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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 ウィル

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2.聖竜の眠る島

 港は不気味なほど爽やかな風が吹いていた。

 空を飛ぶ海鳥たちも、それに混じって風に乗る魔鳥たちも、人々の間で起こっている騒動には無関心のようだ。それだけ、悠々と空を飛んでいた。水面を跳ねる魚たちも同じである。しかし、この中にも死霊どもに味方する魔物や魔族が姿を変えて混じっているかもしれないと思うと、緊張感がさらに増した。


 教会の手配した船はやや大きいが、ラケルタ島に向かう者たちを乗せるとかなり狭く感じた。ウィルをはじめとして、カルロス、グロリアといった馴染みの者から、あまりよく知らないクルクス聖戦士も一緒だ。

 聖地に起きた異変により島への立ち入りが可能になった鳥人戦士のラミエルと角人戦士のイポリータ、かねてからラケルタ島で働いていたという人間戦士である男三人衆のエド、シャルル、ニコ、ウィータ教会に仕えている怪力が自慢の人間戦士のベアトリス、人狼戦士のラヨシュ。

 そして我々の影に潜んでいる吸血鬼戦士のペトルと、伝令役を引き受けている翅人戦士のパピヨン、アラーニャである。


 船の圧迫に加え、名前を並べてみれば多く感じるが、敵のひしめき合うラケルタ島に乗り込むにはあまりに少数だ。だが、少数の方がいいこともある。戦いの状況によっては、敵を増やす原因にだってなるのだ。こちらの敗北が、そのまま相手の戦力になってしまう。とくに人間戦士を連れて行くのは非常に危険なことだった。だから、ここに選ばれた四人の人間たちは、相当の実力者たちとのことだ。

 もちろん、私たちだって魔の血を引いていることに甘えてはいけない。この戦いでもっとも失ってはいけない人物は常に私の隣にいる。目立つほどの赤い礼服に身を包み、まっすぐ島を見据える聖女の目は、気のせいだろうか虚ろにも思えた。


 今、彼女は何を考えているのだろう。

 再び戦う意志を取り戻して以来、アマリリスは人が変わったように以前のような姿を取り戻した。少なくとも半地下に閉じ込められていた頃とは違う。聖女らしく着飾って、指輪をその手に光らせている今も、武器を持たずして戦士のような頼もしさが確かにある。


 だが、時折、私は感じたのだ。不気味だ。あまりにも違う。ルーナの死に傷つき、己の命運共々引きこもろうとしていた彼女の姿を思い出せば思い出すほど異様にすら感じた。

 本当に吹っ切れただけなのだと思えば安心だ。だが、果たしてそうだろうか。もしも、違ったとしたら。今もなお、無理をしているのだとしたら――。


 潮風を浴びているうちに、船はあっという間にラケルタ島に近づいた。段々と不穏な気配が漂う中、数名いる船の漕ぎ手たちは険しい表情を見せ始める。戦士でもなければ、教会の者でもない彼らは、この仕事を引き受けるにあたって、相当な危険手当が出たのだと小耳に挟んだ。

 しかし、金なんてものは使うことが出来なければ屑同然だ。せめて、引き継ぐ家族でもあれば話は違うのかもしれないが、あらゆる海の脅威に慣れているだろう彼らすらも、このラケルタ島の不穏さには動揺を隠せなかったらしい。


 イムベルの港から見えるよりもずっと、ここは陰気臭くて嫌になった。おそらく多くの人間たちは勘違いしているかもしれないが、死霊たちの醸し出す陰気は人狼好みのものではない。私から見ても不気味で気持ちの悪いものだった。

 ラケルタ島に寄せるにあたって、船の漕ぎ手の一人がウィルにそれとなく相談をしている。彼は戦士ではない。だが、故郷イムベルの危機には思う所があったらしい。不気味さに正直な反応を見せつつも、腰に隠した短剣を指し示してウィルに何かを説明している。

