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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 ニフテリザ

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7.純粋なる少女

 広場で残酷なイベントが行われるのは昼頃だと聞いていた。

 それなのに、予定が早まったのだろうか。まだ太陽の光も昇り切っていない時刻に、大広間ではもう群衆が押し寄せていた。出来ればこんな広場は通りたくなかったが、通行禁止となっている通りも多く、結局、ここを通らねばならなかった。


 雲一つない快晴。ルーナにとっては煩わしい日光だが、目をこすりながらどうにか私に引っ張られ、歩いていた。しかし、そんな彼女も、町の異変には敏感だった。私は焦り気味に先へ進もうとした。だが、ルーナはここぞという時に頑固さを出してくる。


「ねえ、アマリリス」

「ルーナ、行きましょう。人が集まってきている。混む前に出なくては」

「ねえ、広場の大イベントって何なの?」

「私たちには関係のない事よ」


 そう言って引っ張ろうとしたが、ルーナは抵抗した。

 主従の魔術にも絶対服従の力はない。相手の心を自分という存在に縛ることは出来ても、そのすべてを思い通りに動かすということは不可能らしい。いつもならば、それなら仕方ないと諦められることだが、今日は苛立ちを覚えた。


「ルーナ、言う事を聞きなさい」


 名前を強調し、魔術の効力を期待するも、あまり効果はない。ルーナは不安そうに私の表情を見つめ、そして、群衆の隙間から見える処刑台へと注目した。


「ねえ……」


 震えた声でそう言った時、広場が急に静かになった。


 ――早い……。


 始まってしまったのだ。

 聞こえてくるのはアリエーテの町に駐在している第十デチモと呼ばれる階級のクロコ兵の声だ。雑務が多く、特にああいう地方の処刑の現場にて活躍すると聞く。群衆を制す言葉の後、別の男が祈りを捧げる。アリエーテ教会の司祭の言葉だ。


 見ない方がいいと分かりつつも、私はちらりと処刑台の様子を見てしまった。真っ先に見えたのは、よりにもよって女の姿だった。何故、分からないのかと呆れるほど、純粋なる人間の気配しかまとっていない。心を落ち着けて目を凝らせば、彼女の周囲に青いオーラが確認できる。これは、聖竜リヴァイアサンの色と言われるものだ。すなわち、人間の血しか引いていないことの証拠。


 魔女の私でさえ集中せねば見えないのだから、分からなくても仕方がない。

 それでも、こうして見つめている人々全員が、彼女を本当に魔物だと思っているわけではないと思うのだ。たとえば、クルクス聖戦士は見抜けている可能性もある。それでも、民衆の内の誰が魔物で誰が魔族であるかなど彼らは口外しない。世に混乱をもたらしてしまうからだと聞いている。

 彼女を庇う材料が少ないとなると、誰もあの状況を止められない。

 それに、宿の主人や私自身が感じているように、誰もかれもわが身は可愛い。あまりにも庇えば共犯として殺されることもあると聞く。それが怖いから、こうして見ていることしかできない。


 ニフテリザ。その名前を思い出した。疲労のためだろう。やつれており、色もくすんでいるが、金色の長髪は目立つ。カリスの姿に少々似ている気がして、目を奪われた。しかし、あの娘は人間だ。外見的特徴がやや似ているだけで、人狼特有の気配も全く感じられない。


「ねえ、あの女の人、どうなっちゃうの?」


 不安そうにルーナが訊ねてきた。適当にあしらおうとしたその時、その声を聞いた町の男性が振り返った。そして、不安そうなルーナに気づくと、彼はお節介にも教えてくれた。


「彼女はああ見えて魔物なんだってさ。これ以上悪さをする前に、今から処刑されるんだよ」

「しょけいって……?」

「死んで罪を償うということだよ。お嬢さんもああいう輩には気をつけなさいね」


 そう言って頭を撫でる。私は角が立たないように彼に頭を下げると、ルーナの手を引いてその場を去ろうとした。しかし、ルーナは素直について来てくれなかった。お節介な男性は私たちを見送ると、再び傍観しはじめた。その様子を確認してから、ルーナは私の袖を引っ張る。


「ねえ、アマリリス」


 甘えるような声に、ため息が漏れる。


「お願い、わたしの話を聞いて」

「この町を出てから」

「あのね、わたしには分かるの」

「しっ。あまり大声を出さないの」


 すると、ルーナは私を見つめて囁いた。


「あの人は魔物なんかじゃない。誤解だよ。可哀想だよ。お願い。助けてあげて」

「静かに、他の人に聞こえるわ」


 小声で諭すも、ルーナは今にも泣き出しそうな顔をしている。あまり目立つような行動に繋がってはまずい。

 だが、ルーナの頼みは私の足を鈍らせた。これもまた主従の魔術による副作用なのだろうか。彼女の必死の頼みを無視して進むのは、とても気が引けた。何故だか、得体の知れない不安が生まれたのだ。

 ルーナは私の袖を強く引っ張っている。どうしても、処刑台に立つ見ず知らずの女を見捨てられないのだろう。

 〈金の卵〉の瞳に、あの光景はどのように映っているだろう。


 ああ、なんてことだ。生粋の魔物であるこの子の方が、中途半端に人間の血を引く私よりもずっと、清らかな心を持っている気がするなんて。


 私はとうとう立ち止まり、もう一度、処刑台を見つめた。

 いよいよその時は来る。クロコ帝国の聖なる斧が罪のない国民の命を吸い取る時間が来ようとしている。この様子をあの聖剣士も見ているのだろうか。どうにか助ける方法を探していると言っていたが、間に合わなかったわけだ。どれほど無念だろう。

