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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 ニフテリザ

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8.吸血鬼

 馬を下りると聖戦士エスカは礼儀正しく私に向かって頭を下げた。剣を抜く気は全くないらしい。彼の表情に宿っているのは、穏やかさばかりだ。


「まずは感謝します。あなたは私に出来ぬことをしてくれた」


 しかし、油断はできない。彼の持つ剣は私を即死させるものだ。


「あとは私にお任せください。ニフテリザ、こちらに」


 疑いもなくニフテリザは従おうとする。しかし、私はその手を掴んで、引っ張った。


 エスカというこの男性。神の教えを真面目に受け取り、従おうとする誠実な男に思える。だが、私は違和感を覚えていた。それは、たった今、逃げている間のこと。私が感じていた気配は何だっただろう。ただ聖剣を持っているだけの剣士ならば、こんな気配はしないはずだ。


「アマリリス……さん?」


 ニフテリザに窺われつつ、私はエスカを見つめた。鎧は来ているが、糸の通る部分はいくらでもある。無言のまま魔術を使った。


 ――蜘蛛の糸の魔術《切断》


 不意打ちを狙ってのことだった。あれが人狼ならばあっという間に殺せただろう。

 しかし、どうやらエスカは見抜いていたらしい。糸がその体を傷つけるより先に、聖剣は私の魔術を打ち破った。驚いた馬が逃げていく。


「乱暴なのは困るな」


 エスカは逃げる馬をちらりと見つめ、苦笑しながらそう言った。


「どうして、アマリリスさん」


 戸惑うニフテリザの手を掴み、私はエスカに向かって威嚇した。


「あなた、人間じゃないわね」

「はは、何を言っている」


 笑い飛ばすエスカを、私は睨み付けた。


「私たちを追ってきていた気配は人間のものではなかった。でも、追ってきていたのはあなただけ。つまり、あなたは人間じゃない」

「面白いことを言うね。私が人間じゃないのなら、何だというんだい?」


 にやりと笑う彼の姿は、かつて私も見た爽やかな印象を失っていた。聖戦士というものは人柄を大きく買われなくてはなれないものだと聞いている。それならば、彼は人を騙す天才なのだろう。人狼たちのように。


「あなたは……」


 何故、本性を隠すのか。それは自分に利点があるからだ。彼は魔物。人狼のような魔物。人狼のように暮らす魔物。その正体はたった一つ。


「アリエーテを荒らしていた吸血鬼ね」


 その言葉にニフテリザが動揺する。ルーナもまた不思議そうにエスカを観ていた。エスカは表情を変えず、私を見つめていた。

 詳しいことは分からない。だが、殺すか殺されるかの環境にいた自分の勘はある程度信用していた。追いかけていたのは確かに吸血鬼だった。その気配は今や微かにしか感じられない。

 この男だ。絶対に、そうとしか思えなかった。


 しばらく睨み付けていると、エスカは観念したように笑い飛ばした。


「証拠はあるのかい?」


 その目は笑っていない。荒々しい感情を向けられ、身体の奥底がざわざわとした。


「物的証拠なんてないわ。ただ、今の私にはわかる。あなた、気配を隠せていないわ。初めて会った夜とは違って、興奮しているのかしら。吸血鬼の香りがするの」

「成程ね……」


 呆れたように呟き、聖剣をこちらに向けてきた。


「お見事だ!」


 急に大声をあげたため、ニフテリザがびくりと震えた。


「あの夜は見抜いてこなかった。だから、私は人狼狩りの魔女の程度について誤解していた」


 そして、聖剣をこちらに向けてきた。


「それに、噂の魔女は人狼以外に興味を抱かないという。聖剣に弱く、愚鈍で、魔女の性も私の食事の邪魔をしないならば、わざわざ殺すこともないだろう。希少種だからと保護するのも可哀想だ。ただの観光ならば、そっとしておいてあげよう。私はそう好意的に考えていたのだよ、〈赤い花〉のお嬢さん」


