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AMARYLLIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
8章 リヴァイアサン

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6.立ち向かう人間たち

 ソロルの気配を辿って進む間も、カリスは幾度となく私の行く手を阻もうとしてきた。殺されるという恐れはないのだろう。グロリアが来ないことを察するに、聖女を彼女に託してきたようだ。

 力差を感じていながらも単身で挑んでくるその勇気は認めてやろう。だが、聖獣たちの力を手に入れた私を――ましてや、死霊たちに守られる私を、そう簡単に止められるはずがなかった。何度も挑んでは何度も失敗する。そんなカリスとの鬼ごっこを楽しんでいるうちに、前方にて戦う者の姿が見えてきた。


 複数人の人間たちが死霊たちに取り囲まれている。四人いる。いずれも人間のように見える。男が一人、女が三人。女二人は逃げ場を失って怯えているばかりだ。女の一人と男が不慣れそうに死霊たちへ剣を向けている。いずれも修道士か、それに近い立場の者たちなのだろう。海巫女の血族であるマナンティアル家の人間たちかもしれない。彼らの役目は戦う事ではない。だが、この場において、そんな言い訳は通用しないようだ。


 死霊たちは嬉々として彼らを眺めていた。人間である以上、仲間になる資格がある。その事実を彼らが見逃すはずがなかった。その中にサファイアの姿をしたあのソロルはいない。彼女だけでなく、竜人戦士や海巫女と思しき人物も見当たらなかった。


 死霊たちが動き出す。真っ先に反応したのは、剣を持っていた金髪の目立つ女の方であった。見た目は頼りなく、持っている剣も安物だ。それでも、彼女の動きは町女のそれではなかった。鍛えられている。聖戦士ほどとは言えないが、戦える動きだった。修道士ではなく傭兵なのだろうか。遅れて、男の方も死霊と果敢に戦い始めた。


 かのソロルの恩恵を受けた死霊たちは弱いわけではないはずだ。それでも、捨て身の攻撃に一体、二体と切り捨てられていく。人が死ぬ時と変わらないとの散り際に、戦う術のない女二人が怯えているのが見えた。だが、そのうちの一方、ただの人間にしてはわずかに魔の気配を感じる不思議な容姿の女が、私の存在に気づいて指をさした。


「あれ……!」


 一斉に彼らが私を見つめた。こちらも人間であることは分かっただろう。しかし、この状況でただの人間であると思うはずもない。死霊に守られながら、進み続けているのだ。私が何者なのか、彼らもまた知っていてもおかしくはなかった。

 剣を手に戦っていた金髪の女が表情険しく立ちはだかろうとした。やる気だ。ならば、容赦するわけにはいかない。ソロルに会うまでは立ち止まれない。歩みを阻もうというのならば、斬って捨てなくてはなるまい。


 私が走り出すとすぐに声が聞こえた。


「ニフテリザ、逃げろ! そいつは只者じゃない!」


 カリスだった。その声に、立ち向かおうとしていた女の表情が変わった。彼女がニフテリザなのだろう。その動きが一瞬鈍り、男の方だけが駆けだした。


「ゾロ!」


 悲鳴に近い声があがった。戦う術をもたない女の一人によるものだ。恐らくこちらは普通の人間だろう。その顔は何処となくゾロと呼ばれた彼に似ていた。妹か、姉か、血の濃い関係なのだろう。

 いずれにせよ、その眼差しに配慮する気はなかった。猛り声をあげてゾロは襲い掛かって来る。その猛々しさは雄狐ゾロと呼ぶよりも、カリスのような狼に近い。手加減しようものなら、こちらが深手を負ってしまうだろう。

 竜人でも何でもないからと言って、手を抜くつもりは一切なかった。


「いや、ゾロ……!」

「ニフテリザ、彼女たちを連れて逃げるんだ!」


 カリスが非情なまでに叫ぶ中、ニフテリザはそれに従って二人の女の元へと駆け寄った。だが、その行く手は死霊たちに阻まれた。斬っても、滅ぼしても、次々に呼ばれてくる。この場所はもはや聖地でも何でもない。死に蹂躙され、滅ぶのを待つだけの場所となっているのだ。それを理解しているのか、ゾロはむしろ死を受け入れるかのようにこちらに突っ込んできた。


「裏切者め、覚悟しろ!」


 戦士でも何でもないはずだが、その迫力だけは竜人並みであった。だからと言って、素直に斬られてやるつもりもない。

 機会を見計らって飛び込めば、あっという間に生温かい返り血を全身に浴びることとなった。手応えは大きく、うめき声も聞こえてきた。振り返れば、そこには腹を抑えながらうずくまるゾロがいた。すでに死霊たちに取り囲まれている。もう長くはない。一瞬で勝敗は決まった。次なる相手は、と行く手を見つめると、いつの間にか先程までは震えてばかりいた女の一人が、ニフテリザからもカリスからも離れ、私のすぐ近くまで来ていた。