 真犯人である本物の吸血鬼もこの場を見ているのだろうか。そう思うと、どんなに可哀想でも、ますます関わりたくなくなってしまう。首を突っ込まないことこそ、賢い世の中の生き方だろう。よく分かっているし、私の本心はそちら寄りだ。


 しかし、私はもう立ち去ることが出来なかった。

 だって、愛するこの子がそれを望まないのだから。


「ルーナ」


 私はそっと彼女に告げた。


「私が合図したら、黒豹になって」

「え?」

「いいから、そうして」

「……分かった」


 この広場全体に魔術をかけるのは、そう簡単なことではない。けれど、アリエーテの町に来てから、聖剣士との約束通り、町に住み着いていた人狼の魂をいただいたこともあって、力に余裕はある。

 養母のニューラによる本格的な魔術の指導のいくつかは、あまり使用しないものだったが、こういう状況においてはとても役に立つ。


 ――蝶の大群の魔術《幻想》


 使うのは久しぶりだ。しかし、一度身についたものはなかなか忘れたりしない。お陰で、この魔術も問題なく発動した。


 一匹の白い蝶が何処からともなく飛んでくる。それにつられて、ありとあらゆる蝶が現れ、いつしか人々の注目を集め始める。それでも処刑は執り行われるはずだったが、私の意図もあり、残酷なこのイベントを進行しようとする第十デチモや司祭、助祭の邪魔をし始めた。そして間もなく、通り雨でも降るように、一気に蝶々の数が増えたのだった。

 人々が恐れおののき慌て始める中、私はそっとルーナに指示を送った。黒豹のようなその姿にまたがると、ルーナは軽々と私を処刑台まで運んでくれた。呆然と広場の様子を見ているニフテリザの傍まで近づき、蜘蛛の糸の魔術でその拘束を解くと、彼女が騒ぐより口元を塞ぎ、その体を引き寄せた。


「ルーナ、逃げよう」

「う、うん……!」


 戸惑うニフテリザをしっかりと捕まえ、ルーナに跳躍させる。幻想の魔術はまだ群衆の心を引きつけている。私たちの姿は勿論、ニフテリザがいなくなっていることにも気づかないだろう。ニフテリザは何が起こったのか分からない様子で、ただ茫然と蝶の大群に怯える人々を眺めていた。


「何処まで行けばいい?」

「町の外まで」


 短く答えると、ルーナは分かったと素直に頷いて走り続けた。広場を抜けても、目撃者は殆どいない。誰もが無言の圧力を感じて広場に集まっていたのだろう。時折、町人の姿はあって、人を乗せて疾走する巨大な黒豹の姿に驚愕していたが、そんな彼らの姿もあっという間に遠ざかった。


 町を抜ける、そんな時になってようやくニフテリザは口を聞いた。


「あ、あなた達は……」


 震えた声だった。


「怖がらないで。ただ助けただけ。見捨てられないってルーナ……この子が言ったから」

「ルーナ……」


 その目がルーナの背中へと向く。怯えてはいるが、拒絶するほど過激なものは感じられない。それどころか、しばらく経つと驚きも薄らいだとみえて、ニフテリザはそっとルーナの背中に声をかけたのだ。


「ありがとう」


 意外な言葉だった。もっと拒否されるとばかり思っていた。面倒なことにしかならないと思っていたのに、ルーナの姿に驚きつつも、礼を言えるとはなかなか面白い。


「いいの、助けたのはアマリリスだもの。わたしは助けてってお願いしただけ」


 走りながらルーナは言った。厳ついその容姿にもかかわらず、脳裏にはいつもの無邪気な少女の姿が浮かび上がる。ニフテリザはというと、もうルーナへの戸惑いは殆ど消えたと見えて、今度は私へと目を向けてきた。


「アマリリス……あなたの名前?」

「そうよ」

「あなたは……人間……ではないの?」

「さて、どうかしら」

「まさか、吸血鬼?」

「それは違う。この間来たばかりだもの。吸血鬼は……たぶん、追ってきている」


 来ている。背後から強い気配を感じる。あれは人間じゃない。吸血鬼のものだ。恐らくこの騒動の真犯人だろう。面倒なことはこちらにあった。

 ニフテリザを狙ってなのか、処刑を邪魔した私たちに危害を加えたいのか、もしくはその両方なのか分からない。覚悟の上だ。首を突っ込んだ以上、対決は免れない。どちらにせよ、町中で衝突するのは避けたいところだ。

 私とニフテリザを背中に乗せて、ルーナはアリエーテの町を飛び出した。町の入り口は案の定、門番によって見張られていたが、広場での喧騒に気を取られており、さらにそこへ猛獣が突っ込んできたとあって、誰もまともに止めることが出来なかったらしい。


「ま、待て!」


 そんな言葉が辛うじて聞こえたが、従うはずもない。ルーナを走らせ続け、アリエーテの町がかなり遠ざかる高台まで到達してから、ようやく止めた。


 振り返れば、町はかなり遠い。

 誰かが追ってきているなんてことはないだろう。まだ混乱しているはずだ。しかし、そんな期待を抱いた矢先、私は唯一の追手の存在に気づいた。

 馬に乗って追いかけてくる者の姿が見えたのだ。この辺りでもっとも逞しいとされる最高級の品種クラウンだ。嘘か誠かは知らないが、魔の血を引いていないのに塵の悪臭にも耐えて走るという。

 追いつかれる。

 慌てて逃げようにも、ルーナは疲れ切っており、とっくに姿も変わっていた。そうこうしているうちに、馬に乗ったその人物は私たちに追いついてしまった。


 見覚えのある人物だった。聖なる武器を携えた聖戦士。いつかアリエーテの夜に鉢合わせた、あの男だった。


「エスカ様……」


 ニフテリザがその名を呼ぶと、彼は黙って頷き、私をじっと見つめてきた。

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