 さり気ない動作で近づいてくる。私は急いでニフテリザ共々距離を取った。

 誰かを守る戦いというものは、ルーナ以外ではあまり経験がない。ましてや人間を守るなんて考えもしなかった。だからこそ、緊張もした。この手を放してはならない。そう自分に言い聞かせ、私はエスカを威嚇し続けた。


「近づかないで」


 しかし、威嚇が通用するはずもない。なぜなら、魔物と魔族――それも吸血鬼の男と魔女には明らかな力差があるからだ。吸血鬼が本気を出せば、魔女など獲物の一種でしかないだろう。運が重なって、やっと互角になれるくらいだ。

 でも、諦めるわけにはいかない。首を突っ込んでしまった責任だ。それに、今は塵も降っていない。人の血を継ぐ私と、人の血を一切継がない吸血鬼ならば、太陽の下での戦いはこちらが有利であるはず。


「そう怯えないでほしい。私は無駄な争いが嫌いなんだ。〈赤い花〉は確かに魅力的だが、同時にこの世界にとっては聖なるものだ。君が友好的な人物なら、襲わないと約束してやれる。私が求めているのはただ一つ、その女性――ニフテリザの引き渡しだ。あの場からその人を救い出したことには礼を言おう。だから、さっさと寄越して欲しい。そうすれば、君のことは誰にも言わないよ、〈赤い花〉のお嬢さん」

「エスカ様……あなたは……」


 ニフテリザが怯えながら言いかけると、エスカは目を細めた。


「ニフテリザ。どうか怖がらないで欲しい。約束通り、君を安全な場所に連れて行ってあげるよ。その魔女といるよりもずっと安全だ。もちろん、アリエーテの連中に引き渡したりはしない。私が何であろうと、気持ちは以前伝えた通りのものだ。今日出会ったばかりの魔女の判断などに従わなくたっていいじゃないか。だから、こっちにおいで」


 言葉を選んで誘惑する彼の姿に、私はコックローチから買った情報を思い出していた。吸血鬼は花嫁選びを兼ねていた。つまり、そういうことなのだろう。

 ここで彼女を引き渡せば、私とルーナは本当に見逃してもらえるかもしれない。だが、それでいいのか。私は分かっていた。ルーナがそれを赦してくれるはずがない。ルーナを失望させることが、理屈で説明できないほど恐ろしかった。

 ルーナが私を見ている。彼女のためにも、このニフテリザという女を渡すような敗北は避けなければ。


「聞いちゃ駄目よ」


 結局、私はニフテリザに言った。


「吸血鬼の花嫁になんてなってはいけない。彼の隣は生き地獄よ。入れば二度と出してもらえない。あなたの居場所は他にあるはず」

「困ったものだ。見逃してやると言っているのに」


 エスカは笑いながらそう言うと、一気に表情を変えた。


「ならば仕方ない。高貴な血を引くものとして大変大人げないことだが、君には身の程をわきまえてもらおう」


 もとより覚悟はできている。あとは、運の良さと実力を信じるだけ。


 先手を打つ私の攻撃を避けて、エスカは急接近してきた。しかし、魔術はたくさん知っている。蜘蛛の糸だって、蝶の大群だって、蜂の針だって、大技である鍬形虫の鋏だって、展開をこちらに向けてくれるものだ。私は諦めずにエスカを責め続けた。攻撃の手を緩めず、接近を許さない。少しでもいい。隙を見せてくれればいいのだ。


 だが、相手は強かった。


 食べる分、あるいは、身を守る分しか戦う機会のない私に対し、彼は世界各地に派遣されるアルカ聖戦士として数々の危険を潜り抜けてきたのだろう。それで身についた判断力はさすがとしか言いようがない。結局、私と彼には実力差があったのだ。


 いや、それだけじゃない。

 魔力を無駄に消費することが増えるにつれ、立ちくらみが生じた。集中力の低下が著しい。いつもよりも体がうまく反応しなかった。


 何故だろう。一瞬だけ考え、すぐに結論に至った。


 そうだ。疲労だ。疲労が回復していない。


 宿に泊まっていたあの夢魔は、とんでもない爪痕を残していた。蚊に刺されたようなものだと思っていたのに甘かった。一時の昼寝の間に、一体、どれだけの精気を奪っていったというのだろう。思い出してしまったが最後、後遺症が私の集中を大きく削いでしまった。