「ゾラ、戻ってきて!」


 仲間の女が叫ぶが、ゾラと呼ばれた彼女は従わない。その名前から察するに、やはり姉か妹だったのだろう。私の背後で最期の時を迎える兄弟を見つめ、そして、先程までは役立てる気もなかったとみられる剣をこちらに向けた。聖剣などではない。使い方もよく分かっていないだろう。それでも、彼女の目は逃げるという選択肢を失っていた。


「赦さない……」


 震えた声でゾラは言い、そのまま襲い掛かってきた。それをかわして返り討ちにするのは、あまりにも簡単だった。何も言い残さず、ただ恨みを込めた眼差しだけが変わらぬまま、ゾラは兄弟の元へと旅立っていった。


「酷い……こんなことって……こんなことって――」


 いまだ戦えずにいる女の一人が泣き出した。一瞬にして仲間が二人も死んだのだ。そしてもうじき、彼女もまた彼らのところに向かう事となるだろう。死霊たちに後片付けを任せ、私は歩みだす。


「まだやる気か」


 カリスとニフテリザに向かって訊ねた。二人とも焦りを強めている。カリスならばどうするか。恐らく影道へと退いて、海巫女たちの手助けに回るだろう。しかし、ただの人間であるニフテリザたちは、そうはいかない。背中を見せたところで私に追いつかれて斬られることは分かっていたのだろう。

 ニフテリザの選択は戦う事だった。教会に支給されたわけではなさそうな安物の剣をこちらに向け、立ちはだかる。その姿は勇敢であると言ってもいい。命を捨てる覚悟なのだろう。そんな姿でニフテリザは叫んだ。


「カリスは、ブエナを守って!」


 だが、カリスはそんな彼女を一喝した。


「バカ者! 逆だ! 逃げる気がないのなら、お前がブエナの元にいろ! お前に何かあれば、アマリリスに向ける顔がない」

「アマリリスはどうなったの?」


 ニフテリザの表情がほんの少し暗くなる。カリスもまた暗い表情で答えた。


「生きているさ。だが――」

「死にたがっていたよ」


 私はニフテリザに向かって告げた。


「貴様らの聖女様はもはや生きる気力がないようだ。生かしてやるのは残酷という者だろう。隷従を失った魔女に残された道は、ただ死ぬだけなのだよ」


 その言葉に、ニフテリザは息を飲んだ。


「隷従……失った……?」


 そう呟いてから、彼女は小さな悲鳴をあげた。


「ルーナ……まさか、ルーナが?」


 問うように呟く彼女に私は答えなかった。だがカリスの沈黙と、私の眼差しが答えとなったのだろう。ニフテリザは叫びながらこちらに向かってきた。


「このケダモノ!」


 カリスの制止も間に合わない。ニフテリザはその恨みを込めた一撃をこちらにぶつけてきた。すぐさま聖剣で受け止めるも、怒りの一撃は竜人のものかと見まがうほど重たかった。怒りという感情がただの人間の女に力を与えたのだ。動きはとてもいい。訓練しているのがよく分かる。聖戦士の戦い方にもよく似ていた。


「その動き、只者ではないようだな」


 攻撃を受け止めつつ問いかければ、ニフテリザは鼻で笑った。


「聖戦士を目指しているものでね。あんたとは違う、正義のために戦う存在に!」


 その横斬りをかわして距離を置く。正義のため。面白いことを言うものだ。けれど、分からないでもない。私だってかつてはそうだったはずだ。そうだったはずなのだ。


「どうして」


 ニフテリザは訊ねてきた。その足元が血で穢れている。ゾロかゾラの遺したものだろう。


「どうして、こんなことをするんだ。せっかくアルカ聖戦士になったのに……カンパニュラで学んだ人なのに」


 心底信じられないものを見つめるその目に、私は笑みを漏らした。何の笑みなのか、自分でも分からなかった。


「さあ、どうしてだったかな」


 剣を握り、私はニフテリザに向き合った。今、私がやるべきことは、呼んでいるソロルの元に向かうことだ。その行く手を阻む者は誰であろうと容赦しない。それだけだ。


「何だったにせよ、お前にはきっと分からないだろうよ」

「分かりたくもない!」


 そう言って、ニフテリザは飛び掛かってきた。動きはいい。だがそれは、ごく普通の女にしては、のことだ。盗賊や獣などを相手に傭兵として戦う程度ならば上手く立ち回れただろう。しかし、私は違う。


 渾身の一撃を剣で弾くと、彼女の身体は大きくのけぞったそこへ、返しの一撃を加える。痛々しい悲鳴と共にニフテリザは膝をついた。痛みが強いのか、そのまま意識が遠ざかり始めていた。それでも、まだ安心はできない。やられたふりをして立ち上がり、逆転を狙う者だって多々いるのだ。

 私は血の滴る剣を振り上げた。痛みに震えるその背中を躊躇いなく突き刺そうとした。ちょうどその時、邪魔者が飛び込んできた。カリスかと一瞬思ったが、違う。死霊と戦うカリスよりも先に飛び込んできたのは、人間と思しき女であった。


