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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
5章 メイベル

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170/199

1.学園都市カンパニュラ

 時刻を告げる鐘の音は、これまで訪れた教会のものとほぼ同じだ。けれど、教会とは違ってここは若さに満ち溢れていた。

 学園都市と言われているだけあって、カンパニュラの敷地は広大で、建物もまた複雑な構造をしている。案内人なく迷ってしまえば、元の場所に帰ってこられなくなってしまいそうだ。


 そんな構内を学園の教師に案内されるアマリリスとグロリアの様子を窺いながら、私はというと聖女の影の中に潜んだまま使い魔のように息を潜めていた。

 居心地の悪さはこれまでのリリウム関連施設と比べ物にならない。罪を重ね、人々の命を食らいながら、どうにか生き抜いてきた私にとって、ここに暮らす人々は誰も彼も若く眩しすぎた。


 影の主であるアマリリスはどんな表情で構内を眺めているだろう。その感情を探ろうと意識を傾けてみても、心の防壁を打ち破る事は出来なかった。

 けれど、少しは察しがつく。きっと彼女は思い描いているはずだ。あったはずの未来を。もっと違う形で、違う人物と、この場所を見て回っただろう光景を。

 そんな場所をアマリリスはグロリアに付き添われて案内されていた。


「こちらの部屋に例のものはあります」


 声を潜めて教師は言う。

 そして、彼は学園の片隅にひっそりと存在する扉に手をかけ、開けようとした。だが扉は開かなかった。しっかりと鍵がかかっているらしい。


「この通り、厳重に守ってあります。鍵だけではなく見張りもついております。特別な力に恵まれたクルクス戦士たちが交代制で」


 回りくどい言い回しにアマリリスの感情が少しだけ揺れ動く。案内役のこの男は、恐らく純血の人間であろう。だが、この学園の生徒の中にはカルロスのように人の血を継いでいない、もしくはその血の薄い人物もいる。

 人間にはない力を持つ人々。それらのことを、リリウムの人間たちは特別な力に恵まれた、というのだろう。

 魔物や魔族と呼ばないことで気を遣っているつもりなのだろうか。だとしても、リリウムでないせいか私には違和感しかなかった。その気遣いの裏側には魔というものへの悪い印象があるからなのだろう。

 やはりこの世界は私の馴染める場所ではなさそうだ。


 いや、それはいい。今更の事だ。

 それよりも、と、私は彼らの会話に注意深く耳を傾けていた。カンパニュラの状況は思っていたよりも深刻だった。


「メイベル」


 グロリアがその名を呟いた。


「確かにそれはメイベルだったのですか?」


 その問いに、教師は青ざめた顔で頷いた。


「そう名乗っていました。疑うならば照合してみよ、と、いくつかの記憶を彼女は語りました。それも我が学園に伝わる手記の片隅に記されているようなさり気ないことばかり。何より、我々の想像するメイベル像のそのものの姿で現れたのです」

「ソロルが……」


 アマリリスの呟く声が聞こえ、教師は扉から手を離した。


「罰なのでしょうか」


 彼は小さな声でそう言った。


「一方的に祀り上げ、狂気の犠牲になった彼女を死後もなお利用している。それに怒っているのでしょうか。確かにおぞましいことでしょう。けれど、この中にある例のもの──〈メイベルの心臓〉は、私達にとって大切な護符でもあります。もしも破壊されてしまったら、それを想像するだけで恐ろしくて夜も眠れません」


 嘆く彼に対し、グロリアが声をかけた。


「正しいか、正しくないかで言うならば、この学園の生徒たちの命がしっかり守られる事こそ正しい。私はそう思います」


 強い言葉ではあったが、影から窺えるその表情はだいぶ暗く感じた。

 四の五の言っていられる状況ではない。アマリリスの影の中で息を潜めつつ、私はそんなことを感じていた。

 綺麗事だけで回る世の中ならばどんなに良かっただろう。けれど、そうではない。そうだとすれば、きっと私は罪を重ねて生きてきたりしなかった。

 リリウムだってそうだろう。正しい事だけを守れば生きていける世界であれば、そもそも〈メイベルの心臓〉などというものも必要なかったのだから。


「ともあれ、〈メイベルの心臓〉が破壊されるようなことはあってはなりません」


 グロリアはそう言って、その視線を一方へと向けた。その先には森林が広がっているという。学園の敷地内ではあるが、あらゆる生き物が生息し、木霊の一種が集落をつくっていたという。今では木霊も消え、その集落がどうなっているかは学園の者達もよく分かっていなかったようだが、偵察によってそこに死霊が集い、ゲネシスが潜んでいるらしいことが分かっている。