「あ……」


 勝敗はあっという間に決した。私は身動きが取れなかった。


 エスカの聖剣を喉元に突き付けられてしまっては、動きたくても動けない。彼の手が動けば、私は即死する。今までに感じたこともないほどの緊張だ。


 ニフテリザの手を放してしまったのはいつだろう。解放された彼女は怯えたままルーナの傍まで逃げていた。私たちの戦いに巻き込まれぬ場所から見守り、怯えているらしい。その眼にはどう見えているのだろう。いまだ、判断がつかないままなのかもしれない。

 だが、このままではすべてが決まる。強制的に、ニフテリザの判断が決まってしまう。


「さて、もう一度、言わせてもらおう」


 エスカは言った。


「身を引くと誓え。ならば、私も君たちを見逃そう。ニフテリザを引き渡すと約束するならば、飼い猫共々斬ったりしないと約束する。〈赤い花〉は見つけ次第、保護せよとリリウム教会に言われているが、この際、見なかったことにしてやる。その女を渡すと約束するのならね」


 信用ならない約束だが、それに縋りたいほどには恐ろしかった。

 ほんの少し、エスカが力を籠めるだけで私は死んでしまう。そんな状況下で反抗的な態度がとれるはずもない。だが、素直に従って頷くということも出来ないほど、畏縮してしまっていた。


「どうした、怖いのか。言わねば、本当に斬ってしまうぞ。ああ、それとも、君もニフテリザと共に我が故郷に来たいのかな。世にも珍しい〈赤い花〉の生き餌とあらば、一族の者たちも大いに喜ぶだろうね」


 戸惑ったままの私をエスカは脅す。どうするべきか判断がつかない。聖剣の圧力がそれだけ辛いものとなっていた。ニフテリザを渡すべきか。渡せば、私とルーナは助かるが、ルーナはきっと私を軽蔑するだろう。しかし、敗北は絶望に繋がってしまう。私はともかく、〈金の卵〉であるルーナはどうなってしまうというのだろう。

 どう転んでも暗い未来しかない。どうすればいいのか。

 だが、そんな時、私とエスカはほぼ同時に別の存在に気づいた。いつの間に来たのだろう、この場を見つめている人物が増えていたのだ。


「……カリス」


 私たちからも、ルーナたちからも離れた場所で、麦色の狼は座り込んでいた。

 久しぶりに目にしたその姿。じっとこの様子を見つめている。魅惑的な眼差し。まるで一つの芸術作品のようで、状況さえ忘れてうっとりとしてしまった。


「心配するな。邪魔はしないと約束しよう」


 彼女はエスカにそう言った。


「私はただ、その女がどうなるのかに興味があるだけだ。吸血鬼の村の生き餌にするのなら、一生逃がさないようにしておくれよ」


 しかし、好意的なカリスに対し、エスカはかなり不快感を表した。

 無理もない。相手は人狼だ。私にとっては好ましい獲物だが、他者にとっては違う。とくに人狼と吸血鬼は仲が悪いという伝承がある。

 恐らく、捕食者としての本能だろう。かつて読んだ本によれば、敵対捕食者の存在には不快になるのが生き物の定めなのだそう。

 どんなに理性的にふるまう戦士であっても、生き物の本能はあるのだろう。エスカは本に書かれていた通りの反応をした。


「失せろ、野良犬」


 先ほどとは打って変わって口調が荒くなる。人狼のことが気になって仕方ないのだろう。その注意は完全にカリスへと向いていた。これをチャンスと言わず、何という。


 ――今しかない。


 躊躇いなんてなかった。この行動によってニフテリザが何を思おうが関係ない。

 私の頭の中にあったのは、生存への欲求とルーナを守るということだ。そこへ、カリスの登場という興奮も加わった。人狼の姿はやはりいけない。冷静さがすぐに消え去ってしまう。こんな状況じゃなければ、今すぐにでもカリスを捕まえて、痛めつけてしまいたいのに。