「ブエナ! ニフテリザ!」


 カリスが、慌ててこちらに向かってくる。ブエナはニフテリザを必死に庇いながら私を見上げていた。その目から感じるものは異質な雰囲気だ。人間のようだが、人間でないものの気配を感じる。


「お願いです。もうやめて!」


 ブエナが必死に訴えてくる。だが、一度、火のついた心はなかなか治まらない。剣を向け、私はブエナを威嚇した。


「退け。退かないなら、お前も斬ってやろうか」

「退きません。黙って見ているくらいなら、殺された方がましよ」


 死霊たちが嬉々として見守っている。その視線を感じながら、私はブエナを見つめていた。ニフテリザは動かない。気絶しているふりなのか、そうでないのかはまだ判断できないが、ブエナは梃子てこでも動かないつもりだろう。

 そんな彼女を叱ったのは、死霊に阻まれながらどうにか此方に向かおうとしているカリスであった。


「ブエナ!」


 影道に潜ろうにも、死霊たちがそれすらも阻んでしまう。その肉壁を飛び越えてどうにか仲間を救おうとしていた。

 カリスが来てしまったら面倒だ。私は剣を振り上げた。ブエナが見つめている。妖精のような目だ。もしかしたら、その血を幾らか引いているのかもしれない。私の目をじっと見上げ、そして蒼ざめた顔で死の瞬間を待っていた。


「ゲネシス! やめろ!」


 カリスは間に合わない。またしても、あの女は間に合わない。彼女に噛みつかれるより先に、二人まとめてあの世へ送ることが出来るだろう。


 ブエナの脳天に剣がぶつかったその瞬間、断末魔のような音が辺りに響き渡った。ブエナの悲鳴ではない。風が、彼女の死を嘆くように巻き起こったのだ。死霊たちが怯み、我が剣は弾かれた。何が起こったのか分からず、私は距離を取ってブエナを見やった。風が止むと、彼女はしばし天井を見上げていた。頭がざっくりと割れている。血が流れ、そのまま倒れ伏した。目は動かない。生気が宿っていない。間違いなく殺せたのだ。


 ――やはり魔族だったか。


 人の血が濃いにせよ、まさかマナンティアル家の中に紛れているとは思わなかった。命を失ったブエナの手が、力を失ってニフテリザに当たった。その衝撃に、ニフテリザの意識が戻った。


「ブエナ?」


 目の前で死んでいる仲間に気づき、震えだした。


「そんな、ブエナ!」


 すぐさま起き上がろうとしたが、体が動かないようだ。ならば、私が手を出すまでもない。周囲には腹を空かせた死霊たちがいるのだから。

 そう判断して間もなく、背後から迫りくる気配を察し、ぎりぎりのところで避けた。カリスである。怒りをぶつけようと突進してきたらしい。避けられるや否や、カリスはそのまままだ生きているニフテリザの傍へと寄り、今にも近づきそうな死霊たちを威嚇した。


「カリス、ブエナが……」

「もう喋るな。血が流れている」


 動こうとするニフテリザにカリスが早口で咎める。ラヴェンデル語だったためか、ニフテリザが不思議そうな顔をした。その様子に気づき、カリスはアルカ語で言い直した。


「無駄に体力を使うんじゃない」


 その一言で察したらしく、ニフテリザは動くのを止めた。手元にあるブエナの手をそっと触り、そしてその目に涙を浮かべた。もう生きていないことを察したのだろう。


「ゲネシス、まだやるつもりか?」


 カリスは私を睨みながら言った。翡翠の目が険しく輝いている。声は激しく震え、感情が高ぶっていることが分かった。

 そんな彼らを見つめ、私は剣を下げた。


「いいや、おれはもうやらない」


 死霊たちを見やると、彼らは分かっているといったように頷いた。


「お前たちの相手は他にいる。カリス、せいぜい考えるんだな。まだ息のある人間を見捨てるか、見捨てないか」


 そう言い残し踵を返した――その直後、いつの間にか視界の端に立っていた存在に私は気づいた。翅人の男だ。よく見覚えのある人物だ。コックローチ。汚らしい害虫が、我々の様子を面白そうに見つめていた。

 カリスも彼の臭いに気づき、吠えた。


「コックローチ! いるんだな!」

 

振り返りもせずに名を呼ぶと、彼はため息を吐いた。


「やれやれ、もう少しだけ静観させていただこうと思ったのに、これは困った」

「分かっているな、コックローチ! 人狼の私がお前を捕まえて八つ裂きにするのは簡単なことなんだぞ!」

「そう脅さないでください、カリス。貴女には恩がある。私の大事な花の命を守ってくれた恩がね」

「なら、早くこっちに来い。ニフテリザを安全な場所に!」


 その邪魔をするよりも、今のうちに先に進む方が得策だ。


 ――ゲネシス。そろそろ。


 ソロルの声にも背中を押され、私は彼らの元を立ち去った。

 カリスはついて来るつもりだろうか。どちらにせよ、仕事はまだ終わっていない。この行く先でソロルの仕事が終わっていない。海巫女を探しているのか、見つけているが抵抗されているのか。いずれにせよ、手助けをしてやらねば。

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