 グロリアはその場所へ思いを馳せているのだろう。警戒心の強い鳶のような眼差しだが、どこか哀愁が漂っているのも気のせいではないはずだ。


「ここで見張っていれば、メイベルはきっと現れるでしょう。けれど、向こうからやってくることを待ち続けるだけでは、逃げられてしまうかもしれない。傷を癒しているという彼に……」


 グロリアの言葉に、教師は暗い表情を浮かべつつ呟いた。


「卒業生だと」


 アマリリスの影から見つめると、教師の顔は今にも倒れそうなくらい青ざめていた。


「そう聞いております。そして、あなたは──」

「級友でした」


 グロリアは静かに言った。


「けれど、もう過去の話です」


 覇気はないがそれでもしっかりとした主張だった。その目に迷いはなさそうだ。そんな空気とニオイをアマリリスの影から感じながら、私もまた自分の心に言い聞かせた。

 そう、すべては過去の話だ。

 ひょんなことから気になって、新しい居場所を与えて貰って、親しくなったつもりでいて、止められると信じて、けれど全てが間違いだったことを思い知らされて。

 それでも、私は心の何処かで願望を捨てられずにいる。希望ではない。願望だ。全て悪夢だったら。夢ならば覚めるのに、と。

 けれど、夢ではないし、後戻りも出来ない。彼を止められなかった罪は重く、彼の犯した罪もまた重い。殺した分だけ救えばいい。そう彼は言ったけれど……言ったけれど、それは、本人にやり直す意思があってのことなのだと。


(……カリス)


 その時、ふと頭の中に声が届いた。私ははっと我に返った。アマリリスの声だ。魔術の一種だろう。

 その声に少しだけ心を落ち着けて、私は頭の中で答えた。


 ──どうした。


 我ながら白々しかったかもしれない。きっとアマリリスだって私の動揺を感知して、魔術まで使って話しかけてきたのだろうから。けれど、アマリリスはそれ以上、私の心を抉るような真似はしなかった。


(なんでもないの。ただちゃんとそこにいるか不安になっただけ)


 それっきり、彼女は沈黙してしまった。


 その後、学園の簡単な案内と学園の警護を任されているという戦士たちとの顔合わせが済んだところで、私達はようやく客室に通された。グロリアとアマリリスの個室は談話室で繋がっており、共に過ごすことも出来るらしい。


 ちなみに私の個室はない。アマリリスと同室だ。どうやら教会としても、アマリリスの傍から離れないことを期待しているらしい。別にそれでもいい。美味い肉が食えるならば待遇なんて気にしていられない。それに、眠っている間にせよ、アマリリスの傍から離れる気なんてさらさらなかった。悪い虫がつかないように、夢魔が襲ってこないように、この聖なる花を護る役目が私にはある。

 まるで番犬のように、私はいつも以上にぴりぴりとした状態で、アマリリスの足元に潜んでいた。


 アマリリスはというと、彼女もやはり落ち着きがないようだった。それもそうだろう。この場所に抱く彼女の想いは計り知れない。とくに、至る所で見かける純朴な学生たちの姿は、それだけでも彼女の心を深く抉るだろう。

 そんな彼女に私はどう寄り添えばいいのか、正直分からなかった。いつものように黙って傍にいるだけでいいのか。それとも気の利いたことを言えた方がいいのか。何にせよ、私はアマリリスの傍に居続けた。彼女のしたいようにさせながら、ただただその様子を見守り続けた。

 そして、落ち着きのない状態で過ごしていたアマリリスが最終的に選んだのは、談話室でのグロリアとの会話だった。


「グロリア、そこにいる?」


 同じく個室で落ち着かなかったらしいグロリアは、談話室に置かれていた本を読んでいるところだった。突如、アマリリスが顔を出すと、彼女は慌てて立ち上がる。そんなグロリアに無言で座るよう促すと、アマリリスはその近くの椅子へと腰かけた。