 今すぐ解消できない欲求を感じると、聖剣への恐れなど跳ね返せた。頭にあるのは、目の前の邪魔者に対する苛立ちばかりだ。


 ――蜘蛛の糸の魔術《切断》


 エスカが気づいたときには、もう準備は整っていた。いかに吸血鬼とはいえ、まともにこの魔術を食らえばおしまいだ。人狼を殺すときと何も変わらない。あっさりと、むしろ、良心的に、エスカの命は散り散りになった。残す言葉は勿論、断末魔の叫びすらなく、塵よりもおぞましい異臭が漂い始めた。

 ことりと何かが落ちる。あの聖剣だ。黒々とした血だまりの中で輝いている。ニフテリザも、ルーナも、呆然としている中、カリスだけは平然と人の姿となり、恐れることなくエスカの亡骸の転がる中へと歩んだ。


「相変わらず、悪趣味な技だな」


 そう言って、彼女は私のことも恐れずに地面に落ちる剣を拾う。

 私の方は魔術を放った反動と、疲労、カリスの姿による感動と、そして、動揺がぶつかり合い、満足に動くことが出来なかった。

 カリスの姿に興奮しているのだろうか。今更になって夢魔にやられた後遺症が牙をむいてきた。体が疼いている。我慢ならない。

 早くあの体に糸を這わせたい。美しい彼女を食べてしまいたい。私のものにしたい。

 沸き起こったのは性欲などではなく、食欲だった。


「こうなってしまっては、もう何もできない。せめて、苦痛が一瞬で終わることが救いか」


 そう言って、カリスは拾った聖剣を眺めた。その表情の美しい事。魂が欲しい。だが、彼女の持つ剣の輝きは恐ろしい。

 複雑な心境で判断のつかない私の表情をちらりと眺め、カリスは小さく笑った。


「どうやら、この剣の力は馬鹿に出来ないようだな」

「聖剣は人狼のあなたにだって毒よ」


 辛うじてそう脅しては見たものの、カリスは更に笑うばかりだった。


「そんな事、分かっているさ。だが、魔女や魔人に与える影響に比べれば、恐れるようなものじゃない。吸血鬼だってそうだろう。だから、この男にもこれが扱えたのだ。ラヴェンデルに住む、知人の人狼にだって、家柄がよくて聖戦士などという職に就けたものがいるんだ。だから脅したって無駄なこと」

「その剣で私を殺す気?」


 内心、焦りはあった。だが、悟られては終わりだ。こちらにも策はあるのだと見せかけるためにも、私は出来るだけ声を低めてそう訊ねた。そんな私を見て、カリスはどう判断しただろう。

 用心深い獲物は愛おしい。カリスがそういう狼だという事はよく知っている。その為だろうか、それ以上、私に近づくことはないようだった。


「そう焦るな。聖なる武器の恐ろしさはゆっくりと教えてやる」


 やはり、人狼は人狼。世の大半の者に恐怖を与えていようと、私の命を長らえさせる大地の恵みに過ぎない。聖剣を持っていようと、その能力が格段に上昇するわけではない。

 恐れは捨てて、冷静に捕えればいいだけの話だ。


「じゃあ、早く教えてくれたらどうなの。腰抜け狼さん」

「せっかちな奴。確かに、今すぐにお前を殺せば、今後の安全と共に美味そうな人肉と高値で売れる〈金の卵〉とかいうおまけが付いてくるわけだ。……ああ、お前の〈赤い花〉もついでに売り飛ばせるか。長年の相棒を失ってしまったが、人生をやり直すだけの金も力も十分、手に入りそうだ」