 しかし、ウィルは竜人らしい落ち着いた表情でただ静かに首を横に振っていた。


「いよいよね」


 船を降りようとしたその時、真横から冷たい風のような囁き声が聞こえ、私はそっと視線をやった。アマリリスはじっと大聖堂を見上げていた。

 竜が宿る島の頂は、かつてイムベルでもっとも神聖な場所だった。だが、今はきっとイムベルでもっとも邪悪な気配の漂う場所となっているだろう。

 この不気味さを言葉にするのは難しい。いるだけでピリピリする。身体の底から震えあがるような邪気を感じる。それがここで経験した忌まわしい戦いの記憶によるものなのか、ここを支配している死霊共の存在によるものなのか、それは分からない。

 ただ、長居したくないような場所となってしまっていた。


 しかし、アマリリスの表情は奇妙なまでにいつも通りだった。快も不快も感じ取れない無の表情。美しいその濃褐色の目で見つめているのは何なのか。敵意すら感じとれない彼女の様子が気にかかった。


 ――ああ、そうだ。


 私はふと気づいた。

 今の彼女は昔の彼女の印象と似ていたのだ。魔女の性を満たした後の、恍惚とした彼女の姿に。


「リヴァイアサンの嘆きが聞こえる」


 ぽつりと彼女は呟いた。


「嘆き?」


 訊ね返してみると、アマリリスはぎこちなく肯いた。


「とても悲しそうな声。花嫁を奪われて、哀しいのね」


 私には何も聞こえない。聞こえるとすれば、騒がしい海の音だけだ。あとは、海鳥たちのぎゃあぎゃあ騒ぐ声くらいだろう。いずれ、他の喧騒も生まれる。死霊たちはすでに私たちの上陸に気づいているかもしれないのだから。だが、少なくとも今は、静寂と言ってもいい状況だった。


「きっと波の音だろう」


 そっと囁くと、アマリリスは奇妙な微笑みを浮かべた。


「……そうかも、しれないわね」


 私はそっとその表情を窺った。

 何を考えているのだろう。ふとした瞬間に不安になった。手には指輪がしっかりと嵌っている。敵意も全く感じられない。それでも、彼女の表情の端々には、笑いながら同胞を殺していた姿が浮かび上がることがある。

 魔女の性がアマリリスの本性の全てだと理解してはいない。性を満たし、冷静になってから、震えていた彼女の方が真の姿だと思いたい気持ちは絶対にある。

 だが、この不安は何だろう。不気味さの根源は何だろう。

 アマリリスが今、この瞬間に何を考えているのか、どういう気持ちで戦いに臨もうとしているのか、それを読み取ることはとても難しく、怖いと感じたのだ。


 我らが聖女の姿を見つめ続け、不安を表に出さぬように気を付けているうちに、戦士たちが先へと進んでいく。船は再び海へと出て行き、そのまま対岸へと戻ろうとしている。死霊たちから船と漕ぎ手を守るためだ。最初からその予定だった。すぐに逃げることは出来ない。それだけに、緊張も増していく。そんな中、戦士たちは恐怖をおくびにも出さずに先へと進んでいった。

 

 大聖堂の出入り口は一つではない。しかし、その全てが監視されていることは明らかだ。

 ならば、何処から突入するのがいいのか、クルクス聖戦士としてずっとこの地で生きてきた人間戦士の三人衆ニコ、エド、シャルルはウィルに助言した。


「聖マル礼拝堂ならば、正面玄関よりも街道を逸れた先にある非常用通路の方が少しだけ近いはずです」


 そういったのは、ニコであった。金髪を爽やかにまとめており、明るい印象の顔立ちには、まだ幼さも垣間見える。だが、これでも成人してから長く、中堅の戦士だと聞いている。

 エドやシャルルも似たような年齢だった。エドは黒髪に鍛えぬいた肉体の印象的な男で、シャルルは小柄だが人間にしては身軽な男である。

 いずれもイムベルの窮地と聞いて居ても立ってもいられず、大聖堂を普段からよく知る者として同行を志願した者たちだ。かの襲撃による心身の傷にも耐え忍び、剣を手放さなかった戦士たちでもある。