「ちょっとお話を聞かせて欲しいの」

「お話、ですか?」


 戸惑い気味に訊ね返すグロリアの鳶のような視線を、アマリリスは受け止めきれなかったらしく俯いてしまった。けれど、素直に頷いて、アマリリスは口にした。


「もし嫌じゃなかったら、学園生活の思い出を聞かせてほしいの」

「思い出……」


 そう呟きかけて、グロリアはふと表情を変えた。気づいたのかもしれない。アマリリスが何故、暗い表情を浮かべているのか。本来ならば彼女に与えられる未来がどんなものであったのかを。


「嫌だったらいいの。思い出すと辛いのなら……」

「──いえ」


 グロリアは短く言うと、少しだけ目を細めた。


「私は大丈夫です。お望みならば、お話しますよ」


 そして、グロリアは語りだした。

 この学園の中でかつて過ごした日々の思い出を。


 それは、前の私ならば、きっと強く関心を持ったあの男の思い出にも重なる。希望と夢に満ち溢れた若き者達の輝きの断片でもあった。

 グロリアが語るのは、何処までも眩い光の支配する世界での出来事ばかりだ。それは、彼女たちが人間同士で絆を結び、思い出を築いていったためだろうか。同じ頃の私の状況と比べてみるとあまりにも歩んできた道のりが違い過ぎて、目が眩むようだった。

 カルロスのような人物ならば、もっと違う思い出を重ねたのだろうか。今更になって、あの男ともっとそう言った雑談をすべきだったと感じてしまうから情けないものだ。

 そんな苦い思いを抱いていることなどに気づくはずもなく、グロリアはただただアマリリスに思い出話を語り続けた。


「ゲネシスは……不幸な身の上でした。けれど、彼の身元を引き受けたのが学園のトップだったことが彼の幸運でもありました。もしそうでなければ、もっと辛い日々が彼を襲ったはずですから。その事を強く実感していたのはゲネシス自身で、そのために養父である元学園長や、見守ってくれた大人たちに感謝を示す、とても真面目な友人だったんです」


 だから、と、グロリアは肩を落とした。


「いまだに信じられない時があるんです。何度も現実を突きつけられてきたし、その度に納得し、乗り越えなくてはと自分に言い聞かせてきました。お陰で今ではある程度、覚悟も出来ています。かつて私には三人の親友がいました。そのうちの二人は死んでしまった。残されたたった一人の親友の首は、いつか刎ねられる時がくる。その先に待ち受けている孤独を受け入れる覚悟が、私には出来ているはず」


 そう語るグロリアの表情は冷たい仮面をかぶっているようだった。けれど、その目は揺らいでいた。親しかったからこそ、思うことも多いだろう。私とは違って同じ人間である分、なおさらだ。

 だけど、夢を見続ける時間は終わってしまった。説得が通じるはずという期待の前に、いったいどれだけの命が散っていっただろう。彼と分かり合えるという想いは、どうあっても捨てなくては。捨てなくてはいけない。


「明日は彼がいたと思われる場所に向かいます」


 グロリアはアマリリスに言った。


「そこで全てが決まるかもしれない。全てが終わるかもしれない。だから、私は全力でこの聖剣を振るいます。あなた達の戦いが少しでも有利になるように」

「……ええ」


 アマリリスは小さく頷いた。その手にはまる指輪に触れ、彼女は俯く。視線の先は私の潜んでいる影だった。


「今の私とカリスなら彼らを止められる。引き受けたからには責任を果たします。私は守りたいの。あの子が夢見た世界のことを」


 その目には、強い意志が宿っている。ルーナを失って、この世の全てに絶望していたあの頃とは大違いだ。


 それでも、やっぱり私はアマリリスの傍に居続けなくてはと強く感じた。何故だろう。立派な大人なのに、まるで年下の幼女を前にしているかのような気持ちだった。私が守らなくては。強がる彼女の拠り所とならなければ。そんな思いに駆られて仕方がない。そして、いつものように疑問を抱いた。

 一体どうして、私はそんなことを考えているのだろう。どうして守らなくてはならないと思うのだろう。その答えはいくら考えても定まらなかった。

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