「ルーカス、彼は勇敢だったわ。今のあなたとは違って」

「そうだな。彼はいい男だった。勇敢でもあった。だが、お前を殺しても、彼はもう戻ってこない。敵を討つなんて無意味なこと。それに、これは敵討ちなどではない」

「そ、じゃあ、さっさと戦いなさいな」


 そう煽れば、カリスはゆっくりと私の目を見つめてきた。怒りに満ちた獣の眼光だ。あの目を待っていた。呼び込むと同時に蜘蛛の糸の魔術で捕らえるのだ。

 今日こそ、彼女をいただく時。かねての予定よりも随分と遅れたものだ。


「戦う? 違うな」


 聖剣でくうを切ってから、カリスは真っすぐ私を睨んだ。


「私がするのは教育だ。生意気で世間知らずのお嬢さんに、爪と牙とこの剣を使って少しずつ世の中を教えてやろうじゃないか。人狼の恐ろしさを、夢魔にさんざん弄ばれたというその体に叩き込んでやろうか」


 そう言ってカリスは走り出す。


 夢魔のことを、何故彼女が知っているのだ。

 理由は何であれ、知られているのは厄介だ。あの剣に少しでも触れれば死ぬ。疲労もある今、カリスと戦うのでさえ困難かもしれない。

 しかし、私は恐れを捨て、集中した。勝ち負けが頭になかった。ただカリスが欲しい。その気持ちだけで戦おうとしていた。

 殺伐としたものが、この私とカリスを繋いでいる。殺してもいい、殺されてもいい。恍惚としたものが私の中にあった。


「駄目!」


 だが、そんな空間を崩壊させる声は響いた。


 私もカリスも予想していなかったことが起き、戦いは中断した。聖剣を手に飛び込んできたカリスと、それを受けようとしていた私との間に、別の者が割り込んできたのだ。くすんだ金の髪の色が目に焼き付く。ニフテリザだ。ルーナと共に離れた位置から怯えた顔をしていた彼女が、いつの間にか私を庇うように立ちふさがっていたのだ。


 その姿に、カリスは動揺していた。剣を止め、斬るのを躊躇ったらしい。人間を平気で食らう彼女に躊躇う理由など何処にもないはずだが、予想していなかった行動に面食らったのだろう。私の方も同じだった。ただの人間の娘が飛び込んでくるなんて想像できるだろうか。それも、たった今、恐ろしい光景を目の当たりにしたはずなのに。


「お願い、この人を切らないで!」


 ニフテリザはそう叫んだ。カリスが何者なのか、今見ていたはずなのに、懇願などという愚かな行動に出たのだ。


「分かっているのか?」


 カリスはニフテリザを前に、そう言った。


「そいつは魔女だ。それも、お前の愛した男を無残な姿にしたのだぞ?」


 だが、ニフテリザは必死に首を振るばかりだ。人狼相手に退こうとしない彼女に、カリスは困惑した表情を見せた。結局、ニフテリザを切ることは出来ずに、そのまま軽々と飛んで、後退した。何故だろう。その目がニフテリザを恐れているように見えた。


「興醒めだ」


 そう悪態を吐くわりに、ニフテリザという異質な存在に戸惑っている。その点に関しては、私も同じだった。魔女を庇う人間がいるだろうか。ああ、まさにいま、目の前にいる。異様なほど正義感のあるその行動に、不気味さを感じてしまった。

 魔物が日光を嫌うようなものだろうか。それとも、これが、理解不能な価値観に触れてしまった時の人間の気持ちだろうか。


「仕方ない。その勇敢で馬鹿なお嬢さんを讃えて、今日の所は見逃してやるよ。せいぜい、この剣のきらめきに怯えているといい。楽しみにしていなよ、アマリリス」


 そう言い残し、カリスは影道えいどうへと逃げ込んでしまった。しばらく戻ってくることはないだろう。

 あとに残ったのは、私とニフテリザ、ルーナ、そして、生々しい臭いのする悲惨な亡骸だけ。恐ろしく晴れた空の下で、私たちはただカリスの消えた方向を見つめていた。


 アリエーテの町はまだ混乱しているのだろうか。追手らしき影はもう何も見当たらなかった。

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