「しかし、非常用通路は狭く、もしも待ち伏せされていれば身動きが取れない危険性もあります。カルロス隊長やラヨシュのような方はともかく、我々のような人間戦士ですと戦いづらいというのが正直なところです」


 そう付け加えるシャルルに、ウィルは頷く。


「死霊たちも、楽に通してはくれないだろう」


 竜の目を細めて、彼は己の影に向かって呟いた。そこにはペトルとパピヨン、アラーニャが潜んでいる。


「お前たちは先に行ってくれ。たどり着いたら、安全な影の中に潜んでいてほしい。我々は正面から行く。何かあった時は、絶対にひとりは逃がし、教会へと伝えてください」


 ウィルの言葉を受けて、すぐに、私たちの足元から気配が遠ざかっていった。それを見送ってから、ウィルは大聖堂を見据えた。


「気を引き締めましょう。今すぐにでも襲われる危険性はある」


 だが、その言葉とは裏腹に、すっかり巡礼者の群れを失った聖道を通る間も、辺りは静寂に包まれていた。ここにたくさんの死霊がいることすら忘れてしまいそうなくらい、彼らの声は聞こえてこない。

 それは、大聖堂の正面扉が見えてきてからも変わらなかった。


「……誘い込むつもりか」


 思わず唸ると、すぐ隣でアマリリスがそっと私の手に触れた。


「怯えているだけよ」


 確信を持ったかのような言葉だった。幸いにも、他の者たちには聞こえていない。私もまた聞き流すことにして、先導するウィルたちに続いた。


 最後尾はラヨシュとベアトリスが守ってくれている。張り詰めた空気の中、私たちはついに大聖堂へと戻った。開け放たれたままの扉の向こうでは、異様な臭いがした。床は血痕が残ったままで、清掃もままならない。遺体は命懸けでほぼ全て回収できているが、それにしても誰の姿も見当たらない。

 もちろん、見えないから居ないなんてことは考えない。死霊という者たちは因縁の強い場所に突然現れる。亡霊のように床から現れ、消えていく。ここで死んだ者は勿論、彼らの女王たるサファイアの命令で呼び出された者たちも、自由に現れるはずなのだ。

 だが、中へと踏み込んでも、その姿はなかなか拝めなかった。


 ――どういうことだ。


 周囲を窺いながら、襲撃の気配にのみ半ば怯えていると、突然、耳を劈くような轟音に見舞われた。突如として、光が遮られた。急に扉が閉まったのだ。それが合図となった。ざわめきが生まれ、私たちの周囲に多くの眼光が現れ始める。一度は失われたはずの命の眼光が私たちをすっかり取り囲んでいた。

 死霊たちだ。大聖堂の者もいれば、そうでないだろう者も紛れている。


 ――やはり、誘い込まれたか。


 しかし、取り仕切る者の気配はない。どうやら、サファイアは不在のようだ。


「言ったでしょう。怯えているのよ」


 アマリリスが隣で不可思議なことを呟く。近くにいるベアトリスやラヨシュに聞こえていないことを祈りつつ、私はとっさに狼へと姿を変えた。威嚇するなら人間でいるよりもこちらの方が効果も高い。期待通り、私の姿を見た死霊の数体が、すぐに距離を置いた。


 ウィルは警戒しつつも、一歩、二歩と先へと進む。彼らとはぐれるのはよくない。場所は聞いているが、共に向かった方がいいのは明白だった。だが、そんなことは死霊たちだって分かっている。エントランスの中心にも行かないうちに、奴らは一斉に襲い掛かって来た。


 途端にウィルやカルロスの号令が響き、後ろでラヨシュが景気付けの遠吠えをあげた。それを把握したところで、近くにいた死霊たちとの交戦になった。恐怖を絶対に悟られないように、爪と牙、そして腕力に頼ると、呆気なく敵はなぎ倒されていった。

