして、パピヨンは風のように現れ、グロリアをそっと包み込んだ。


「深手を負って助かりそうな者は彼女のみです。あなた方は自分たちの身を守る事だけに専念してください」


 その言葉にアマリリスは無言で頷いた。グロリアとパピヨンの姿が見えなくなると、私とアマリリスは共に立ち上がった。サファイアと桃花たち死霊としばし見つめあう。お互いに牽制し合ったまま、じりじりと後退していった。途中、木霊姿の死霊が迫ってこようとしたが、それを視線だけで制したのはサファイアだった。

 これ以上、やり合いたくないらしい。

 その理由は何なのか。考えてすぐに思い至ったのは、サファイアが今もっとも守りたがっているだろう人物のことだった。ゲネシス。彼はあの先にいるのではないか。あの向こうに、かつて愛した憎き敵がいるのではないか。

 しかし、たった一人で行ける場所ではない。敵は多すぎるし、仲間が少なすぎる。だから、同じく先へ進みたい気持ちを抑えきれないらしきアマリリスの手を掴み、私は後退を続けた。

 アマリリスの闘志は燃えたままのようだ。だが、彼女もまた無言で従ってくれた。

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