 よくよく見れば死霊の中で武器らしき武器を持っているのは一部で、後は死霊として見につけた力だけを頼りに襲い掛かろうとしている。全ての暴力を無に帰してみせたサファイアならばともかく、ただの死霊に出来ることは人間に毛が生えた程度だ。一体や二体などは私の敵ではない。


 しかし、如何せん、数が多い。しかも、どれだけ同胞を土塊にしてやっても、奴らは私などには目もくれず、私が絶えず傍を守ろうとするアマリリスに強い関心を見せていた。勿論、知っているのだ。この女こそが、彼らの未来を閉ざす張本人たる人物なのだということを。だから、ここまで無理をして襲い掛かって来るのかもしれない。


 アマリリスはというと、この危機的状況においても不自然なまでに落ち着いていた。いや、落ち着いているというよりも、無関心なまでに暢気なものだった。戦いながら彼女を守り、そして、私は焦った。

 やはり、おかしい。まだ万全ではないのではないか。立ち直ったと人々は早々に信じたが、指輪を受け入れたばかりの頃の彼女とは違う。

 傷心の影響なのか、はたまた、全く違う理由でもあるのか。それは分からない。ただ、本当にここに連れてきてよかったのか。そう思わずにはいられなかった。


 けれど、アマリリスはそんな私の疑問を吹き飛ばすように、冷たい声で呟いた。


「カリス、下がって」


 命令染みたその言葉に渋々従ったその直後、アマリリスの手で指輪が光り輝いた。一瞬だけその目の色も奇妙な輝きを見せる。そして、指輪の約束する無限の魔力を元に魔術は発動した。魔女の力に関して、私は無知である。しかし、この魔術の事はよく知っていた。


 蜘蛛の糸の魔術。切断と緊縛、そして磔刑からなる恐ろしい魔法。私の友を、かつて奪った銀色に輝く糸が、一瞬にして多くの死霊たちを滅ぼしてしまった。自らの力の犠牲者たちが土塊へと姿を変える中、そのことには興味も示さずにアマリリスはウィルたちが目指す行く手へと目を向けた。戦う彼らの方へと近づこうとしているのに気づいて、私も慌てて近寄った。


 左右ではイポリータとラミエルが、後ろではラヨシュとベアトリスが、死霊たちを留めている。エドたち三人もそれぞれ死霊を減らすことで必死だった。ウィルとグロリア、そしてカルロスも同じだ。ウィルの目指そうとする廊下への入り口は、固く守られていた。斬っても、斬っても、死霊の数は減りそうになかった。

 そうしているうちに、死霊たちの群れの中から二人の人物が現れた。その姿を目にして、ウィルたちは動揺した。無論、私も同じだった。忘れもしない。その二人は、見知った顔だったのだ。

 ゾロとゾラ。海巫女ブランカの従者で、マナンティアル家の血筋の者。この場所に倒れ、そのまま埋葬された双子の兄妹がそこにいた。


 違う。本人ではない。皮をかぶっているだけで、中身は悪魔のようなもの。誰だって、分かっているはずだ。だが、ついこの間まで共に旅を続けた者たち――そして、死を悼み、埋葬もしたはずの者たちがこうして目の前に現れるという衝撃は、なかなか慣れそうになかった。


「お久しぶりですね、皆さん」


 そう言ったのは、ゾロだった。


「我々の事をまさかお忘れではないでしょう?」


 場違いなほど目を細め、ゾロはウィルとカルロスを見つめる。


「またお会いできてよかった。ブエナも奥にいます。それに、カルロス隊長、あなたの部下たちも」


 ――同じだ。


 私は怒りに震えた。死を招き、死を利用する。それが彼らの習性。

 それを理解していても、命ある者たちはべて死というものに弱い。吹っ切れる者もいるが、慣れ親しんだ者の蘇りを切望する者だっている。

 その気持ちを死霊たちは逆手に取る。そうして悪に導かれた者がいたのだ。本物の悪になってしまった者が。だから許せなかった。


「どうか、剣を収めてくださいな。私たちが来たからには、襲わせはしませんよ。ゾラと私はこの場にいる死霊たちを取りまとめる権限を譲られているのです。共に旅をしてきた仲ではありませんか。戦うのは終わりにしましょう」


 ゾロとゾラは武器を持っていない。だからと言って、この言葉を信じられる者はこの場にはいないだろう。ウィルは無表情のまま、カルロスは奥歯を噛みしめながら、ほぼ同時に剣を向けた。


「お前たちは偽物だ」


 ウィルが吠えるように言った。


「ゾロでもゾラでもない」


 突き付けるような言葉に、ゾロとゾラの姿をした死霊たちは共に笑う。分かっているのだ。ウィルだって動揺している。竜人とて人の子なのだ。偉大なるリヴァイアサンの子たちだと信じられてはいても、その心まで硬い鱗で覆われているわけではない。姿かたちは違えども、魔物と人間の心は生まれのみで異なるわけではないのだから。

 人狼だってそれは同じだ。それでも、カルロスは狼の姿でないことが不思議なくらい牙を剥くようにゾロとゾラを睨みつけていた。


「死者を愚弄するお前たちを許しはしない」


 そう言って威嚇したが、二人は全く動じていない。ゾラの姿をしたソロルが、にこりと笑って答えた。


「そうおっしゃるだろうと思っておりました。あなたはいつだって誠実な御方でしたから」


 物腰柔らかなその態度は、長い旅路で時折目にした生前の彼女によく似ていた。違う、その振りをしているだけだと思おうとしても、もしかしてと疑わずにはいられない。きっと私などよりも付き合いの長いウィルとカルロスは尚更だろう。

 だが、そう見抜きつつも、ゾラはむしろ煽るように言ったのだ。


「きっとあなた方ならば、私どもを容易く斬ってしまわれるのでしょうね。思い出よりも大切なこの世の正義のために。しかし、お忘れなく。主は私どもをお見捨てになられた。どうしてなのでしょう。これまで主のお導き通りに生きてきましたのに、どうして、私たちは今こうして死霊となって、あなた方に恨まれているのでしょうか」


 ゾラが涙を流したとき、周囲にいる死霊たちも釣られるように涙を見せ始めた。

 異様な空気だった。私たちの周囲で嘆きの声が響いている。それは、分かりやすい肉体的な暴力ではなく、精神が汚染されるような物々しい攻撃でもあった。

 ウィルとカルロスは剣を向けたまま、それ以上踏み込めずにいた。問答無用で動くことが出来ないのだ。私も同じだった。この状況をただじっと見つめているアマリリスの隣を守り、騒動を注意深く見渡すしかなかった。


 死霊は怖い。それはきっと、無法者の人狼を怖がる人間たちの心理に近いだろう。この場で私たちを見つめているのは、悪意のある者ばかりのはずだ。それなのに、奴らは親しげな人々の皮を着ているのだ。思い出というものを盾にして、感情という弱点を突き、我々に牙を剥いてくる。だから、怖くて憎かった。


「お兄様方、戦うのはもうやめましょう」


 ゾロの声が響く。


「こんな思いは懲り懲りです。せっかくこうして蘇り、再会できたというのに。いがみ合うなんて」


 惑わすような言葉と共にゾロとゾラが動き出した。さり気なく、ゆっくりと。親しみの面はいまだ脱がれていない。だが、死霊というものはその表情のまま人を殺す生き物なのだ。

 ウィルとカルロスが我に返り、剣を構えなおす。二人して動揺は明らかだった。生まれてこの方、人間の一員として生きてくることが出来た者らしく、躊躇いがあるのだろう。危険性が分かってなお、かつての親しみの心が弱点に代わってしまう。

 ならば、ここはケダモノとして生きてきたこの私が――。

 と、覚悟を決めたその時だった。風を切って私たちの間を抜け、ウィルとカルロスよりも先に飛び出していく者がいた。グロリアだ。

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